今日でついに10話目ですね。
これまで他の作者様方がやっておられた連続投稿というものに個人的に憧れており、ついにこうやって二桁の大台に乗った今、個人的にログインボーナスが欲しい(謎理論)。
そう思いながら何とはなしに呼符を投げていたら水着アビーちゃんが来てくださいました。ありがとうございます、育てねば(使命感)
当カルデアには楊貴妃以外のフォーリナーが揃っています(小声)
黒霧は慎重な男であり、虚言を口にするような性質でもない。
彼は自身で言った通りに、たとえ子供相手であろうと油断はしていなかった。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・神速
油断
しかしそれでも、彼の知る限りの
「ぐふっ!?」
重い打撃音が響く。
黒霧は一見不定形な身体の持ち主であり、実際に黒モヤのワープゲート部分は斬撃だろうが爆発だろうが有効打にはなりえない。
しかし実は黒モヤに変えられる部分は腕部と頭などの一部であり、胴体などの実体部分は黒モヤで覆い隠している。黒モヤに飛んできた攻撃は実体に届く前にワープゲートで別の場所に転移させればいいからだ。それを相手の肉体に飛ばしてやればお手軽なカウンターの成立である。
だが激しく運動すればどうしても黒モヤに濃淡が生じ実体部分が透けてしまうことがあるし、ワープゲートを繋げる前に、黒霧の反応速度を完全に凌駕した速度の攻撃にも対処できない。
めきりと黒霧のあばら骨が軋んだ。
しかもそれは行き掛けの駄賃。雷鳴が轟き雷光が迸るその軌跡にいたヴィランはすべてが一刀のもとに撫で斬りされ、声もなく崩れ落ちている。
意識があるだけ黒霧の優秀さが証明されてしまったが、当人には嬉しくもないだろう。
目的地である相澤の下にたどり着き、彼を拘束する脳無の手首を目掛けて一閃。だが、予想外の手ごたえ。分厚いゴムを叩いたのに似ているが、それよりもより極端に衝撃が吸収された。
善逸の今の武器は『双天時雨・曇天』。刀とは名ばかりの刃を持たぬ鈍器だ。彼のあずかり知らぬところであるが対オールマイトを念頭に文字通り『改造された人間』であるこの脳無は『ショック吸収』の“個性”を与えられている。相性は最悪だ。
それでも眠りに落ちた今の善逸には困惑も停滞もない。脳無の反撃が飛んでくる前に運動エネルギーを殺さずその場を離脱し、セントラル広場中央の噴水方面に跳ぶ。
着地。停止。激しい土煙。
そこでようやく周囲の目が追い付いた。
「はぁっ!? なんだいまの」
砂藤は驚愕の声を上げる。
彼は『シュガードープ』という、砂糖を摂取することで一定時間パワーを五倍にする増強系の“個性”を持っている。
だからこそ『増強系で何がどこまでできるのか』を体感的に理解している。その彼をして、瞬間移動と見紛うような善逸の速度は理外の範疇だった。
彼には知る由もないことだが、かつて鬼殺隊には“恋柱”
単純に筋肉密度が八倍あれば
そんな彼女ですら呼吸を極めた“柱”たちが腕相撲大会を開けば中の下、九人中下から四番目という位置付けだった。いかに極まった“全集中の呼吸”の強化倍率が狂っているか、その一端を窺い知ることができる逸話だろう。
「…………まさか」
驚愕しているのは障子も同様であったが、彼には砂藤にはない予備知識があった。
『変則的なスロースターターでね。スイッチが入っちゃえば同級生じゃ勝負にならないと思うよ』
かつて戦闘訓練時に五加に言われた言葉がリフレインする。
その言葉にたがわず、善逸はA組最強格の“個性”と実力を持つ轟と演習の半ばまでほぼ互角に戦ってみせた。その力量を表した言葉なのだと、今の今まで疑問にすら思っていなかった。
しかし、訓練とはいえ敵対した障子だから理解できる。今の善逸は動きがまるで別人だ。
「まさかあれで『スイッチが入る前』だったのか……?」
