【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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本日二話目です


青天の霹靂 2

 

【○月●日】

 

 いまだに思うような成果が出ない。

 俺にしてはよく頑張ったよなって、何度も投げだしそうになる。

 そのたびにじいちゃんの怒鳴り声と、炭治郎の般若のような顔を思い出して机にかじりついた。

 でも成果が出ずに、むしろやればやるほど道のりの遠さがハッキリしていくだけのような努力はつらいものだ。とてもつらいんだ。

 

 ……俺の耳は隣の席でテストの答案に何が書き込まれているのか、音だけで判別できる。受験のペーパーテストはそれで乗り切ってしまおうか。

 でも冷静に考えてこの個性全盛期に、視覚以外を駆使したカンニング対策が行われていないはずがないんだよな。でもこのままだとその方法しかなくない?

 相変わらず白いノートの上で鉛筆はちっとも進まず、集中がそぞろになり益体もないことをぐるぐると考えていたときだった。

 

「ねえ、雄英高を目指しているってほんと?」

 

 俺は同じ施設のやつらと上手くいっていないから、帰ってから勉強する環境があるとは言い難い。だから放課後は図書室を借りてノートを広げていたんだけど、今まで授業中サボりまくって宿題も忘れまくっていたやつが急に猛勉強し始めたら当然好奇の視線にさらされる。あんまり騒がしくしていたら司書さんに注意されるけど、注意されないギリギリを見極めて適度にからかわれるのは新たな日常となりつつあった。その努力をほかに回せよホント。

 今日声をかけてきたのはクラスメイトの機織(はたおり)

 こいつはイケメンで金持ちで“個性”も電気系統の勝ち組、何よりいつも女子をはべらせていやがるいけ好かないやつ。許せん。イケメンはもげろ。今日は珍しくひとりだったけど。

 

 そんなスクールカースト上位者が俺みたいな底辺に声をかけてきたもんだから、最初は嫉妬のままに突っぱねようかと思った。

 そうしなかったのは、声に嘲りや見下しの“音”が混ざっていなかったから。近頃こんなやわらかい“音”を向けられるのは逆に珍しくて、思わず顔を上げたらこちらを覗き込んでくる黒い瞳とばっちり目が合った。

 くそっ、顔が整っていやがるなコイツ……。伊之助ほどじゃあねえけど。

 

「そうだよ。悪いか?」

「ううん。悪くない。ほんとうに悪くないよ」

 

 機織は嬉しそうに目を細めたあと、こう続けた。

 

「ねえねえ、わからないところある? 教えてあげよっか」

 

 はあ? って感じだった。

 俺とこいつはそんな友達ってわけでもない。そもそも俺、いまのところ友達って言える相手がいないし。妙な馴れ馴れしさからまさかと思って前世を含め記憶を洗ってみたが、特に知り合いに該当することもなかった。

 炭治郎みたいな優しさの化身かとかとも思ったが、そんな感じの“音”でも無かった。なんだかうきうきしていて、喜んでいるような。

 

「ぼくもね、ヒーローを目指そうかと思うんだ。だから、一緒にがんばろう」

 

 いつもだったら断ったかもしれない。

 でも、正直ここのところ独りではどうしようもなくて、心が弱っていた。たしか機織はテストの点数もよくて女子に騒がれていた覚えがあるし、この申し出は俺の嫉妬心はさておき内容だけ吟味すれば渡りに船だった。

 本当にいろいろ考えてすげー迷ったけど、俺は最終的にコイツの手を取ることにした。

 

 

 

 そっから先はこれまでの停滞は何だったんだってくらいとんとん拍子に進んだ。

 たしかに機織は勉強ができたし、ヒーローを目指しているだけあってトレーニング機材に関する造詣も深かったけど、一番はそこじゃあない。

 

 社会って言葉遣いがしっかりしていて、人の目をまっすぐ見ることができて、身なりがしっかりしているやつが得をするようにできているんだなって。もうね、機織が間に入るだけで周囲の対応も聞こえてくる“音”も違うの。

 強力な味方ができたわけだけど気分はすげー落ち込んだ。

 

 

 

 それから、機織には苗字じゃなくて下の名前――五加(うこぎ)でいいと言われた。

 男の呼び方にこだわりがあるわけじゃないけど、陽キャ特有の距離の詰め方がぐいぐい来るのがちょっと微妙だな。

 これって友達ができたって言えんの?

