【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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いつもお気に入り登録、評価、感想、ここすき、誤字脱字報告ありがとうございます。
そのすべてにリアクションが返せているわけではありませんが、しっかり全部目を通し、助けられています。

ついに一番書きたかったところまでたどり着けました。
皆様のお力のおかげです。


誰がための雷雲 3

 

 昼休み終了後。

 くじ引きの結果、五加は第三試合に上鳴と、善逸は第八試合で緑谷と当たることになった。

 

「うっひゃー。まさか言った傍から上鳴くんと当たることになるとはねえ。言霊ってやつかな? まあ遮蔽物のないあのフィールドで一対一のガチバトルなんて勝てない相手の方が多かったから、勝算のある相手でよかったよ」

 

 一回戦で謝花兄と当たった日には絶望しかないからねーなどとにこにこと笑う五加だが、その笑みに侮りや嘲りは見られない。彼女の中では本当に、過不足なく、理論的に裏付けのある勝算が用意されているのだろう。

 レクリエーションはまだまだ続いているが、第三試合というのは遠いようで近い。

 かつてオールマイトの対人戦闘訓練が一試合あたり十五分の制限時間だったのは授業時間の兼ね合いもあるが、まだまだ一年生には集中力も体力も持続しないのだ。

 変に実力が噛み合った泥仕合にならない限りは短期決戦が重なるだろう。

 

 つまり、こうやって早めに準備のために抜け出しても周囲からは問題視されない。

 とはいえ、だ。

 

「……それで、何の用なんだ?」

「あ、気づいてた?」

「当然だろ。あからさまに隠す気のない“音”させやがって」

 

 善逸はその優れた聴覚で嘘を聞き分けることができる。

 しかし、それでも彼は前世で何度も騙された。前世で相手がついた嘘を指摘したことなど無かった。

 たとえ毒を飲ませるためにまぶした砂糖だったとしても、飢えていた彼は甘さが味わえるのならその後に毒で苦しむことになっても構わなかったから。気づかないふりをして、へらへらと笑いながら食べた。

 

 今は違う。

 善逸は五加が毒も砂糖も吐かないと知っている。あるいはそれを信頼と呼ぶのかもしれない。

 

「あのさ。聞きたいことがあるんだけど」

 

 ほらきた。善逸は肩を竦める。

 果たして内容は先ほど峰田たちとやったバカに対する説教か、はたまた騎馬戦で仕上げを仕損じたことに対する叱責か。

 

「……もしかして、迷惑だったかな?」

「えっ」

 

 しかし、聞こえてきたのは紛れもない『不安』の“音”だった。

 彼女は瞳を震わせ、うつむきそうになる顔を無理やり上げて、それでも顔が下がるので上目遣いで善逸の顔に視線を合わせていた。

 

「ねえ、おぼえてる? 小五のときにさ、将来の夢を作文にして発表する授業があったじゃない。善逸は雄英体育祭で活躍して、できれば表彰台に立って全国放送で放送されることだったよね」

「……よく憶えてんな、そんなの」

 

 言われてみれば記憶にひっかかるようなものがある気がする。

 当時、ようやく五加に指導してもらった勉強の成果が出始めて、少しずつ勉強が楽しくなってきたころだった。もしかしてこのまま、自分も立派なヒーローになれるのではないかと思えた。

 教師を含めクラス中から笑いものにされ現実に立ち戻ったが。苦い思い出というほどでもない、前世でも今世でもよくある話だった。

 

「ぼくはもう既に『善逸がどこまで善逸なのか』推し量っているところだったからね。善逸って承認欲求はともかく自己顕示欲は低い方だったし、前世とは違うのかなって思ったのが印象に残っているよ」

 

 でも、と彼女は言葉を続ける。

 善逸は善逸だったね。何かどうしても成し遂げたい目的があって、そのためには雄英体育祭に出て優秀な成績をおさめることが必要だったんだよね、と。

 

 だから今日、あらゆる手段を択ばずに最終種目に到達することを目指したのだという。たとえそれがヒーローらしからぬ手段であったとしても。

 たとえそれが心ある人々から眉を顰められるような手法であったとしても。

 

「でも迷惑だったかな。ずっと善逸は気乗りしていないふうだった。本当に乗っていたら騎馬戦はうちのチームの完勝だったはずだもん。ハチマキくらい口に咥えて全部集めきったと思うもん」

「いやかなり全力でしたけど」

 

 期待が重い。正直過大評価だと思う。

 善逸の主観からすればあれは己のベストを尽くしたし、その上で届かなかったのだ。必勝の計画を練ったプランナーたちの想定よりもずっとずっと、善逸はダメなやつだった。それだけの話である。

