そのすべてにリアクションが返せているわけではありませんが、全部に目を通し、活力に変えさせていただいております。
今回は歌詞使用に挑戦してみました。
これで合っているといいのですが……。
原曲の著作権は消滅しているらしいので、最悪ミスっている場合でも著作権に引っかかることはないと思います。
続く第二試合は梅がやらかしたような波乱はない順当なもので、ある意味不穏なものだった。
爆豪VS麗日。
A組同士のこの組み合わせはクラスメイトの何人かが事前に懸念したように、うららかな美少女を
麗日は捨て身の起死回生の策を用意していたものの、小細工ごと文字通りに爆破する爆豪のスペックを凌駕するには至らず。
爆豪の勝ち上がりという順当な結果に終わるのであった。同時に二回戦第一試合もまた
理由はどうあれ女性を殴ることは悪とされる風潮がある現代社会。ある者は爆豪のくじ運に同情し、またある者はせっかちにも今から胸をドキドキさせるのであった。
『ステージを修繕して第三試合! A組スパーキングキリングボーイ上鳴!
まだまだ一回戦だが一年最強の電気系個性はこの一戦で決定か!? 騎馬戦でも派手にバチバチしていた注目の好カードだぜ! それじゃあレディ? START!!』
始まった第三試合。
進み出た上鳴の顔はいつものチャラチャラしたお調子者とは一線を画した、どこか鋭いものだった。
「機織姐さん」
「うん? お話してくれる気になった?」
彼が何かずっと自分に言いたげにしていたことは五加も気づいていた。優先順位が低かったので放置していたが。
試合中ではあるが、ここはヒーローの卵が集う場所。青臭い主義主張のぶつかり合いを含めて雄英体育祭の醍醐味だ。あんまり長話をすれば流石にミッドナイトから注意が入るだろうが、戦意を見せていれば会話は可能である。
「機織姐さんに聞きたいことがあるんすけど」
「うんうん」
ゆっくりと歩み寄りながら位置取りを調整する。
五加の身長は142センチ、対する上鳴は168センチ。はたして体重差はいくばくか。少なくともボクシングの試合なら階級は別になるに違いない。
身長差は
それを成立させるのが超人社会の“個性”だが、五加の『雷衣』は上鳴の『帯電』である程度無力化できるだろうし、その逆もしかりだ。結局のところ男女差、体格差によって生じるものがそのままこの試合の有利不利を形作っている。プレゼント・マイクが煽るように“個性”の性能の違いが勝負の決定的差になる展開にはなりにくいだろう。
(この試合だけなら、後先考えないなら勝てそうではあるんだよね)
実のところ、切り札はある。
(でもなぁ……)
この期に及んで五加は踏ん切りがついていなかった。勝てるに越したことはないが、勝利にそこまで拘泥していない。ならば勝ち上がりたい相手に譲ってしまってもいいのではないかとすら思う。
(あれはちょっと……アレだし)
切り札というより、あんまり使いたくない手札というべきだろうか。
自分にとっても相手にとっても影響が後を引きそうで、使用が躊躇われる。
「我妻とは付き合ってないんすよね?」
「うん……は?」
思考の歯車がちょうど一周分空回りした。
この隙を突かれていれば五加はなすすべなく敗北していただろう。
『おおっとぉ!? これはっ、まさかの甘酸っぱい恋の戦争まで勃発か! 倫理道徳無用のガチンコ勝負にルール無用の生存競争まで加わったらいくら命があってもたりゃあしねえぜ! イッツDANGER!!』
『なに言ってんだお前』
ここぞとばかりに煽り立てる解説がわずらわしい。
「……いつか話したかもだけど、ぼくと善逸は付き合ってないよ」
「だったら早いとこ付き合った方がいいっす」
全国ネットで放映されている最中に言ってんだコイツ、という気持ちが表情に出たかもしれない。
後で知り合いにどう噂されるか考えたことはあるのだろうか。後先考えていればナンパなどできないのだろうか。
「オレ、アホだから上手く言えないんすけど」
「ヒーロー科に合格しておいてアホってことはないと思うよ?
