お待たせいたしました!
レオと夢美は現在〝司馬〟と表札に書かれた家の前に立っていた。
レオは目を瞑り深呼吸をして心を落ち着かせていたが、そんなレオを呆れたように一瞥すると、夢美は容赦なく玄関のチャイムを押した。
「あっ、おい」
「こういうのは思い切りが大事でしょ。大丈夫、お姉さん経由でもう連絡してあるから」
「いつの間に姉さんとRINE交換してたんだ……」
姉と既にRINEでやり取りしている夢美に、レオはため息をついた。
自分は外堀を埋められるのを嫌がる癖に、これである。
実際のところ、既に外堀は埋まりきっており、残すはライバー関係の部分を埋めるのみなのは二人もまだ知らない。
「まあ、突然来るよりかはいいか……」
それから数分と経たずに玄関の扉が開いた。
扉から顔を出したのはレオの母親、
「拓哉……おかえりなさい」
「……ただいま」
ぎこちなさは残るが、拓哉は笑顔を浮かべて約七年ぶりに実家の敷居を跨いだ。
「お邪魔しまーす……」
そんな拓哉に続くように由美子が家の中に入る。
「いらっしゃい。あなたが由美ちゃんね」
「あ、はい! 拓哉さんにはいつもお世話になっております!」
「いや、本当にな……」
普段から部屋の掃除や食事の面倒を見ている拓哉は、額に手を当ててどこか疲れた表情を浮かべる。
「静香から話は聞いているわ。ずっとあなたに会いたかったの!」
「ホア?」
「そりゃ自分の娘になるかもしれない子ですもの。会いたいでしょう?」
歩美の言葉を聞いた瞬間にレオと夢美は悟った。
あ、これ司馬家の外堀は埋まりきってるやつだ、と。
「いや、そんな気が早いですって! と、とりあえず、その、こちらお口に合うかどうかわかりませんが……」
「あら! わざわざありがとうね」
真礼の店で購入したケーキを渡すと、歩美はさらに上機嫌になる。
無理もない。
アイドルをやめて抜け殻のようになっていた息子。
それが久しぶりに実家に帰ってきたと思ったら、息子との将来を期待できる女性を連れてきたのだ。
嬉しくないはずがなかった。
レオと夢美がリビングに着くと、そこには気合いの入った服装の静香と、どこか緊張した様子の拓哉の父、
お盆ということもあり、普段は実家にいない静香も帰省していたのだ。
「あ、お姉さん」
「おっ、由美ちゃん! 久しぶり!」
静香は由美子の顔を見た途端に、目を輝かせて駆け寄った。
一方、拓哉の方は真顔でソファーに座っている浩樹に声をかけた。
「えっと、父さん……その、ただいま」
「……ああ」
「もう、おかえりの一言も言えないのかしらこの人は!」
背中を勢いよく歩美に叩かれたことで、浩樹はおどおどした様子で拓哉の帰省を歓迎した。
「す、すまん……おかえり」
それから歩美がケーキを冷蔵庫にしまい、一通り落ち着いたところでレオが口を開いた。
「まず、最初に言おうと思ってたんだけど……本当にすみませんでした!」
両親に対して深々と頭を下げるレオ。そんなレオを見て、歩美、浩樹は息を呑んだ。
「アイドル時代、調子に乗って酷い態度をとっていた上に、今までロクに連絡もせずに心配をかけてごめん」
沈黙が流れる。
レオは歩美に声をかけられるまで、頭を下げたまま微動だにしなかった。
「拓哉、顔を上げて」
優しく柔らかい声音で声をかけられたことで、レオは恐る恐る顔を上げた。
「悪いのは親である私達よ」
「ああ、そうだ。アイドルとして成功して増長するお前を止められなかった俺達が悪いんだ。すまなかったな、拓哉……」
今度は歩美、浩樹が頭を下げる番だった。
「父さん、母さん……」
やっと和解できた親子を見て、姉である静香は呆れたようにレオの頭を小突いた。
「ほら、会ってみればこれだけで済む話だったでしょ? まったく、この愚弟と来たら……由美ちゃん、本当にありがとね、このバカを引っ張り出してくれて」
「いえ、あたしも助けてもらってばかりなんで、この程度お安いご用ですよ」
と、夢美は笑顔で答えているが、実際のきっかけは夢美が父親への大切なプレゼントを忘れたことである。
何とかいい話で終わらせよう。そんな気持ちが夢美の中にあった。
それから歩美がケーキを切り分けて全員分並べ、静香の入れた紅茶が出された。
和やかに談笑する中、浩樹はふと疑問に思っていたことを拓哉に聞いた。
「そういえば、拓哉は何の仕事をしているんだ? 静香からはユーチュバーで稼いでいると聞いたが……」
ユーチューバーで稼げるとなると、数は限られてくる。しかし、息子らしき人物は見つけられなかった。そもそも元トップアイドルがユーチューバーをやっていれば、話題になるはずである。
本当に拓哉がユーチューバーで生活しているか、浩樹は疑問に思っていたのだ。
それに対して、レオは正直に今の自分の職業を明かすことにした。
