かわいそうなのはぬけない   作:かまぼこ

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 前回更新時に日刊6位まで行きました。感謝です。
 感想や評価、誤字報告もありがとうございます。返信はできておりませんが、内容は全て見ています。励みになりますのでドシドシ頂けますとありがたいです。


猫耳娘に耳が四つあるとぬけない

 人は博打に惹かれる生き物だ。

 一攫千金を夢見る者もいれば、ちょっとした小遣い稼ぎが目的の者もいる。最近は、側で観戦することが目的の者も少なくない。

 楽しみ方はそれぞれあっても、スリルを求める者にとってリスクリターンの世界は、時に麻薬のように魅了されてしまう。

 

 ランドソルでは、モンスターレースという娯楽が流行り始めていた。

 魔物と魔物をレースで競わせ、着順を予想し、的中すればより多くの配当を受け取れる。現実でいうところの競馬である。

 

 魔物を使うという特性上、有事の際を考えて民間人への被害が及ばない地下でひっそりと行われていたが、近頃は娯楽に飢えた国民たちでごった返していた。

 王宮の施策により、劇場などの娯楽施設が件並み取り壊されている中、この競技は王宮公認であるため、刺激を求めた国民たちが流れ着いてきたわけだ。

 

 

「4番標識を超えて直線に入る! ここで二番手のプリンニシテヤルノが伸びていく! プリンニシテヤルノがぐんぐん伸びる! 内から先頭のゴメユイを躱すか! 躱すか──────二頭並んだところでゴールイン! そのあと四魔身空いてヘンタイフシンシャサンが三番手、マホマホクルリンパーが四番手になりました!」

 

「おーおー、賑わってんなー」

 

 

 誰もが白熱したレースを繰り広げる魔物たちに釘付けされる中、客席の隅をシャルルは歩いていた。

 クリスティーナの激戦で負った傷も癒え、活動を再開させた彼はランドソルへと向かっていた。

 

 結論から言うと、アストライア大陸外での活動には見切りをつけた。ダイゴはもちろん、ネネカやマサキもランドソルを中心に活動していたことから、他の【七冠】もアストライア大陸にいる……もしくはこれから来る可能性の方が高いと判断したからだ。他の大陸で、きな臭い情報がなかったわけではないが、前世でも今世でもソルの塔周辺、かのプリンセスナイト中心に事態が動いていく予感がしていた。

 

 とはいえ、シャルルは堂々と表を歩ける存在ではない。かつて王宮勤めをしていたとしても、今では国家転覆を図ったお尋ね者にされていてもおかしくない。

 そのため、ノウェムたちギルドメンバーが使っている潜入ルートを辿り、こうして地下の賭博場を経由しているわけだ。

 

 ……ギルドメンバーといえば、そういえば。

 

 

「【冠の王権】ねぇ……」

 

 

 つい最近、ようやく決まったギルドの名前を復唱する。

 【七冠】を擁するギルドとしては相応しいのかもしれない。しかし、わざわざ“王権”なんて大逸れた言葉を用いることにどこか引っかかるものがあった。

 

 これでは“【七冠】の中の王様”を自称しているようにも感じられてしまうのではないだろうか。

 その名付け親がネネカであれば尚更だ。彼女は【七冠】の誇りはあれど、己の得意分野以外の優劣にそこまで関心を見出さないタイプのはず。

 

 では、一体何の意味があるだろうか……と考えれば、やはり事あるごとに“神”を自称する真那への当てつけしか考えられない。

 もし本当なら、余程前世の裏切りを根に持っているのだろう。自分は二の舞を演じないようにしようと肝に銘じ、それはそれとしてカッコ良い名前だから由来は何でもいいやと思考を停止するシャルルであった。

 

 閑話休題。

 

 客席から外れ、実況も聞こえなくなる場所に出る。

 周りを見れば、檻の中に入れられた魔物たちで囲まれていた。大小分かれて積まれた檻の数々はまるでモニュメントのようだ。

 

 

「へぇ、グラスリザードやサンドボア……それにエルダーホーンやバーンザウルスまでいるのかよ。よく捕まえたなー」

 

 