「どもっす」
心にもないフォローをしておく。人間関係において重要な潤滑剤である。
「姐さんは……ひとりでいると、よくない方向に流れていっちゃう気がするんすよ」
「へえ」
ぺたりと。
心に指紋がつけられた気がした。
好きこそものの上手なれというやつだろうか。よく見ている。それが好感に繋がるかは別の話だが。
「我妻はそれを引き留めてくれる相手なんしょ? だから早いとこ付き合っておいた方がいいとオレは思うっす」
「んーそっかー」
残念ながら善逸は五加に惚れていない。
五加は知っている。善逸が女の子を好きになったとき、どれだけだらしない顔になるのか。記憶にあるその表情はいつも横顔や後頭部で、自分に向けられたことは一度もなかった。
「あまり気乗りしない感じっすか?」
「んー、そーだねー」
「…………だったら」
上鳴は真剣な顔をしていた。
きっと腹に刃を突き立てて、己のはらわたをさらすときにはこのような表情になるに違いない。
「この試合、オレが勝ったら。オレのこと見てほしいっす」
「わかった。考えたげる」
了承したとは言っていない。
(よし使おう)
普段自分の中で入りっぱなしのスイッチ、切りっぱなしのスイッチ。開きっぱなしの回路、閉じっぱなしの回路。それらに仮想の指がかかる。
女好きで、ちゃらちゃらしているけど根っこのところでは誠実。上鳴のことを少しだけ善逸に似ていると思った。そんな自分が嫌だった。きっとそれは善逸にとっても上鳴にとっても、とても失礼なことだと感じるから。
それから三分後、観客席は凍り付いていた。
爆豪の
「Und der Haifisch, der hat Zähne(ほら、サメってやつはその面に)
Und die trägt er im Gesicht(牙がずらりと並んでいるだろう)」
ステージの上に少女の歌声が流れる。
朗々とした響くような声ではない。戦闘行為という激しい運動の片手間に、呟くように紡がれる旋律。しかし、しんと静まり返ったスタジアムの中では妙に観衆の鼓膜にしみ込んだ。
「Und Macheath, der hat ein Messer(マクヒィスの獲物はドスなんだが)
Doch das Messer sieht man nicht(そのドスを見たことあるやつはいないんだってさ)」
また血が飛び散る。
五加は首をかしげるように頭をずらし、目に血が入らないようにした。血が目に入るとその油分で視界が歪む。ただそれを防ぐためだけに。
その頬にさらなる紅が重なろうと、瞬きひとつしない。
「な、なに言ってんだアイツ……」
スタジアムの観客席。A組の面々が集まっている場所にて、峰田が震えながらこぼす。その煩悩を除けば一般寄りの感性をしている彼はまっとうに惨劇にビビっていた。
「『マッキー・メッサーのモリタート』ですわ。ドイツ語のより正確な発音にすればメッキー・メッサーでしょうか」
試合を終え、観客席に戻っていた八百万がその豊富な教養の一端を詳らかにする。
『メッキー・メッサーのモリタート(Die Moritat von Mackie Messer)』。
戯曲ベルトルト・ブレヒトと作曲クルト・ワイルのコンビによって世に送り出された『三文オペラ』の劇中歌であり、そこに登場する盗賊団のボスMeckie Messerの冷徹さ、決定的な証拠を残さない悪逆非道の数々を歌ったものだ。
のちに英訳され『マック・ザ・ナイフ』のタイトルで発表されたこの曲はジャズのスタンダードナンバーといわれるほどに大ヒットし、現代にいたるまで世界各国で繰り返し演奏されている。
「なんで機織はそんなの歌いながら上鳴血だるまにしてんだよぉ! 明らかに歌い始めてから身体能力上がったぞ!? アイツの“個性”は電気系じゃなかったのかよう!?」
「それは……」
それに対する答えを八百万は持ち合わせていない。
歌い始めて、それに周囲が疑問を抱く暇もなかった。
一歩。たった一歩で五加は上鳴までの距離を詰めた。
告白したばかりの少女をとっさに攻撃することは上鳴にはできなかったのだろう。反射的に出たのは防御。己を庇うかのように前に出かけた手、それを五加は狙い撃った。
その速度も周囲が、そして上鳴が認識していたそれとは一段階上のもの。小指を掴み、あっけなくへし折る。さらに乾いた音が響く中、へし折った指を離さず、むしろ握り込んだまま投げを打った。
地面に転がり、手の届く範囲にきた上鳴の顔を肘で一閃。額の生え際をばっさりと抉り、流れる血で彼の視界を奪う。それが最初の大出血だった。
