中居家を出た二人は、レオの実家の最寄り駅に到着した。
周囲の景色が昔と随分と変わっていたことで、夢美は驚きの声をあげた。
「うっわ、結構昔と変わってるんだね」
「まあ、十年以上経てばな……」
夢美がこの地に住んでいたのはもう十年以上前のことだ。閉店した店もあれば、新しく建った建物もある。
高校生まで実家にいたレオとしては、まだ辛うじて馴染のある景色ではあるが、夢美にとっては完全に別世界だった。
「こりゃあたしの住んでたボロアパートはなさそうだね」
「後で公園の方にも寄ってみるか」
レオと夢美は商店街の中を歩きながらこれからの予定について考えていた。
そんな中、夢美は辺りを見渡して手ごろな店を探していた。
「とりあえず、何かお土産買わないと……」
「はえ?」
「ご両親に挨拶に行くんだからいるでしょ。常識的に考えて」
夢美は至極当然という表情を浮かべる。そんな彼女にレオはため息をついた。
「……自然体でこれだもんなぁ」
「えっ、何?」
「いや、何でもない」
レオは夢美への気持ちを自覚してから攻めに徹していたが、ノーガードで攻め続けているせいか、不意の夢美の天然にダメージを受けることが多々あった。
「あっ、あそこのお店良さそう!」
夢美は商店街の中にある〝Myosotis〟というケーキ屋を指さした。
このケーキ屋は一時期テレビで紹介されるくらいに評判の店だった。
特に、砂糖不使用のヘルシーさを売りにしたケーキは女性に大人気だった。
「あー、ここのケーキうまいんだよな。確か同級生の誰かの親父さんの店だったかな?」
「マジか。一気に店に入る気失せたわ」
「今の由美子を見たところで森だなんて気がつかないだろ」
ゲンナリとした表情を浮かべる夢美にレオがそう言うと、夢美は驚いたように顔を上げた。
「……拓哉、気づいてたの?」
「ま、由里子さんと話してな」
レオは何でもない風を装っているが、内心かなり緊張していた。
何せ、夢美を森だと認識したということは、自分の初恋の相手が夢美だということを知っていると言ったようなものだからだ。
そんなレオの内心など露知らず、夢美は困ったような笑顔を浮かべて謝罪した。
「そっか。ごめんね、あのときは塩対応で」
「今の塩対応やめてくれたら許してやる」
「はぁ? 充分仲良く接してますけど?」
夢美はレオの攻めをさらっと躱す。レオとは別の方向性で覚悟を決めた夢美はなかなかに手ごわかった。
軽口を叩き合いながらも、二人は〝Myosotis〟の店内へと入っていった。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ると、ふくよかな体型の女性店員が明るく元気に挨拶をしてきた。
ちょうど空いている時間だったためか、店内には店員一人しかいなかった。
反射的に会釈をした二人はショーケースに並んだケーキを眺め始める。
「うーん、どれがいいんだろ?」
「父さんも母さんも甘い物は苦手だからな。なんなら姉さんも甘いの苦手だから、俺だけ好きなまである」
司馬家では基本的に甘いものはあまり食べなかった。一家の中で唯一の甘党だったレオは、あまり甘い物を口にする機会がなかったこともあり、甘い物好きが加速したのは言うまでもない。
「ご家族のどなたかのお誕生日ですか?」
ショーケースの前で悩むレオと夢美を見かねて、黙って成り行きを見守っていた店員は二人に声をかけてきた。
「ひょぇっ!? え、ええ、まあ、その、何ていうかこいつの両親に挨拶に行くので手土産を買おうと思って」
不意に声をかけられた夢美は、しどろもどろになりながらもケーキを買う目的を店員に説明した。
「だから言い方。いや、間違っちゃいないけど……」
どう聞いても結婚の挨拶に行くようにしか聞こえない夢美の言葉に、レオは呆れたようにため息をついた。このため息には、本当にそうだったらいいのに、という落胆も含まれているが。
「わー! おめでとうございます! えっ、地元の方ですか?」
案の定、結婚の挨拶に行くのだと勘違いした店員は目を輝かせた。