「二人とも、驚いている場合じゃないぞ! 我妻君が単騎で突出してしまった。助けに向かうべきか!」
今にも飛び出さんばかりの飯田。
彼はもとより真面目な少年であり、委員長の地位を緑谷に譲られてからは輪をかけてその地位にふさわしい己であろうと精神と行動を律するようになった。
仮に救助に向かうべきだという意見が一人からでも出れば、その瞬間に彼は飛び出すだろう。相澤と善逸の手により当初よりだいぶ数は減ったが、いまだに死柄木や脳無といった主犯格は健在であり、取り巻きの雑魚もいまだ優に十人以上はいるセントラル広場へと。
それが委員長であり、この中で機動力に最も長けた己の役割であると信じて。
「でもよう……」
おずおずと瀬呂が口を開く。
こんなことを言う自分に負い目を感じている、変身ヒーローじみた全身スーツのコスチューム越しにもそんな内面が透けて見える態度だった。
「我妻のやつ、ひとりでも大丈夫そうじゃね?」
全員黙った。
それは全員が否定の言葉を失うほどに、うすうす感じていたことだった。
シィイイイイと響く独特の呼吸音。ゆらりと目を閉じ、脱力した状態で立っているだけなのに、周囲の空気が鳴動するようだ。バチバチと彼の周りに放電の幻影すら見える気がする。
格が違う。少なくとも、取り囲んではいるものの完全に気圧されている雑魚たちにどうこうできる相手には見えない。あの善逸を見てもまったく怯む様子の無い死柄木と脳無が戦局の行く手を左右することになるだろう。
「あちらは我妻くんと先輩に任せます! 僕たちはこちらに専念。ワープゲートの処理と、救難信号を優先してください!」
「わかりましたっ! 我妻くんの攻撃が当たったんだもん。実体はあるってことやんね!!」
「あっちで
生徒を守るためやや離れた位置で黒霧と対峙していた13号がようやく追いつき、
生徒を戦わせるのは教師失格かもしれない。だが善逸により痛撃が入った今、このまま畳みかけたい。教師としてかくあるべしと振る舞う見栄よりも、より結果的に生徒たちの安全に繋がるように。13号は戦闘が不得手である自身を客観視できる大人だった。
こういうとき、えてしてうじうじと見栄やプライドで割り切れない男よりも女の子の方がスパッと割り切りが早いものである(外見からは判別できないが13号も女性だ)。ファン補整もあったのだろう麗日が真っ先に了承し、芦戸が続く。
「舐めるなよ、ガキどもが!!」
慇懃無礼な仮面が罅割れ、凶暴なヴィランとしての本性が顔をのぞかせた黒霧が咆えた。猛りを反映したかのように溢れ出る黒い靄に、ヒーローとその卵たちは臆せずに挑む。
ただひとり、じっとその場に立ち尽くしている八百万。その額には汗が浮かんでいた。
「……あとすこし……どうか、皆さま……!」
一秒一秒が山よりも高く分厚い壁に感じる。焦って構造を間違えては元も子もない。精密に積み上げた知識と経験だけがこの壁を穿つ針となる。そう信じて、背中を見送って。それが彼女の孤独な戦いだった。
「はは、速いや。速度だけならまさかオールマイト並みか? さすが雄英、金の卵は伊達じゃないか。もしかしたら下手なプロヒーローより強いんじゃないか。
でも悲しいなぁ。刀なんてヒーローには珍しい、あからさまな武器と思っていたけどさ。案の定、さっきの切りつけたときの音……刃を潰しているんだろ、それ?」
死柄木の声には愉悦が滲んでいた。
ふらりふらりと、不安定な挙動で頭を揺らし、小指だけを曲げた特異な手つきで己の髪をかき回す。
「ははは、知ってるかい、ヒーローの卵。刀っていうのはずんばらりと斬るためだけに病的な進化と取捨選択を重ねた末の形状をしているんだぜ? 殴りつけるなら鈍器だし、せめて叩き斬る剣にするべきだろ。
そんなお粗末な武器で俺の強い脳無と戦わなきゃいけないなんて、本当に可哀想だなぁ。せめて刃をちゃんと付けておけば、さっきの一撃で勝負がついたかもしれないのになあ。