 

 

 

【○月●日】

 

 はやいもので、俺は中学生になった。

 

 雷に打たれヒーローを志してから三年、当然のことながら五加も中学生だ。

 制服の学ランは隊服に似て郷愁にかられなくもないが、そんなことをはるかに凌駕する衝撃体験にしみじみ述懐はお預けとなってしまった。

 

「……中学デビューでスカートははしゃぎすぎじゃない?」

「よし、殴る」

 

 殴るっていったのに蹴られた。

 

 

 

 あ、ありのまま今日起こったことを話すぜ。

 

『五加の制服がスカートだった』

 

 何を言っているかわかんねーと思うが俺にもわかんねえ。頭がどうにかなりそうだった。

 催眠術だとか性転換だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 

 そういえばうちって水泳の授業、選択制なんだよね。“個性”の都合上どうしても水を受け付けないって子がいるらしくて、そういう学校が近年増えているらしい。女の子とのキャッキャうふふの機会が減るだなんてけしからん風潮だと前々から思っていたけど、まさかこんな落とし穴もあったとは。

 いくら二次性徴前とはいえ男女差くらい注意深く聞いていれば“音”で判別できたんだろうけど、俺は五加のことを頭から男と思い込んでいたから聞こうとすらしなかった。

 だってこいつ髪短いし、いつもパンツスタイルでスカートなんて穿いているの見たことなかったし、一人称も『ぼく』だったし。

 たしかに言われてみりゃ、声変りがやけに遅いやつだなーとは思っていたけどさぁ……。

 

「ええ、いやだってお前バレンタインのときにクラスで一番チョコもらってたじゃない? 女の子にモテモテだったじゃない? 俺はひとつも貰えなかったのに! あれはなんだったの!?」

「友チョコだよ。今のご時世、異性に送る本命チョコよりも義理チョコの派生(バリエーション)の方がずっと消費量多いから。あと善逸がひとつも本命チョコを貰えなかったのは妥当な結果だと思う」

「あーひどい! 傷ついた傷つきましたぁ! 俺のどこがモテない要因だっていうんですかあ!? 教えてくださいませんかね直しますんであとモテる秘訣も教えてください!」

「がっつきすぎ。騒ぎすぎ。うるさすぎ。泣きすぎ。肝心な時以外頼りにならなさ過ぎ。あとだから友チョコだってば。ぼくも善逸にあげたでしょう?」

「ぐはぁ!? 女の子からだって知っていたらもっと大切に食べていたわ!! ホワイトデーのお返しだって等倍じゃなくて三倍以上で返したっつの! 男同士のバレンタインデーなんて悲しいだけってただの甘味として美味しくいただいちゃったよでもチョコありがとう!」

 

 なんやかんや。

 そういえばこの三年間で五加の家って思った以上にお金持ちらしいぞってことがわかったけど、私立のお嬢様学校とかじゃなくて俺と同じ普通の中学に進学するのな。

 

「別に護衛が必要になるようなハイエンドお嬢様じゃないしね。たしかに勉強も“個性”の訓練も私立のいいとこ行った方が設備は揃っているかもしれないけど、ぼくは善逸と一緒に過ごした方が実りの多い三年間になると思ったんだ」

 

 ……なんだろうなこの、なに?

 女の子にこんなこと言われたら言葉にできない感動が絶叫となって喉から迸りそうなものなんだけど。これまでの三年間で距離感が構築され終わっているせいで素直に照れることしかできない。

 すごくもったいないことをしている気がする。

 

 

 

【○月●日】

 

 雄英高の定員が変わるらしい。

 

 情報元(ソース)は五加。こいつ本当に頼りがいのあるやつだ。まだ(おおやけ)にはそんな情報さっぱり出てないんだけどな。

 雄英高は入学までの道のりが至難であることは今さら言うまでもないが、入学すればそれでトップヒーローまでのエリート街道に入って安穏ってわけではないらしい。

 

 毎年必ずと言っていいほど自主退学、教師の判断による除籍処分が出る。ごくごく稀なパターンだが場合によってはインターンなどの課外活動の際に事故やヴィランに殺害されて殉職ってこともあるんだとか。

 怖すぎない? インターンって仮免とはいえヒーローだけどまだ学生でしょ? 学生のうちに死んでも殉職で言葉合ってる? 二階級特進で年金とか遺族に入るの?

 

 除籍処分も他の高校の退学とは扱いが違い、何か重大な問題行動を起こした生徒が排斥されるんじゃない。見込みがないと判断した教師が自分の権限で勝手に首を切っちゃうんだって。

 なんでも去年だか今年だか、あまりにも除籍処分が多すぎて一クラス分の生徒が消滅。さすがに教育委員会から指導が入り実施されることになった対応手段が、俺らの年代から定員の増加なんだとか。一クラスあたり推薦枠2名、一般枠18名だったのが推薦枠をそのままに一般枠が20名まで広げられるらしい。

 うんうん、下手な鉄砲も数うちゃ当たるんなら、的を増やせば自然と残る的の数も増えるよねーってそんなわけあるかぁ!? いやいやいや怖すぎるでしょオイ!! 見込みを測るのが入学試験じゃないの? 何のための倍率300倍だったんだ。合格した時点で見込みがあるんだから後はそれを伸ばしてよ、仕事(やくめ)でしょ!?

