Vの者!~挨拶はこんばん山月!~   作:サニキ リオ

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布施さんは夢美のその後の人格形成に大きな影響を及ぼした人物ですね。
つまり……


【回想】あんたなんか大っ嫌い

 拓哉と由美子が飼育委員になってから数ヶ月が経った。

 栽培委員になっていた真礼は花壇に水をやりながら拓哉と由美子の様子をこっそりと窺っていた。

 

 どうしてあの子が拓哉の隣に。

 その場所は私がいる場所なのに。

 どうして飼育委員を選ばなかったんだろう。

 

 じょうろの水が空になっているというのに、真礼は歯を食いしばりながら拓哉と由美子の様子を覗き続けた。

 拓哉と由美子はウサギのエサを用意していた。

 用務員からもらった野菜を抱えている拓哉は両手がふさがっているため、由美子に声をかけていた。

 

「森ー」

「…………」

 

 拓哉が呼んでいるというのに、由美子は一切反応せずに鶏小屋の方をじっと見ていた。

 

「おーい、森ー?」

「………………」

 

 いくら呼んでも返事がない。

 さすがに、おかしいと感じた拓哉は由美子に近づいて肩に手を置いた。

 

「聞こえてないのか? 森!」

 

 拓哉が由美子の肩に手を乗せた瞬間、由美子は反射的に振り返って拓哉の手を振り払った。

 そのあまりの形相に拓哉は気圧されるように一歩下がった。

 

「触んな!」

「あ、ごめん……でも、呼んだんだから返事してくれよ」

「今、いいところだったの」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、由美子は再び鶏小屋の方へと視線を戻した。

 

「バッタの足をもいで鶏小屋に投げ込んでたの」

「……はえ?」

 

 間抜けな声を零した拓哉が視線を鶏小屋へと移せば、そこには鶏に啄まれている足をもがれたバッタの姿があった。

 

「鬱陶しく跳ね回るバッタがなすすべもなく鶏に食べられる……くくくっ」

 

 由美子は不気味な笑みを浮かべて楽しそうに捕食されるバッタを眺めていた。

 闇しか感じない由美子の様子に拓哉は絶句していた。陰から二人の様子を覗き込んでいた真礼に至っては鳥肌が立っているほどだった。

 由美子の行動に戸惑いながらも、拓哉はやんわりと由美子に注意をする。

 

「えっと……かわいそうだからやめといた方がいいんじゃないか」

「はっ、どうせ自由研究とかで標本にされるんだから変わんないでしょ。それにかわいそうって言うなら食べるために殺される牛だってかわいそうでしょうが」

「確かに! どうしよ、俺もう牛肉食べられないかも!」

 

 拓哉は変なところで抜けていた。

 

「こいつバカだなー……」

 

 他の男子より大人びた印象を受ける拓哉の意外な一面に由美子は呆れたように呟いた。

 

「あっ、でも、楽しんで生き物を殺すのはダメだぞ」

「けっ、殺さなきゃいいってもんでもないでしょ。あたしは楽しんで痛めつけられたから、他のものを楽しんで痛めつける。それだけの話」

 

 由美子は鶏に啄まれているバッタに自分を重ねていた。

 由美子は嫌なことをされたら、人にしないようにするなんて綺麗な考えは持っていなかった。人にされて嫌だったことは同じようなことをして発散する。

 周囲を呪って生きていた由美子にとって、人にされた嫌なことを別の対象にぶつけることは心底気分が晴れる行為だった。

 しかし、そんな由美子の行為を拓哉は咎める。

 

「自分がやったことはいつか自分に返ってくるから、人には優しくした方が得だと俺は思う。それに俺は森が嫌な思いをするのは嫌だ。だから人が嫌な気分になるようなことはしないでほしい」

「あんたがそう思うならそうなんでしょ。あんたの中ではね」

 

 それに発散してる相手は人じゃないし、と由美子は呟くと地面に唾を吐き捨てて言い放った。

 

「まったく、あれをするなこれをするなって……あんたもあのお節介ちゃんも鬱陶しいんだよ!」

 

 苛立ち紛れに叫ぶ由美子。

 そんな微妙な空気になりかけた二人の間に割って入ったのは真礼だった。

 

「あー、いたいた! 司馬! さっき、主事さんがあんたのこと探してたよ」

「えっ、マジで?」

「うん、鶏のエサ渡し忘れたって言ってた」

 

 嘘である。

 正確には拓哉の方が鶏のエサを受け取り忘れていたのだ。

 慌てて走っていく拓哉の背中を見送ると、真礼は由美子に向き直る。

 先程の言葉を聞かれていたと思った由美子はバツの悪そうな表情を浮かべると、真礼に苛立ちをぶつけるように言った。

 

「……またお節介?」

「ま、そんなとこ」

「別にルールは破ってないじゃん」

「そうね。むしろよく守ってる」

 

