【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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感想返信は追い付いておりませんが全部に目を通させていただき、そのすべてが活力になっています。

原作的にはイベントの狭間の箸休めですが、拙作的にはわりとターニングポイントの今回です。




再会と遠雷 1

 

【4月●日】

 

 昨日のUSJ襲撃事件のせいで今日は臨時休校となった。

 

「まったく。空き缶を見ない日もあるし、お菓子の包装紙を見ない日もあるのに、タバコの吸い殻だけは絶対に毎日道路に落ちているよね。

 あいつらはいったい何なの? ニコチンを摂取し過ぎて道路と灰皿の区別もつかなくなっちゃったの? それともも元から区別つけないほどに倫理観がゆるゆるだからタバコを吸い始めるの?」

「よせよ。善良な喫煙者だって探せばいるだろうし、相手は高額納税者だぞ」

 

 単純に喫煙者の分母が大きすぎて、その中にモラルの低い人間が一定数含まれるだけだろう。

 というわけで俺たちは町内清掃のボランティアを行っている。こちら、全身筋肉痛でわかりやすく婉曲に不機嫌を表現している五加さんです。

 さすがの五加も昨日の一件はペース配分を越えて“個性”を使わないと切り抜けられない難事だったらしい。全身から湿布の薬品臭さを漂わせているときのこいつは他の何か嫌なことがあって不機嫌になっているときの三割増しで気性が荒く、口が悪い。

 本人は筋肉痛でこんなにも苦しんでいるのに『しょせん筋肉痛』だとか『翌日に出るのは若い印。羨ましいわぁ』と周囲がその痛みに真面目に取り合ってくれないのが気に喰わないらしい。

 

 昨日あんな事件があったばかりなのに意識高すぎって? 俺もそう思う。

 でも五加曰く『あんな事件があったからこそ、恐怖でおじけづいちゃう前にヒーローの活動の根本を再確認しないと』だってさ。そこまで深く考えていなかった身としては、そんな高尚な考えが○INEで流れてきた日にはホイホイとついていくことしかできなかった。

 

「あら、機織ちゃん。精が出るわねぇ。まだまだ暑くないけど運動するなら水と糖分、塩分の補給を忘れちゃダメよ? はい、アメちゃんあげる」

「わーい。ありがとうございます」

 

 町内で出会うご年配の方々に五加は大人気だ。

 小柄で可愛らしいし、声もよく通るし、愛想もいい。少なくとも俺が見る限り、こいつはすれ違う人々に挨拶を欠かれたことが無い。

 最近はどこから噂が流れたのか、雄英高に合格したヒーローの卵だなんて付加価値まで付きだした。可愛げのない我儘な実孫よりよほど手のかからず高品質な、じいさんばあさんのアイドルってところだ。

 

 俺? 完全に眼中にありませんが何か?

 こういう状況だと稀によく俺って透ちゃんと同じ“個性(とうめい)”だったっけって思わなくもない。まあ、今日は五加と二人きりの自主的な活動だからまだマシなんだけど。

 俺は人に好かれるのが不得意で、見限られたり嫌われたりするのが得意だ。

 そんなやつがみんなのアイドル五加ちゃんの隣にいるのが気に入らない人間は年齢を問わず存在していて、町内の一斉活動とかだと大なり小なり嫌がらせをしてくる。

 俺が集めたゴミをまき散らしたり、掃除用具を隠したり壊したりといった明確に作業を妨害するものは五加が烈火のごとく(わかりやすく)怒るから無くなったが、挨拶したのに無視される程度なら日常茶飯事だ。あっちは気づかないふりのつもりなんだろうけど、俺はあっちが気づいたかどうか“音”で判別できちゃうから。

 

 ボランティアとか掃除とかってやれば爽快に、心が綺麗になるらしいけど。みじめさと申し訳なさしか積み重ねられないのはやっぱり俺がダメなやつだからなんだろう。

 まあ俺の方も雄英に入ってからはだいぶ周囲の態度が軟化したんだけどさ。

 

 

 

 今日のスケジュールが町内清掃ボランティアになったことは予想外だったけど、こいつと二人きりになれたのは好都合だ。

 挨拶してすれ違ったおばさんに、こちらの声が届かなくなったタイミングで俺は五加に話しかけた。

 

「なあ、確認しておきたいことがあるんだけどさ」

「ん、なぁに?」

「お前チュン太郎だろ」

「あ、やっと気づいた?」

 

 チルチルとミチルはいくつもの世界を渡り歩く大冒険を繰り広げてまで探し求めた青い鳥が、実は自宅の鳥かごにいたと知った時どんな想いを抱いたのだろう?