 

「んー。何かカラクリがあるみたいよ? さすがに二十人も除籍処分になればその学年は機能しなくなると思うし。でも雄英って体育祭みたいにメディアの露出がかなり多いけど、そんなセルフ学級崩壊が映し出されたことってないでしょ?」

 

 そんな衝撃ニュースを持って来ながら五加は余裕の表情だ。除籍処分うんぬんよりも定員が水増しされることを素直に喜んでいやがる。

 これだからエリート様は! けっ、除籍されるのが自分以外の誰かだと思いやがって。言っとくけどなぁ、除籍されるとしたらまず俺からだからな!! 俺のダメさ加減を舐めるなよ!?

 

「いや、自信満々に言うことじゃないと思うけど……」

 

 そう、雄英高はかなり自信満々なんだ。

 前世では厳しい教育なんて珍しいものではなかった。じいちゃんの修行はかなり真面目に殺しにかかっていたし、鬼殺隊の最終選抜なんて受からせるための試験じゃなくて振り落とすための試験だった。しかも命懸け。鬼殺隊時代の同期合格者は俺含めてたったの五人。あとの二十名以上いた受験者は全員鬼に喰われた。

 ざっくり計算して驚きの損耗率(兼致死率)75%以上である。試験なのに。

 

 でも人権が幅を利かせている現代じゃあ普通はそうはいかない。合格者ゼロだなんて試験があれば、きっと世間から突き上げをくらうことだろう。

 なのに雄英高はそんな教育方針を打ち出して、周囲もそれを受け入れている。雄英の意識の高さと、ブランドイメージの力をひしひしと思い知らされる。やっぱナンバーワンヒーローのオールマイトと万年二位のエンデヴァー、ランキングの頂点をOBで独占しているってのは強いんだな。

 俺こんな学校に行こうとしてるの? 無理なんですけど。俺が雄英高を卒業してトップヒーローになるヴィジョンがまるで思い浮かばないんですけど?

 もし仮にこれ、雄英のブランドに疵がつくようなことがあれば抑え込まれていた不平不満がいっきに噴出して炎上騒ぎになるんじゃない? むしろなれ。ひどい目にあって俺の気持ちがわかるようになってちょっとは優しくしてよ!!

 

「そんなびゃーびゃー泣かなくても。ぼくと善逸なら大丈夫だよ。あんなに努力していたでしょ? 努力はすべからく実るなんて言わないけど、善逸はいくつも実らせてここまで来たじゃないか」

 

 なんか五加の言葉に棘を感じるのは気のせいかな?

 でも、じいちゃんにも似たような言葉をかけられたおぼえがある。

 

『泣いていい。逃げてもいい。ただ諦めるな』

『信じるんだ。地獄のような鍛錬に耐えた日々を。お前は必ず報われる』

『極限まで叩き上げ、誰よりも強靭な刃になれ!』

 

 ……誰かに期待されるっていうのは、なんかいいな。ほわほわ浮き立つような気持になるのに、同時に安心する。

 俺はちゃんと強靭な刃になれているだろうか?

 

 “全集中の呼吸”はいちおう使えるようになった。相変わらず何故か壱ノ型しか使えないけど。ほんともうこれ一体どういうことよ?

 そこから何度も耳から心臓が飛び出しそうな思いをしながら“全集中・常中”の会得まで到達。おかげで俺の“個性”は『耳がいい』から『変則的な増強系であり、普段は聴覚のみ強化されているが任意で全身に適応できる』と診断されるようになった。前世の証明になるかと積み上げた努力をもっともらしい再評価で無かったことにするのほんとやめてくれません?

 

 ところで、これも五加経由で知った“個性”に関する研究論文なんだが。

 “個性”を有する人間って、足の小指の関節が無いらしい。

 超常黎明期、まだ“個性”が“異能”と呼ばれ始める前の世代で既に足の小指の関節が一つしかない人間は発見され始めていたそうだ。

 使わない部分は退化している。それも一種の進化というやつなのだろう。まあ関節ふたつから関節ひとつになって人類の何が変わるんだとも思うが、サルから進化した過程を考えると、学術的には関節ひとつの方が人類として新しい(タイプ)と言える。

 そして人類の進化の経過であり結果である“個性”は、古い(タイプ)である関節ふたつの人間に発現することはない。

 

 ……俺、たぶん足の小指の関節ふたつあるんだけど?

