そのすべてにリアクションを返せているわけではありませんが、しっかり全部に目を通して活力にさせていただいております。
皆さまの応援に支えられてここまで来ることができましたが、そろそろ書き溜めが尽きそうです(小声)。
ストックが尽きたらいったん連続更新をお休みして、エピローグまで書き終えてから再開になると思われます。
…………。
頑張れ俺! 俺はこの三か月ひたすら書き溜めてきた!
それがたかだか二週間で尽きるものじゃないということを見せてやれ!
長男かどうかはともかく、諦めるな!
第二種目、騎馬戦に進むことができたのは上位の四十四名。
今年度はヒーロー科の定員が増加した影響か、例年より少しだけ枠が増えた気がする。
善逸たち、というより五加と妓夫太郎の読み通りにサイドキックとの連携や他事務所との合同“個性”訓練を念頭に置いたチームプレイ。
下位から順番に5
騎馬は二~四人で一チームとなり、チーム参加選手の合計点数が騎手にハチマキとして渡される。そのハチマキを奪い合い最終的なポイントを競うというのが基本ルールだ。
特徴としてハチマキを奪われても、また騎馬が崩れても、反則で退場にならない限り制限時間の十五分間アウトは存在しない。最低でも十一チーム、理論上最大だと二十二チームが常にフィールドに留まり続けることになる。
「いやー、ぴったり制限数に収まってよかったねー」
「ちょっと! まさかアタシに馬をやれだなんて言わないわよね」
当然、善逸と五加は謝花兄妹との四人で騎馬を組んだ。
身長は五加が142センチとひとりだけダントツに低く、常識的に考えると彼女が騎手だ。身長差があり過ぎてはまともに騎馬を組むことが出来ず、機動力が削がれてしまう。
だがここは天下の雄英高であり、この戦いは“個性”アリの残虐ファイトだ。常識にとらわれてはいけない。
ルールブックが審判ミッドナイトの主観というやや不安の残るものではあるが、悪質な崩し目的の攻撃はレッドカードという明確な基準線は与えられている。
「つまりいかにハチマキに向けた攻撃と見做させるかってことだなあ」
「ぜったいに違うと思う……」
がんばれ善逸。このチームの良心はキミだ。
結論から言うとまともな騎馬は組まれなかった。
前騎馬に妓夫太郎。彼がまるで肩車のように一人で騎手である善逸を背負い、右翼担当の五加と左翼担当の梅は手を添えているだけに近い。
しかし超人社会となった現代では、実のところ特筆するほどの光景ではなかったりする。服屋では顧客の体形に合わせて店員が裁断してくれるのがこの時代のスタンダードモデルだ。
前時代ではただバランスを崩して転倒するだけだった無茶も、この時代のフィジカルに優れた生徒なら自分以外を引っ張って無理やり動くことができる。他のチームでも少なからず見ることのできる編成だった。
ついでに結果も言ってしまおう。
終盤まで妓夫太郎の手のひらの上だった。
終盤まで
序盤はわざとハチマキを奪われ、ライバルたちの意識から消える。
妓夫太郎の実力を知る者は警戒を解いていなかったものの、『何かしてくるかもしれない』という可能性は『現在進行形で仕掛けてくる』脅威と比べるとどうしても優先順位は低くなる。
ルールを知れば誰だってハチマキをわざと奪われて身軽になり、終盤に大逆転を狙う策を思いつくものだが、実行に移すのは勇気が必要だ。何故なら終盤の大逆転を成すためには十組以上の騎馬の間で飛び交うポイントを完全に把握しておく必要があるし、把握できたところで重点的にポイントを集めることに成功した実力者からの奪取を成功させねばならない。
そのくらいならば、最初から自分のポイントは死守し、その上で他者のポイントを狙った方が安定する。
妓夫太郎は違う。
十五分の作戦タイムと、続く十五分の実戦。膨大に飛び交う限定的な情報を処理し、不足した情報を
ポイントの散り方を把握できていなければ実行は困難? ならば完全に把握しておけばよいだけだと彼は豪語する。
中盤、終盤と壁の花に徹し、なんと仕掛けたのは終了三十秒前。
敵の反撃を気にせずともよいが、失敗すればリカバリーの利かないタイミングで彼らは行動を起こす。
前線指揮官に必要なのは二つ。的確な状況把握と、その判断に仲間の命ごとかけて心中できる不敵さだ。
ちょうど飯田が『
血鬼術
血鬼術
厳密にはもう『鬼』ではなく、ゆえに鬼の弱点であった日光で無効化されることもないが、血にその力が依存する性質は変わっていない。
鬼であったころには気にしなくてよかった出血量の兼ね合いからも、この一撃で決めるのが理想的だった。
「なっ!?」
「これは……!」
『おーっとこれはぁ!? 予選で猛威を振るった謝花兄妹、やはり大人しく黙って見ているわけがなかったあ!
