【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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いつも感想、評価、お気に入り登録、ここすき、誤字脱字報告ありがとございます。
感想への返答が間に合っておりませんが、ちゃんとすべてに目を通して活力に変えさせていただいております。

ときに誤字報告なのですが、その多くは出先からスマホで確認しています。なので明確に間違いとわかる接続詞のミスや誤字脱字はその場で適応できるのですが、一方で同音異義の漢字などは帰宅して辞書を片手に確認してからの適応になるため、どうしても適応までの時間がかかります。
報告してくださるのは本当にありがたいことですが、焦らずゆっくりお待ちください。

また場合によっては、たとえば『さめた視線』で養豚場のブタを見るような眼を表現する場合『冷めた』が正解ですが、自分は西尾維新先生の『金属のように醒めた目』という表現に感銘を受けた経験があるので、あえて本来ならば酔いがさめた際に使う『醒めた』という字を使うことがあります。
日本語的に正しくなくとも、これが最適であると一度決めたらなかなか変えられないのが物書きというイキモノですので、報告が適応されなくとも『しゃーねーやつだな』と生暖かい目で見守ってくださればさいわいです。

また、報告側からどう見えるのかは定かでありませんが、作者側からの編集画面には以下のような文が表示されています。

『誤字報告機能
※注意事項
・誤字報告以外の文を発見した場合、必ず情報提供してください。※例:修正理由が書かれている等
・適用前に投稿済み小説の編集から手動で編集した場合、誤字報告が表示されない場合があります。』

自分たちは運営様のご厚意で、無料でこのサイトを利用させていただいている立場です。
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再会と遠雷 2

△ ▲ △

 

 

 俺は取り立て屋だった。

 

 鬼になっても妓夫(ぎゅう)の名を使い続けたのは、まだらな記憶の中でずっと俺自身をそう定義していたんだろうなあ。

 

『人にされて嫌だったこと、苦しかったことを人にやって返して取り立てる』

『自分が不幸だった分は幸せな奴から取り立てねぇと取り返せねえ』

『奪われる前に奪え。取り立てろ』

 

 まっとうな場所に生まれて幸せな生き方をしているやつらにはとうてい理解できねえだろう。だが俺は、俺の生涯をずっと俺ン中の筋を通して生き抜いた。鬼になってからもそれは変わらねえ。

 

 だから何度あの日あの場所に戻されてやり直せる機会を与えられたって何度だって鬼になることを選ぶし、そのことをまるで後悔していないんだよなあ。

 だから、そんな俺が地獄逝きになるのも筋ってもんだ。俺の道理じゃねえが、まっとうな世の中の筋がそっちだってのは知っている。

 唯一の心残りは梅をおぶさったまま地獄まで歩く羽目になったことだが、梅はこんな俺とずっと一緒だと、何度生まれ変わっても俺の妹になると泣きながらしがみついてきた。

 これで振りほどけたら兄貴じゃあないんだよなあ……。

 

 俺は梅を背負って歩き続けた。

 

 別に好きこのんで地獄にいきたいわけじゃあねえが、それが負けて首を斬られた鬼の筋だと外ならぬ俺自身が理解していたからなあ。

 なのに、とっとと閻魔に裁かれたかったのに、いくら歩いてもぜんぜんつきやしねえ。

 歩いているうちに辺りはどんどん暗くなり、そのくせ炎が渦巻きだした。

 

 皮膚が焼けただれた。俺は梅を背負って歩き続けた。

 肉が焼けて縮んで動けなくなった。それでも俺は梅を落とさないように注意しつつ、骨だけになった脚を動かして歩きづけた。

 そのうち骨も焼けて崩れた。でも俺はもうすでに死んでるんだよなぁ。落とされて大泣きしながら文句を言う梅に謝り、どこからか風が吹けば元に戻っている手で背負い直してまた歩く。

 

 そんなことをどれだけ続けたのか。

 俺はいつまで経っても地獄につかねえことをただイライラしていた。梅はまっとうに地獄がどんなところか想像して怯えていて、やっぱりこいつは明るい場所にいかせてやりたかったなあと、焼かれる身体よりよほど苦しくなる。

 そのうちに、暗くなる一方だった周囲が徐々に明るくなってきやがった。最初は気のせいかと思ったが、進めば進むほど周囲は明るくなる。

 最後は目を開けていられないほどの真っ白に包まれて、気が付けば『こちら側』に来ていた。

 