 それだけの話の、はずだ。

 

「ごめんね。前世の記憶を自覚したときから気を付けていたつもりだったんだけど……。巻き込んじゃったかな? 前世に引きずられて、自分の未練を果たすために善逸の未来を台無しにしちゃったかもしれない」

 

 ぽろぽろと五加の目から涙が零れ落ちる。

 からいものを食べて涙目になったのを見たことはあるが、この幼馴染が明確に泣くのを見るのは初めてだった。

 

「ちがうんだっ、違うんだ!」

 

 見当はずれの謝罪させて、泣かせて、ようやく声が追い付いた。

 たしかにこの体育祭の間、ずっと気乗りしていなかったのは認める。

 さらにはみんなが全力を出し合って勝ち上がっていく中、こんな自分がそこに紛れ込んでいることに罪悪感を抱いてますます気持ちが下向きになる悪循環を勝手に起こしていた。

 だがそれは五加の責任などではない。

 

「俺だ。俺のせいなんだよ。俺がずっとぐるぐる迷っちゃってるんだ」

 

 思えば初めて善逸は自分がヒーローを目指したきっかけを五加に話した。

 たったひとりで前世の記憶を持って生まれてきた孤独に耐えかねたこと。

 前世の記憶が自分の妄想なのではないかという恐怖から逃げたかったこと。

 テレビで放映されている雄英体育祭を見て、あれに出て同じく前世の記憶を持つ誰かに見つけてもらえれば、前世が妄想ではない証明になると考えたこと。

 

 話しているうちに五加の比ではないほどボロボロと涙が零れ落ち、善逸は自分で自分が情けなくなった。

 きっとこの場にいる誰よりも自分が雄英高にふさわしくない人間だと思う。そう思うのに、自分がさっぱりわからないのだ。

 

「五加のおかげで前世は俺の妄想なんかじゃないって安心できたし。なのに俺、何故かここから離れたくないって思っちまっている。この道をずっと頑張りたいって。

 でもこんな俺なんかがヒーローを目指してもいいのかなって――」

「ヒーローだよ」

 

 五加は普段、相手の言葉を最後まで聞くように心がけている。

 大声を上げて相手の言葉を聞こえなくして、自分の言葉だけが聞こえるようになれば勝ちだと思っている人間たちを五加は心の底から軽蔑していて、そんなクズの同類にならないよう意識しているのを善逸は知っている。

 

「善逸は、ヒーローだよ」

 

 そんな彼女が善逸の言葉に自分の言葉を重ねた。

 

「どうして……そんなこと言えるんだよ?」

「ねえ知ってた? 鎹鴉ってたいてい専属なんだよ。隊士本人が強く望んだとかの例外を除いて、ひとりの隊士につけられたら死ぬまでその隊士の担当なんだ」

 

 まるで話の流れを無視したようなことを言う。

 そっと赤くなった目元を拭い、五加はやんわり苦笑した。

 

「初めて会った時、正直ハズレを引いたと思ったよ。まあ下には下がいたんだけども」

 

 鬼殺隊の最終選別を潜り抜けた隊士には一人一羽、連絡用に鎹鴉がつけられる。

 善逸の同期合格者は彼を含め五人。彼らにつけられた鎹鴉のうち、一羽は就任直後に担当隊士にぶん殴られ、また別の一羽は十八回も担当隊士に捕食されかけた。鎹鴉の労働環境も隊士に負けず劣らずなかなかのブラックである。

 上を見れば長男力が天元突破した面倒見のいい隊士とか、新人ながら準“柱”級の実力者とかもいたが。ランク付けだけでいえば五加の労働環境は中の中だったが、極端が過ぎる。

 

「……俺で悪かったな」

 

 善逸としても言い分はなくもない。

 周りがカラスを与えられる中、ひとりだけスズメだったのだ。正直いじめかと思ってこっそり泣いたくらいである。

 ただ善逸も自分が鎹鴉としてつけられるのであれば、自分よりも炭治郎やカナヲちゃんの方がいい。絶対にいい。はるかにいい。

 

「ほんとだよ。全然仕事にいきたがらないし、女の子の尻を追いかけまわしてばかりだし、いびきはうるさいし、言葉は通じないしさ」

「泣くぞ? いや言葉が通じないのは俺も困ったからね」

 

 鎹鴉が連絡用と聞いたのに人の言葉を話せないのはわりと致命的ではないだろうか。

 

「そうだね。でも、だから話してくれることもあったでしょう」

「あん?」

「――『夢を見るんだ』」

 