残り三十秒を切ったこのタイミングで争奪戦に参加!! フィールドを自己流のセンスでデコレーション!! ド派手に我妻チームの黒船到来だぁっ!!』
『何言ってんのかわかんねーよ』
プレゼント・マイクとイレイザー・ヘッドの解説が響き渡る。
フィールド全体へ縦横無尽に帯が張り巡らされ、騎馬の動きが止まった瞬間にどす黒い血の刃が突き刺さる。蜘蛛が自分の横糸を踏むことが無いように、かなりの密度で放たれた両者は綺麗にお互いをすり抜けていった。
妓夫太郎の『血鎌』には猛毒があり、往年はかすっただけで死に至らしめたものだが、妹同様に劣化した今では幸か不幸か即死させるほどの毒性は無くなっている。
だが動きを鈍らせるのには十分だ。
ちなみに五加は攻撃に参加しない。
上鳴の放電から騎馬を守るのが彼女の役割であり、それ以上は不要と妓夫野郎は判断した。
彼女の“個性”『雷衣』は雷を衣のように纏わせるという、まるで魔法のような原理不明の性質を持つが、ゲームの魔法とは違いフレンドリーファイア防止などは付いてはいない。
纏った本人にこそ無害だが、その状態で他者に触れると敵味方問わず感電させてしまうのだ。両者ともに『雷衣』を纏っていればダメージは抑えられるものの、感電で身体が強張ってしまうのは防ぎきれない。
騎馬戦のように味方が密着するこの戦いで、攻撃に転用するには使い勝手が悪すぎた。
つまり、決めるのは善逸の役割だ。
「
「すごまないでよ怖いから!」
騎手が意図的に騎馬から離れても、地面につく前に騎馬に戻れば反則は取られない。張り巡らされた帯を足場に、善逸が駆け抜ける。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・十連
天盤が解放され、突き抜けた頭上に晴天が広がるドームの中で霹靂が鳴り響く。
万全に整えられたこの状況下、ハチマキを守り通せる学生はいない――そのはずだった。
しかしここで計算違いが発生する。
机上の空論というように、勉強が出来て社会に出てからも実績を積み重ね、組織の命運を託されるような優秀な人間であっても現場の実態にそぐわない計画を作成する例は往々にして存在している。
それを鑑みれば、いくら五加と妓夫太郎が知性派で鳴らす生徒だったとしても『ようやく』と言うべきだろうか。
五加が入学してからせっせと蓄えた『貯蓄』を食いつぶしてこれまで成し遂げた初見殺しの数々であった。五加が情報収集していたのを教員や一部の生徒たちも把握していたが、悪意があるわけでもなし、むしろ熱心な生徒であると黙認されていた。
しかしこうやって体育祭で数々のヤンチャをしでかした以上、つぎ以降は確実に規制が入ることだろう。ここまで一方的にペースを握れるのはこれが最初で最後のチャンス。だからこそ決めてしまいたかったのだが、ついにほころびが出た。
単純な話だ。
人間には手が二本しかなく、チームは全部で十三。
そして取ったハチマキは首から上に巻かなければならないとルールで決まっている。
奪うのはともかく、比喩抜きで『手』が足りなかった。
両手の塞がった襲撃は総合力で頭一つ抜けた轟、センスで飛びぬけた爆豪、そして本体の毒が動きに反映されない常闇の三名からハチマキを取りこぼしてしまう。
「アンタねえ! お兄ちゃんがせっかく完璧な作戦を立てたのに何取りこぼしてんのよ! 足りないのなら手の一本や二本生やしなさいよ!!」
「ごめん、ほんとごめん! でもそれ人間には無理なんだっ」
圧倒的ポイントで我妻チームは一位通過を果たしたものの、自分たち以外を同一最下位に落とし、最終種目はいきなり準決勝から四人で始めるという野望は脆くも儚く崩れ去ったのであった。
最終種目進出は我妻チーム、轟チーム、爆豪チーム、緑谷チームの計十六名。