 真礼が二人の間に割って入った理由は単純だ。

 これ以上、二人の距離を縮めないためである。

 真礼はここ数ヶ月、二人の様子を観察していて理解した。

 拓哉が好きな女子のタイプは、普通の女子ではなくどこかタガの外れた自分に突っかかってくるタイプの女子だと。

 これ以上、二人がぶつかり合って心の距離が近づくことを真礼は恐れていたのだ。

 

「でも、あれじゃ逆効果。司馬はあんたが刺々しくなるほど、ぐいぐい来るよ」

「メンドくさいなぁ……」

 

 真礼の言葉に、由美子は心底うんざりとした表情を浮かべた。

 

「そう思うなら司馬の話すことに相槌だけ打ってればいいの。そうすればあんたに興味なんてわかなくなるから」

「わかったよ……」

 

 由美子は真礼の言葉に素直に頷いた。由美子にとって真礼は、気に食わないが下手に逆らえない人間だった。

 素直に自分の言葉に従うようになった由美子。真礼はそんな由美子のことを憎からず思っていた。周囲よりも少しだけ精神年齢が高いという点において、真礼は由美子のことを評価していたのだ。

 

「鶏のエサもらってきたぞ!」

 

 エサを抱えて戻ってきた拓哉を見て、真礼はため息をついて言った。

 

「それじゃカップルの邪魔をしちゃ悪いし、私はもういくね」

 

 どうせ自分のときと同じように淡白な反応をするのだろう。

 軽い気持ちで真礼が揶揄うと、拓哉は激しく狼狽した。

 

「いや、別にそんなんじゃないって!」

「えっ」

 

 私と一緒にいて揶揄われたときはそんな反応しなかったのに、どうしてその子にはそんな反応をするの?

 真礼の燻っていた嫉妬心に再び燃料が投下される。

 

「ふーん……」

「な、何?」

 

 意味深な視線を向けられた由美子は、怯んだように拓哉の後ろに移動する。

 その行動一つで真礼は理解した。

 由美子が拓哉を信頼し始めているのだと。

 それは当然の結果だった。

 どんなに邪険にしようとも、嫌われている自分に本心から優しく接してくるカッコいい男子など、心から嫌いにはなれなかったのだ。

 拓哉の行動を見ていればわかる。体裁を気にする真礼と違って、拓哉は本心から由美子と仲良くしたいと思っているのだ。そんな彼をどうして嫌いになれようか。

 

「別に」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、真礼は飼育小屋を足早に立ち去った。そうしなければ、おかしくなりそうだったからだ。

 誰もが由美子をバカにして下に見る。見た目も性格も、何一つ彼女に劣っているところはないからだ。

 そんな女子達の中で、ただ一人真礼だけが由美子に劣等感を抱いていたのだった。

 それから、由美子は真礼の言いつけ通り、出来るだけ拓哉の言葉に淡白に反応するようにした。したつもりだった。

 それでも拓哉が自分の好きなものの話題を振ったりしてくるものだから、ついつい反応してしまうのだ。

 

「そういや、昨日色違いが偶然出てさ」

「マジで!?」

「最初は綺麗な色だと思ったんだけど、最後まで進化させたら気持ち悪い緑色になった……」

 

 拓哉がしょんぼりとしているのを見て、由美子は下品な笑い声をあげる。

 

「びゃははは! ざまあ! 日頃の行いのせいだな!」

「俺、そんなに悪いことしたかなぁ……」

 

 笑い転げる由美子を見て、拓哉はため息をついた後に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

「でも、ま、森が笑ってくれるのなら、悪いことして良かったのかもな!」

「は、はぁ!? 何、変なこと言ってんの! バッカじゃないの!」

 

 拓哉は唐突にそんなことを言うものだから、由美子は激しく狼狽する。

 動揺を隠すためか、由美子は拓哉に踏ん反り返って告げる、

 

「ホント、バカ。今のは笑われてたの! あたしを笑わせるなんて百年早い!」

「じゃあ、どうしたら笑ってくれるんだよ?」

 

 不満げな表情を浮かべる拓哉に夢美は強気な表情を浮かべて言った。

 

「はっ、テレビに出るような人にでもなったら?」

「そしたら笑ってくれるか?」

「上等だよ! あんたがテレビに出たら、笑顔だろうと、何だろうとやってやるよ!」

「約束だぞ! 絶対、森を笑顔にしてみせるからな!」

 

 このとき、拓哉に〝テレビに出て森を笑顔にする〟という目標ができた。

 その約束は二年後に果たされることになる。

 しかし、拓哉が華々しくデビューする頃には、二人は既に疎遠になってしまう。

 

 あるとき、由美子は隣の席の真礼に小声で相談をした。

 

「あのさ……ちょっといいかな?」

「別にいいけど」

 

 由美子が話しづらそうにしていることを感じた真礼は席を立つと、以前と同じように校舎裏まで移動した。

 周囲に人がいないことを確認した由美子は、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべて切り出した。

 