 レースという特性上、四足歩行の魔物が多かったが、中には大型のものまで取り揃えていた。

 きっとこの催しの目玉にするつもりなのだろうが、目つきがまさに野生のままで、まだ調教は済んでいない。

 

 いくつかはネネカとマサキの実験で見たことはあるが、こうしてバグが発生していないありのままの姿を近くで見るのは久しい感覚だった。

 

 

「誰かいるのっ!?」

 

「やっべっ!」

 

 

 人の気配を感じたシャルルは物陰に隠れる。

 探知よけのアクセサリーが手元にあるのを確認し、こっそりとその場を抜け出そうとする。

 

 

「探知も反応なし、っと。気のせいだったのかしら? まあ、こんなところに来る物好きなんていないわよね」

 

「………………」

 

 

 聞き覚えのある声と姿に、動きが止まった。

 物陰の隙間から覗けば、黒装束の獣人の少女が尻尾を振りながらホッとしていた。

 

 一方、頭を抱えるシャルル。

 その少女に見覚えがあるどころか、むしろ王宮を離れることとなったきっかけ(・・・・)になった存在だからだ。

 

 

「…………なんでアイツこんなところにいるんだ?」

 

「ふふん。前から訓練で使っていた森が使えなくなったから、あいつから教えてもらったこの魔物調教の仕事、割のいい副業よね! “陛下”から下賜して頂いたプリンセスナイトの力を使いこなす訓練をして、さらにバイト代も貰える! まさに一石二鳥! “陛下”からお小遣いなんて貰えないし、ちょうど良かったわ〜」

 

「マジか、特に聞いてないのに全部わかっちまったよ」

 

 

 さっきまでとは別の意味で頭を抱えるシャルル。

 環境が環境だけに性格は色々と荒んでいるが、根は素直な子だ。今のような迂闊なところも相まって、彼にとって少女──────キャルは放っておけない存在だった。

 

 

「さてと、仕事仕事。さあ、私にひれ伏しなさい!」

 

 

 先端に魔導書がつけられた杖を突き立て、その力を発動する。

 彼女に与えられた能力は魔物の操作。

 原則、本能で動く魔物を意のままに操ることができるプリンセスナイトの力だ。

 同じく魔物に干渉するマサキの能力とは別方向の力だが、その気になれば軍勢を作ることすら可能になる。もっとも、元よりプリンセスナイトの力は男性が持つ力であるためか、彼女は使いこなせないでいる。

 

 

「ふふっ、高位の魔物も操れるようになってる。上達している証拠よね!」

 

 

 とは言うものの、時折、面倒を見ていたシャルルからしても未だお粗末な出来だと思う。しかし、あらためて彼女の顔を見れば、随分と機嫌の良さそうな笑顔を浮かべている。

 同じ職場(王宮)に居た頃、理不尽極まりないパワハラを受けている姿を傍から見ていた身としては、それだけでも胸に込み上げて来るものがあった。

 自分が居なくなった後でも、息災のようで何よりだ。

 

 

「……行くか」

 

 

 であれば、わざわざ会う必要はないだろう。

 後ろ髪を引かれるが、既にもう敵同士になってしまったのだ。キャルにも、シャルルの抹殺命令が出ていてもおかしくない。いきなり会って戦闘になるなんて、覚悟が決まっていないシャルルには些か辛すぎる。

 

 

「よしよし、良い子良い子……あ、いい事思いついたわ! ちょうどエルダーホーンとバーンザウルスもいるし、大型の魔物を複数操る訓練もできるじゃない! もしできるようになったら“陛下”もお喜びになるはず!」

 

「は?」

 

 

 視界に入らないように通り抜けようとした矢先、すぐに足を止めてしまう。

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 向上心があるのはいいことだろうが、気づいているのだろうか──────この手の能力に調子に乗って力を過信した者が辿るお決まりを、ストレートに突っ走っていることを。

 能力発動中は無防備になることを忘れてしまっていなければいいのだが、

 

 

「……お、思ったより魔力持っていかれるわね? ちょっ、暴れるな! まだ片方の命令を入力している最中なのに──────熱!? うそ、集中途切れちゃ、ひゃああ!?」

 

「だああっ! やっぱりかよコンチクショー!」

 

