愛園のふとした一言から、終わった後の夏祭り会場をもう一度巡ることになって…
花火も終わって我先にと駅へと向かう人の流れから外れる様に、三枝明那と愛園愛美は神社の裏手へと回り込んでいた。
ガヤガヤと冷めやらぬ喧騒を背に、ふたりはベンチへと腰を下ろした。
「……終わっちゃったね」
「そうっすね。にしても今年の花火気合入りすぎじゃない? 俺ビックリしちゃったもん」
「アッキーナめっちゃはしゃいでたね」
愛園は未だに目が合わない明那を覗き込む様にして笑いかけた。
「あ……愛園さんごめんなさい。俺ちょっとうるさかったかも……?」
「そういうんじゃないよ。楽しそうでよかったなって」
「なら……よかったっす。あの……愛園さんはどう……でした?」
「もちろん、楽しかった」
明那はならよかった、と周囲の雑音にかき消されそうな程小さな声でゴニョニョと呟いた。
「……」
「…………」
思う様に話が広がらずふたりの間にぎこちない沈黙が流れる。
何か話さないと、と焦っていながら言葉の出てこない明那はもう空になりかけているラムネの瓶を何度も口につけていた。
飲み辛いから無くなればいいのに、と思っていたビー玉に初めて感謝しながら。
「ねえ、もうちょっとだけ回っていかない?」
切り出したのは愛園からだった。
「え……でももう出店とか閉まってますよ?」
「知ってる、でもそれがいいの」
「俺は全然いいっすよ。むしろまだ歩き足りないなって思ってたくらいなんで!」
「あはは……何それ」
立ち上がって屈伸している明那を可笑しく思ったのか愛園は声を上げて笑った。
「じゃ、いこっか」
「あ、はい。そうっすね」
イマイチ愛園の意図を掴みかねているのか、明那は少し戸惑いながら先に歩き始めた愛園に追いつくために少し大きめの歩幅で歩きだした。
※ ※ ※
つい先ほどまで人で溢れかえっていた道が嘘の様に閑散としていた。
2m先も人込みで見えなかった道が今では遠くまではっきりと見渡す事ができる程だった。
そんな道をふたりは間に人が1人挟まれそうな程の間隔を開けて横並びで歩いている。
「なんか……全然雰囲気違うんすね」
「でしょ? この感じいいよね」
「なんて言うかワサビを感じる……」
「わびさび、じゃないかなそれ?」
先ほどのぎごちなさは少し影を潜め、ふたりは今日の思い出をなぞる様に話をする事ができていた。
「あ、アッキーナ! あれほら、金魚掬いの水槽」
「ホントっすね! あれでもなんかもう魚全然残ってない……?」
「そりゃ大人気だったもん。全部売り切れちゃうよ」
「じゃあ早めに回れてよかったっすね」
「そうだね。じゃないとコレ、他の人がとってたかもしれないもんね」
愛園はそう言って小脇に抱えていたピンクの魚を取り出した。
それを見て明那は顔を更に少し背けた。
「どうしたの?」
「いや……我ながらすごい恥ずかしい事したんじゃないかって」
「嬉しかったよ! 私のためにわざわざ取ってきてくれて」
「……ならいいんすけど」
明那は金魚掬いでの一幕、わざわざ愛園のために二度も金魚掬いにチャレンジした事を思い出していた。
それが大分キザな事だったんじゃないか、と後になってから気にかかっていたのだ。
そんな悶々とした気持ちを抱えながら歩いていると、少し騒がしい一角へたどり着いた。
先ほどまではかき氷やたこ焼き等、出店が立ち並んでいたその一角では片付けに追われている様で祭りの時とは違う方向性で騒がしい。
「そっか……店の人はこっから片付けあるの大変だね~」
「そうっすね。めっちゃ疲れるだろうなこれ」
「でもちゃんと片付けしないと苦情入って来年からできなくなっちゃうかもしれないし、それだと困るもんね」
「あ~確かに! こうやって皆が楽しくワイワイできる場所がなくなっちゃうのは嫌だな」
「……皆が?」
「え、うん? 皆が……」
愛園の意図が分からず明那は首を傾げた。
その言葉を聞いて愛園の顔が少し曇った様に見えたが、明那はその理由が分からないでいた。
「……あんまり遅くなるのもアレだし、そろそろ帰ろっか」
「……あ、そ……そうだね。そろそろ駅も空いてきただろうし」
再びぎこちない空気が流れる。
駅につくまでその空気が変わる事はなかった。
※ ※ ※
もう大半の人が帰ったのか駅はそれほど混みあってはいなかった。
「あれ、今何分だっけ?」
「えと、35分だね」
「うそ、あと2分しかない……しかもこれ逃したら次が30分後!?」
愛園はスマホで時刻表を確認して少し焦った声を上げた。
愛園とは逆方向から来た明那が乗る電車まではまだ10分近く時間に余裕はある。
「え……じゃあ愛園さん急がないと!」
「……うん。……そうだね」
そう言う愛園の声はどこか物悲しそうだった。
「じゃ、アッキーナまたね」
「愛園さん、今日はありがとうございました。また今度……!」
「うん……また今度」
愛園は手を振って明那に背を向けた。
改札を通り抜け、一見して履き慣れないと分かるゲタのまま早足でホームへと向かっていった。
明那は愛園の去り際の少しぎこちない笑顔と、その背中を見てハッとした。
花火の後にもう少し歩こうと言った理由、駅に向かう前に笑顔が少し曇った理由。
それが繋がった気がして。
それでも勇気を出せずにいた。
自身が急ぐ愛園を呼び止めていいのかという葛藤が渦巻いていた。
言ってしまえば、言おうとしているその言葉はこの後SNSでも伝えられるものだ。
その一言のために時間を取らせてしまっていいものかと明那は悩んでいた。
それでも少しずつ遠くにいく愛園の背中を見て、言わずにはいられなかった。
今言うしかないと己に言い聞かせた。
「愛園さん!!!」
その日一番の大きな声で愛園を呼び止める。
愛園は少しよろめきながら立ち止まり振り返った。
「行きましょう! 夏祭り……来年もまたふたりで!」
きっと帰ってからベッドの中で恥ずかしくなって悶えてしまうだろう、と思いながら明那はそう叫んだ。
「うん……来年もまたふたりで!」
愛園の声がやまびこの様に、閑散とした駅構内に響き渡った。
その直後、電車の発車メロディーが響いた。
それでも愛園が明那に背を向ける事は無かった。
ゲタの音がふたつ、ゆっくりと近づいて。