雄英体育祭はいくつもの付加価値があろうと、学校の体育のお祭り。
最終種目は午後から。それまでに一時間の昼休憩、全員参加のレクリエーション種目などが挟まる。
最終種目進出者十六人はレクへの参加不参加が本人の任意であるあたり、どうしてもおまけ扱いは否めないが、本来の高校でいう『体育祭』はこちらの内容が近いだろう。
本場からチアリーダーを招集しての応援合戦はさすが資金が潤沢な雄英高といったところだが。
「……嬉しそうだな?」
「えー、俺笑ってた? あは。いやあ、まさかね。妓夫太郎に
職場体験の指名は二名までしかできないのが悔やまれるなあ。誰を呼ぼうかなあ。でも妓夫太郎は梅ちゃんとセットじゃないと来てくれないだろうしなあ」
「……そうか」
「おや。義兄上どこに行かれるので?」
「便所だ。ついてくるなよ」
熱戦から解き放たれ自由になった人々は、各々の立場や目的に基づきつかの間の平和な時間を消費する。
いつだって状況は待ってくれない。様々な思惑が交差し、その多くが誰かにとっての不本意な未来に繋がっている。
果たしてこの場にいる何人が夢を叶えることができるのだろうか。叶えたとして、その先に望む未来はあるのだろうか。
「コスチュームは、八百万に
「八百万は頭がいいけど真面目が一周回ってチョロいから、相澤先生からの言伝って言えば……」
「問題は機織姐さんの方だな。ひっかかってくれるとは……」
「何を話しているんだ?」
『っ!』
これはそんな破片たちだ。
その聖戦の狼煙となったのは、峰田のとある一言だった。
「なあ上鳴。A組女子のチアコスが見たいと思わないか?」
「詳しく」
雄英が本場アメリカからチアリーダーを招集していたのは先にも述べた通り。彼女たちは一般客と同じ食堂で食事をとっており、ひどく悪目立ちしていた。
同じく一般向けの食堂で昼食を済ませていた生徒たちの反応は様々。苦笑する者、驚いてコップをひっくり返す者、そして欲望を顕著にする者がここにひとり。
すらりと長い手足に、黄色人種ではそうそうない高い鼻。実はこの鼻の高さはただの印象ではなくかなり物理的な格差があり、眼鏡が日本に輸入される際に日本人の低い鼻に合わせて鼻パッドが追加されたというエピソードもあるほどだ。
モンゴロイドとは骨格から異なるアメリカンな美女たち。素晴らしい。
だがそれはそれとして、どうせなら同じクラスのヒーロー科最高! な美少女たちのチア服も一緒に拝みたいと願ってしまうのが男の
普通は実行には移さないだろう。考えるだけ、脳内で
普通の人間が倍率三百倍を乗り越えられるはずがないのである。ここにいる生徒は誰しも、何かしら一芸に秀でたものがあるからこそ一万人以上の上に立てる。
峰田は女にモテるイケメンが憎いという嫉妬、カッコいいヒーローになって自分も女にモテたいという煩悩で偏差値79の壁を突破した男であった。
だが一方で、峰田はその気になれば臆面もなく煩悩丸出しでオイラの為にコスプレしてくれと言える男であったが、そう言ったところで女子がはにかみながら服を脱ぎだしてくれるのはイケメン限定だとこれまでの人生で悟っていた。ついでに己が世の中の大半の女性にとってイケメンの範疇から外れた存在であるということも。
だからこそ人手を求めた。数は力だ。上鳴も特別顔面偏差値に優れた男ではないが、彼にはナンパ師としての経験で鍛えたトークスキルがある。
昼休みという限られた制限時間のなか、計画はとんとん拍子で進んだ。欲望で一致団結した
女子にバレたらそこで終わりの計画だ。万が一にも悟られないように彼らは注意していたが、ひそめられた声を聞き逃さない耳の持ち主がA組には存在していた。
「我妻……!」
「いや答えなくていい。実は一部始終、話は聞かせてもらったからな」
