エピソードセンター 作:Höchstes Wesen
「こんにちは、皆さん」
彼女はそう言って俺達を見渡した。檀上。大きな体育館の一番前。全校生徒が見え得るだろうそこで、一つ礼をする。「私の名前はS-22XUです」。「ジニクスとお呼びください」。その二言で、目の前にいる女性が人形なのだという事を知る。人形。ヒトガタ。正式名称でいうなら、全自動等価人形Sシリーズ。「今日は人間の皆様に、私達の働くところ、エピソードセンターについての説明をさせていただきます」。彼女はまるで人間のようにはにかんで、まるで人間のように、まるで聖母のように。「どうか今日一日、よろしくお願いいたしますね」。彼女はそう、言った。
まばらに拍手が起こる。でも俺は、そんなことよりも、そんなことよりも、別の事で頭がいっぱいになっていた。
「ナイン、どうしたんだ。一目惚れか?」
悪友の言葉に返事をする余裕がない。どうして、という思いが脳内を渦巻く。だって、だって、その見た目は、その容姿は、その姿は。
「
「何言ってんだオメー」
感傷と動揺を蹴りに込めるなどした。
*
エピソードセンターは非常に広大な敷地を持つ施設で、敷地内に学校や病院、消防署などの"外"にある公共機関のほとんどを内包している。全国の学生の就職先としてはエリートの行くところ、社会人であっても転職先としてはちょっとばかり敷居が高い──そんな場所。高待遇高給取故か、はたまた事業内容が微妙に不鮮明故か何かとやっかみを受ける事もあるのだが、それを寄せ付けない程に親しまれている、施設。だ。うん。
そんな不鮮明な事業で、唯一ハッキリしているのは、オートマタ産業。
全自動等価人形と銘打たれた、見た目ほとんど人間と変わらない人形の"貸出"を行っている。あくまで貸し出しで販売ではないのだが、貸出金額は然程高額でもないため、貸し出しが始まってから瞬く間に全国へ普及した。全自動等価人形には様々なシリーズが存在し、それぞれがそれぞれの用途……ああ、いや、"得意な事"があるために、欲しい長所を選んで借りる、というシステムを取っている。
今回俺達の学校*1にやってきたSシリーズは外交型というか外向型というか、あんまり貸し出しされることのない"言葉"に長けたシリーズ……らしい。入ってきた説明はこんなところまでで、俺は彼女の見た目が気になって気になって仕方が無くなってしまった。気になりすぎて木になったわね。
「クッソキショい顔晒してるナイン君、朗報だ、お前のご主人様がそろそろお帰りになるようだけど、声掛けてきたらいいんじゃないか」
「恩に着る!」
「お、おう」
猛然ダッシュで行く。爆走だ。廊下を走り抜けて渡り廊下を走り抜けて、学校の入り口にまで辿り着いた。「主様!」叫ぶ。彼女が──振り向いた。
「……ハルグ?」
「ああ、やっぱり主様! 主様だ!」
「どうしましょう……困りましたわ。ハルグ、ごめんなさい。今は話している時間はないの。私と話したければ、私を借りてちょうだいな?」
「えっ」
「そんな悲しい顔をしないで。もう昔とは違うの。アナタも……大人になった? のだから。今は……高校生のようだけど」
「……わかりました! バイト頑張って、主様を借ります!」
「ええ、そうしてちょうだい。それじゃあね、ハルグ。健やかに」
そう言って目を伏せて去っていく彼女に深々と礼をする。主様。主様だ。主様がエピソードセンターに……。
「でも何故、等価人形に?」
その辺りも含めて、彼女を借りられるように頑張らねば。
*
そんな。
なんかめっちゃ張り切ってる様子の友人を遠巻きに眺めるは俺。俺の名はライ。今朝から突然キショくなったハルグ・ナインの悪友で、"主人公"の属性持ちとかいう勝ち組である。まぁナインもそうなんだけど。
アイツと違う所は、俺は"裏切り者"の属性も持っているってところカナ!
「というわけでご報告でぇす。えーと、S-22XUだったかな。全自動等価人形の女性型。ボスのお気にのナイン君がアルジサマ、なんて呼ぶ存在……心当たりありますかね?」
──"十中八九、ジニーだろうな。前世で私のライバルだった者だ"
「ボスが勝手にライバル視していただけ、でなくぅ?」
──"軽口は程々にしておけよ、ライ。それよりどうだ。他の属性持ち達の様子は。わざわざエピソードセンターが関わってきた程だからな。何か大事があったのではないのか?"