 

 能力の行使が不安定になり、興奮状態になった魔物が檻を突き破ってきた。

 お手本のような流れで窮地に陥るキャルを放っておけず、シャルルは魔物より怖い女相手に使用した歪な槍を投擲した。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 結論から言うと、魔物たちが脱走して暴れ回る前に、沈静化させることができた。

 檻は熱で溶かされていたり、突進で曲がっていたりしたが、日曜大工さながらの突貫工事で直し、さらには魔法で強化する。これで暴れても逃げられることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから能力使うときはその魔物の特性をしっかり調べてからにしろって何度も言ってるだろ? 無防備のまま襲われて食べられでもしたらどうすんだ?」

 

「ひゃい!? ご、ごめんなさい!」

 

 

 だが、もう一匹の猛獣(シャルル)を前にキャルは完全に萎縮していた。正座して頭を擦りつけているのは謝罪の意志を示すためだけではない。単に顔を見上げたくないからだ。

 目の前の男は、いつも緩い空気でヘラヘラしているくせに、本気で怒ると手がつけられないタイプである。キャル自身、神様同然に崇めている“陛下”に詰められている時がフラッシュバックし、今にも吐きそうなくらいの心境であった。

 

 幸いにも、そんな時間は長くは続かない。

 本気で怒るつもりがなかったのか、思ったよりもキャルが怯えていたせいで後ろめたくなったのか、ため息を吐いて腰を落とす。その気配を感じて顔を見上げると、シャルルは、困ったやつを見るような目で見ていた。

 

 

「ったく、挑戦するならせめて護衛つけてからやれって。お前、あれくらいの魔物なら仕留めるだけなら独りでもできるだろ。せめて無防備になる間の盾役がいれば、ミスった時でもどうにでもなるってのに」

 

「な、なーにが護衛つけろ、よ! そもそも、アンタが居なくなるから独りで訓練しなきゃいけなくなったのに、何偉そうに説教してんのよ!」

 

「するわバカヤロウ。いい加減、お前が居なくなったら悲しむやつがいるって自覚持てって」

 

「えっ」

 

 

 ようやく出た悪態も、純粋な善意によって一蹴される。

 とはいえ、キャルも迂闊な行動であったのは事実だと認めざるを得なかった。いつも兄貴風というか、父親風をピューピュー吹かせてくることにはムズムズするが、助けられた身としては何も言い返せない。

 

 そんなことよりも、だ。

 キャルには真っ先に聞きたいことがあった。

 

 

「そもそも、アンタ今までどこにいたのよ?」

 

「は? お前、アイツから何も聞いてないのかよ?」

 

 

 “陛下”のことを『アイツ』とか『ヤロウ』とか呼称する、不遜で不敬な態度は相変わらず。

 頭が高いと何度も言っているのに改善しようとしないのがこの男。忠誠心は勿論のこと、傍から聞いていても胃が痛むのでアレコレ注意をした。しかし、改善する気はサラサラ無い上に、“陛下”からお仕置きされるのはキャルの方。理由は“ ピーピー煩い”からとのこと。まったくもって理不尽である。

 

 

「聞けないわよ! “陛下”、アンタが居なくなってからいっつもご機嫌斜めだし、あたしが帰ってきたら物凄い形相でこっち睨んでくるのよ! あんな状態で何を話せっていうのよ!」

 

「ほーん、へぇー、そーなんだなー」

 

 

 諸用で、しばらくランドソルを離れていたキャル。

 王宮に戻ってきた時、何やら復興作業が淡々と行われていて、何事かと思って駆けつけたら、ドス黒いオーラを纏って睨んでくる主人(マナ)の姿が。

 あの時のキャルは本気で死を覚悟したというのに、この男は大変だったんだなぁとヘラヘラしていた。

 

 ムキー、と杖で殴りかかる。

 しかし耐久力の差か、防御していないにもかかわらず、傷一つつかないどころか、キャルの腕が痺れるだけ。まったくもって理不尽である。

 

 

「まあ、ほとぼりが冷めるまでは顔出さないほうがいいと思うぜ? ヘソ曲げたアイツ、距離を置いて時間経たないと直らないし、ご機嫌取りは諦めろ」

 

