かわいそうなのはぬけない 作:かまぼこ
見通しが悪い山ほど、迷うものはない。
小規模な凸凹道を通っても、木々が生い茂っているような山中では視界が制限され、変わり映えのない景色は、人間の方向感覚を著しく狂わせる。遭難者の大体は、自分が登っているのか、降りているのかすら曖昧になってしまったために起こり得るものだ。これが冬の雪山であれば、死亡率は恐ろしい程に上昇する。
「ネネカ様! ノウェムが戻って参りました!」
『お疲れ様です、ノウェム。足止め、ご苦労様でした』
「へへっ、ネネカもマサキも上手くやったな」
故に、彼らの合流地点もそのような山の中に決めた。【
虎穴に入らずんば……というほど、彼らにとってもリスクのあることでもない。ネネカの分身が
この変身はネネカの力の大部分を使ってしまうが、かの【
トモ、と言ったか。あの新米騎士を撒くのに時間がかかったからだ。荒削りではあったが、あの速さには目を見張るものがあった。それに加え、ノウェム自身も居ないはずの相棒頼りな立ち回りをしてしまったせいもある。前ならアイツが目くらましなり何なりして、さっさとトンズラすることができたのにな、と感傷的になるノウェムであったが、悪い癖だと思考を切り替える。
「──────っと、久しぶりだなダイゴ! 元気にしてたか? アタシは元気だぞ!」
「あ? ンだお前?」
今回のターゲットであったダイゴに声を掛ければ、やはり怪訝な反応が返ってくる。
……わかっていたし、慣れていたつもりだったが、それでもノウェムは気分が落ち込む。一時的な共闘ではあったが、それでも一緒にあのプリンセスナイトと戦った仲だ。悲しくないはずがなかった。
そんなノウェムを見てか、変身を解いたネネカは背後から声をかけた。まるで母が娘を元気付けさせるように。
「彼もプリンセスナイトです。オクトーと同じように、時間をかけて戻していきましょう。彼に試す前にいい実験になりそうですし」
「っ、ああ!」
「……おい、今実験っつったか? 俺、もっとヤベェやつらに捕まってんのか?」
「よかったなダイゴ! 正直、私は少しお前が羨ましいと思っている!」
「コイツはコイツでヤベェな……」
満面の笑顔で被検体扱いを是とするスチャラカ野郎にドン引きする中、ノウェムはついぞ現れなかった我らがギルドマスターの姿を探した。
「あれ、シャルルはどうしたんだ?」
「必要な犠牲でした」
「嘘だろ!? 着地ミスったのか!?」
しれっと顛末だけを口にするネネカ。
何ともアホらしい死に方をしたものだと思ってしまったノウェムであったが、その思考も突然の地響きによって中断させられた。
木に止まっていた鳥類の魔物たちが、逃げるように騒ぎながら散らばり始める。
何事か、とノウェムはネネカに視線を送れば、その答えは簡単に返ってきた。
「誤解を招かせてしまったようですね。彼ならクリスと戦闘になりました」
「クリスティーナ……!」
げぇ、と露骨に顔を歪めた。
ネネカと同じく、【
【
記憶を失っているせいもあり、こちら側に引き入れることは無理だろうと、ギルドとしては接触は避けていた。
にもかかわらず、こうして遭遇してしまったわけだ。一同は、作戦の立案者のシャルルが会議の後にポロッと言っていたのを思い出した。
『クリスぅ? バッカ、アイツがこんな詰まらない作戦は参加しないだろ。ついでにアイツの家に商人や貴族たちを経由させて、開拓地産の稀少な茶葉を送っておいた。作戦中は門番とか言っておいて王女陛下サマと仲良くティータイムしてるさ』