 幸せな夢なんだ

 

 俺は強くて。誰よりも強くて

 

 弱い人や困っている人を助けてあげられる。いつでも

 

 じいちゃんの教えてくれたこと。俺にかけてくれた時間は無駄じゃないんだ

 

 じいちゃんのお陰で強くなった俺が、たくさん人の役に立つ……

 

「『そんな、夢』」

 

 息をのんだ。

 

 まるで胸に埋まり込んだ宝物をそっと取り出して、うやうやしく差し出すように。

 五加は自分の胸に手を当て、ゆっくりと広げた。

 

「ぼくね、あれを聞いた時にね。ああ、このヒトにならぼくの(すべて)を捧げても惜しくはないなって思えたんだ」

 

 女好きで、毎日鰻重(ごちそう)を食べたがる欲張りで、仕事に行きたがらず泣き喚く臆病者で怠け者。

 そう思っていたのに、もしも彼が力を手に入れたときに真っ先に出てくる理想は『(だれか)を助けてあげられる』だった。

 

「きっとぼくが人語を話せるカラスならきみは話してくれなかった。だからね、きっとぼく、スズメに生まれてよかったんだよ」

 

 誰かを助けてあげられる自分になりたい。

 誰かの期待に応えられる自分になりたい。

 

 ――そう思っても、本当にいいのかなあ?

 

 炭治郎をひとりで最後まで戦わせてしまった弱者だけど。

 禰豆子ちゃんにあれだけ愛を囁いておきながら、助けてあげられなかった嘘つきだけど。

 じいちゃんの教えてくれたこと、かけてくれた時間を無駄にしてしまった俺なんかが。

 

「ヒーローになりたいと思ってもいいのかな……?」

「あのときからずっと、きみはぼくのヒーローだよ」

 

 かちり、とずっと空転していた最後の歯車が嵌った気がした。

 それで何かが急に変わるわけではないだろうけど、始まる準備はきっとこのとき整ったのだろう。

 

 

 

『ヘイガイズ アァユゥレディ!? いろいろやってきましたが結局これだぜガチンコ勝負!!』

 

 響き渡るプレゼント・マイクの実況が最終種目の開幕を告げる。

 

『頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ。わかるよな? 心・技・体に知恵知識、総動員して駆け上がれ!!』

 

 観客のボルテージも最高潮。スタジアムそのものが振動しているかのような歓声が沸き上がる。

 そんな熱狂の中、セメントスの作成した特設ステージに進み出る少女が二人。ひとりは悠々と、己が美貌を誇るように自信たっぷりと。もう一人は硬質な表情の中に隠しきれない緊張と、積み重ねた努力と実力へのたしかな自負を秘めて。

 

『一回戦! 第一試合にふさわしい華やかな組み合わせになったな。

 綺麗な花には棘がある? にしても程度が過ぎんだろ! A組パラダイスの中で勝ち進んだ選りすぐりのB組だが、そのぶん毒も選りすぐりか!? 謝花梅!!

 (バーサス)!!

 A組の可憐な花! だがその実力は伊達じゃないぜ。騎馬戦で見せた実力は万能の看板に偽りなし! 八百万百!!』

 

 歓声の中、互いの声が届く距離まで二人の少女は歩み寄る。八百万も十分に顔で飯が食っていけそうなレベルの美少女なのだが、梅のそれは次元がひとつ違う。見ているだけで身体の芯が震えそうな美貌だった。

 プレゼント・マイクがルール説明を行う中、梅はじろじろと無遠慮に八百万の顔を眺めまわす。

 

「ど、どうされました?」

「アンタ、そこそこ美しい顔をしてるわね」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 にぃ、と梅の口端がつり上がった。

 

前世(むかし)なら喰っていたわ」

「ひっ!?」

 

 ぞくり、と八百万の背筋に震えが奔る。

 それは生物の本能が捕食者を前に発した警告であったが、感覚派ではなく理論派である八百万に察することはできなかった。

 悪く言えば頭でっかちな傾向のある彼女は梅の言葉を『そういう方向』に誤解し、さらにドキドキと高鳴る自身の胸に困惑する。吊り橋効果と同じ化学反応がそこで発生しようとしていた。

 頬を紅潮させる初心で生真面目な八百万に対し、興味を失くしたように梅の顔から笑みが消え、鋭利な美貌がむき出しとなる。

 

今世(いま)は踏み台にさせてもらうわね。せいぜい、いい声で啼きなさい」

「え?」

 

『レディイイイイイイイ……スタートォ!!』

 