自分と仲間と恩師の命を危険にさらしてまで、敵の命を助けようとするなんて。その傲慢さゆえに誰も助けられずに死ぬんだぜ、なあヒーロー?」
そんなこと、善逸は言われるまでもなく知っていた。
“個性”は基本的に何でもありだ。打撃無効や斬撃無効、果ては物理ダメージ無効などといったゲームじみた能力の持ち主も世界にはいるかもしれない。近接攻撃しかできない善逸には手も足も出ない敵にも、ヒーローの道を歩むのならいつか巡り合う日が来るだろう。
本当に血鬼術に似ていると思う。
それぞれに規則性や制限がないわけではないが、わりと頻繁に既存の物理法則を超越しているところとか。
仮にどんな強力な能力であろうと、戦うからには『勝てませんでしたごめんなさい』で済ませるわけにはいかないところとか。
あらゆる事態に万全の備えをすることはできない。
だがそれは、備えを怠っていい言い訳にはならない。踏みにじられるのはいつだって、誰かの大切なものなのだから。
刀の鍔に指を伸ばす。
ギミックを操作し、指紋認証を兼ねた第一ロックを解除。
「――
キーワードと声紋認証で第二ロックを解除。
気持ちよさそうに死柄木が囀り、相澤を拘束している脳無も内心を見通せない虚ろな目で動きを止めている今だからこそできる悠長な手続き。
場合によっては手遅れになることもあるだろう。それを承知の上で、それでもヒーロー免許をいまだ持たぬ身で、ヒーローを志すならば避けることのできないしがらみ。
ここまで入念な封印を経て、さらには雄英高にはあらゆる症例を治療できるリカバリーガールが存在するという前提があって、ようやく解放を許される『殺傷力』。
納刀された刀身に変化が生じていた。特殊セラミック部分が外れ、形状記憶合金があるべき形状を復元する。
内部の変化に伴い、鞘全体がひとまわり拡張。もとは曇天を構成していた特殊セラミックと融合した、新たな形態となる。
きん、と澄んだ音が準備が整ったことを
『双天時雨・雨天』。
ヴィランにすらも与えるダメージに考慮した『最低限の被害』がコンセプトの曇天とは異なる、『最小限の犠牲』と割り切った双天時雨のもうひとつの顔。
まさか在学中に本当に使うことになるとは、それもこんなに早く手番が来るなどとは仕様を発注した当時は夢にも思わなかった。
眠る善逸は感慨を抱かない。ただ己が成すべきことを成す。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・六連
ふたたびセントラル広場に閃光が奔る。最初の軌道を折り返すようにセントラル広場から階段を抜け、入り口ゲートへと舞い戻った稲妻は後衛として待機していた瀬呂の前に停止した。
「どわっ! って、我妻と相澤先生?」
「先生をまかせた」
諸説あるが、ひとりを効率的に包囲できるのは四人までであり、それ以上は仲間が邪魔になって逆に隙が大きくなるという。
それを差し引いてもA組の面々はつい先日はじめての戦闘訓練を終えたばかり。演習は一回の対戦につき十五分の制限時間で組まれており、実のところそれ以上は生徒の集中力が持たないと考えた方がよい。
さらに今回の相手は黒霧。黒モヤに明確な有効打を持っているのは13号のみ。必然的に教師でありプロヒーローである彼女が前面に出て、それ以外はサポートに回る形になる。
これがたとえば黒霧の妨害を掻い潜って入り口ゲートを突破し応援を呼びに行くといった状況ならば。13号は慣れない攻めを必要に駆られて行い、逆にカウンターを貰うこともあったかもしれない。しかし現状は八百万が準備を終えるまで一定時間守り通す防衛戦。刻々と形を変え迫りくる災害に対処する防戦は13号の得意とするところだ。