 

 狂喜? 驚愕? 悲嘆? いいやきっと。

 このような、計画通りに夏休みの宿題を終わらせたときのような一握りの達成感と手の平いっぱいの解放感、そして膨大な徒労感だったんじゃないだろうか。

 なんて、雄英高の偏差値80に対応するためにありったけ教養を詰め込んだ弊害か、童話の『青い鳥』にちなんだらしくもないことを考えてしまった。

 らしくもない努力をして、らしくもない勉強をして、らしくもない学校に入ってまで渇望した前世の知り合いとの邂逅は、こうして激しい歓びも悲しみもなくあっさりと終わった。

 

「ねーねー。どこで気がついたの?」

 

 筋肉痛の不機嫌のなかに確かな喜悦の“音”を滲ませて、前世の俺の鎹鴉が聞いてくる。

 こいつはこいつなりに俺に気づかれたことは嬉しい出来事だったらしい。ちょっと一安心だ。

 

「うーん……正直なところ、どこで気づいたのか自分でもよくわからん」

 

 きっかけは昨日の襲撃事件だ。それは間違いない。

 十五年ぶりの実戦は夢うつつながら俺の中に刻まれた。それを反芻して、遡って前世の記憶と照合しているうちにふと理解したのだ。

 例えるのなら幼いころに覚えた歌詞を無意識に口ずさんで、ようやくその意味を理解するかのように。

 あれ? こいつチュン太郎じゃん? って。

 おかげで今世について回った五加への妙な気安さの正体がようやくわかってスッキリした。でも気安く感じていた以上、自覚以前に薄々と察していた可能性は高い。

 

「へー。そんなもんか」

「おい。聞いておいて何だその態度は」

「いやー。だって、ねえ?」

 

 小首をかしげるその様は雀だったころの彼女とたやすく重なるあざといものだった。

 いや、他のやつならともかく俺はそれじゃあ誤魔化されないからな。何が『ねえ?』だ。だいたい、それを言うならお前のほうはいつから気づいていたんだよ?

 

「ん? 最初に話しかけたときにはバッチリ思い出していたけど」

 

 言えよ馬鹿。

 と思わなくもないが、まあ言わなかった理由も理解できなくもない。

 この超人社会においても前世の記憶ってのはフィクション、オカルトの領域を出ない。これだけ千差万別の“個性”が世に氾濫しているのだから探せば見つかりそうな気もするが、世に知られていないのが現状だ。

 そんな中、『わたしは前世であなたのペットだったスズメです』なとど言い出せばどうなるだろう? 五加は強力な電気系個性の持ち主だが、そこに電波系という属性まで加えられてしまうことだろう。

 

「いや、鎹鴉は愛玩動物(ペット)じゃねーし」

 

 げしげしと蹴ってくる五加。痛いからやめて。両手が清掃用具で塞がっているのはわかるけどさ。

 ……それに、俺は前世の記憶を取り戻してよかったと思っているが、相手もそうとは限らない。

 大正時代のあの頃。鬼に喰らわれては斬り、斬っては鬼に喰われる凄惨な日々。忘れていた方がいいのではと考えてしまうのが、平和な現代日本に暮らす人間のまっとうな感性というものだろう。

 お互いに付き合いを深め、相手も前世の記憶があると察する頃合いには既に関係性が出来上がってしまい、居心地のいいその距離感を崩しかねない一石を投じるのは躊躇する。きっとそんな感じだったんじゃないかと思う。

 

 結果的にこうして俺から一石を投じるかたちになったわけだけど、俺と五加の関係性は何か変わっていくのだろうか?

 よくわからないし想像もつかない。結局のところ五加は五加で、俺は俺だもんな。あれだけ探していた前世の共有者なのにいざ手の届くところに来てみれば、どうすればいいのかわからなくなる。

 この俺の頭の鈍さも優柔不断さも前世からの筋金入りだ。

 

 まあこの際だ。もうひとつ持ち上がった問題も一緒に解決できるか、ダメもとで聞いてみるか。

 

「“雷の呼吸”の型が狂ってる? ……ごめん、さすがに無理」

「だよなぁ」

 

 がっくりと肩を落とす。

 ダメでもともとだったが、こいつ以外にアテがないのも事実だったのに。

 以前、俺は実戦経験の有無は実力に無関係だと言った。前世より強くなった、なんて自惚れていた。

 とんでもない。肉体のスペックが上がったのは事実だが、十五年実戦から遠ざかったのは思った以上の弊害を俺にもたらしていた。

 