 なるほどなぁ。俗世で罪人が後を絶たないわけなんだよなあ。

 地獄の責め苦があの程度のものなら、生まれ変わったときにけろりと忘れてしまうのも道理ってもんなんだよなあ。

 仮に憶えていたって生きているうちに俺が経験したあれやこれやに比べたら温すぎる。だったら生きているうちに好き勝手するのが筋ってもんなんだよなあ。

 考えてみりゃあ地獄の獄卒やっているはずの鬼が地上にのさばって好き勝手やってんだ。地獄だけが理想通り、人々が思い描くまっとうな姿のままだなんてあるわけなかったんだよなあ。

 

 梅を背負ったまま光に包まれたからか、今回は俺と梅は双子の兄妹で生まれていた。

 今世では俺が梅を守ってやらなきゃなんねえほど切羽詰まっていなくって、逆に面倒を見るだけなら年が近い方が便利なことが多いからこれは助かったなあ。

 

 ヒーローを目指したわけ? はあっ、贖罪だとでも思ったかあ?

 奪われたやつらが弱かっただけなんだよなぁ。申し訳ないなんて気持ちはひとかけらも湧いてこねえなあ。

 だが、地獄でろくに刑罰を、取り立ても受けないで新たな人生を謳歌するってのも筋違いだよなあ?

 

 暴力を振るって日の当たる場所を歩める職業ってのも最高だ。染まりやすいあいつが、梅が梅らしいままで真っ当に生きられるってことだからなあ。

 身の程をわきまえずにのさばっているヴィランたちから必要な分だけ取り立てる。つまりはそういうことなんだろうがよお。

 

 

△ △ △

 

 

 ――入学初日、我らが相澤先生はこう仰られた。

 

『放課後マックで談笑したかったのならお生憎。これから三年、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける』

 

 だがそれは学校近辺のマックに雄英生徒立ち入り禁止令が出ているわけではなかったらしい。一年B組担任のブラドキング先生もマックにいくと許さんとは言っていなかったそうだ。

 

 ここは天下の雄英高。ありえないとは思うが、万が一ということもある。

 入店しただけであからさまに嫌な顔されたり、最悪犬猫みたいに水をぶっかけて追い払われることも覚悟していたが、ゼロ円スマイルで店員さんは出迎えてくれた。

 いや、今のご時世だと犬猫に水をぶっかけるのは動物虐待だと周囲から突き上げ喰らうのか? 平和な世の中になったものだ。

 マックに何か嫌な思い出でもあるのか、はたまた学生時代にファーストフード店で一緒に談笑できる友人がいなかったひがみだったりするのか。相澤先生には名指しでお生憎呼ばわりされたマックだが、選択肢の少ない俺たち学生にとって食事代さえ捻出できれば一定時間居場所を確保でき、少しばかり騒がしくしてもお目こぼしされる貴重な場所だ。

 

 謝花(しゃばな)兄妹――人間に生まれ変わった元“上弦の陸”の鬼たちと、俺と五加の四人はこの有名な全国チェーン店を訪れていた。

 

「お前女におごらせているのか? みっともねえなあ」

「別にぃ。ぼくの方がお金持ちってだけだし。あと、ドリンク一杯で粘っている人間の横でポテトぱくぱく美味しく啄めるほど図太くないんで。だったら人数分出した方がなんというか、心情的に安い。親の金だけどねー」

「いや俺も友達に一方的にたかるのは心苦しいんですけどね? 拒否権ってないですかそうですよねー。今度なにか労働して返すわ」

「お兄ちゃあん! アタシこのオモチャほしい」

「また今度にしようなぁ梅。今日はこいつらと話し合いに来ているからなあ」

「えー、ほーしーいー! いま欲しいのーっ!」

 

 ……あんまりよく憶えていないけど、前世ではガッツリ殺し合った仲だ。もっと殺伐とした空気になると思っていたんだがなあ。

 メニュー注文の時点でそんな感じだったんで、予想していたいがみ合いや牽制やらが起きることはなく、なんかだらだらとした空気で気が付けばお互いのざっくりした身の上話と情報交換が終わっていた。

 

 どうしてこの世界に生まれ変わったのかとか、どういう法則で前世持ちが出るのかとか、そういう根源的な謎はお互いにさっぱりだった。

 共通項も前世で死んだ自覚があることと、ある程度の段階で前世の記憶を取り戻したってこと、あとは名前や容姿が前世と似通っているってくらいだ。雀から人間への大変貌を遂げた五加でさえ、そうとわかってみればどこか面影がある。

