Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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ありがとうございます!


【衝撃】お隣さんはまさかの……

「今日も配信を見に来てくれてありがとうございました! またね! ……はぁ」

 

 配信停止ボタンを押したレオはため息をつく。

 原因はここ最近の自分の評価についてだ。

 SNSでエゴサーチをかけた際の獅子島レオに対する認識は、

 

 こんばん山月

 

 インパクトある配信をスーパーノヴァで消された男

 

 イカレた同期達を持った哀れなネコ科動物

 

 三期生唯一の清楚枠

 

 清楚()と焼き林檎を同期に持つライオン

 

 バーチャル山月記

 

 臆病な自尊心と尊大な羞恥心を捨てられなかった李徴

 

 清楚な李徴

 

 ほとんど山月記と同期二人に関するものだった。

 

「どうしてこうなった……」

 

 初配信から一週間、レオのチャンネルの登録者数はそこそこ増えていた。もちろん、レオの数字は十分凄いが、夢美の登録者数は既に四万人を超えている。偉業どころか異常事態である。

 元々にじライブでは人気の出る男性ライバーを大きく売り出していく予定だった。Vtuberが動画から生配信の時代になった現在、バーチャルライバーとして活動している者の男女比率は大きく女性へと傾いている。

 にじライブとしては時代を切り開くため、人気のある男性ライバーを輩出し、それに続くように男性ライバーを増やしていく予定だったのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのが、元アイドルでテレビ出演もCDデビューも経験しているという異色の経歴を持つレオだった。

 当初は普通に売り出していく予定だったが、レオと夢美の出身地が同じことを知ったマネージャー達は、可愛らしさを前面に押し出した夢美で登録者数を稼ぎ、幼馴染という想像を膨らませやすい繋がりでレオの配信へ視聴者を誘導する。そんな〝てぇてぇ文化〟を利用することにしたのだ。将来的にお互いのファンが喧嘩する可能性を考慮しなかった辺りに、彼らの見通しの甘さが出ている。

 あとはレオの経験からくるカリスマで登録者数を雪だるま式に増やしていく算段だった。

 それゆえ、夢美の化けの皮が剥がれて〝暴言や下ネタを叫び、発狂しながら耐久配信をする姿〟で爆発的に登録者数が増えたことなど誰も予想ができなかった。

 夢美はその愛らしい外見で視聴者達から最初こそ〝夢美ちゃん〟と呼ばれていたが、その口汚さから〝バラギ〟という可愛さの欠片もない愛称で呼ばれ始め、現在進行形で登録者数を伸ばし続けている。

 そして、もう一人の同期である白雪林檎は炎上したことにより知名度を上げ、現在は視聴者達から「クズだけど面白い」と評価され、登録者数が爆発的に増えている。

 そんな彼女達とは対照的に、レオの登録者数が爆発的に伸びていないのには訳がある。

 

 レオ自身、山月記をネタにすることを嫌っていたのだ。

 

 毎度毎度コメント欄に現れるバーチャル袁傪達にうんざりしていたのもある。

 いまだに一回も出来てない歌枠の評価を気にしては、お茶を濁すようにネットのフリーゲーム実況や雑談枠に逃げ、定番ネタを出すと気まずそうにする。そんな状態で登録者数が爆発的に伸びるわけがなかった。

 それに加え、レオが歌配信を行わないのには訳がある。

 生配信での歌は音質があまりよくない環境で行われることが多い。

 本格的にライバーと活動し始めたこともあって、レオはアイドル時代の完璧主義が鎌首をもたげ始めていたのだ。

 やるからには絶対に完璧なものを届ける。

 レオはマネージャーを通して事務所の使用許可を得て、スタジオで録音した動画を投稿することしかしていなかった。しかもたったの一本だけ。

 そんな完璧主義に見せかけたプライドの裏には自分の歌に対する自信のなさが現れていた。

 

 低評価ばかりついたらどうしよう。

 

 芸能界を干されたレオにとって歌は自分のプライドを守る最後の砦だった。

 自信過剰だった現役時代に口癖のように言っていた〝うるさい奴らは実力で黙らせればいい〟という言葉が、呪いのようにレオを蝕む。

 うるさい奴らは実力で黙らせればいい。それは裏を返せば、黙らせられなかった場合は自分に実力がないことの証明になってしまうのだ。

 だから、下手に聞こえるような環境で歌を歌うことをレオは避け続けていた。

 そんなレオの歌動画の評判は良い。再生数も高評価数も男性ライバーにしては多い方だ。

 だが、オリジナル曲のため、有名曲のカバーほど爆発的な伸びはない。

 

 にじライブもそろそろ夢美と白雪のプロデュースの方へ力を入れ始める頃だろうか。

 