「でも、あたしが能力使いこなせるようになったって、いいニュースを持っていけば少しは……」

 

「マジでやめておけ。()ぶぞ?」

 

 

 この時のシャルルは全力で首を振っていた。

 何が、とは聞かないことにする。地位(クビ)かもしれないし、文字通りの(くび)かもしれない。とりあえず、妙に実感のこもった言葉に、黙って頷くことにした。

 

 話が逸れた。

 そもそも今の話は、シャルルが何をしていたかだった。

 言動から察するに、どうやらランドソルから遠く離れたところにいたらしい。であれば、これも知らないだろうとキャルは魔導書を開く。

 

 

「なんか街中で手配書回ってるんだけど」

 

「手配書?」

 

「これよこれ、懸賞金までかけられてるわよ」

 

 

 本当にランドソルから離れていたんだな、と思いながら転写魔法で撮影した手配書を投影する。

 

 

「どれどれ……何だこれ、頭悪っ」

 

 

 懸賞金であるが、ゼロの数が異次元すぎる。

 国家予算どころか、国全体に回っている金をかき集めても届かないような桁数が、紙面の隅から隅まで埋め尽くされている。殺意の表れなのかもしれないが、頭が悪いヤツから見ても頭が悪い内容であったことは今証明された。

 

 そんな頭の悪いヤツをジト目で睨むキャル。

 一体何をやらかしたのか教えろ、と目で訴えた。

 

 一方、シャルルは逃げ場がないことを悟ったのか、地面に胡座をかいて説明する。

 どうせ、何かの誤解か、しょうもないことなのだろう。

 キャルは高を括っていた。故に、端的な結論を聞いただけで卒倒しかけることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“陛下”と喧嘩したぁ!?」

 

「おう! そりゃあもう派手に殴り合ったぜ!」

 

 

 キラリ、とシャルルの白い歯が光った。

 抗う俺はカッコいいだろ、目で訴えているシャルル。先程、「トぶ」と言っていたが、こいつは物理的に空の旅をしてしまったわけだ。当然、キャルにはただの命知らずにしか見えない。

 

 

「偉そうにしてんじゃないわよ! アホじゃないの!?」

 

「アホはやめろ! 本当のアホに失礼だろ!」

 

「本当のアホはアンタよ! 逆にアンタ以上のアホって誰よ!? 聞かせてみなさいよ!」

 

「おういいぞ! 失恋のショックが大きすぎて、全裸になって大陸中を放浪したヤツの話するか!?」

 

「ぜっ……!?」

 

 

 曰く、長年求婚し続けた女性がいたのだが、どこの馬の骨とも知らない男と付き合い始めたことを知り、なぜか全裸になって各地を放浪し始めたとのこと。きっと、その男の脳が破壊されたのだろう。

 その後、全裸のまま道中の国に伝わる銅像に跨ったり、全裸のまま素手でワイバーンを倒したりと紆余曲折あったが、最終的に女装した仲間が駆けつけてきたのを見てようやく落ち着いたらしい。なぜ女装するという発想が思いついたのか。きっとその仲間の男も脳が破壊されていたのだろう。

 結果、失恋した男は露出癖を患い、それを止めた男は女装癖を患ったそうな。つまり悪夢の始まりである。

 

 そんな風邪の引いたときに見る夢のような、突拍子のない話を聞かされたキャルは、宇宙に投げ出されたような錯覚を覚える。しかし、正気に戻るのは早かった。一周回って落ち着くことができたからだ。

 今のシャルルは誰からどう見ても国家転覆を狙った大罪人である。であれば、あの手配書は納得だ。

 

 

「どうせ、またアンタがつまらない意地でも張ったんでしょ? はやく戻った方がいいわよ。ほら、あたしも一緒に謝ってあげるから」

 

 

 その言葉に、シャルルはピクリと反応した。

 今までの緩い空気が一変して、肌がチクリとヒリつく。

 

 

「お前、ほんと綺麗に地雷踏もうとするよな」

 

「な、何よ。何かあたし、変なこと言った?」

 

 