 

 名前に関して言えば謝花兄妹も両親を知らない孤児らしく、なおかつ施設に引き取られた時には前世の記憶がよみがえっていて、自覚した上で前世と同じ名前を職員に名乗ったんだとか。

 俺も前世の記憶をはっきり自覚したのは雷に打たれたときだけど、もしかするとそれ以前から漠然と思い出していて、似たような経緯で前世と同じ名前になったのかもしれないな。

 ひとつ謎が解けた思いだった。

 

 謝花兄……妓夫太郎でいっか。妓夫太郎は借りを作らないタイプ、というか貸し借りにきっちりけじめをつけるタイプらしく、五加におごられたハッピーなセット×2ぶんの対価は情報としてきっちり出してくれた。

 一方、妹の梅の方は知らん顔でハンバーガーにかぶりついている。マイペースだ。

 

「前世の関係者を探しているのかあ? “凍柱”知ってるよなぁ。ヒーロービルボードチャートJP三位のトップヒーロー。あのひと“上弦の弐”だからなあ」

「マジでっ!?」

「善逸こえうるさい。あー、やっぱりそうだったんだ」

「知っていたんなら言えよもげぇ!!」

「おーおー、容赦ねえなあお前」

「相変わらずぶっさいくな顏ね。こんなやつにやられたなんてアタシの品位まで落ちるからやめなさいよ。いますぐ顔取り変えて」

 

 五加さんや、ポテトはひとの喉を突く凶器じゃありません。

 喉の奥まで届くくらい口を大開にしていたこっちが悪いんだろうけどさ。雀のころと相変わらず凶暴なやつだ。

 あと俺はアンパン顔のヒーローでもないです。

 

 №3ヒーロー“凍柱”。

 常にその顔に浮かべられた笑みはファンからは『にこにこと屈託がない』と称され、アンチからは『へらへらと薄っぺらい』と貶される。

 実績こそ№1のオールマイトや№2のエンデヴァーに一歩劣るが、エンデヴァーと対比するように氷系統の最高峰と称される“個性”を有しており、化学薬品工場などのデリケートな場所における広域殲滅、広域支配力はあのオールマイトすら凌いでいるとの声もある。

 それだけ強力な“個性”を有しておきながら、対の鉄扇を用いた体術も並みの異形系ヴィランを歯牙にもかけない練度。さらには人心掌握にもたけており、十二名からなるハイジャック犯を純粋な話術のみで改心、投降させた無血開城も有名な逸話だ。

 

 ヒーロー名がそのものズバリを連想させる名前だったからもちろんチェックはしていたんだけど、“全集中の呼吸”を使っている様子が無かったからただの偶然って結論付けてたんだよな。

 それを裏付けるような資料もあった。とある雑誌でやっていた『ヒーローネームの由来インタビュー五十選!』というコーナーだ。

 たしか凍柱の回答はこんなんだったはず。

 

『憧れのひととお揃いにしているのですよ』

 

『好きな人と一緒、というのは嬉しいものなのでしょう? たしかに、こうやってみると心が浮足立つような気持になれる気がしますねえ』

 

『それに、この名を使っていたらいつの日か。あの子が素敵な笑顔で、藤の花束を持って会いに来てくれる。そんな気がします』

 

 たしかこんな感じだった気がする。今更だけど藤って花束にできるの?

 鬼にとって致命に至る毒であるはずの藤の花を好きだと言っていた。それも相まって、まさか鬼だなんて発想には至らなかった。それとも元鬼だったからこそ、藤の花や日光に人一倍ありがたみを感じるものなのだろうか。

 相手は数世紀を生きた鬼だ。幾度となく鬼殺隊とぶつかることもあったのだろう。もしかするとその邂逅の中で“柱”と“上弦”の間に紡がれた、誰も知らぬ悲恋の物語があったのかもしれない。

 ……まさか俺が知っている人が相手だなんてことはないよね?