「あー、それなんだが、由美子にも関係することなんだ」
そう前置きすると、レオは自分がVtuberであることを明かした。
「実はユーチューバーはユーチューバーなんだけど、俺がやっているのはVtuberなんだ」
「えっ、あんたVtuberだったの!?」
真っ先に反応したのは静香だった。
ある程度サブカルチャーに明るい静香はVtuberについて知識だけはあったのだ。
「Vtuberって確かあれよね? アイノココロとか……」
「あと板東イルカ、だったか?」
静香に対してサブカルチャーに明るくない歩美と浩樹は、首を傾げながらもテレビで見かけたことのあるVtuberの名前を挙げた。
「やっぱりVtuberって言われて、真っ先に名前が上がるイルカさんヤバいな……」
「さすが四天王……認知度が桁違いだわ」
イルカはチャンネル登録者数こそ四天王の中で一番少ないが、トークや企画の安定性がある。そのうえ、芸人と組んで自分の冠番組を持っているのだ。
単純な稼ぎでいえば、他の四天王にも引けを取らないだろう。
そもそも、四天王と呼ばれるVtuber四人は仲が良い。
イルカが最弱というのも、視聴者が勝手に登録者数だけを比べて最強最弱と言っているだけの話である。
「Vtuberとしての名前は獅子島レオっていうんだけど……」
「えっ、それって今朝ネットニュースになってたVtuberじゃん!」
静香は目を見開いて、スマートフォンでレオと夢美の関係性を取り上げているニュースのページを開いた。
「俺達は幼馴染みのライバーとしてデビューしたんだ。部屋も隣でいろいろと由美子の生活力がなかったこともあってさ。お互い助け合いながらうまくやってるよ」
「その、結構、あたしが助けてもらうことの方が多いんですけど……」
夢美は目を逸らしながらバツが悪そうに呟く。
日常的にはレオが夢美を助けていることが多いだけで、肝心なときにはきまって夢美がレオを助けていることが多いので、実際のところはきちんとお互いに助け合ってはいるのだが。
レオからライバーとしての名前を聞いた静香は早速〝獅子島レオ〟で検索をかけていた。
「傲慢な態度が原因で人間関係をこじらせて引退した元アイドル。その傲慢さが原因でライオンの獣人になってしまい、元に戻るために謙虚な姿勢で一から歌配信を始めた、ね……あんたよく身バレしないわね」
「……自分でもそう思う」
全くと言っていいほど嘘のない設定に、静香は呆れを通り越して感心していた。事実の方が信憑性がないというのも妙な話である。
それから、レオは今までの時間を埋めるように家族と話をした。
夢美も交えてこれまでのこと、そしてこれからのことを語った。
「俺はもう一度夢を追うよ。いつかライブするときは父さん、母さん、姉さん、みんなに見にきてほしい」
「ええ、もちろんよ」
「ああ、絶対に行く」
「ま、仕方ないわね」
夢破れた元アイドルの息子。
腐りきっていた彼が、再び決意を胸に立ち上がった。
それを心優しい家族達は心から祝福した。
「それじゃ、俺達は帰るよ。ゆっくりしたいところだけど、あまり袁傪達を待たせるのも悪いし」
レオの配信が中止になったことについて、袁傪達は公式と夢美のアカウントからレオの声で報告を受けていたため、特に気にしてはいなかった。
それでも、レオは自分を支えてくれる大切な存在に少しでも早く会いたかったのだ。
「待って」
しかし、急ぐレオを静香が止めた。
「今日はちょうど花火大会だから、二人で行ってきなさいよ」
「いやいや、俺の話聞いてた? 配信中止しちゃったから、袁傪達が待ってる――」
「……由美ちゃんの浴衣姿。見たくないの?」
静香は自分の財布から万札を取り出してレオのポケットにねじ込み、レオの耳元で囁く。
「袁傪達もわかってくれるだろ。うん、行こう」
「拓哉ァ!?」
想い人の浴衣姿というレアな姿を見るためならば、多少の回り道も致し方ない。
哀れ袁傪。レオにとって最も優先順位が高いのは夢美に関することなのである。
「せっかく地元に来たのに、思い出めぐりもできてないだろ? ついでだよついで」
「まあ、別にリア充っぽいことできるからいいんだけどさ……」
夢美は基本的に人が集まる場所が苦手だ。おまけに出不精である。
これを逃せば夢美の浴衣姿を拝めることはない。
そう考えたレオが、欲望に負けるのも仕方のないことであった。
これは100話ピッタリにてぇてぇを供給できるぞ……!(なおキャラ紹介追加時にズレるもよう)
ちなみに、かぐやこと諸星さんですが、炎上騒動とは関係なく裏で大変なことになっておりますので、そちらはレオと夢美の話が終わったら出します。
たぶん、ツイッター見てる方は何の話かわかるはず……!