 珍しく恩を売れる機会に恵まれたから、というだけの打算での提案だったのに、無意識にキャルの尻尾が膨らんでしまう。

 “陛下”といい、この男といい、どこに地雷があるのか彼女にはさっぱりだった。

 

 こっちの話だから気にすんな、とシャルルから言われ、話題は打ち切られる。今のやり取りは何だったのだろうとも思ったが、彼は彼でキャルに聞きたいことがあった。

 

 

「それより、お前の方はどうなんだよ。金足りてるか? ちゃんと飯食ってるか?」

 

「金はこんなバイトしているんだから察しなさいよ。まあ、おかげさまで食べ物には困ってないわよ。とか魔物とか食わされるけど」

 

「虫」

 

 

 聞き間違いか、と思われていることを察したキャル。

 残念なことに、誇張抜きで事実だけを述べていた。

 

 

「なんなのあいつら! アホリーヌは頭おかしいくらいに悪食だし、コロ助は世間知らずの主さまバカだし、あいつは記憶喪失のくせに意味分かんないくらい顔広いし、あのギルド頭おかしいんじゃないの!?」

 

 

 『ヤバイですね☆』とスチャラカな笑顔のまま、慣れた手つきで魔物を捌く監視対象その一。

 その様子に疑問を持たず、主の着替えを手伝う田舎者のエルフの少女。

 そして、その年端もいかないエルフの少女から甲斐甲斐しくお世話されているくせに、外に出ればいつも誰かしら女の子と共にいる監視対象その二。

 

 “陛下”自らが監視しろと仰るからには、自分には計り知れない事情があるのだろう。そう信じて何とか付き合っているが、いざ思い返せば不満がボロボロと出て止まらない。

 

 

「ははっ、いいじゃねぇか。楽しそうで」

 

「ど! こ! が! よ!」

 

 

 にもかかわらず、シャルルはどこか嬉しそうにしている。頭おかしいのかと思ったが、よく考えなくてもこの男は頭のネジが外れた人間であった。

 

 シャルルの言葉に深い意味はない。

 単純に、見たままの様子を口にしただけであった。

 

 

「だって、お前笑ってるだろ(・・・・・・・・)?」

 

 

 彼が指差した先は、キャル自身の口元。

 手を当てると、確かに口角が上がっていた。

 

 ……ああ、確かにそうだ。

 いくら口先で取り繕っても、あのギルドに居心地の良さを感じているのは認めざるを得なかった。

 

 

「…………別に。どうせあたしはスパイだし。仲良くしたって、後で辛いだけじゃない」

 

「考え過ぎなんだって。敵だからって仲良くしちゃいけないなんて決まりあるわけじゃないんだ。

 ……ま、人間、そんな単純に生きられねぇもんなのはわかるけどよ。気が合うんだったら尚更だ」

 

 

 そうだ、そう簡単に割り切れるのであれば苦労はしない。

 【美食殿】と、あの少年は超がつくほどのお人好しだ。良い意味でも悪い意味でも。

 仲良くなればなるほど、スパイでいることに後ろめたさを感じさせる。裏切ることには心が痛む。

 しかし、あちらに寝返ることは絶対にできない。キャルの中では“陛下”の存在は絶対であり、文字通り人生の希望だったのだから。

 今のキャルは、腕と腕を掴まれて綱引きされているようなものだ。そのまま引き裂かれてしまいそうな胸の痛みは、果たして錯覚なのだろうか。

 

 

「……じゃ、またな」

 

「えっ、帰らないわけ?」

 

「ああ、あのヤロウがごめんなさいするまでは戻らねぇよ。達者でな」

 

 

 ふっきらぼうに突き放し、シャルルは立ち上がる。

 

 待って、と反射的に声が出てしまうキャル。

 なんだ、と振り返ってくれる男の顔は、何か覚悟を決めた表情だった。

 

 

「その……今度、どこかメシ奢りなさいよ! 虫料理とか、魔物料理とかじゃなくて、ちゃんとしたもの食べないと、舌が馬鹿になるんだから、手伝いなさい!」

 

 

 咄嗟に出てきた悪態に、シャルルは笑って手を振った。

 