 

 

 

 ともあれ、“全集中の呼吸”の使用に関しては追加で妓夫太郎から情報提供があった。

 

 “上弦の陸”兄妹は江戸時代から大正時代まで生き続け、それだけの数人を喰い続けた強力な鬼だった。鬼殺隊を支える最強の隊士“柱”でさえ兄が十五、妹が七喰らったそうな……そんなバケモンと対峙してよく生き伸びたな俺。

 さておき、そんな前世を持つ妓夫太郎は下手な“育手”よりも呼吸に対する造詣が深かった。だから屈強な鬼から貧弱な人間の身体に生まれ変わった時、真っ先に呼吸で補強することを思いつく。

 

 だが、ダメだった。

 

 いくら鍛錬を積んでも妓夫太郎は“全集中の呼吸”を修めることができなかったんだ。基本的な呼吸も、派生した呼吸も、なにひとつ。

 五加のときと同じだ。凍柱だって鬼サイドというある種もっとも身近な視点から、そこらの“柱”を束にしたって敵わない年月の知識と経験値を得ているはずなのに、鬼に類比する身体能力を与える“全集中の呼吸”を使おうとしない。

 

「俺もなあ。“全集中の呼吸”を使えるやつは、現代(こっち)ではお前で初めて見たなぁ」

 

 “全集中の呼吸”は無個性の人間の肉体にしか適合しない。

 それが俺たちの出した結論だった。

 サンプルの数が少なすぎて臨床試験なら意味を成さないレベルだけどな。

 

「それにしても……あのひとがこっちに来ているってことはあのひとも死んだってことだよなあ。鬼は不老不死だから鬼狩りに首を斬られたってことだよなあ?

 ひひひっ! あんな殺しても死にそうにないひとでも死んじまうんだな。すげえなあ鬼殺隊」

 

 そう笑う妓夫太郎から聞こえる“音”はとても綺麗と言えたもんじゃなかったけど。

 鬼と人じゃ“音”が違うのは当たり前だけど、それを差し引いてもずんぶん澄んだ音になっている気がした……あんまり当時の詳細は憶えてないんだけどさ。

 今の言葉にだって嫉妬や嫌味が混ざっているけど、間違いなく賞賛の音色も入っている。

 こいつらにとっても前世は前世。いちど死んだ以上は蹴りと区切りがついた出来事なのだろう。

 それを知れたのが一番の収穫だった。

 

 

 

 ……と、思っていたのだけど。

 

「ねえ。善逸の“雷の呼吸”の型。きみなら矯正できるんじゃない?」

「ああん? まさか俺たちにたかろうって言うんじゃないだろうなあ。それはたかがファーストフードのセットを、ひとつやふたつを奢ったくらいじゃあ足が出るぜ」

 

 なんか五加と妓夫太郎がやり合い始めた。

 頭のいい奴らの話って階段を数段飛ばしで駆け上がっていくから、話題は俺に関することだってのはわかるんだが、たちまち内容が理解できなくなる。

 

「あれ? わからないんだ。だったら別にいいや。できれば体育祭までに間に合えばってだけだったし」

「……お前、もしかして気づいているなぁ?」

「もちろん。で、どうする?」

「ひひっ。いいなぁあお前」

 

 俺は炭治郎じゃないから、スズメ語やカラス語はわからないんだよなあ。

 

「ちゃんと日本語で話しているって」

「あっちは見かけ通り阿呆なんだなあ」

 

 あれぇ。なんか視線が冷たいんだが。

 あっという間に前世の宿敵との距離感詰めて無いか相棒? コミュ力強者はここでも健在ってわけかよ。おかしいな。鬼殺隊組と上弦組のはずなのに、この疎外感は何なんだろう。

 

「善逸ー。ひまー。何か芸やりなさいよ」

「お前はお前で適応力たかいなオイ!? 既に名前呼びかよっ」

 

 雄英体育祭まで、あと二週間。

 

 

△ △ △

 

 

 雄英体育祭、本番当日。

 

 敷地内(USJ)(ヴィラン)の侵入を許し、そして首謀者を逃がした直後という状況下での開催に批判の声は当然あったが、『逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す』というのが雄英首脳陣の打ち出した方針だった。

 この強気の姿勢が吉と出るか凶と出るかは、この時点では誰も知る由はない。

 

 それに、雄英委体育祭の開催決定は決して見栄やプライドばかりが理由ではない。

 かつてのオリンピックと称される現代日本有数のビッグイベント中止は経済的な損実が計り知れず、それ以上に生徒たちにとっては年に一回、三年間除籍や自主退学を免れても在学中に三回しか訪れないアピールのチャンスなのだ。

 特に今年の三年生からしてみれば今年度のプロからのドラフト指名、ないし卒業後の進路に直結する死活問題。教育理念からいっても、彼らのラストチャンスにかける熱が苦情の電話ごときで無為に帰すのは望ましくないだろう。