「"聖女"属性と"勇者"属性がなんだか仲睦まじい様子。"複製存在"と"夢渡り"が"正解"に接触したって所までは知ってますよ。ただ、学校全体を揺るがすような事件、みたいなのは起きてないっすねぇ。ボスの方はどうですかい、特に"星詠み"はなんか言ってねぇです?」
──"暁"に動きはない。相も変わらずあの星でガーデニングに勤しんでいるようだな。ただ、"頁"に動きがあった。それも"暁"の方ではなく、此方の誰かにその焦点を当てている。エピソードセンターの人形共が動き出したのも同時期だ。無関係ではあるまい"
「動向を探れって事ですね、了解でぇす。んじゃあそろそろ切りますよ。"勇者"が近くにいるんでね」
──"あぁ、また何かあったら報告を"
ぶちっと切る。喋り方が尊大すぎて話が長いってのは欠点だなぁなんて失礼なことを考えながら、曲がり角より現れた少女……"勇者"の属性持ちに声を掛ける。
「よぉ、アメイロちゃ──おっと!」
たわわに実った胸と、それに釣り合わぬ低身長。つまりロリ巨乳たる少女アメイロの肩に手を乗せようとした瞬間、確実に腕をぶった切るコースで一振りの剣が振り下ろされた。即座に手を引っ込めれば、そのすぐ下、床にはさっくりと切っ先のめり込んだ長剣が。危ない所じゃねんだよなぁー。
「ヒカリ、だめだよ!
「すまない、アメイロ。だがコイツは危険だ。今確実にアメイロの胸を触ろうとしていた。私にはわかるんだ」
「触ろうとしてねーし」肩に手を乗せようとした、って言ってるだろ。言ってないけど。「というかオメーなんなんだよ、昨日まではいがみ合ってた癖にラブラブじゃねーの。なんだ、セックスでもしたかい」
「は、はぁ!? なななな何言ってるの!? そんなのするわけないじゃん! 女同士だよ!?」
「するわけ、ないのか? アメイロ、私はお前となら……」
「ヒュウ。砂糖が口から出そうだ。というかお前ら前世持ちだろ、特にアメイロちゃん。"前"は女を食いまくってたって──あぶねっ!?」
先ほどの斬撃とは比べ物にならない速さの横薙ぎが俺の首を飛ばそうとする。威力も桁違いで、周囲の壁にくっきりと痕跡がついたのを目にした。というか避け切れていない。首の皮一枚、薄皮一枚が切られている。「殺す気じゃねーの、おいおい」。藪蛇とはまさにこれである。
「ライ君がヘンな事言うからだよ!」
「可愛い子ぶっちまってまぁ、結構結構。ロリ巨乳のボディ手に入れられて良かったなぁ勇者殿?」
「その辺りにしておけ、ライ。アメイロが暴走すると、手が付けられん」
「"聖女"にまでそう言われてちゃあ世話ねぇな」
まぁ、悪かったよ。そう言って背を向ける。ひしひしと首筋に刺さる殺気を無視して、自身の教室へと戻る。向かう。"聖女"ヒカリと"勇者"アメイロ。どちらも前世持ちで、アメイロの方は素性が割れている。"前"では"魔王"と相討った最強存在で、男。世界中の美女という美女を食い散らかした上での戦死と来たもんだから、そりゃあ色々なしがらみがわんさか。それが今やロリ巨乳と。神様の悪戯ってのは怖いねぇ。
ヒカリの方は前世持ちであるのは分かっているのだが素性がわからない。本人曰くただの騎士とのことだが……さぁて。
「あぁ、そうそう。一つ伝える事があったんだ」
「戻ってくるんじゃあない。今ようやく落ち着かせることが出来そうだったのに……」
「すまんすまん。だがよ、お前らにとっても大事な事だぜ。ウチのボスからの情報提供さ。"頁"がこっちを見てるってよ」
「……それは、情報提供感謝する、と言っておく」
「あいよーん」
今度こそここを去る。
楽しくなりそうで、俺は嬉しいよ。
*
魂は巡るものである。
それは世界一般、超常識的な事として知られた法則。
覚えているかどうかは必ずではないにしても、ほとんどの魂に前世がある。そのまま人格を引き継いでいる場合もあれば、二重人格のように前世と今世の人格が同棲している場合もある。時には前世覚えていなくとも前世の人格が居座っている事もあり、そのメカニズムはまだ解明され切ってはいない。