そうだった。体育祭の華々しい活躍で失念しかけていたが、こいつは普段は聴覚のみが強化されている変則的な増強系だったと峰田は歯噛みする。
我妻善逸。
五加という美少女な幼馴染がいる羨ましさの極致。節目節目であれ? こいつオイラと同類じゃね? と思わせるものが多々あるものの、そうやって油断していれば先の第二種目では腰を抜かすようなB組の美少女と騎馬を組んでいた。うらやまけしからん。
峰田の見立てでは善逸は五加の尻に敷かれている。どうする? 告げ口されるまえにヤるか? こちらにも最終種目通過の上鳴がいるとはいえ、一位通過の決め手となった善逸を相手に二対一ならヤれるか? こめかみを汗が一滴通り過ぎるのを感じた。
善逸は目を静かに伏せたまま、ゆっくりと右手を上げた。
びしり、と親指が立てられる。
「手を貸そう。五加がネックなんだろ? 俺にいい考えがある」
その瞬間、峰田と上鳴はここにもう一人同志が生まれたことを知った。
もはや彼らの間に言葉は不要だった。黙って拳を突き合わせ、ゆっくりと天へと掲げる。
我ら、共にこの野望を果たさん。
その五分後、男三人は揃って五加の前で土下座していた。
「……それで? もう一度言って」
「女の子たちの緊張を解きほぐすべく、五加さんのお力をお借りしたく」
開幕から土下座外交。
攻略不可の強敵ならば、味方に変えてしまえばいい。発想の転換である。成功すれば心強い友となってくれることだろう。
難攻不落の要塞を何も馬鹿正直に正面から攻め落とす必要はないのだ。砦を落とすという結果が必要なのであれば、内通者にこっそり内側から鍵を開けてもらえばいい。
その内通者を五加にしてしまおうという魂胆であった。
「ふうん」
五加はゆっくりとペットボトルのスポーツドリンクをあおった。こくり、こくりと音を立てて嚥下して、水分補給により噴き出した汗をタオルで拭う。
ちなみに男どもは土下座の姿勢のままである。視界は地面で埋め尽くされているはずなのに、不思議と五加の冷たい下目使いをひしひしと感じた。
特に水分補給したわけでもない男どもの額にも汗が浮かび、ぽたりと地面に黒い染みができる。
「わんもあ ぷりーず」
「すみません見栄張りました女子のチアコスが見たかっただけなんだよう!!」
プレッシャーに耐えかねて峰田が
彼はこの状態の五加を初体験である。内心は既にえ? なにこれ機織すげえ怖え! とガクブルだった。
USJ襲撃事件のせいで時間が濃密に感じるが、その実まだ高校生活が始まってから一か月と少ししか経過していないのだ。同じA組内でもあまり話したことのない相手、ともすれば顔と名前が一致しない相手も珍しい話ではなかった。尻尾の生えた尾なんとかさんとか。
「ん、正直でよろしい」
余裕綽々、あたかも彼らの生命線は我が手中にありと言わんばかりの態度をとっている五加ではあるが、実のところ頭はフルで回転中だったりする。
なかなかに厄介な案件だ。
ただふざけるなと、彼らの要望をここで蹴るのは簡単だろう。誰が聞いたって蹴った五加が正しいと、欲望への共感はさておき理がどちらにあるかは万人が声を揃えてくれるはずだ。
しかし、『してはいけないことだから』で本当に人間がやらずに済むような生物なら、いまだに人間は神の創った箱庭にて全裸で楽しく暮らしていることだろう。
誤解している者も多いが、我慢は見えなくなるだけで消えるわけではない。時間がたつごとに体積を増して溜まり続け、上手く処理できなければ爆発する。一日、一か月という短い間隔だけではない。場合によっては数年、下手すれば数十年とおいてから一気に噴出するのだ。
ただ単純に我慢させればいいと考えている者は、その爆発に巻き込まれたことがないか、巻き込まれてもなお自分が我慢を強いたせいだと気づいていないかのどちらかだろう。
