学年全体のは飼育委員会だったので、修正しました!
森由美子は布施真礼にとって目障りな存在だった。
差し伸べた手を振り払われたことから始まり、クラブ活動では拓哉の姉である静香に気にかけてもらったり、由美子の存在は何かと真礼の気に障ることが多かったのだ。
それでも、周囲から避けられて仲間外れにされているのはかわいそうだと思う気持ちはあった。
小学校五年生になり、拓哉とクラスが別れて真礼は由美子と同じクラスになった。
真礼は由美子の態度が良くなかったとはいえ、自分とのやり取りがきっかけで由美子が無視されたり、周囲から冷たくされていることには罪悪感を覚えていた。
拓哉とも未だ交流がないのに、嫉妬するのもおかしな話だ。
そう思った真礼は出来るだけ由美子に優しく接することを心がけていた。もちろん。それは真礼視点での話で、上から目線の一方的なものでしかなかった。
相も変わらず素っ気ない対応をされつづけた真礼は、不満を溜め込みながらも周囲にそれを悟られないようにしていた。あくまでも、自分はかわいそうな人間にも手を差し伸べられる人間だと思われるように。
とはいえ、由美子が真礼に救われていたのは事実だ。
直接的な嫌がらせはしないように、真礼が口を酸っぱくして周囲の女子を誘導していたからである。
いつの間にか女子のまとめ役のような立ち位置になっていた真礼は、何かあれば自分に悪意の矛先が向くことを理解していた。
真礼ちゃんのためにやったのに。
一番最初に森さんを嫌っていたのは真礼ちゃんでしょ?
そんな風に責任を負わされることを真礼は恐れていたのだ。
真礼のそんな陰の努力など露知らず、由美子は周囲への刺々しい態度をやめなかった。
爆発しそうな女子達の不満を捌く毎日。
いい加減、真礼は元凶である由美子にうんざりしていた。
「森さん、ちょっといい?」
「……何?」
人気のない校舎裏に由美子を呼び出した真礼は出来るだけ穏やかに話し始めた。
「森さんがみんなを嫌いなのはわかるけど、もうちょっと抑えてくれないかな?」
「……向こうが嫌ってるんでしょ。何であたしがあんな奴らに合わせなきゃいけないわけ?」
見た目はともかく態度では嫌われてもしょうがないでしょうが! と叫びたくなるのを堪え、真礼は言い聞かせるように言った。
「女子には女子のルールってものがあるの。学校でもルールは守らなきゃいけないでしょ?」
「そんなのあたしは知らない。勝手に押し付けないで」
「人の気も知らないで……!」
由美子の取り付く島もない態度に業を煮やした真礼は、取り繕うことも忘れて叫んだ。
「女子同士の汚い部分なんて私は見たくないの! こっちはみんなで仲良くしたいのに、あんたときたら、自分から嫌われるようなことばっか! いい? みんなが少しずつ我慢すれば楽に過ごせるの! あんただけ我慢しないのはズルイのよ! 朝早く来て落書きされたあんたの机を綺麗にしたり、犯人の子に嫌われないように注意したり、もううんざりなの!」
「えっ……」
真礼から告げられた衝撃の事実に由美子は固まった。
真礼はとにかく女子同士の諍いを嫌っていた。
女子のドロドロとした部分を拓哉に見せたくなかったからだ。
自分の格を落とさないためには女子全体の格を保つ必要がある。
そう思った真礼は嫌いな人間である由美子のために、必死になって駆けずり回るはめになっていたのだ。
「第一見た目で悪口言われるなら病気だって先生から言ってもらえば済む話でしょ? そうすれば悪口を言った奴が悪者になるんだから、下手なことはできなくなるってのにあんたときたら……!」
由美子は言葉を失っていた。
気に食わない女子のトップで偉そうな奴。
そんな風に思っていた人間が自分のために奔走していた。
みんなが少しずつ我慢すればいい。そう言った本人が一番我慢していたのだ。
さすがの由美子もこれには心を動かされた。
「えっと、その……ありがと」
「別にあんたのためにやったんじゃない。そう思うなら、みんなの前で一言謝ってくれる? 形だけも良いからさ」
「えぇ……」
由美子からしてみれば、悪いことなど何もしていない被害者である自分が何で謝らなきゃいけないのか、という話である。
「お願い! そこだけ我慢してくれれば、あとは私が何とかするから!」
「はぁ……わかったよ」
それでも自分のために必死になって動いていたクラスメイトの必死の懇願に、由美子は渋々頷いた。