あと、なぜかわからんが真那のヤツは俺とクリスは会わせたがらなかったから今回も大丈夫だろ、とも言っていた。思えばこれがフラグというものであったとも知らず。
前世と今世では【
たとえ団長や陛下の命令でも反故にするレベルに、クリスティーナが日々に退屈していたこと。
楽観視していたシャルルの誤算は、この二つが大きな要因であった。
「マサキ、ノウェム、私達は先に戻りますよ」
「はっ!」
自分の蒔いた種だ。目的は果たしたのだから、あとは好きにやればいい。ネネカは踵を返し、当然のようにマサキはそれに続く。
「……しゃーないか。ダイゴ、また【
「いいのかよ。仲間置いていくのか?」
「ネネカが大丈夫って言っているし、大丈夫だろ」
投げやりにのようにも聞こえるが、ノウェムは本心から口にしていた。
確かに、相手は敵勢力の実質的なナンバーツーだ。
一応、こうなることを誘導したのはネネカであるが、別に使い捨ての囮として扱っているわけではない。このメンバーでは
彼らは、誰一人として己のマスターが負けると考えていなかった。
「オマエは覚えていないかもしれないけどさ──────昔、クリスティーナがマスターをしていたギルドがあってな」
ノウェムが、懐かしむように語りかける。
【ラウンドテーブル】──────現実世界のクリスティーナと、プロのゲーマーたちで構成され、この世界に限らずあらゆるゲームの世界大会を席巻していったチームである。
元はクリスティーナが趣味で作った団体であったが、結果として実益も兼ねてしまったという稀少な例。それがアストル厶でもひとつのギルドとなり、前の世界では一大ギルドとして名を馳せていた。
「そんなプロのやつらと何度も抗争していたギルドがあったんだよ。オクトー……アタシの相棒は“ヘンタイの集まり”とか言ってたけど」
しかし、アストル厶にはそんな【ラウンドテーブル】に対抗するギルドがあった。
ただその日を面白おかしく生きられればいい、と言う考えのもと、強敵としてクリスティーナたちと抗争を仕掛ければ、互角に覇を競い合っていた。
「大丈夫だ! アイツが一番、クリスティーナの相手をしてたんだ! 今回も何とかなる!」
強大な力を持ちながらも、世界の覇権にも、ミネルヴァにも興味を見出さず、純粋に【レジェンド・オブ・アストル厶】というゲームを楽しんでいた者たち。
そのギルドの首魁こそ、今のノウェムたちのギルドマスターなのだから。
◆◇◆◇◆
ひとたび剣を振れば、それだけで山が削れる。
繰り返していけば、本格的に地図を描き直さないといけないところであったが、擦り傷の跡は次第に中腹から麓の方へと動いていった。
「ほらほら! 逃げてばかりではつまらんぞぉ! せっかく美人が誘ってやってるんだ! エスコートするのが騎士ってものだろう?」
「っはぁー!? 逃げてねぇし! 見晴らしの良いところに行きたかっただけだし! 勝手な解釈やめてくれませんかー!」
鐘を鳴らすかの如く反響する轟音と、後からやってくる衝撃波は土煙をあげながら地面を抉る。
シャルルとクリスティーナの衝突は、片手剣同士が衝突して生まれるようなものではない。二人の間で暴風が吹き荒れては、近くに潜んでいた魔物を吹き飛ばすほど。局地的な災害が出来上がるほどの戦いは、既に常人の次元を遥かに超えていた。