つまるところ入り口ゲート付近にいる全員が参戦している八百万防衛戦ではあるが、全員が全員忙しなく乱戦を形成しているわけではない。
近接しなければどうしようもない純パワータイプの砂藤などはともかく、後衛でも能力を発揮できる瀬呂は八百万の至近に留まっていることが多かった。
それこそ、傷ついた相澤をテープで応急手当する余裕がある程度には。
「おいおい。なに取られちゃってるんだよ脳…‥無?」
黒いフランクフルトのように地面に散らばる肉片。まるでもとからそのような形であったかのように、脳無の指が十本まとめてばらりと落ちる。
「ぐわあああ! お、おれの指がぁ!?」
「痛え、いてえよぉ! ひいい」
「拾ってくれえ! やめろ、踏むな!」
感情らしい感情を見せない脳無と異なり、相澤救出の帰りしなに切りつけられたヴィランたちは阿鼻叫喚の醜態をさらしていた。
部位欠損というのは痛みより、喪失に対するショックが強い。チンピラに毛が生えた程度の襲撃者たちは落とした指と同時に戦意までも喪失させる。とはいえ、斬りつけられた者の多くは四肢いずれかの負傷や、斬り落とされたとしても指の一、二本にとどまり、十指すべてを切断された脳無に対する善逸の警戒が窺い知れる。
「はは、はははははは! 切ったのか? 切り落としたのかおい。覚悟決まり過ぎだろ雄英高。入学してひと月も経っていないのにこれがヒーロー志望ってやつかよ。それとも暴力に対する抵抗が薄いだけか?」
敵連合の中では実力が突出しており、相澤救出の片手間に蹴散らせる十把一絡げの相手ではなかった死柄木は狙われず無傷。他人の痛みに対する共感性が低い彼は、形式上は同志であるヴィランたちの悲鳴の中で笑い声をあげた。
「切り替えか。はは、モードチェンジだカッコいいな。斬られたやつらの出血が異様に少ない。切り口が綺麗だってのもあるんだろうが、刀身の方にも何か工夫があるのか。ははは、ご立派なおもちゃだ。
鞘の変形とどう関係があるんだろう? ずっと納刀されっぱなしで刀身がなかなか見れないからわかりにくいな。ただ、手元の操作で自由自在に切り替えられるってわけでもなさそうだ」
死柄木の分析はきれいに当たっていた。
『双天時雨・雨天』はその名の由来である特徴、刀身が雨にうたれたように濡れそぼっている。これは切れ味を維持し、鞘内部での摩擦を減らして居合の速度を向上させる潤滑油であると同時に、切り口を消毒し止血も行う傷薬でもあった。薬液は変形した鞘内部から刀身に供給され、納刀のたびに補充される。
特殊セラミックの鞘が外れ軽量にはなったが、形状記憶合金の刀身が外れた分の余白を埋めたため間合いは変わっていない。純粋に軽量化による速度向上のみが見込める。とはいえ、鞘内部の摩擦係数が変わったり武器の重さが変動したりというのは使い勝手が変わるため単純に使用者にとって好都合とは限らないのだが……それを乗り越えてのヒーローだと製作者は割り切っている。カッコよさとロマンは時として何よりも優先されるのだ。
また、あまりに繊細な可変ギミックを組み込むと武器としての強度に不安が残るため、現場での変形は不可逆。雨天から曇天に戻すためにはサポート会社に送り再調整してもらう必要がある。
「……知っているだろうが雄英高にはリカバリーガールという最高峰の医療従事者がいる。斬り落とされた指が壊死するまえに自首して、治療を受けろ。間に合わなくなるぞ」
「自分で斬り落としておいてけっこうなご高説じゃないか。そもそも」
相澤を預け、ふたたびセントラル広場に舞い戻った善逸の警告を、死柄木は鼻で笑った。
「俺の脳無が指を失った哀れな改人だと思っているのなら、おまえはしあわせものだ。その幸福もこれまでだけどな」
脳無の指の断面から筋線維が盛り上がる。
かつての鬼殺隊、呼吸を極めた“柱”たちは内臓が零れ落ちるような重傷を受けてもなお血流を操作することで出血を止め、筋肉を引き絞ることで傷口を閉ざし、戦闘を継続することができた。