それ以降、肌と肌が触れあうようなクロスレンジでありながら、まるで肉食獣が傷を負わせた獲物をじりじりと時間をかけて追跡するかのように、五加はゆっくりと上鳴を削っている。飛び散る血で己とステージを赤く染めながら。
「“反復動作”だよ」
跳ね上がった五加の身体能力、そのからくりの正体を善逸は知っていた。
その習得には善逸も付き合った。いや、そもそも“全集中の呼吸”と併せて五加が習得可能なのか、試したのは善逸だ。
「はんぷくどうさぁ?」
「それって、どんな技術なのか聞いてもいい?」
意外とというか、順当というか、これには峰田よりも緑谷が食いついた。さすがに一回戦で当たる相手に手札を晒させるような真似は気が引ける様子だが、それ以上に興味が勝るようだ。
善逸はあっさり答えた。
「五加がいうには『ルーティーンと自己暗示の合わせ技』だってさ」
反復動作とは、かつて前世の柱稽古にて“岩柱”
それは集中力を極限まで高める技。それはすべての感覚を一気に開く技。“全集中の呼吸”が非科学的なまでに極端な強化が成されるのに対し、こちらは効果の幅こそ劇的ではあるもののいちおう科学的に説明がつく範疇、らしい。善逸には詳しいことはよくわからない。
「激情や多幸感で脳内麻薬を大量に放出し、特定の動作に紐づけることで全身のリミッターを外す、だったかな」
ただ“全集中の呼吸”とは別系統に属する技術であり、呼吸は使えない玄弥もこちらは使えたことから“個性”を有する五加でも習得可能なのではないかと考え、実際にその通りだった。
人間の肉体には通常リミッターが設けられており、それを外し爆発的な力を得るというのはフィクションではよくある
しかし、リミッターというのは何も趣味や嫌がらせで付けられるものではない。外れたら危険だから付いているのだ。
鬼を斬れば、無惨を滅することができればそれでよかった鬼殺隊時代ならともかく、現代で平和に老衰死を迎えたいのなら多用しない方がいい技術。
そう五加は断じていた。それでありながらこうして実用段階までしっかり修めているのが彼女らしいところだが。
「じゃああの歌は……」
「選曲自体には深い意味はねえよ。ただ反復動作のトリガーに設定しているだけだ」
何をトリガーに設定するかはひとそれぞれだ。
たとえば悲鳴嶼や玄弥は『怒りや痛みの記憶』といった激情と『念仏』という動作を組み合わせていた。炭治郎は家族の記憶や使命感、伊之助はてんぷらによる多幸感を使っていた。
ちなみに善逸は自分が原理を教えておきながら、自分はいまだに反復動作を使えなかったりする。
どうして使えないのかはさっぱりだ。雷の呼吸の弐ノ型以降がどれだけ練習しても使えないのと同じ理屈なのだろうか。五加には何か心当たりがあるようだったが、結局教えてくれなかった。
五加は『メッキー・メッサーのモリタート』に激情の記憶を連動させているそうだ。
特に好きでも嫌いでもない。ただ呼吸のタイミングが自身の戦闘時と噛み合っている、独特な旋律が自己暗示をかけるのに最適、そんな理由で選んだだけだったのだが。
旋律を聞くと条件反射で激情が沸き上がるようになってしまったので嫌いになったと、仏頂面をしていたのを憶えている。
『メッキー・メッサーのモリタート』は彼女のドイツ語の教材のひとつだった。
いまどき翻訳サイトや翻訳アプリなどそれなりに高品質、高性能なものがネットを漁れば転がっているが、たとえプロの翻訳家の手を経たとしても原文と翻訳文では文意が微妙に変わってくる。
ゆえに哲学や法律関連など微妙なニュアンスや解釈の違いで意味が大きく変わってしまう文献を漁る際には、原文を直接読めるのが理想だ。
なので五加は現時点でドイツ語、中国語は日常会話まで。英語なら哲学書もなんとか読めるレベルで身に着けている。最近は中東での活動も視野に入れているのかアラビア語にも手を伸ばし始めた。
正直、善逸としては感心を通り越して、生き急いでいるのではと心配になってくるのだが。
スズメの自然状況下で確認された最長寿命は六年と少し、飼育下において確認されている生理的寿命は十五年だ。現代社会の人間の寿命をざっくり八十~百年と設定すれば、おおざっぱな計算ではあるがスズメは人間の六倍の速度で生きていることになる。
たとえばネット小説でエルフに転生した人間が、彼らの数千年単位の寿命に合わせたゆとりある生き方の中で人間の感覚のまま時間を持て余すように。
スズメだったころの記憶がある五加にとって、人間の生きる速度の方こそゆとりが過ぎるのかもしれない。まあ鎹鴉は現代の生物学の常識を凌駕しているからあまり参考になるかは微妙だが。
「上鳴をぶちのめしてんのは機織流護身術だな」
「あれのどこが護身だっていうんだよぉ!? 明らかにオーバーキルじゃねーか!」