 

 日本中からプロヒーローをかき集め例年の五倍の警備を実現し、開催に持ち込んだ今年度の雄英体育祭。

 しかし警備依頼を引き受けたヒーローたちも、厳重な入場検査に長時間待たされるマスコミや観客たちも、少なからず思っている。

 

 果たして本当にこんなことが必要なのか、と。

 

 警備は重要。それは揺るぎようのない事実だ。これで例年通りの措置など取れば危機管理意識の欠如であると現状以上に批判が殺到したに違いない。

 だがこの場に攻めてくるヴィランがいるとすれば、きっとそれは贅沢な自殺志願者だろうとヒーローたちは軽口をたたく。

 何故なら今日この場には、日本を守るヒーローのトップスリーが一堂に会しているのだから。

 

 

 

「やーやー義兄上(あにうえ)。ひさしぶりー」

 

 人ごみの中でもよく通るその声に、エンデヴァーはぴくりと顔をひきつらせた。

 体育祭会場はマスメディアに相棒(サイトキック)青田買い(スカウト)に来たプロヒーロー、抽選枠を勝ち抜いた観客たちでごった返してるのだが、声の主の前に自然と道が開ける。

 誰もが彼を知っている。誰もがそのカリスマの前に、道を塞ぐなどという真似を行わない、行いたがらない。

 

 白橡の髪に虹を宿した瞳。紅が滴るような特異な模様の和装は、冠の下に隠された一部だけ緋色の頭髪と合わせてみれば『まるで頭から血を被った』ように見えなくもない。

 稚拙な笑み(アルカイックスマイル)を宿した顏は“個性”の応用だとか、コールドスリープ中の人間のように二十歳の頃からいっさいの老化を止めており、今もなお新規の女性ファン獲得に一役買っている。

 “凍柱”。ヒーロービルボードチャートJP堂々の三位に輝き、エンデヴァーの義弟になる男だ。

 

「……凍柱か」

 

 ただ、公共の場においては本名ではなくヒーローネームで呼び合うことを選択するくらいには両者の関係はよろしくない。厳密にはエンデヴァーが一方的に凍柱のことを敬遠している。

 ファンが多ければアンチが多いのもこの凍柱というヒーローの特徴で、アンチが多いのはエンデヴァーも同様なのだかいささか毛色が異なる。

 異形系ではないにも関わらず『ヴィランっぽい見た目のヒーローランキング』の十位圏内から滑り落ちたことがない唯一のヒーローであることを鑑みるに、それはある程度人々の間で共通の認識であると言えるだろう。

 

「おやおや、仕事中じゃないんだから童磨でよいといつも言ってるではありませんか。義兄上だって焦凍くんの応援に来られたのでしょう?」

「その取って付けたような敬語をやめろ。寒気がする」

「それではお言葉に甘えるとして。それにしても寒気とは風邪かい? いくらトップヒーローとはいえ病気には勝てないんだから無茶はよくないぜ。義兄上には守るべき大切な妻と、子供が四人もいるんだから。いや、今はもう三人だったな」

 

 相変わらず、ずかずかと心身ともにプライベートスペースに踏み込んでくる。

 凍柱も十分な偉丈夫なのだが、アメリカンな理想形を体現したマッシブなエンデヴァーの隣に並ぶと線の細い優男に見えた。

 

「せめて末っ子の焦凍くんは健やかに育ちますよう、ここから我らで応援しようではありませぬか」

 

 にこにこと屈託なく笑う顔を見て、ふと思う。

 はたして妻にこの半分、いや十分の一でも義弟のふてぶてしさがあれば、もっと違う今が、未来があったのだろうか。

 

 エンデヴァーと妻は政略結婚、『個性婚』と呼ばれるものだった。

 自身の“個性”をより強化し受け継がせるために配偶者を選び、経済的、社会的な重圧(プレッシャー)を掛け結婚を強いる。ちょうど家畜の品種改良を行うかのように。

 自由恋愛が尊ばれる現代においては倫理観の欠落した前時代的発想と強く非難されるものであるし、実際に超常が日常へと移り変わりつつある第二~第三世代間では社会問題にまで発展した。

 

 愛が無いわけではなかった。

 自由恋愛の尊さは政略結婚の不幸とイコールではない。全人類が初恋成就の上のみにしか幸福を感じることのできない生物だったのであれば、とっくの昔に種として衰退していることだろう。