 ……結局、“陛下”と喧嘩して出ていった後のことを聞き出すことはできなかった。

 けれど、自分の知らないところで何か事態が動こうとしているような予感がする。

 せめて次も会えるように、とつい口走ってしまった。

 

 ……ふと、キャルは彼が王宮にいた頃を思い出す。

 自分が傅いている中、シャルルは“陛下”の隣に控えていた。そして、キャルは自分が去った後の謁見の間を覗き見するのが日課であった。

 正門より大きい扉の隙間から覗いてみた二人は、互いに軽口……と表現するには毒が多めだが、険悪ではない、むしろ素を曝け出したやり取りをしていた。

 

 

 嫉妬がなかったわけではないが──────それ以上に羨ましかった。

 

 

 もっと頑張れば、“陛下”は自分の前でもあんな顔をしてくださるのだろうか。

 もっと成果を出せば、“陛下”たちは自分をあの輪に入れてくださるのだろうか。

 もっと自分がちゃんとしていれば──────

 

 

「はやく戻ってきなさいよ、バカ」

 

 

 無理矢理連れ戻すなんて出来やしない。

 かと言って、“陛下”のもとを離れることもできない。

 結局、キャルに出来ることは、子猫のように声を出して待っているだけなのだ。

 

 そして、檻へと押し込まれた魔物たちも回復する。

 暴れるようなことはせず、ただ俯くキャルを眺めていた。

 きっと、少しだけ檻が広く感じていたのかもしれない。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「いや、マジで手配書回ってんのか……」

 

 

 地上に出たシャルルは、久方ぶりのランドソルを散策する途中、掲示板に貼ってあった己の手配書を眺めながら呟く。偶然にも会ってしまった知己から聞かされていたが、こうして実際に貼られているのを見ると凹む。

 

 ちなみに、彼は変装も何もしていないが周りは誰も気づいていない。懸賞金の現実的ではない金額故か、国民からはイタズラか何かかと思われているのだろうか。ひよっとしたら、堂々としているからこそ誰も本人だと気づいていないのかもしれない。

 

 理由はどうあれ、巡回兵に気をつけながらであれば、街中を歩くことは問題ないと判断したシャルルはホッとした。

 ……断じて、手配書に書かれたシャルルの似顔絵が、本来よりも数割美形に描かれているから気づかないというオチではないと言い聞かせながら。

 

 

「ん?」

 

 

 ふと、シャルルは自分以外の手配書を眺める。

 そこら辺のゴロツキから【自分のことをユースティアナ王女だと思いこんでいる異常者】という尖ったものも散りばめられている中、気になったものがあった。

 

 

「……秘密結社【ラビリンス】か。

 うーん、怪しい! 名前からして実に胡散臭い!」

 

 

 ぼんやりと、その名前に縁がありそうな人物が思い浮かぶ。

 しかし、その者は真実や虚構、ミスリードを二重三重にも仕掛けて、文字通り迷宮(・・)のような煙の撒き方をする厄介な人間だ。決めつけて探りを入れた結果、痛い目を見た経験は数え切れない。

 

 どうしたものかと考えていたら、通信魔法が展開される。ノウェムからの連絡だった。

 また相棒関係かと思ったシャルルだが、すぐに認識を改める。【ラビリンス】のことも気になるが、今は頭の隅に留めておくだけで、シャルルはその場を立ち去る。

 

 

 

 ──────なんか、この世界に違和感を持っている感じのヤツを見つけた! どうすればいいかわからん! とにかく、ランドソルにいるなら合流するぞ! 

 

 

 彼女も彼女で、ちゃんと仕事をしていたらしい。

 すぐ行く、と返したシャルルは街を駆け抜ける。

 

 結局、離反の理由をキャルには言えなかった。

 今も真那と例のギルドで板挟みになっている中で口にするのは、さすがに心労が増えそうで憚られた。

 もう少し待っていてくれ。必ず俺が何とかしてやる。

 言い訳をしながらも、覚悟を入れ直し、鎧を鳴らしながら走り続ける。

 

 目指すは、少し特殊な事情を抱える孤児院へ。

 




 なんでこうプリコネの14歳は闇を抱えがちなのか。
 ちなみに全裸と男の娘の話は少し内容を変えています。
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