 始まった戦いは実に一方的なものだった。

 理由は観客の目にも一目で明らかなものであり、たまらず声が上がる。

 

「おいおい、それは障害物競走(第一種目)で略奪していたサポートアイテムじゃないか! 最終種目(いま)で使うのは反則じゃあないのか!?」

『事前に謝花梅選手から申請があり、ルールには抵触しないと判断しました』

 

 主審のミッドナイトはにべもなくヤジに応えるが、その内心は微妙な顔だ。彼女だって感情的にはアリかナシかでいえばナシ寄りなのだが、表面上にそう見せているほど感情や好みだけでジャッジを行っているわけではない。

 ただ、審判が揺らいでは競技そのものの枠が揺らいでしまう。常に判断を下す者は自信満々な態度で『これが正しいのだ』と示さねばならない。

 

「アイテムをストックしたのはアタシの“個性”よ。それに事前にサポート科に依頼して作成させたのならともかく、ぜんぶ競技内でルールに則って勝ち取った戦利品。文句を言われる筋合いは無いわ」

 

 臆面もなく梅はこれが己の“個性”の範疇だと言い切った。

 

 梅が八百万相手に優位に立ちまわっている原理は、言ってしまえば簡単である。

 八百万が“個性”で創造したアイテムに対し、梅は自身の帯の中から有利なアイテムを選び出してぶつけている。ただそれだけ。後出しじゃんけんの連続だ。

 さらにいえば梅がただ帯の中から取り出せばいいだけなのに対し、八百万の『創造』は作成に脂質(カロリー)を必要とするし、創造したいものを分子構造まで把握しておかねばならない。フリーハンドで図面を引くようなもので、どうしても生成までのタイムラグと集中力の摩耗が発生する。

 

 ただ、言葉でいうほど梅のやっていることも簡単ではない。

 八百万が何を創造しているのか瞬時に判断し、手持ちの中から最も有利な道具を的確に選択できるのは、間違いなく梅の実力があってこそだ。

 

 人間とは不思議な生き物で、たとえばとある技術の難易度を十段階に分けて階段のように並べ立てたとする。

 たいていの人間は三段階くらいまでなら誰でもできるが、そこ以降身につけられるかは費やした時間と生まれ持った才能次第だろう。

 そして才能如何によっては五と六は壊滅的に苦手なのに、八だけ名人芸ということが往々にしてありうる。

 

 梅は彼女を溺愛する彼女の兄ですら、そうと認めるほどに頭が足りていない少女だ。

 たしかに『足りていない』という言葉は、単純に不足している際に用いられるだろう。

 しかし同時に平均値に必要なパラーメーターがA~Dまで存在していたとして、AとCが平均の三倍あったとしても、Bが平均、Dが平均の半分しか無ければ、やはりそれは必要量に『足りていない』という表現になる。

 

 彼女がバカであることと知能指数が低いことは必ずしもイコールではない。事実として彼女は偏差値79倍率300倍を潜り抜けてここにいる。

 前世では花魁として百年以上遊郭に君臨した彼女だ。花魁は高級娼婦(コーティザン)の例に漏れず身体ではなく芸を売る遊女であり、美貌、教養、芸事の全てにおいて高水準を要求される。

 位の高い花魁には簡単に会うことすら叶わないので、男たちは健気に花町に通い、金を吐き出す。そのような時間と金の使い方ができる男たちの社会的地位も相応のものであり、花魁の芸は彼らがたわむれに持ち込んだ謎解き(リドル)や、仕事上の雑談にそつなく対応することも求められるのだ。

 梅には経験がある。実績がある。ならば間違いなく芳醇な才気もあるのだ。

 

 直情的で大局的な俯瞰を苦手とする彼女であったが、詰め将棋のように戦局を完全に掌握し、一手一手と相手の優位を削り詰ませにかかるその姿は一世紀以上花街の支配者として君臨した花魁の看板に恥じぬ腕前であった。

 

 最後まで八百万は諦めずに食い下がった。

 その健闘は称えられるべきだろう。ただ、戦局をひっくり返すには至らなかった。

 

「くっ……!」

「はいおわり」

 

 仰向けに倒れた八百万の首を交差して梅の帯が突き刺さる。必要とあれば秒とかからず八百万の首は胴体と泣き別れすることだろう。

 

『八百万さん行動不能! 謝花梅さん二回戦進出!』

 

 ミッドナイトが決着を告げる。

 だが、梅にとってはここまで中盤戦。ここからが仕上げだ。

 にこりと微笑むと鋭利な印象から一転、人好きのする笑顔になる。

 