 経緯はどうあれ夫婦になり、子を成し、家庭が形になれば愛しさのひとつも湧く。

 

 だが、その伝え方がわからなかった。

 エンデヴァーが結婚を押し進めた当時、妻には好き合った想い人がいた。

 『愛している』という言葉ですら、自分が吐けば彼女を傷つける気がした。

 何度も密かに声を殺して涙を流す彼女を、気づかないふりをするのが精いっぱいの思いやりで、自分を守るための強がりだった。

 

 先延ばしにし続けた問題は最悪の形で噴出し、末子の焦凍は精神のバランスを崩した妻に煮え湯を浴びせかけられ、心身ともに消えない疵を負った。

 それと同じくらいに、初めて声を上げて泣き叫ぶ妻を見るのが苦しかった。

 

 自分がこれ以上彼女を傷つけてしまわぬように。

 彼女が家族を傷つけ、今以上に自身を傷つけてしまわぬように。

 病室という安全な場所に隔離してやることだけしかできなかった。

 

「それにしても。公平性を期すためにヒーロー科はコスチューム着用不可と決まっていてよかったよね義兄上」

「ほう?」

「焦凍くんは俺の送ったコスチュームを使ってくれているらしいじゃないか。エンデヴァーの息子が父親ではなく叔父のヒーローコスチュームをわざわざ着ていたら、周囲にいらぬ邪推をされかねないよ。

 いやー。叔父でありヒーローの先達としては可愛い後輩が心を込めて贈ったコスチュームを使ってくれるのは嬉しいものだけどさあ。焦凍くんの反抗期はまだまだ続きそうなのかい?」

 

 もっともその場合、妻ではなくエンデヴァーが入院する羽目になっていたかもしれない。胃と精神のどちらか、あるいは両方をやられて。

 

『群がれマスメディア! 今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……雄英体育祭が始まディエビバティアァユウレディ!?』

 

「お、始まるみたいだぜ」

 

 プレゼント・マイクのハイテンションなアナウンスが体育祭会場に鳴り響く。

 凍柱の注意が自分から外れたことで、ふっとエンデヴァーは息をついた。彼は義弟のことをヒーローとしては信頼している。ナンバースリーという地位が伊達や酔狂では到達できない地位であることを、誰よりもナンバーツーのエンデヴァーが認めるだろう。

 それに金や地位、名誉に女、さまざまな誘惑で悪は正義を転ばせようと画策するが、それらの要素ではあいつは絶対に転ばないと確信できる。むしろハニートラップを仕掛けに来た女の方が勝手に転んで金と地位と名誉を抱えてはせ参じそうな程である。というか、実際に似たようなことが一度ならずあった。

 そんな人心掌握が巧みな凍柱がエンデヴァーに対しこのような態度なのは、きっと家族として対応されているのだろう。頭では理解できる。だが、好き嫌いという感情はやはり理屈では割り切りがたいのだ。

 

「へー。今年度の一年生放送席にはイレイザー・ヘッドが解説者枠で飛び入り参加するのか。センスあるなあ」

「……A組の担任だったか」

 

 たしかアングラ系ヒーローだ。

 ヒーロー活動にはある種の真摯さとストイックさがあるため同業者たちからの評判は悪くないが、あまりメディア映えする人選とは思えない。

 

「だって可愛いだろ、イレイザー・ヘッド?」

「無精ひげの生えた中年男性を可愛いと称するのは少数派だろうな」

 

 そういえば義弟はいまだに独身で、女性ファンからの支持は絶大にも関わらず浮いた話のひとつもなかったはずだ。

 もしかしてそういう趣味だったのか。距離を取りたくなる理由がまたひとつ増えてしまう。

 

「自分を偽らず、嘘をつかないのがせめてもの誠実だと思っているんだぜ? 本当の合理主義者が『自分は合理主義者です』なんて顔をしているわけがないのにさ。相手に警戒されるし、不快感だって与える。

 だいたい感情は脳内物質と電気信号のやり取りという、極めて物理的な運動の延長線上に存在しているんだ。存在しているものを無いようにふるまうのは『おばけをみたんだ!』と無いものをあるように言い張る子供と本質的に変わりがない」

 

 凍柱はにこにこと語った。

 そこに悪意や侮蔑は見られない。本当に楽しそうで屈託のない口調だった。

 