「あっははは! 素晴らしい! 団長ほどの重さや堅さはないと言うのに、なかなかどうして傷がつかない! 既に四肢が千切れてもおかしくないはずなんだがなぁ!」
「傷はついていなくても痛えもんは痛えんだ──────よぉ!」
上段から振り降ろしたシャルルの剣──────否、一瞬にして剣が槌に変形したのを見逃さなかった。
後退してそれは空を切るが、今度は地面が盛り上がり、棘のような岩山がクリスティーナの目前に襲いかかる。
「飛んでいけ!」
岩の向こうから、今度は剣を振われる。
剣にまとった炎が岩を包み、小型の隕石のようにクリスティーナに襲いかかる。
「こんなもの!」
この程度の攻撃であれば、彼女はその
視界が確保されれば、今度はどこか空気が乾燥するのを感じた。見れば、岩山の向こうにはさらに大きい氷塊が出来上がっている。
「──────頭冷やしな!」
風を纏ったハルバードを突き立てて吹き飛ばす。
枝分かれすることなく、ビリヤードのように一直線にクリスティーナへと発射されるも、今度は物量をものともせずに手に持った剣で叩き切られる。
「岩と炎ときて、今度は氷と風か。
……なんだオマエ、実は魔法使いなのか?」
「どうだろうな? そら、もういっちょ燃えろ!」
逆手に持った剣から炎の斬撃が飛翔する。
かつての自分の前任者の顔が浮かんだクリスティーナであったが、これも己の斬撃で相殺する。
その勢いで踏み込み、シャルルへと肉薄した。
一瞬で距離を詰めて振り抜いた剣は彼の脇腹へと吸い込まれるように命中する──────よりも前に、シャルルもクリスティーナの眉間に剣を振り下ろしていた。
命中するタイミングは全くの同時になる。
このまま振れば、互いに臓物をまろびだすことになるかの瀬戸際。クリスティーナが寸でで止め、鮮血が舞う前にシャルルが距離を離す。
「冗談だ☆ こんな剣捌きするヤツが魔法使いのはずないな!」
狂気的な満面の笑みとともに剣を地面に突き立て、一瞬だけ彼女の金色の長髪が舞い上がる。
空間にノイズのようなものが走る。
まさしく、それはギアを一段上げる合図。
本気ではあったが、ここからは全力での戦いをするつもりだと表していた。
「現出せよ──────!」
対照的に、シャルルは空に剣を掲げる。
すると、背後から翼が生えたかのように扇状に広がる羽の装飾が施された細剣の軍隊が現出する。
その数にして、十二本。
全てが、彼の周囲に展開し、意志を持っているかのように、剣先は全てクリスティーナに向けられている。精鋭の小隊に囲まれているような錯覚を覚えたクリスティーナにゾクリと鳥肌が立つ。
恐怖? 否、これは歓喜。
このような命のやり取りこそ、退屈を嫌う彼女が渇望していたものなのだから。
「ははっ、十三刀流なんて初めてだ! いいぞ! もっと私を楽しませてくれ!」
「初めて、か……やっぱりお前が何も覚えていないの、なんつーか調子狂うな。実は自分から望んで忘れるようにしたってオチか?」
「む?」
「悪い、余計なこと言った。始めようぜ」
水を差すような言葉をぐっとこらえ、今度はシャルルの方が攻勢に出た。
間合いを詰め、足元へ振りぬいた剣は空を切る。
回り込むように避けたクリスティーナは、がら空きになった背後へと回避不能の攻撃を放とうとする前に、宙に浮く細剣が襲いかかった。
彼女の権能で回避すれば、今度はまた別の剣が。
それも防御すれば、次はシャルルから鋭い突きが放たれる。