「あたしは元々この辺りに住んでたんですけど、中学のときに引っ越しちゃったので地元って言えるかは微妙ですね。隣の彼の実家は今もこの辺りですけど」
「じゃあ、幼馴染じゃないですか! うわー! 本当にこんなことあるんですね! 運命みたい!」
「あはは……まあ、そうですね」
テンションの上がり続ける店員の反応に、レオは曖昧な笑みを浮かべた。
改めて考えれば、初恋の相手にライバーとなって再会するなど運命も良いところである。
「甘さ控えめなケーキってありますか?」
「ええ、ありますよ! こちらの砂糖不使用の豆腐ガトーショコラなんていかがでしょう?」
店員がおすすめしてきたのは、この店でも人気のガトーショコラだった。
砂糖不使用で、豆腐を使用しているということもあり、ヘルシーさが前面に押し出されたガトーショコラ。
普段から夢美の健康に気を使っているレオは興味深そうに呟いた。
「へぇ、豆腐を使っているんですか……興味深いな」
「出たよ、拓哉のヘルシー料理オタク」
「ほー、どうやら俺の作る飯がいらないらしいな」
「マジですんませんした!」
レオと夢美がいつものようにじゃれ合っていると、店員は手を止めて唖然とした様子でレオの名前を呼んだ。
「拓、哉……?」
「ああ、はい。拓哉です、けど?」
様子のおかしい店員に、レオは怪訝な表情を浮かべて答える。すると、店員は驚いた表情を浮かべて叫んだ。
「まさか司馬君!?」
「そう、ですけど?」
未だにピンときていないレオに対して、店員は自分の顔を指さしながら名乗った。
「私、布施だよ。
「あー、どっかで見たことあると思ったら布施か。久しぶりだな」
「アイドル時代と全然雰囲気違うからわからなかったよ! というか、むしろ小学校のときに雰囲気近い?」
「まあ、いろいろあったからな。そういう布施こそ雰囲気変わったな」
「ケーキの食べ過ぎで太ったんだよ……痩せようと思ってヘルシーなケーキ開発したんだけど、全然痩せれなくて……」
「何か悪い……」
小学校のときに比べてかなり性格、容姿共に丸くなった真礼に、レオは懐かしげな表情を浮かべた。
そんな二人のやり取りを見ていた夢美は、恐る恐る声をかけた。
「……もしかして三桜小の人?」
「あ、はい。あれ、あなた……もしかして森さん!?」
真礼は夢美の旧姓を口にした。
それはつまり、中居由美子を森由美子として認識することができたということだ。
「えっと、そうだけど……よくわかったね」
夢美の見た目は小学校のときから大きく変化している。
まさか初見で自分の正体に気づくとは思っていなかった夢美は、驚いたように真礼のことを見た。
「いや、だって拓哉君とくっつく可能性があるのは……ううん、何でもない」
どこか寂しそうで、嬉しそうで、申し訳なさそうな、感情が綯い交ぜになった表情を浮かべた。
「……そっか、拓哉君と仲良くやってるんだ」
ポツリと呟くと、真礼は緊張した様子で唾を飲み込むと、勢いよく頭を下げた。
「森さん、小学校のときはごめんなさい」
「ホア?」
突然かつての級友に謝られた夢美は素っ頓狂な声を上げた。
「私があなたにあんなことをしなければ……本当にごめんなさい。謝っても許してもらえるとは思ってないけど――」
「ちょっと待って! あたし小学校のときのことあんまり覚えてないから、急に謝られてもわかんないよ!」
「えっ」
真礼は由美子の言葉に困惑したように顔を上げる。すると、補足するようにレオが説明した。
「布施。由美子は小学校のときに嫌なことがありすぎて、周囲の連中をまともに認識できなかったんだ。だから、誰が何をしたとかは覚えてないんだ」
「そんなに追い詰められてたのに、私は……私は!」
レオの言葉を聞いた真礼は、表情を歪めるとその場に崩れ落ちて泣き始めた。
「ちょっ、何泣いてんの!?」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい……!」
泣きながら夢美へと謝罪を続ける真礼に、レオと夢美はただただ困惑するのであった。
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