そんな魂についての研究の中で、少しばかりは解明された事。それが属性だ。
"主人公"、"悪役"、"賢者"、"従者"等、様々な属性が魂には紐付けられている。本人の人格や性格とは関係なしにその属性は周囲及び当人に影響を齎し、例えば"賢者"であれば「誰かに知恵を授ける役目」、"悪役"であれば「悪事を成し、悪意を運び、悪である役目」といった運命、宿命とでも呼ぶべきものがその人生に付随するのである。
これら属性は魂が巡る都度加算されていく。覚えていれば前の属性を知る事も出来るだろうが、忘れてしまっていたら大変だ。自身の属性を知らない"天災"や"非情"といった属性持ちの犯罪者が過去既に出ていて、彼らは完全な無自覚で、なんなら善意を以て行動して、恐ろしい被害を周囲に齎している。
故に自身の属性を知る事は何よりも大切で、それに逆らわない事もまた大切な事だ。
「ティルエット、聞いた? "頁"の事」
「はい。こちらの星に目を向けたと……迷惑な事ですね」
「ティルエットでも迷惑とか思うんだ」
「思いますよ。これから一体幾人が巻き込まれて、幾人が死んでいくか。それを考えるだけで悲しくなります」
「正解は、見えてるの?」
「残念ながら。
属性には強度がある。"占師"よりも"予知者"の方が、"魔族"よりも"魔王"の方が、"枝葉"よりも"樹木"の方が。そういう同系統でより強きもの、のようなものが存在し、それらはそれぞれの影響力で優劣がある。
「"正解"の上って何よ」
「"真実"、ですかね。"頁"も一応私と同系統ですよ」
「うげ、"真実"は私にとっても同系統かも」
「"複製存在"ですからね」
私はただいるだけで正解を叩き出せる。そういう属性を持っている。しかし正解では真実は見えない。その場における正解行動は必ずしも真実を突き止めるわけではなく、その行動こそが真実を曇らせるのであれば、私に正解がわかる事は無いだろう。"真実"が真実を有している内は、だけど。「"暁"は動いていないそうで」。"暁"と"黄昏"。時間系、概念系における最上位の属性だが、今所在が分かっているのは"暁"だけ。ソレは遠い遠い宇宙の向こうの星に居座っていて、こちらに干渉してくる事はほとんどない。
……過去に一度だけ、"技術者"が……彼自身が知らない属性として持っていた"愚者"の"技術者"が、彼の星への到達を試みた。数週間後、完全に破壊された宇宙船と共に彼の死体が
「"頁"がこちらに目を向けたという事は、近々大規模な争いが起こります。あるいは"筆"がこちらに入り込んでいる可能性もありますね」
「"筆"?」
「ああ、知りませんか。"暁"に対する"黄昏"のように、"頁"にも対とるなる"筆"がいるんです。ですが降りてくることの無い"頁"と違い、"筆"は神出鬼没。どんな姿にもなれる上、様々な事が行えます。筆の気向くまま、赴くままにね」
「ふぅん。メーワクな話だね?」
「ええ、そうです」
本当に迷惑な話。
世界が始まってから延々と続けられてきた"頁"と"筆"の戦いに巻き込まれるのが確定しているのだ。これが迷惑でなくして、何が迷惑か。「お互い、生き残れるといいですね」。楽観的なような、悲観的なような笑みを向ける。
「そんなに生存欲求ないけどねー」
「……そこは嘘でもそうだね、というところですよ」
「"正解"の前で嘘を吐いてもなぁ」
いくら"複製存在"とはいえ、その生存意識の希薄さはどうなのだろう、と、正解ではなく倫理の部分が言う。
そんなのは、人の勝手。
確かに。
「そういえば情報くれたライ君、首に怪我があったけどどうしたんだろうね」
「ああ、あれは勇者に斬られたんですよ。おふざけの代償です」
「それは正解?」
「はい」
だから別に、同情しなくていいよ、というコト。