 技が完全に錆びついているのだ。

 

 全体から見ればほんの数センチ、あるいは数ミリの狂いかもしれない。だが正しく放てば鋼にも勝る鬼の首を一刀両断する一撃が、ただの鉄の絡繰り(仮想ヴィラン)を殴っただけで木刀が砕けた時点で気づくべきだった。

 本当に正しい型から放たれる技でなければ、真の威力は発揮されない。発揮されきれなかった威力は得物や身体に跳ね返り、それらが壊れる一因となる。

 

 型を矯正するのは“柱”のひとたちみたいな自分以上の実力者に指導してもらうのが一番なんだが、さすがの五加でも無理なものは無理だったようだ。

 見稽古だとか、門前の小僧習わぬ経を読むだとか、見ているだけで得られる経験値の膨大さを語る言葉はたくさんあるけど、やっぱり百聞は一見に如かずという言葉もあるように実際に呼吸を修めた人間でなければ指導は難しい。

 俺の隣でずっと俺の型を、戦いを見守り続けたチュン太郎こと五加とはいえ、刀も握れぬ雀の身ではここが間違っているだのあそこを溜めろだのあちらに流せだの、指図するのは荷が重いだろう。

 

 となると、型稽古や実戦の中で徐々に修正していくしかないんだが……変な癖がついちゃいそうで嫌なんだよなぁ。

 そもそも記憶をなぞるだけの我流でやってきて変な癖がついてしまったからこそ、こうなってしまっているわけで。

 膨大な時間がかかる上に確実性に欠ける。少なくとも次の雄英体育祭に間に合うことはないだろう。はあ。

 

「そうそう。昨日の襲撃事件で中止にするべきなんじゃないかって話もでた雄英体育祭だったけど。ちゃんと例年通りに開催されるみたいだよ。警備は五倍になるらしいけどね」

 

 本当に、こいつは昨日の今日でどうやってそんな情報を拾ってくるのやら。聞かないからな。絶対に怖いから聞かないからな!

 

「せっかくお互いに前世のことを打ち明けたんだ。今夜はうちに泊まっていきなよ。日付が変わるまで語りあかそー」

「外泊許可証は普通そんな簡単に降りるもんじゃないんだが?」

「便利だよね、雄英のネームバリューって。この看板に取り返しのつかない傷がつくようなことにならなきゃいいんだけど」

 

 怖いこと言いなさんな。

 まあたしかに、今なら申請すれば即日許可は下りるだろう。ETC並みのスムーズさだ。

 そして俺に、特に断る理由は無かった。

 

 その夜はたくさん話したけど、何を話したのかはいまひとつ思い出せない。

 前世の知り合いを見つけたら言いたいことがたくさんあったはずなのに。いざとなると喉につっかえて、どうでもいいことばかり話した気がする。

 伊之助の上半身裸と下半身&頭部毛皮が季節感ガン無視で暑そうで寒そうだったとか。

 伊之助の鎹鴉が完全に捕食対象にロックオンされていて可哀想だったとか。

 伊之助って山で育った比喩抜きの野生児だったけど、もし人里で育てられたら人間の濁りを素直に吸収して爆豪みたいなドブ煮込みな性格になったんじゃないかとか。

 ……思い出せるのは何故か伊之助の話題ばっかなんだが?

 

 そんなとりとめもないことを話して、共有して、共感できるのがたまらなく嬉しかった。くだらないことでケラケラ笑って、かと思えば喧嘩みたいに躍起になって言い合いをして。ふたりとも前世でも今世でも飲んだことのない酒が入ったみたいな音色になって。

 もしかしたらそのときにようやく俺は前世の知り合いに会えたって実感できたのかもしれない。

 

 急な休校で宿題もろくに出ていなかったのも気楽な馬鹿話を夜遅くまでできた要因だ。

 予習と復習からまで解放されたわけじゃないけどな。ちくしょう。

 

 

 

【4月●日】

 

 休校開け当日。

 登校してきたA組の面々はその多くが、どこかぴりぴりと張り詰めた雰囲気を消しきれていなかった。たった一日の臨時休校では実戦のストレスを洗い流すことはできなかったらしい。

 俺や五加と同じようにあくびをかみ殺している生徒も少なからず見受けられる。まあ寝不足になった原因に大きな差はあるだろうけど。

 

 ただ、ヴィラン襲撃の功績ってわけじゃないけどさ。先日の戦闘訓練のときと同様、同じゾーンに飛ばされた生徒間で交流が深まっている気はする。

 鬼殺隊のときもそうだったな。同じ危機を乗り越えたというのは数か月、数年をただ共に過ごしたよりもよほど距離を縮める効果がある。任務しかり、柱稽古しかり……あまりよく憶えていないUSJ襲撃なんかより、柱稽古の方がよほど死ぬかと思ったわ。

 

「ふわー」

「あれ、機織(ねえ)さんも寝不足っすか? なんか意外っすね」

 

 でも五加を姐さん呼ばわりしている上鳴とか、同じく敬語になっている響香ちゃんはなーにか違う気がするんだよなぁ?