しかしそれと比べてもこれは異常だ。みるみるうちに骨が伸び、筋肉が纏わりつき、血管が紡がれ、最後に黒い皮膚が覆って元通り。きれいに爪まで生えそろっている。このようなあからさまな超常を、現代では“個性”と呼んだ。
「
なるほど、オールマイトはそのヒーロー性を象徴するように
完全にガンメタを決めた構成であり、これに命に届く切り札がプラスアルファされれば、本当にオールマイトを殺すことも可能かもしれない。実現するかはさておき、可能性はあるとヴィランが思わせるだけでも現代日本にとっては革命的だ。
指先の爪まで綺麗に再生した脳無に、死柄木はマスクの下でにやにやと嗤う。
「さあどうするヒーロー? 物理攻撃で脳無を鎮圧するのは無理だぜ。それとももうひとつ覚悟を決めて、一線を越えてみるか? そうしたらもう
脳無の特徴である剥き出しの脳はあからさまな急所だ。仮にこいつがバイオでハザードなゲームにクリーチャーとして登場すれば、初見プレイヤーの九割はそこを銃撃するであろうほどにあからさまだ。
しかし『ショック吸収』が“個性”であるならば脳震盪は望み薄。その上で人体の急所に活動停止に追い込むほどの威力を叩きこむのなら、まず確実にそれは殺人に繋がるだろう。双天時雨・雨天ならばなおさらのこと。
「…………シィイイイイイ」
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・六連
無言の回答は、相変わらず四肢を狙う連撃。
「無駄だって言ってるのがわからないのか?」
恐れおののいて欲しかったのだろう。葛藤してほしかったのだろう。動揺を見せず行動に移った善逸に、たちまち死柄木の声が苛立たし気なものに変わる。機嫌よさげにさまよっていた手はガリガリと首を掻きむしっていた。
切断されたことにまるで痛痒を見せず、脳無の四肢が再生する。そのことに善逸も動揺を見せず、再び構えに入る。
まるで落雷のような轟音。しかし再生される。
切断、再生、斬撃、再生、一閃、再生。
当然のことながら、脳無はただ唯々諾々と案山子のように斬られるだけではない。一振りで周囲の大気ごと薙ぎ払い雑木林を揺らすパワーとスピードで善逸に反撃を試みているが、雷光そのものと化した善逸の速度であしらわれている。
しかし一発当たればそれで終わりというのはすさまじいプレッシャーを与え、それを差し引いてもオールマイト級の肉体を持つ相手を翻弄するのは至難の業だ。
さらに頸を刎ねればそれでよかった鬼相手とは根本的に違う、相手を生け捕りにしなければいけない不慣れな対
「……自棄になったか? ガッカリだな。せっかくオールマイトの前に中ボスが出てきたかと思ったのに、速度と攻撃力が高いだけで
鬼と違って斬られた身体が消滅するわけではない。セントラル広場噴水周辺には切断された黒い手足がゴロゴロと散乱し、まるで戦いの不毛さを世の中に訴えかける現代アートのような惨状となり果てていた。善逸の腕がいいのか『超再生』の副次効果か、出血が極端に少ないのも生身というより作り物めいた印象を強調させ、シュールさを増長させている。
「こいつが“個性”を複数持っていることくらい、最初からわかっていたさ」
「へえ」
ニタリと死柄木の顔がほころんだ。道具の性能を悟られた焦燥ではなく、オモチャを自慢したい稚気が前面に出ている。
“個性”はひとりひとつ。これはこの超常社会の大原則だ。
一見複数持っているように見える“個性”も、例えば轟の『半冷半燃』のように『複数の性能を持ったひとつの個性』であるだけだ。特に異形系はその傾向が顕著であり、ここでも具体例を挙げると
脳無もあきらかに異形系の外見をしている。だから『ショック吸収』『超再生』『オールマイト並みのパワーとスピード』を内包したひとつの“個性”と判断してもおかしくないし、そう考えるのがこの社会における常識だ。