「たしかに護身術そのものじゃねーかな。ヒーロー向きにアレンジが加えられているし」
「だからどこがヒーロー向きだっていうんだよお!!」
ぎゃんぎゃん峰田が喚くが、そもそも護身術とはその字面から想起されるものとは違い、大人しいものではない。
意外にも解答を述べたのは自身の試合から帰ってきたばかりの爆豪だった。
「うるせえ。護身術ってーのはつまり雑魚が自分よりつえーやつをぶちのめすための技術だろうが。雑魚が必死になって喰らいつくときに手加減も手心もクソもあるか」
そういうことだった。
自分が強くなることを目的にした武術ではなく。
弱者が弱者のまま、強者を打ち倒す。それが護身術。
機織流護身術の八割は『いかに危険に陥らないか』を主眼に置いた技術体系だ。
それは例えば人気のない場所を歩かなかったり、事前に情報を集めたり、味方を増やしたりといった当たり前のことから、危なくなったら助けを呼ぶ、走って逃げるといった危機に陥ってからの応用編も含まれる。
ならば残りの二割、戦闘を念頭に置いた技術体系はどのような状況を想定しているのか。
逃げられない。助けを呼べない。味方がいない。その上で、自分より強い者を相手取る。
手加減などしている場合ではない。手心を加えている余裕などない。
倫理は贅沢品。道徳は高級品。手を伸ばせるのは自分に余裕があってこそ。
殺るか、殺られるか。きわめて原始的な生存競争を人間の叡智を尽くして決行する。
『うーん、これはアレだな。パンドラの箱開けちまった感じだな。だが最後には希望が残っているのかよ、これは』
「言ってる場合か! はやく止めろよ!」
『止められねえんだよぉ!?』
審判が冷静に判断を下すのが仕事なら、解説は観客にわかりやすく、共感しやすく声を上げるのが仕事だ。
だが観客のヤジに応えて悲鳴をあげたプレゼント・マイクは完全に本音だろう。若干泣きが入っていた。
『ヒーローならわかんだろ! 本当にギリギリ取り返しのつかない一線を超えないように動いてんだよ機織。ヒーローらしからぬスタイルではあるが、間違いなく彼女はヒーローとして勝ち上がろうとしてんだ』
そこがヒーロー向けアレンジの部分だ。
リカバリーガールの治療ありきという前提ではあるが、命にかかわる傷、失明などの治療不可能の傷だけは負わせないようにしている。
切れ味は格段に鈍るだろう。これを劣化と見るか進化と見るかは意見の分かれるところだ。
「Ach, es sind des Haifischs Flossen(さて、サメのひれならば)
Rot, wenn dieser Blut vergießt(返り血浴びれば真っ赤に染まるが)」
ズタボロにされても上鳴の目の光は消えていなかった。
指の折られた手で、血で濁った視界で、何度も地面に打ち付けられ混濁する平衡感覚で、必死に勝利を追い求めていた。
ただ、努力がすべからく実るのであれば、戦場で死ぬのは生きる気力を放棄した兵士だけだろう。
人間にとって痛みは意思を強制的に捻じ曲げる力を有するからこそ、拷問という技術は存在している。
「Mackie Messer trägt 'nen Handschuh(ドスのマックは手袋をしている)
drauf man keine Untat sieht(そいつにゃ染みのひとつもないんだ)」
歌が三ループ目に入る前に決着はついた。
崩れ落ち、顔からステージに倒れた上鳴を、返り血で身体のあちこちを湿らせた五加は見下ろす。
「ありがと。気持ちは嬉しかったよ」
偽りでないからと、相手の心情を慮らずに自身の都合をぶつけるのは、もはや一種の暴力だ。
それが産毛一つそよがせずに嘘がつける免罪符になるわけではないが。
機織五加、二回戦進出。
日本語訳は『オペラ対訳プロジェクト(https://w.atwiki.jp/oper/)』を参考にさせていただきました。
【雄英こそこそ話】
◆反復動作
玄弥曰く
『集中を極限まで高めるために予め決めておいた動作をする』
炭治郎の理解曰く
『全ての感覚を一気に開く技』
『一瞬で集中を極限まで高められる』
どうやら集中というのがキーワードみたいだね。
さて、以前の雄英こそこそ話でも述べたように、人間は極限まで集中すると記憶が飛ぶことがあると言われているよ。
玄弥や炭治郎の言葉から、何か思い出さないかな?
そう、五加は善逸の『眠り』こそが彼の反復動作だと解釈しているんだ。
だからいくら他の方法で頑張っても、身体が最適を理解しているからそれ以外の方法で至ることができないってね。
ま、言ってもしょうがないことだから言わないけど。