宙に浮く方の細剣を遠くへ弾き飛ばしたり、真上に飛ばされても、戻るまで残りの剣群がフォローに入る。反撃の隙を与えない手数の多さによる攻撃の密度は厄介極まりない。
「嘗めるなよ」
が、どれもクリスティーナの決定打にはなりえない。全方位に向けて剣を振れば、木々ごとシャルルたちが吹き飛ばされる。
当てるつもりはなかったため防御されるが、あくまで牽制も兼ねた攻撃だ。
仕切り直しをする──────前に、彼女の頬に水滴が落ちてきた。
「雨?」
上空を見上げれば、太陽が昇ったまま。
雲も純白で、雨なぞ降る気配はない。
ただ、先程真上に吹き飛ばした細剣が、空中に止まったまま剣先からスプリンラーのように水を噴射していただけだ。
クリスティーナは奥歯を砕きそうになるほどに歯を食いしばる。
彼女の権能──────【絶対攻撃、絶対防御】は、周囲のあらゆる情報を瞬時に計算、なおかつ不定的な乱数を都合の良い調整し、あらゆる“絶対”を導き出す異能だ。故に、【乱数聖域】とも呼称される。
だが、雨天時では機能不全に陥る。
雨粒ひとつひとつを無意識に計算してしまい、神がかり的な情報処理能力を持つクリスティーナでも限界に達するからだ。
「ツマラン小細工だな!」
この状況が偶然で出来上がるわけがない。
つまり、敵は彼女の弱点を知っていることを意味していた。しかも、想定よりも遠くに弾き飛ばしてしまったせいで、クリスティーナの
「ああ、小細工だよ。けどな、これで少しでもそのチートが不安定になればこっちのもんだ! ちょっとカッコ悪いけどな!」
一部分の、それこそ本当の雨や雪が降る時よりも圧倒的に範囲が小さいため、完全に封じることはできない。
けれど、ほんの少しだけ攻撃を浴びせられる隙ができれば、シャルルとしてはそれで良いのだ。
「勇士たち、突貫せよ!」
「ちっ」
雨よりも力強く降り注ぐ細剣群。
地面に着弾した瞬間、陥没が出来上がるほどの威力。ここで初めて、舌打ちしながらクリスティーナは自分の身体能力のみで後退しながら回避を行う。
好機と見たシャルルは、口元に笑みを浮かべた。
手に持っていた方の剣を投擲する。だが、それは何とか発動した権能によって当たることはない。彼の狙い通りに、地面に突き刺さり、雨によって濡れた地面一帯──────クリスティーナの靴ごと一瞬で凍らせた。
「なっ、氷か!」
「ダメ押しだ」
一歩踏み込み、地面に突き刺さった細剣を一本手に取る。
さらに一歩踏み込み、クリスティーナが回避できない体勢になる角度に潜り込む。
そしてもう一歩踏み込み、心臓めがけて突きを放つ!
上空からは小さな細剣から雨が降りしきる。
地面は足ごと氷漬けさせられる。
死角から、その身を串刺しにしようとしてくる男の剣。
絶対絶命の窮地──────望むところだ。
退屈していた中で、よくもこんな劇薬と出会ってしまったなと歓喜した。
この状況下でも、彼女は狂気的に笑う。
「いいだろう! ならば真っ向勝負だ!」
この程度の窮地は何度も切り抜けてきた。
権能の不安定になっているというリスクがあっても、喜んで賭けに乗ろう。
先ほどの投擲を避けた要領で、再び権能を発動させようとする。今度は敵を屠るために剣を振るうために。
幸い、わざわざ相手の方が自分の距離に近づいてきてくれているのだ。不調であっても、そこから“絶対に攻撃が命中する道筋”を計算することなぞ容易い。
あとは、全力の一撃を叩き込むだけだ──────!