それから由美子が今までの態度を女子の前で謝罪したことで、由美子への周囲の嫌がらせはなくなった。表向きは仲直りしたことになっていたからである。
真礼の苦労が報われた瞬間であった。
当然、真礼は拓哉のいるクラスにこっそり忍び込み、そのことを拓哉に自慢げに話した。
「――って感じで、森さんとみんなは仲直りできたってわけ」
「おお、さすが布施だな! 何て言うか、お疲れ様」
「へへっ、もっと褒めてもいいのよ?」
真礼は女子の嫌がらせという部分は濁して、孤立していた由美子と彼女を嫌っていた人間をうまく仲直りさせたという風に話していた。
「やっぱり布施は女子のまとめ役だな。ところで、その森は今は女子達と仲良くやってるのか?」
「え、えっと、それは……」
拓哉がふと投げかけた疑問。咄嗟のことで真礼は答えに詰まった。
由美子が態度を軟化させたことや担任の教師から肌荒れについての話が出たことで、表立って由美子を嫌う人間はいなくなった。
それでも由美子がクラスから孤立していたことには変わりはなかった。
由美子を嫌っていた人間が「今までごめん。これからは仲良くしようね」などと簡単に態度を改めるかと言われればそんなことはなかったのだ。
手は出さないが、関わりたくない。由美子のクラスでの扱いを説明するならそんなところだろう。
「まあ、困ったときは助けるようにしてるけど、森さんはあまり仲の良い友達はいないかな」
由美子が一人で困っている場面のみ、真礼は力を貸した。このことで真礼の評価が上がっていたのは言うまでもない。
「そっかー……ま、それでも仲直りさせただけでも凄いと思うよ。きっと森も布施に感謝してるんじゃないか?」
「どうだろうねー……」
拓哉の言葉に真礼は曖昧な笑みを浮かべた。
正直なところ、真礼としては由美子周辺の厄介な事情が片付けばそれで良かった。
一時期、嫉妬していたことでさえバカバカしいと感じるほどに、由美子はライバルとして眼中にない存在だった。
困ったときに助けてあげなきゃいけないかわいそうな子。
真礼にとって由美子はそんな存在だった。
だが、そんな忘れかけていた真礼の嫉妬心が爆発する出来事が起きることになる。
拓哉と由美子が同じ飼育委員に入ったのだ。
とうとう二人の間に接点が生まれてしまったことに真礼は焦った。
なぜなら、拓哉のような他の男子と違って優しい人間が、孤立している由美子を放っておくわけがなかったからだ。
実際、拓哉は委員会の集まりでも由美子を気にかけていた。
「えっと……森でいいんだよな?」
「そうだけど……」
「布施からいろいろと聞いてるよ」
「布施? ああ、あのお節介ちゃんね……」
人の顔と名前を覚えることができなかった由美子は、その人の特徴や性格から「こんな奴がいたなー」程度に覚えていた。中でも、真礼は比較的由美子に関わってきた人間だったため、辛うじて覚えられていた。
「なあ、森。良かったら、俺と友達になってくれないか?」
「嫌。あたしは一人の方が好きだから。というか、あんた誰?」
由美子に指摘され、まだ一度も彼女と面識がなかったことに気が付いた拓哉は由美子に笑顔で自己紹介した。
「俺、三組の司馬拓哉! よろしくな!」
「うっさい死ね。どっかいけ」
由美子は真礼から〝死ね〟などの言葉は使わないように言われていた。
それでも、拓哉に冷たくした理由。それは女子を刺激しないためだった。
『いい? 司馬は女子からの人気も凄いから下手に関わると攻撃されるからね』
自分の願望も多分に混ざった暗黙の了解を由美子はしっかりと守ることにしていた。
まさか、初対面でそんなに冷たくされると思っていなかった拓哉はしばらく放心状態だったが、気を取り直すと黒板の飼育小屋の当番に、自分と由美子の名前を書いた。
「ちょっと、何勝手に――」
「みんな、俺は森と一緒に当番やるから!」
拓哉がそう言ってしまえば、周囲の者達は頷くしかなく、孤立しがちな由美子と組んであげるという優しさからの行動だと思われた。
実際は、初めてされた女子からの塩対応にムキになっていただけなのだが。
「これからよろしくな!」
「ふざけんな!」
こうして半ば強制的に、由美子は拓哉と二人で月曜日の飼育小屋当番をすることになったのであった。
何気に布施さんは根は悪い子じゃないです。
ただ周囲を見下しがちなところがあるので……。