「本来成長の段階で獲得するはずの協調性に失敗し、見えてくるのはありのままの自分を受け入れてほしいという稚拙な承認欲求。

 そんな『こどもおとな』であるイレイザー・ヘッドも、そんな人間を一年生担任というヒーロー科の第一歩を担う重要役職につけている雄英も、可哀想で哀れで仕方が無くて、俺みたいなのがしっかり助けてやらなきゃなって愛おしく思うんだよ」

「…………」

 

 たしかに人心の機微を計算に入れて動いている以上、合理主義者としては凍柱の方が格上だろう。

 それが人物として格上かという価値判断とイコールではないが。

 

 少なくともエンデヴァーはイレイザー・ヘッドのことを、息子を預けてもいい教師だと認めている。そうでなければ即刻イレイザー・ヘッドを雄英から移籍させるように働きかけるか、焦凍を他の名門校に転校させていたことだろう。

 自身の野望を託した焦凍の教育に対し、エンデヴァーはいっさいの妥協を許さないのだから。

 

 今年の注目株である一年A組。

 しかし、多くの人間はヴィランの襲撃に遭いながら各々が自力で防衛し、体育祭に出場できるほどに被害が出なかったという概要しか知らないだろう。

 エンデヴァーはトップヒーローだ。USJ襲撃事件の概要を窺い知るコネや伝手のひとつやふたつ持ち合わせている。

 だから本来不意打ちからの短期決戦をスタイルとするイレイザー・ヘッドが生徒たちを守るため、単身集団に飛び込んだのを知っている。

 生徒たちが各個撃破の危機にさらされ実戦を経験する羽目になったのは敵が一枚上手だったともいえるが、同時に生徒の一部が先走ったことが大きい。

 

 ヒーローの中でも実戦経験豊富でテクニックに秀でたイレイザー・ヘッドなら一目で見抜けたはずなのだ。エンデヴァーだって相手の歩く姿を見ればだいたいの力量を把握する自信がある。

 『敵連合の大半は生徒でも対応可能なチンピラである』と。

 

 もしも凍柱がイレイザー・ヘッドの立場にいれば、その時点で生徒たちを戦力に換算しただろう。何なら鼓舞して忠実な手駒に仕上げたかもしれない。

 そうやって(チンピラ)には(生徒)で対処したあとで、自身はゆっくりと確実に主犯格の確保に臨んだことだろう。実に合理的だ。

 

 イレイザー・ヘッドは生徒を『守るべきもの』であるとした。

 それは非合理的な行動だったのだろうか?

 

 結果的に生徒たちを危険にさらした。

 だから現実を見極めない無責任な自己陶酔であると、切って捨ててしまっていい雑音(ノイズ)なのか?

 

 生徒の代わりに体を張り、重傷を負った。

 教師だから、ヒーローだから当然のことか?

 

「……当たり前のことだからと、腕を握りつぶされながら、生徒のために体を張ったことを後悔しない。そうするのが自分にとって当たり前だと、誰よりも本人が、魂から声を出せる。そんな人間がそうそういて堪るものか」

 

 それをひとは英雄(ヒーロー)と呼ぶのだ。

 

「え? 義兄上なにか言ったかい」

「いいや。くだらん采配だな」

「まったくだ。こりゃあ応援しなきゃいけない相手がひとり増えたなー。がんばれイレイザー・ヘッドー、もっと愛想よく中継して雄英のイメージアップを図るんだ! そう合理的に! ただでさえヴィラン襲撃でポカやらかして雄英の看板に疵がついてるんだから、稼げるところで稼いでいこう!」

 

 凍柱の明るく薄っぺらい声援が飛ぶ中、スタジアムに無数に設置されたスクリーンの中では第一競技である障害物競争が始まろうとしていた。

 

 

 




【雄英こそこそ話】
謝花兄妹は地方から進学のため、という大義名分で上京したよ。
ご察しの通り、彼らの性格では施設の面々と上手くいかなかったからね。
彼らも奨学金はしっかりとっているんだけど、善逸が施設で浮かしている分の衣食住をバイトで自ら賄っているせいで、二週間をみっちりトレーニングに費やすことはできなかったよ。

実は梅ちゃんも奨学金がとれる程度に勉強はできたりするよ。その辺もいつか描写するかも。



さて、ついに役者が出揃いましたね。
そろそろのんびりとラストスパートをかけていきます。
どうか最後までお付き合いくださればさいわいです。
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