「今回使用したのはF組浪漫(ろまん)(もとむ)くんの『超回転ドリル』、G組闇御(やみお)(つらぬき)さんの『三連レーザー砲』、同じくG組……」

 

 試合中ならともかく、今は試合後。あまり長々と話していれば主審に遮られる可能性がある。そんな大義名分のもと、簡潔に名前だけを連ねていく。最後に艶然と微笑んで頭を下げれば完璧。

 

「ありがとうございました」

 

 それだけ言い残し、ステージを降りる。

 多くは語らない。その必要がない。どれだけ言葉を重ねても、自身の微笑み一つの価値が勝ることを梅は知っている。

 

 いまごろ、様々な推測と感情が観衆の中で渦巻いていることだろう。

 だがいつの世だってイケメンは正義、美女美少女もまた同様なのだ。

 常に猫が飢えて死なないように日常的に慈善活動を続けている人間の方が間違いなく偉いが、民衆が支持するのは気まぐれに雨の中捨て猫を拾う不良の方。

 第一種目の悪行が印象的だった分、『ただ略奪したのではなく、相手の作品と製作者に敬意を払っている』とアピールできたこの最終種目のイメージ戦略効果は大きい。

 

 中には梅が言及したことから、あの略奪が計画的凶行であると気づく者もいるだろう。

 だが『普通にやっていれば予選で消えていたサポート科のアイテムを最終種目でアピールした。もしかして善人なのではないか』と考える層が絶対に出てくる。そこを利用してのし上がればいい。

 これで少なくとも手の届く範囲にはフォローができる、いや自分たちならやれる。サポート科の製作者たちの恨みを買うのではなく、恩を売ってみせる。

 

 いらぬ恨みは買うのは馬鹿のすること。

 見方ひとつ変えるだけで恩になるなら絶対にその方が効率的。

 この絵図を描いた者の考えだった。

 

 また、この手が使えるのは今年が最初で最後だとも彼女は言っていた。

 開発者は誰よりも自分の商品を熟知している。だが肥満体形で声の小さい、容姿もぱっとしない本人がぶつぶつカメラの前で説明するよりも、顧客が販売意欲をそそられるのは見栄えのいい俳優が台本通りに読み上げるCMの方である。

 

 梅がやったのはそれに近い。つまりサポート科の生徒が自らアピールするのではなく、わざと競技中にアイテムを奪わせて代わりにヒーロー科の生徒に広告してもらう、そんなスタイルを提示してしまった。

 

 このままだと来年以降は、下手するとサポート科やヒーロー科のみならず経営科も巻き込んでおおいに荒れることだろう。

 もともとサポート科のアイテム使用許可は公平性を期したルールであった以上、公平性が覆されるのであればヒーロー科生徒のアイテム使用禁止はしっかりと明文化されると見た方がいい。

 

『競技のルールに手を加えさせる、必要を迫り改変させる。

 それは雄英の歴史に名を残す偉業だよ。たとえそれが悪名であってもね。上手くすれば大成までの道のりを大幅に短縮できるだろうけど、下手を打てばデジタルタトゥーに終わるだろうね。それでもやる気ある?』

 

 この計画が雄英の望まないアンチヒーローなものであると認識しながら。最悪、謝花兄妹の未来に大きな禍根を残すと知りながら。ガラスのように醒めた目で提案してきた彼女。

 彼女が前世で鎹鴉の小雀だったことを梅は知っているし、あちらも梅たちが“上弦の陸”だったことを知っている。その上でまったく物怖じしなかった。その鼻っ柱の強さが気に喰わなくて気に入った。

 

(あのちんちくりん。顔立ちは悪くないし、いつかアタシがプロヒーローになったらサイドキックにしてやるのもいいわね)

 

 控室に繋がる廊下へと入り、観衆の目が届かないエリアで。

 梅の笑みは攻撃的に吊り上がっていた。

 




【雄英こそこそ話】
◆わるだくみの裏側
五加「じゃあ、これ当日までに覚えてね。最終種目で強奪したアイテムを使うに足る根拠と、過去の判例」どすん

梅「は?」

五加「ああ、安心して。後半はミッドナイトとの交渉を想定した対話形式の問題集だから。単純な暗記は前半分でいいよ」

ぶあつい紙の束「ゴゴゴゴゴ……」

梅「……は?」

五加「あれ、データの方がよかった? USBで渡すという方法もあったかな。でもやっぱり書き込める方が勉強しやすくない?」

梅「…………は?」



お兄ちゃんに泣きついたら一晩で覚えさせてくれました。
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