Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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今回は久しぶりの過去編です。


【松本潤佳】私がゲーム実況者になった日

 

 松本潤佳は家族で一緒に過ごす時間が好きだった。

 特に弟とゲームをしているときは、時間を忘れるくらいゲームに熱中できた。

 学校から帰ればすぐに家庭用ゲーム機の電源を入れる毎日。

 それがどんなに幸せな時間だったか、潤佳は今でも思い出せる。

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。

 

「姉ちゃん、今日は友達が来るからどっか行ってて」

 

 いつの間にか弟である司は潤佳を煙たがるようになったからだ。

 司はいつも潤佳と一緒にいた。

 それを友人達に揶揄われるようになったのだ。

 潤佳もそれはしょうがないと割り切っていた。

 たまに遊べればそれでいい。自分だって友達がいるから寂しいわけではない。そう思っていた。

 あるときから司は、学校から帰ってきても、ただいまも言わずに自分の部屋に直行するようになった。

 

「つ、司?」

「勝手に入ってくんな!」

 

 部屋に入ればクッションを投げつけられ、追い出される。こっそり様子を窺えば、司は鞄を放り投げて一心不乱にゲーム画面に集中していた。

 クソ、クソ、クソ、などと呟きながらゲームをする姿は、どうしようもなく痛々しかった。

 友達を家に呼ぶこともなくなった司は、家の中でも笑わなくなった。

 そんな弟を見ていられなくなった潤佳は昔のように一緒にゲームで遊ぶことを提案した。

 

「司、一緒にゲームしない?」

「……ああ、いいよ」

 

 まさか了承されると思っていなかったため、潤佳は心を躍らせて大人気だったモンスター育成ゲームの通信対戦を行った。

 

「えっ……」

「はっ、やっぱ姉貴は弱いな。そうやって何も考えずにボタン押してるだけで何が楽しいんだか。少しは頭使ったら?」

 

 通信対戦で潤佳を完封した司は見下したような笑みを浮かべる。そんな弟を見て、潤佳は思った。

 どうしてそんなに辛そうな顔でゲームしているんだろう、と。

 

「ゲームはみんなで遊んだ方が楽しいじゃん」

「みんな? みんなねぇ……みんなって誰のことを指してるんだか。くだらな……」

 

 つい口から出た言葉に、司は嫌悪感を露わにして、それ以降は潤佳と口を利かなくなった。

 それから二人の姉弟仲は変わらぬまま時は流れ、潤佳は高校生になった。

 昔から天真爛漫で元気いっぱいな潤佳は最初こそ周囲から好かれていた。

 だが、潤佳は何も考えずに発言することが多く、とにかく空気が読めなかった。

 気が付けば友達を傷つけるようなことを言ってしまい、何人の人間から注意されたかわからない。

 また物覚えも要領も悪かった潤佳は、会話をしていると噛み合わないことも多かった。

 そんな彼女に周囲は段々とイライラを募らせ、関わるのをやめた。

 小中学校までなら〝バカだけど面白い子〟で済んでいた潤佳は、いつの間にか〝話しているとイライラする子〟という評価になっていた。

 クラスから孤立していた潤佳はいつも顔を俯かせて廊下を歩いていた。

 

「うわっ!」

 

 あるとき、前からやってきたクラスカースト上位のグループとぶつかって転んでしまった。

 胸に抱えていた教科書やノートが辺りに散らばる。

 

「チッ、鈍くさいわね……」

 

 自分達も余所見していたというのに、カースト上位のグループの女子生徒達は謝罪もせずに舌打ちをする。周囲の生徒達はくすくすと笑っていたり、関わり合いになりたくないのか知らんぷりをしていたりした。

 そんなざわつく廊下を我関せず、といった様子で歩いてくる生徒がいた。

 

「あのさー、邪魔なんだけどー」

「何よあん、た――っ!?」

 

「君達の先輩だけどー?」

 

 一学年上であることを示す色のリボンを身に着けた容姿端麗な女子生徒――手越優菜の姿を目にした女子生徒達は蜘蛛の巣を散らすようにその場を立ち去った。

 

「ひぃ! す、すみませんでした、手越先輩!」

「待って置いてかないで!」

「何で一年の教室の近くにいるのよぉぉぉ!」

 

 手越優菜。

 潤佳の通っている高校でその名を知らぬ者はいない。

 大物芸能人である手越武蔵と天才ピアニストである内藤郁恵の娘で、学校側も手が出せない傍若無人の化身のような人物。

 かなりの頻度で学校をサボっているのに、成績だけはいい。事前に学校側から試験問題をもらっているという噂は有名だった。

 他の噂では彼女の機嫌を損ねて退学になった者もいると言われている。もちろん、そんな事実はない。

 

「くだらな……」

 

 走り去る女子生徒達の背中を見ながら優菜は吐き捨てるように呟く。

 潤佳にはその姿が酷く悲しいものに見えた。

 

「あの、手越先輩! 助けてくれてありがとうございます!」

 

 潤佳は立ち上がると、慌てて優菜へと頭を下げた。

 

「……君も邪魔。さっさとこれ持ってどっかいきなー」

「あ、ありがとうございます……」

 

 いつの間にか拾っていた教科書やノートを渡すと、優菜は周囲の視線などどこ吹く風。堂々と廊下の真ん中を我が物顔で歩きながら去っていった。

 そんな姿を見て、潤佳は思った。

 

「怖い人かと思ったけど、優しい先輩だなぁ……」

 

 それから潤佳が優菜に懐くまで時間はかからなかった。

 