いま、峰田は『A組女子のチアコスが見たい』という強い欲望を抱いている。その欲望の正当性は度外視して、その欲求を突っぱねればそれは彼の中で極度の我慢に換算されることだろう。
食堂でチアリーダーを見かけただけで、それだけのきっかけでクラスの女子全員に(悪意のほどはさておいて)嘘をつき陥れるというかなりリスクの高いまねをしでかす彼のことだ。ため込んで、暴発してしまったときにはどれほどの被害が出ることだろうか。
五加としては、クラスメイトから性犯罪の加害者が出るのも被害者が出るのも御免こうむりたいところであった。どうも峰田は胸の豊満な女性が好みらしいので、慎ましい体形の自分はきっと被害者にならないとしても。
そう考えると、制御可能な段階で自身の手の届く範疇に入ってきたのは僥倖と言える。それに五加からしても損ばかりの話というわけでもなかった。
「……わかった。協力するよ」
「ほんと!? ありがとう五加!」
「あざっす! あの、お礼は何を……」
素直に喜ぶ馬鹿どもの前でにっこりと笑ってみせる。最低限の想像力はあるらしく、ごくりと一様に息をのむのがわかった。
「いらないよ。きみたちのクラスメイトの緊張をほぐしたいというサプライズ計画に感銘を受けて、手を貸すだけだからさぁ。
これで謝礼なんて受け取ったら、まるでクラスメイトをはした金で売り渡すみたいじゃない。ねえ?」
「そ、そっすね」
「あーでもなんだかたこ焼きが食べたくなってきたなー。入り口付近の屋台で売ってたっけなー」
「
棒読みで言うと、不思議なことに善逸が自主的にお使いに行ってくれた。何気に人込みのなか距離を歩くのが面倒だったのでとても助かる。
「……あの、五加姐さん」
「うん? どうしたの上鳴くん」
歯切れの悪い上鳴に小首をかしげて見せる。良くも悪くもノリが軽い彼にしては珍しい態度だった。
授業の小テストなどを見る限り勉強は苦手なようだが、かつて爆豪を『クソを下水で煮込んだような性格』と評したようにそのボキャブラリーは意外なまでに豊富だ。そんな彼が言葉を見つけられない様子でただ視線をさまよわせている。
「……あの……我妻のやつとは……」
「?」
結局なんでもないっすと彼は話を打ち切ってしまったので、五加もそう、とだけ返した。
ポーカーフェイスを気取っているものの今の五加の脳内領域に余裕はない。ただでさえ最終種目という最優先タスクがあったのに、制限時間付きでクラス内に波風を立てず女子にチアコスさせるという緊急クエストが発生して熱暴走を起こさんばかりだ。
彼がいま話そうとしないのならば、こちらから突っ込んでまで話を聞く気にはなれなかった。必要なら改めて向こうから切り出すだろう。そう割り切って脳内から削除するのも頭脳労働のコツである。
どうもこの国では精神論で軽視されがちだが、脳も肉体の一部。全力で走り続けることができないように、思考も品質を保とうと思えば『運動量』は吟味が必須なのだから。
「ひとまず、時間が無いから衣装を着てもらうまではそちらの案でいくとして。その後にちょっと手を加えようか」
「え? どういうことだよ機織」
「『騙された!』って空気が険悪になるのはそっちも避けたいんでしょ? その場の空気を『騙されたは騙されたけど、まあいっか』って方向に誘導する人間が……そうだね、ポジティブ側とネガティブ側で二人はほしいかな」
人間は社会的動物だ。空気を読むというスキルはこの国の社会では必須になる。ノリのいい者が『やろうぜ!』と言い、ノリの悪い者さえ『気は進まないけど、まあやるか』と言えば、まるで自分がやらないのは流れに逆らうかのような、乗らない自分が悪いかのような空気になるだろう。