善逸には聞こえていた。
脳無の中で、爆音で繰り広げられる気持ち悪い複数の“音”が。本来馴染むはずのない、不協和音になってしかるべき異音が無理やり調整されてひとつの枠に収まっている。
それは少しだけ緑谷の“個性”の在り方に似ている気もしたが、あちらは緑谷に釣り合っていないだけで“個性”の八重奏の方は調和がとれている。
再生も攻撃が効かないのも、予想通りとまでは言わないが想定内ではあった。鬼にどこか似通った“音”であるからこそ、鬼と同じ能力を示されてもさほど驚きはない。
問題は、鬼と違って相手が人間であるということだ。よくも、悪くも。
「じゃあ最初っから勝てないとわかったうえで、かといって
カッコいいなぁヒーロー、自己犠牲はヒーローの本懐ってわけか。気持ち悪いなぁ、オールマイトの感染者どもが」
「勝算ならある」
「あ?」
そう、脳無から聞こえてくる“音”は鬼のそれに似ているが、脳無は鬼ではない。初見では“上弦”に下手すれば匹敵すると思ったが、こうして刃を交えてみるとそれほどでもない。善逸自身は遭遇したことはないが、せいぜい話に聞く“下弦”程度といったところか。
上位の鬼、それこそ“十二鬼月”の“上弦”クラスになると頸への一刀を除く肉体の損傷はほとんど意味をなさなかった。疲労せず、目が常に潤うのでまばたきすら行わず、人間について回るあらゆる限界から解放されていた。
しかし、人間ならば?
「“個性”は身体の一部だ。たとえそれが後天的に植え付けられたものだとしても、それは変わらない。
手足の再生という身体能力の全力疾走――あとどれだけ続けられる?」
「な」
完全に質量保存の法則を無視した光景ではある。いったいどこからその肉体を構成するエネルギーを確保したのだと前時代の生物学者が発狂して然るべき現象ではある。
だが、既存の物理法則を無視していても。
“個性”が身体能力である以上規則性が存在し、限界もまた存在する。
爆音。
善逸ではない。打ち砕かれた天蓋からばらばらと破片が降り注ぐ。その光景はUSJのすべてから確認することができただろう。
「やりましたわ! これから信号弾を随時打ち上げます!!」
ついに八百万の大砲が完成したのだ。
「助けは呼んだ。あとは応援が来るまで時間稼ぎをするだけだ。だがそれは捨て駒じゃない。誰もが自分にできる精一杯を全力で尽くして、自分以外の誰かのために戦っている」
時間稼ぎ。こう言っては何だが無茶な理論だ。
助けが来るまで善逸が脳無を、オールマイト級のパワーとスピードをいなし続けることができるという前提のもとに築かれた砂上の楼閣。
しかし、知らずして死柄木の足は一歩後ろに下がった。
気圧された己に気づき、死柄木が激昂するまであと三秒。
【雄英こそこそ話】
◆相澤先生サムソン説
髪が逆立つことによって個性使用中ということがバレバレなのに、何故か髪を切ろうとしない相澤先生。
でも逆に『どのような状況なら髪を切るのか』という視点で見てみると、顔面を骨折して頭部への施術の邪魔になりそうな時でも、記者会見の際に身だしなみを整えたときでも、絶対に切ろうとしないということに気づけるよ。
このことから相澤先生は髪を切らないのではなく『切れない』のではないかという発想に至れるよ。そう考えたらあの無精ひげもただの面倒くさがりではなく、『身だしなみを整えないずぼらなだけ』と相手に思わせ、長い髪から意識を逸らすカモフラージュのように見えてくるね。
もしかしたら相澤先生は旧約聖書に出てくる怪力サムソンのように、髪を切ることで致命的な障害が発生するのかもしれない。髪を切ったらまっすぐ歩けなくなるとか、髪が当たるか否かで自分が通れる隙間かを判別しているとか。
次回は五加ちゃん奮闘記その2