「両断してやろう──────《
噴火と聞き間違うほどの轟音とともに、土砂が空へと噴出する。山に潜んでいた鳥という鳥たちが、逃げるように一斉に飛び立った。
◆◇◆◇◆
「これは酷いな……」
ジュンは、目の前の光景を見て絶句しそうになる。
その場所に駆けつけたのは、異形の魔物を全て撃退した後のことであった。
嵐が過ぎ去った跡のように木々は倒れ、地面は削れ、ところどころ焦げくさい臭いが鼻を刺激する。痛々しく抉れた地面を辿っていくと、ジュンの見知った顔が写った。
「クリスちゃん?」
「……おお、団長か」
いつものような飄々とした態度は鳴りを潜めたクリスティーナが、倒木に座りながらひらひらを手を振る。
なんでここにいるのか、門番の役割はどうしたのか、色々と聞きたいことはあったジュンだが、それよりもクリスティーナの姿が姿だけに、心配の気持ちが何より勝ってしまう。
「怪我はないかい!?」
「待て待て。確かに早く帰ってシャワーに飛び込みたいくらいに泥だらけだが、特に怪我はしていないぞ」
「あ、本当だ。良かっ……良くはないけど、うん、無事で何よりだよ」
相変わらず毒気が抜かれる人の良さに調子が狂うクリスティーナだが、己の上司にあたる人物に事の顛末を語った。
門番と称して陛下とお茶会をしようと思ったが、肝心の陛下の機嫌がすこぶる悪いため中止となり、暇で暇でしょうがないから遠征組に合流することにしたこと。
その際に空から不審な騎士が降ってきたため尋問。今回の襲撃犯の首謀者と判明し、交戦したこと。
地形が変わるほどの激戦の果て、手傷を負わせたはいいものの、逃げられてしまったこと。
「追いかけようにも、このような状態ではな」
「足が……ない?」
「感覚はあるし、別に切られたわけではないんだが……いかんせん立てん。正直、団長が来てくれて助かったよ」
クリスティーナが脚を伸ばすと、膝から下がまるで幽霊のように透けていた。
初めて見る光景にぎょっとするジュン。
どうなったらこうなるのか全く見当のつかない、それこそ、目の前のクリスティーナが使用する異能ほど不可解な現象を目の当たりにしていた。
それともうひとつ、不可解な現象が。
「どうした団長?」
「いや、ここまでやられた割に、クリスちゃんにしては大人しいなーって思っただけだよ。妙にスッキリした表情してたから」
「ああ、それか」
自分でもそう思うと、クリスティーナは頭を抱える。お気に入りの服をここまで泥だらけにされ、しかも敵にまんまと逃げられたこの状況。普段の彼女であれば憤りの果てに何かに八つ当たりしてもおかしくない。
「……ワタシがこうなったことに不思議と納得できるんだ。初めて相対する敵だというのに、ほんの少しだけ
まあそれはそれとして次会ったら倍返しするがな、とケラケラ笑うクリスティーナは、ジュンの知るいつも通りの彼女であった。
とにかく、このままにはしていられないと、ジュンは脚のないクリスティーナを背負い、部隊の合流地点まで運ぶ。
普段ならこれでも一悶着になるはずだが、今のクリスティーナは甘んじて身を委ねる。
「それで、クリスちゃんはどんな奴と会ったんだい?」
ジュンは肝心なことを聞き忘れた、と言いながら尋ねた。むしろそこを最初に聞くべきだろうに、とどこか抜けている上司に呆れながら、最後の打ち合いの後のことを回想する。
『かつて俺の勇士……ギルドメンバーの使っていた武器だ。殺傷能力はないが、
いつの間にか細剣を、歪な形の槍に変えていた男。つまり、元より相手はクリスティーナを斬り捨てるつもりはなかったわけだ。
クリスティーナとしては殺す気で放ったと言うのに、何たる侮辱かと思ったが、男には男なりに別の意図があった。
『……お前とはなんというか、何のしがらみもない状態で戦いたいんだよ。【ラウンドテーブル】と【十二勇士】の皆で、誰にも邪魔されずに、仕事だのミネルヴァだの何だの考えないで、ただ純粋にアストル厶ってゲームを楽しみたいんだよ、俺』
言っていることの半分は聞いたことのない単語ばかり。しかし、クリスティーナには不思議とストンと落ちていく。要は、こんな形で戦って決着をつけても満足できない、という意味だった。
『つーわけで今回は引き分けにしようぜ、クリス。また退屈になったら軽くでいいなら相手して──────まあいいや。じゃあ、またどこかであったらよろしくな!』