パッション系の芦戸や葉隠なら特に誘導せずとも、状況を整えれば自主的にチアの真似事をしてくれるだろう。A組の女子は五加含めて七名。五加とあと一名の協力者がいれば合計四名となり、過半数を占められるのも大きい。
世間知らずの自覚があり何気に好奇心旺盛な八百万も、自分が少数派となればおずおずと踊り始めてくれる可能性が高い。そこまでいけば麗日や蛙吹は空気を壊してまでチアに反対することはないだろう。
全員躍らせることに成功すれば身体を動かすことが純粋に楽しい十代の少女たちだ。あとで笑い話にもできる青春の一ページになる。
「ポジティブはぼくが担当するとして、ネガティブ側の人材が欲しいね。耳郎さんを取り込もう」
「……いけるのか? そういうの耳郎あんま好きじゃなさそうだけど」
「USJのときにそれなりに仲良くなったからねー。ちゃんとお話すれば引き受けてくれると思う。
でも話はぼくから付けておくけど、彼女が彼女で報酬を要求した場合はそっちでちゃんと支払うこと。いいね?」
「まかせておけ! 最悪小遣いの三か月分前借りまでなら視野に入れるぜ!!」
目を血走らせ、鼻息も荒く親指を立てる峰田を見ていると、煩悩もそこまでいけば大したものだと感心する気になってくる。きっと錯覚だろうけど。
「焼きそば買ってきましたあ!」
「おー、善逸おかえりー」
よほど切羽詰まっていたらしい。
おそらくは肉体的疲労とは異なる要因で汗だくになり帰ってきた善逸は、何故かたこ焼きではなく焼きそばを買ってきたが、言及しない優しさは今の五加にもあった。
「いくらだった?」
「俺のおごりでいいですっ。この前もマックおごってもらったしね!」
「本当に? ありがとう。この御恩は忘れないからね。ぜったいに忘れないからねえ」
暗にこの貸しを忘れるなと告げると、男三人はガクガクと頷いた。
さて、そんなことはともかく。ここからが五加にとっての本題だ。
「あ、そうだ。進出者はレクに自由参加じゃない? だからそのつもりでスケジュール組んでたんだけど……。
チアで応援合戦に参加するなら、個人調整の方がちょっと時間足りなさそうなんだよね。善逸、アップに付き合ってくれる?」
「えっ。うんまあ、別にいいけど」
「あっ、なら俺らも付き合うっすよ姐さん」
「オイラもかよ!?」
上鳴がそう申し出てくれたが、五加は丁重にお断りした。
上鳴はトーナメント進出者だ。組み合わせのくじは昼休み終了後だが、勝ちあがっていけばいつかはぶつかり合う相手。互いに手札をさらさないように調整するなど気疲れするばかりで逆に調子を狂わせてしまう。
一方で善逸も進出者ではあるのだが、お互いにこの長い付き合いで手札は知り尽くしている。なんなら連携の訓練だって中学の頃から何度も行ってきた。今さら知られて変わるようなものではない。
お互いに気を遣わずに済み、相手がどう動くのか“個性”を含めて熟知しているからこそ時短にもなるというものだ。
「トーナメントで出会ったら、そのときはお互いにベストを尽くそうねー」
「……っす」
結果だけいうと五加のプランは見事に当たり、A組の女子たちはちょっぴり刺激的な青春の思い出を獲得し、多くの男子がサプライズな眼福に心の中で拍手喝采した。
ただ、その立役者となった某男子は調子に乗ってスマホのカメラ機能をフル活用し、イヤホンジャックで制裁を受けたそうな。
そこまでは五加の関与するところではない。
【雄英こそこそ話】
五加は前世の記憶のおかげでスズメ語とカラス語が話せるよ。
口の構造が変わったからスピーキングはいまひとつだけど、ヒアリングはほぼ完璧なんだってさ。
前世のことを隠していたときは気を付けていたけど、今でも思いっきり気を抜いていると偶にスズメ語が出ちゃうことがあるんだって。