「手越先輩!」

「手越先輩?」

「手越先輩!!!」

 

「たぁー! もう! 何なのさー!?」

 

 最初は無視していた優菜だったが、潤佳があまりにもしつこかったため、根負けして彼女の相手をするようになったのであった。

 

「お昼一緒に食べようと思って!」

「あー、私今日は午後の授業サボるから無理」

 

 当たり前のように鞄を持って帰ろうとしている優菜に潤佳は愕然とした。

 学校をサボるなど、潤佳にとってはあり得ないことだったのだ。

 

「ダメですよ!」

 

 気が付けば潤佳は優菜の正面に回り込んで、両肩をガッシリ掴んでいた。

 

「いいですか? 人の社会にはルールがあるんですよ?」

 

『いい? 人の社会にはルールがあるの!』

 

 優菜は目を見開き、どこか怯えた様子で潤佳の顔を見ていた。

 潤佳の放った言葉は、中学時代に友人だと思っていた誰かを彷彿とさせたのだ。

 

「……潤佳ってさー、人に嫌われる天才なんじゃない?」

「うっ、よく言われる……」

「よく言われんのかい」

 

 先程の怯えた表情はどこへやら。呆れたような表情を浮かべると、優菜はため息をついた。

 

「……わかった。午後はサボらない。その代わり、動画編集の手伝いをして」

「動画編集?」

「そ――動画編集」

 

 にひひっ、と笑うと優菜は放課後、自宅に潤佳を招き入れるのであった。

 この日から毎日のように優菜は、潤佳を家に招いて自分の実況動画の手伝いをさせるようになった。優菜からしてみれば、都合のいい後輩が手に入ったくらいの感覚ではあったのだが、孤立していた潤佳にとっては何よりも楽しい時間だった。

 

「うへぇ、難しいよー……」

「社会のルールなんて、ふざけた理由で私の貴重な時間を削ったんだから、泣き言は許さないよー」

 

 経験のない動画編集を手伝わされたことで、潤佳は音を上げるが、それは優菜が許さなかった。

 潤佳は物覚えも悪く、要領も悪い。

 だが、彼女にはある特技があった。

 

「ねえ、手越先輩! 字幕はどうやってつけるの?」

「字幕はここを押して……」

 

 それは何でも恥ずかしげもなく〝わからないことをわかるようになるまで聞く〟ということだった。

 当たり前のことに思えるかもしれないが、これができる人間は意外と少ない。

 特に歳を重ねれば重ねるほど、人に何かを聞くという行為が素直にできなくなってくるのだ。

 その点、素直さの化身である潤佳は、わからないことは素直に優菜へと尋ねていた。

 メキメキ動画編集技術を身に着けた潤佳は、ある決意をした。

 

「手越先輩! 私も実況者になる!」

「ん、いいんじゃなーい? あんたのキャラなら好かれそうだし」

 

 ま、指示厨は絶対湧くだろうけど、と呟くと部屋の隅に置いてあった段ボールを潤佳へと渡した。

 

「これ、前に使ってた機材。あげるわー」

「えっいいの!?」

「捨てるくらいなら誰かに使ってもらった方がいいでしょー?」

 

 本当は潤佳に機材を渡す口実を作るために、自分の使っていた機材を買い替えたのだが、それは言わぬが花というものだろう。

 

「司君だっけ? また弟と一緒にゲームできるといいね」

「うん!」

 

 口を開けば「司がねー」「司がさー」「司はねー」と弟の話をしていた潤佳のせいで、人の名前を覚えられない優菜ですら、すっかり司の名前は頭にインプットされていた。おまけに毎回の如く写真まで見せられていたせいで、優菜は会ったことのない後輩の弟の顔を覚えるはめになった。

 

「というわけで、今日を以って潤佳と私はライバル同士。もうここには来ないこと」

「えっ……」

 

 突然の宣言に、潤佳は絶句する。

 また自分は気づかない間に優菜を傷つけていたのか。そんな風に思っていた潤佳だったが、優菜はどこか寂し気な表情を浮かべて言った。

 

「ごめん。これ以上は、ね……」

「うん……」

 

 有無を言わせない空気の優菜に、潤佳は頷くしかなかった。

 

「学校では普通に絡んでいいから、そんな顔すんなってー」

 

 こうして潤佳にとって幸せな時間は終わりを告げた。

 だが、潤佳は家に遊びに行けなくなったところで優菜との関係を諦めることはなかった。

 

「ちょっと手越先輩! 授業サボっちゃダメだよ!」

「どこいくの! 今日は吹奏楽部の練習の日だよ!」

「あっ、ほっぺにご飯粒付いてるよ?」

 

 潤佳は今まで以上に優菜に付き纏った。上級生の教室だろうとお構いなしに入っていく姿からは〝手越2号〟というあだ名が付けられるほど、その姿は堂々たるものだった。

 

「絡んでいいとは言ったけど……」

 

 ゲンナリした表情を浮かべた優菜は、食事の手を止めて箸を握りしめ、自分の周囲をぐるぐる回っている潤佳に向かって叫んだ。

 

「あんたは私のお姉ちゃんか!」

「えへへ……」

 

 こうして優菜と潤佳は、学校では〝先輩の世話を焼く後輩〟と〝後輩に振り回される先輩〟という関係、ネットでは〝人気故にアンチも多いリスナーを煽る実況者〟〝指示厨がよく湧くがそこそこ人気の実況者〟になるのであった。

 




レオと夢美の過去編をやっていないのに、過去編は林檎が皆勤賞という……

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