そんなことを言いながら、怪我人とは思えないほどの駆け足で去っていく。見れば、通った道の地面には血痕が点々としていた。
理由はわからないが、最後の全力の一撃は男に傷をつけることができたらしい。単にあれは、本当は死ぬほど痛い中で自分が強がれる限界が来たから急いで帰ったとわかってしまった。
ほら、そんなアホ相手に怒りを覚えることすら馬鹿らしくなるだろう。
「次会ったら、そのアホ面を切り刻んでやるとしようか──────“
「ん、何か言ったかい? クリスちゃん?」
「今この状態で団長の首元に剣を突き立てれば、一体どんな反応をしてくれるかなと考えただけさ♪」
「クリスちゃんは相変わらずだね。この調子で、私と一緒に今回の任務失敗を怒られてくれると有り難いかな」
「断る☆」
この後、ボロボロのクリスティーナを見て、珍しく皮肉なしに心配したトモと一悶着があるが、それはまた別の話。
「……なあ、何で先に帰ってるんだよ? 俺、言ったよな? ちゃーんとみんな集合してから、お家に帰りましょーって、言ったよな? なんで先生の言うこと聞いてくれないのかなー?」
一方、そのアホ面の男は自力で拠点へと戻った後、腹の傷の痛みと仲間の薄情さに涙していた。
あれだけの強敵とシノギを削ったと言うのに、出迎えてくれたのは苦笑いを浮かべるノウェムだけであった。
「いやだってネネカがさぁ……」
「……ネーネーカー?」
「状況判断です。それよりもはやく着替えてください。血と泥の臭いで不快です」
「それよりもまず先に俺に言うことあるよな?」
「おかえりなさい。よく頑張りましたね」
「……おう」
ひょっとしてネネカはこのままクリスティーナと相討ちしてくれれば良かったとか考えているのだろうか、と悪魔的な考えが過ぎっていたが、シャルルはそれはないと切り捨ててしまった。
シャルルが消えれば、この
……断じてチョロくはない、と自分に言い聞かせながら、羨ましそうな視線を送るマサキを無視する。
「よぉ、アンタがギルドマスターだな?」
と、今度は筋肉質な強面の男が話しかけてきた。
こうして対面するのは初めてになるが、彼が今回の
「ああ、俺がギルドマスターだ。俺が、ギルドマスターだ」
「なんで二回言ったんだよ」
「悪い、ちょっと自信がなくなりかけてた」
同情するような視線を送られるシャルル。
見た目はヤンキーでも、倫理や常識が備わっているようでホッとしながら、ダイゴにこのギルドの目的を伝えた。
「俺達の目的は以上だ」
その上で【
やはりというか怪訝な顔をされてしまうものの、すぐに彼らしい好戦的な笑みに戻る。
「
「うっし、これからよろしくな! また一緒に戦えて嬉しいぞ! あとはオクトーだけだな!」
「オクトー? ああ、なんか相棒とか言っていたヤツか」
一気に賑やかになる
遠くから眺めれば、ある種の同窓会のように思えてしまう。全てが全て元通りになったわけではないにせよ、それでも小休止にはなる。
既に【
つまり、偽りのユースティアナ王女──────千里真那への宣戦布告を意味しているのだから。
こうして彼らは、本格的に活動を開始させた。
元の世界に戻るために。己の目的を達するために。
「まあ、何にせよだ! ようこそ【アストル厶帰宅部】へ!」
「おい、何デタラメ言ってるんだよ! アタシたちは【天楼覇団剣】だって言っているだろ!」
「いいや! 【ネネカ様を崇める私〜その他とともに〜】だ! 往生際が悪いぞ二人とも!」
「マサキまた名前変わってんじゃねぇか!」
「このギルド大丈夫かよ……」
「同感です」
そして、このやり取りもいい加減鬱陶しいと思ったネネカによって、ようやくこのギルド名騒動にも終止符を打たれることになる。
名称が決まらないのは面倒だろうと、納得するしないにかかわらず説き伏せ、不平不満が残る中で彼らのギルド名は決まった。
──────【
というわけで誰得な戦闘回は終了です。
一応、これがギルドストーリーとして3話分やらせていただきました。無所属組はギルドに属してないからって、3話分のストーリーが省かれるの不公平だルルォ!? アオイちゃんだってフォレスティエであるんだからもっと出番を増やして欲しいと思って書きました。
それも終わったので次回からようやくかわいそうな娘が出ます。何卒。