 あれはどちらかというと友達というより舎弟……いや、やめておこう。適当な推測で誰かを貶めるようなことをいうのはよくない。

 

「ん。善逸がなかなか寝かせてくれなくてねー。相変わらず寝相は悪いしいびきはうるさいし」

 

 五加が爆弾を投下した。

 教室の各地で筆箱や教科書が落ちる音、果ては椅子や机が倒れる音が威力のほどを示していた。

 どうしてそんなわざわざ誤解を招く表現をするんですかねえ!?

 

「我妻ぁ!!」

 

 爆弾が直撃した筆頭である峰田が机を蹴り倒して飛び掛かって来る。その目は完全に血走っていた。

 

「深めちまったのか!? ふたりは危機を乗り越えてお互いの想いを自覚し、一線を越えて絆を深めちまったっていうのかよ!! チクショウ、どうしてお前ばっかり!」

「俺だって言いたいわこん畜生!!」

 

 どこかで見たような目が飛び出さんばかりの表情めがけ、カウンター気味に掌底を叩きこんで撃破する。まあ勢いこそ殺さんばかりのものだったけど、所詮は男同士のバカなじゃれ合いだしな。

 

「どうして最近俺がちょっとモテてるみたいな風潮になってんだよっ! 俺って彼女はおろかナンパが成功した経験すらないんですけどお!?」

 

 前世ではこっぴどく騙されて利用されて借金を背負ってしまった俺だけど、今の時代だとあんな子供にお金を貸してくれる金貸しなんていない。闇金のバックをつかさどるヤクザなんてヒーロー飽和社会の影響で絶滅危惧種だからなぁ。金貸しは必要悪の一面もあるというか、需要がある以上どう取り締まったって供給は生まれるから根絶されたわけじゃあないんだろうが。

 記憶を取り戻して雄英を目指し始めてからはナンパに使う時間やお金なんて無いも同然だったし、たまに挫けて女の子に流れそうになったら五加にとっ捕まえられて椅子に縛り付けられた。

 

 ……そういえば、どうして俺はまだ雄英高にいるんだろう?

 ふと、そんな考えが頭をよぎった。

 

「USJ襲撃事件で気になったことがあったから泊りがけで話し合っていただけだっての!」

「くそうくそう、ナンパ成功率には共感を覚えるがお泊りさせてくれる美少女な幼馴染がいるってだけで羨ましいんだよ兄弟!」

 

「ふわー、あふっ。美少女ってお褒めに与り光栄ですって言うべきかな?」

「しっ! 機織ちゃん視ちゃダメだよ。おバカが感染(うつ)るから!」

 

 爆弾を投下した本人は呑気にあくびを繰り返し、コイバナと聞いて目をキラキラさせて突撃してきた三奈ちゃんが何気にひどいことを言っていた。

 

「公認か!? お泊りができるほど両家の親はもう二人の仲を認めちまっているっていうわけか!!」

「いや、俺は社会福祉施設、養護施設って言った方が通りがいいか? そこ出身だから。親はいない」

「あっ、なんかゴメン……」

「いいよ、謝らなくても。こっちこそ変な空気にしちゃってごめんね」

 

 このタイミングでHRを告げるチャイムが鳴り、相澤先生が入ってきたことで空気はうやむやに更新されることとなった。

 この後に相澤先生の口から昨日五加からも聞いた内容、雄英体育祭の話題が出たことで教室内は興奮で包まれ、あの朝入ってきたときに感じたピリついたムードは完全に溶け去った。

 

 五加はここまで考えてあんな誤解を招く発言をしたのだろうか?