 暗い考えがレオの頭をよぎる。

 一週間で何をと思うかもしれない。

 しかし、たかが一週間、されど一週間だ。

 マネージャーもレオの伸び悩みには頭を悩ませ始めている。元より、レオの経歴に期待しすぎて胡坐をかいていたというのもある。アドバイスも「し、獅子島さんはもっと殻をやぶるといいと思います」という遠回しに山月記ネタを使えというものだ。

 とにもかくにも、この事態はレオとマネージャーの怠惰と傲慢が招いたことだった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら洗濯物を干すためにベランダに出る。

 すると、隣の部屋の住人の鼻歌が聞こえてきた。

 

「スパチャスパチャスパチャ~収益化通るよ~♪」

 

 清楚とはかけ離れた、欲にまみれた鼻歌。そんなものを口ずさむ人間には心当たりがあった。

 

「……夢美?」

「ヴェッ!? レオ!?」

 

 初対面で聞いたときのようなカエルが潰れたようなうめき声が聞こえてくる。間違いない、このお隣さんはあのぶっ飛んだ同期だとレオは確信した。

 

「あ、ちょっと待って……その声は、我が友、李徴子ではないか」

「誰が李徴だ」

 

 夢美はわざわざレオが嫌っているネタを振ってきたが、レオは不貞腐れるのも忘れて反射的にツッコミを入れていた。

 

「……それで、何でこのマンションに?」

「事務所から防音がしっかりしてるおすすめのマンションだって言われて……家賃も安かったしな」

 

 本来なら防音設備がしっかりした高額マンションなのだが、事務所から補助金が出ていたため、都内にあるのに郊外の安アパートくらいの値段で住める物件となっていた。

 

「てか、こっちみんな! すっぴんやぞ!」

「ああ、悪かったな」

 

 凄い剣幕で威嚇され、すっぴんの女性の顔をじっと見るのは確かに失礼だと思い、レオは視線を逸らした。

 初めて会ったときは、可愛さを前面に押し出した出で立ちにカラーコンタクトをしていたが、今の夢美は爆発したようにあちこちに髪が跳ねており、眼鏡をかけてモコモコの部屋着を着た素の出で立ちをしていた。

 そんな素の姿の方がレオとしてはどこか親しみやすく感じた。

 

「そういえば、ツウィート見たよ。収益化おめでとう」

「お、おう……ありがと、何かごめん」

「ガチトーンで謝るなよ」

 

 自業自得なんだから、と小さく付け加えたレオは空気が重くなるのを嫌い、話題を変えることにした。

 

「早起きなんだな」

「えっ、今から寝るところなんだけど……」

「おい、生活リズムどうなってんだ」

 

 時刻は午前六時。健康的な生活を送っている人間が寝る時間ではない。

 

「いいのいいの。基本的に配信以外は予定は何もないんだから」

「さらっと悲しいことを言われた気がするんだが」

 

 夢美のプライベートの予定は配信以外、基本的に空白だ。友人はいるが、誘われても外出が面倒で断ってしまうことが主な原因だった。

 

「何ならまたカラオケでもいく?」

「いや寝ろよ。収益化記念枠やるんだろ」

 

 目の下にクマがあった夢美を見て、レオは至極全うな心配をした。

 

「ふぅあぁぁ……そうするわ。あ、そうだ。RINE交換しない?」

「いいぞ、ほれ」

 

 慣れた手つきでQRコードを差し出そうとしたレオは、夢美の方に向き直り怒られた。

 

「だからこっち見んな!」

「理不尽……」

 

 再び夢美のすっぴんを見てしまい怒鳴られたことで、レオはため息をついた。

 

「それにしても、そんな生活してて大丈夫なのか? 休日がそんな調子だと仕事とか大変だろ」

「デビュー決まって仕事辞めたから別に休日ってわけじゃないよ」

「収益化通る前に仕事辞めるとか思い切ったな」

「ま、覚悟決めたからね」

 

 労働環境もあまり良くなかったし、と呟いた夢美はすっぴんを見ないようにしているレオの方へと向き直って問いかけた。

 

「あんたはどうなの?」

「俺は……」

 

 言外に「覚悟は決まったのか?」という問いにレオは言葉に詰まった。

 

「せっかくだし、予定空いてたら今日の配信見にきてよ。いつか収益化したときのためにも参考になるだろうし」

 

 そう言ってニカッと笑うと、夢美は自分の部屋へと戻っていく。

 自分よりも売れた同期に気をつかわせてしまったことが、ひどく情けなかった。

 何度目になるかわからないため息をつくと、レオは洗濯物を干し始めた。

 


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