「……あたしがあいつに関わると周りが騒ぐんだよね?」

「そうね。飼育委員で一緒になってる今も結構不満は溜まってるわ」

「じゃ、直接はまずいか……」

 

 そう呟くと、由美子は頬を赤く染めて真礼に告げた。

 

「その、いつもいろいろとありがとうってあいつに言いたいんだけど、さ……」

「えっ、それだけ?」

「他に何があるの?」

「……なーんだ」

 

 てっきり拓哉のことが好きだから相談に乗ってほしい、と言われると思っていた真礼は拍子抜けしたように呟く。

 それから安堵したように、由美子へとアドバイスを送った。

 

「それなら手紙を書けばいいんじゃない?」

「なるほど……手紙か」

 

 手紙ならば直接言えないことも伝えやすい上に、一緒にいるところを見られないで済む。

 少しでも由美子から拓哉へ好意的な態度を取った瞬間、由美子への攻撃が始まる。

 それを危惧してのアドバイスだった。

 だが、真礼のそれは悪手だった。

 由美子が手紙を拓哉の下駄箱に入れる瞬間を他の女子に見つかってしまったのだ。

 

「森さんさー、最近調子に乗りすぎじゃない」

「真礼ちゃんの気持ち考えたことあるの?」

「キモイくせに」

「いつも助けてくれるこの好きな人奪おうだなんて、酷いよねー。こんなラブレターなんて書いちゃってさ」

「か、返せ!」

「きゃあ、こわーい」

 

 由美子は必死になって拓哉への手紙を持っている女子へととびかかるが、いともたやすく躱されてしまう。

 

「ちょっと何やってるの!」

 

 噂を聞きつけた真礼は慌てて下駄箱の方へと駆けつけた。

 

「あ、真礼ちゃん。聞いてよ。森さんがね、抜け駆けしようとしてたんだよ」

「見てよこのラブレター」

「中身はなんて書いてあるのかなー」

 

 手紙を持っていた女子は、ニヤニヤしながら中身を開けようとする。

 

「ひ、人の手紙を開けるのは良くないんじゃないかな?」

 

 それを真礼は手紙をひったくることで止めた。

 そんな真礼の様子を見た女子生徒達は口々に不満を零した。

 

「真礼ちゃんさー、どっちの味方なの?」

「私達は真礼ちゃんのために、やってるのにいっつも森ばっかり庇ってさー」

「そうだよ。私達よりこんなのが大事なの?」

 

 真礼は今にも泣きそうな由美子と、自分の立場を形成するのに必要な女子達を天秤にかけた。

 

 そして――

 

「そんなわけないじゃん! こんなキモイ奴が大事なわけない! かわいそうだから助けてあげただけよ! はっ、同情ってやつ? 嫌々やってたに決まってるじゃん!」

 

 真礼は由美子を見捨てた。

 

「真礼ちゃんやさしー。そりゃそうだよねー」

「こんなキモイのと友達になれるわけないもんね」

 

 真礼は周囲に合わせて笑うと、慌てて手紙をポケットにしまった。

 ふと、由美子がずっと黙っていることに気づき、彼女へと視線を向ける。

 

「っ!」

 

 由美子は真礼を憎悪に満ちた表情で睨みつけていた。

 

 違う、私じゃない!

 

 心の中で真礼は必死に自分の無実を叫んだ。

 由美子がどういう気持ちで自分を見ていたか、真礼にはすぐにわかった。

 由美子は真礼が手紙を出すように誘導して、他の女子を使って嵌めたと思っていたのだ。

 人の善性を信じられずに、人の悪性ばかりを信じていた由美子にとって、そちらの方が自然だったのだ。

 

 もう、いいや。

 もう自分は森さんじゃなくて、この子達を選んだ。

 

 今更、善人ぶったところで滑稽なだけだと諦めた真礼は、物語に出てくる悪役のような笑みを浮かべて由美子に告げた。

 

「それでさぁ……賢い森さんならどうすればいいかわかるでしょ?」

 

 それは出会ったときから由美子に押し付けていたルールの再確認だった。

 由美子はこのとき理解した。女子のルールを破るとこんな惨めな思いをするのか、と。

 拓哉の言った〝自分がやったことはいつか自分に返ってくる〟という言葉が脳裏を過ぎる。

 打ちのめされた由美子はふらふらと立ち上がると、くすくす笑っている女子の間を割って歩き出す。

 

「……死ね」

「あ――――」

 

 すれ違い様に真礼にだけ聞こえるように言った言葉、その言葉はその後も延々と真礼を苦しめることになる。

 この日、由美子は拓哉に泣き叫ぶように、もう付き纏うなと告げた。

 

 これによって二人――いや、三人の関係は壊れてしまったのであった。

 




回想回はこれで終わりです。
次回は現在に戻ります。

ちなみに、今回の話で布施さんが由美子をかばっていた場合、由美子とはその後は仲の良い友達になることができました。
あと、残念ながら布施さんと拓哉は由美子がいる時点で、どうあがいてもくっつくことはありません。
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