 考えなしにあんなことを言うやつじゃあないし、その可能性は低くない。

 

「ひい、ふう、みい……思ったよりも多いな。時代の変遷ってやつかな」

 

 例の爆弾投下直後、あいつのそんなつぶやきが聞こえた気がしたんだが。

 ……深く考えるのは危険だろう。俺は怖いことから全力で逃げるタイプなんだ。俺は何も聞かなかった。

 

 

 

 放課後になり、USJ襲撃事件の噂と体育祭開催決定の知らせを受け、わざわざA組の教室前まで敵情視察に赴いたやる気溢れる雄英高の生徒たちを見て朝に抱いた思いはますます強くなっていった。

 

 俺がもともと雄英高に入学しようと思ったのは、雄英体育祭を目指したからだ。

 自分では前世の関係者を見つけられる気がしなかったから、現代のオリンピックと称されるこれに参加することで向こうから見つけてもらおうと思った。

 

 そんな浅はかな考え。

 

 それでも前世で俺が得たものたち。禰豆子ちゃんへの想いや、炭治郎の優しさ、じいちゃんから教わった全てが俺の妄想なんかじゃないって証明したかった。

 

 でも雄英体育祭が二週間という現実的な位置まで迫った中、状況が一変した。

 今の俺には五加がいる。

 五加と同じ話で盛り上がれる。思い出話ができるんだ。

 俺の前世は妄想なんかじゃない。たしかにあった過去で現実だった。

 なのに俺はまだやりたくもない勉強をやって、やりたくもないボランティアをして、雄英高のヒーロー科という籍に居座り続けている。

 

 爆豪が相も変わらずドブ煮込みの性格を発揮して喧々諤々とやり合っている中の一人が言っていた。

 普通科を始めとしたヒーロー科以外の学科には、ヒーロー科を受験しながら落ちたために滑り止めで入った人間が一定の割合で存在するのだと。

 雄英高は体育祭などの行事の成績次第で、それらの学科から成績優秀者をヒーロー科に編入するシステムを採用しているのだと。

 つまり、俺がここで自主退学しても誰も困らない。今日明日すぐにでも編入が行われるってもんでもないだろうが、俺よりもずっとヒーローにふさわしい誰かが補充されるのだろう。

 

 先生方が俺に授業している時間は完全に無駄なのだろうか。

 なぜ俺はここにいるのだろう。

 なぜ俺はここにしがみつく?

 

「わーん!」

「おい、バクゴーっつったっけ。あいつ女子を泣かせやがった」

「うわ、最悪……こんなんがヒーロー科なのかよ」

「成績さえ優秀ならいいと思ってんのか? 見た目は明らかに不良なのにな」

 

 そんな俺の葛藤は――凍り付いた。

 聞き覚えのある“音”。

 今世じゃない。前世だ。だいぶ透き通った音色になっているが主旋律は変わっていない。

 まさか。何故。こんなところで。どうしていまになって。

 そういえば俺、この濃ゆさ極まるクラスに馴染むのでせいいっぱいで、B組とか他のクラスはまったく確認しにいってなかった。

 

「挑発にいって逆に泣かされて帰ってくるなんて、おめぇは本当に頭が足りねぇなあ」

「ぐすっ、ひぐっ、だってお兄ちゃあん、アイツったらヒドいのよ!」

 

 ……マジかよ。

 二人揃っていやがる。

 

「あぁん? なんだか見覚えのあるやつがいる気がするなぁ」

「あー! 鬼狩りの黄色い頭のガキ! アンタもこっちに来ていたのねっ!」

 

 かつて、遊郭という人工の闇に潜み、鬼殺隊最強の“柱”さえ含め数多の人間を喰らい続けた“十二鬼月”。

 百年もの間狩られることがなかったという最強の鬼たち、“上弦”の陸を刻まれし兄妹。

 漠然と思い出した前世の戦いの記憶の中でもひときわ絶望的だった強敵中の強敵。

 

 かつて俺が首を斬った鬼がそこにいた。

 

 コラひとを指さすんじゃありません。

 

 

 

 




【雄英こそこそ話】
Q.五加さん何を推し量っていたの?

A.自分と善逸に恋愛感情を抱いている生徒のチェック。
 中学の頃、恋愛は善逸の目標を妨げる障害物でしかなかったので、五加がシャットアウトしていたよ。
 でも雄英では状況が違うよ。ここにいるのは将来のトップヒーロー候補。プロヒーローの中にも夫婦でヒーローをやっているパターンもあるし、場合によってはそういうパートナーを見つけておくのもアリだと五加は思っているよ。
 体育祭も近いことだし、味方にできそうな人材の把握はだいじ!

 五加ちゃんのいざというときの冷徹さは、普段垣間見せる臆病なまでの事前調査で構成されております。



竈門兄妹かと思った? ざんねん、謝花兄妹でした!
簡単にかまぼこ隊と合流できると思うなよぉ?
どうして同じ学年に謝花兄妹がいるのかなど、詳細は次回!
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