 “雷の呼吸”は数ある呼吸の中でも随一に足に意識を集中させる。普通なら意識しない骨と関節の継ぎ目、筋肉の構造、血管の一筋ひとすじ、それらすべてを認識して掌握できてこそ本物の“全集中”。じいちゃんの教えだ。

 だからたぶん間違いない。骨の継ぎ目なんて血管や筋線維に比べたら大きすぎる要素だし、壱ノ型では地面を蹴るというより地面を掴む足運びが要求されることも少なくない。

 

 まあいっか。

 病院で改めて調べてもらうのも面倒だ。何より金がかかる。金と時間を費やして『貴方は無個性です』ってわざわざ診断されにいくのは嫌すぎる。

 それによくよく考えてみれば“個性”でもないのになんだその耳の良さは、身体能力はってなったときに俺の頭のできじゃあ切り抜けられる気がしない。

 だからこれでいいのだろう。結果オーライ。

 

 俺は欲張りになってしまったみたいだ。今さら“全集中の呼吸”が使えるのなら前世も本当にあったことなんだって、納得できない。

 会いたい。あのひとたちに会いたい。

 

 勉強の方は可もなく不可もなくってところだ。

 雄英への合格ラインを考えたらまだまだ要努力だけど、クラス内でいえば上位。これも小学校の頃の俺には考えられない上達だ。これもずっと応援してくれた五加のおかげだな。

 本当に五加には助けられている。どうかこのままずっと高校もその後も俺の面倒を見てほしい。

 

「ほんとうに、善逸ってばダメなやつだなぁ」

 

 そう言ったら五加は笑っていたけど、目がゴミをみるようだった。

 ごめんなさい。

 

 

 

【○月●日】

 

 いよいよ受験もラストスパートだ。

 模試(テスト)に追いかけられる悪夢を見るくらい勉強したが、結局のところギリギリ合格を狙える程度の学力しかつかなかった。下手すれば怪しい。正直不安しかありません。

 だから合否は実技試験の成績にかかっていると言える。

 

 前世の享年が着々と近づいてくる中、ひとつ思うことがある。

 ――俺は前世よりも強くなった。

 

 実戦経験が無いのが不安の種ではあるが、よくよく思い返してみれば前世の俺ってたいてい鬼を前にしたら恐怖で気絶していたし、ろくに経験積んでないわ。だから経験値については考えなくてオーケーだな、うん。

 とにもかくにも純粋に耐久力が増した。たぶん幼少期から清潔な環境で衣食住が整っていたこと、前世よりかなり早い段階で“全集中・常中”を身に着けたことが大きいと思う。前世の身長や体重なんてろくに憶えていないけど、体感で同い年だったころより一回り育っている気がする。

 今の日本って何故だか「体重が重い=悪い」みたいな風潮があるけど、身長があるのに体重が軽いってのは中身がカスカスってことだ。どうしても脆くなるからそれは避けたい。それは速度を重視する“雷の呼吸”の遣い手でも同じことだ。

 実際、体重は増えたけど技の速度は落ちていない。むしろ壱ノ型は十連までならいけるようになったし、“神速”の方も三回までなら使えるようになった。三回目の時点でめちゃ足痛いから、四回目は打たない方がよさそうだけど。ていうか絶対に俺が可哀想なことになるから打ちたくない。

 

 前世でも何だかんだ死ぬまで死ななかった俺だ。フィジカルが前世より良好になった分、前世よりも成果には期待できる。流石の雄英高でも“上弦”討伐よりは難易度が低い、はずだ。だから俺はいける。いけるんだ。

 そう思い込もうとしたけど、やっぱり単純に比べられるようなことじゃないよな。メンタルは相変わらずだ。

 

「うわあああん、五加ぃ。やっぱり不安だよう」

「本当に仕方がないやつだなぁ善逸くんは」

 

 余談だけど、五加にも実は“全集中の呼吸”を教えてみた。じいちゃんやしのぶさんみたいに上手く教えられるわけじゃないけど、ヒーローを目指すのなら知っていて損はないと思って。

 鬼殺隊の門外不出の秘伝を勝手に漏洩しちゃっていいのかなーと思わなくもなかったけど、これでも知り合ってから何年も悩んだのだ。俺よりずっと頭のいいコイツなら呼吸という技術をみだりに広めるリスクを俺なんかよりよっぽど理解できるだろうし、あと“全集中の呼吸”が俺の増強系個性などではなく、伝授可能な技術だということを証明したいという下心もあったりした。

 

 でも結果から言えば、伝授は失敗。

 俺の教え方が悪かったのか、五加に“雷の呼吸”の適正がまったく欠けていたのか、はたまた本当に“全集中の呼吸”だと思っているものは俺の増強系個性なのか。とにかく五加にしんどい思いを年単位でさせただけに終わった。

 基礎体力が上がったから無駄でも損でもないよって五加は笑って許してくれたけど、俺としてはまたひとつ五加に頭が上がらない理由が増えた。苦い思い出だ。

 

 そういえば、思い出繋がりで思い出したけど。

 俺自身はあまり接点が無かったけど炭治郎とは親しかった隊士、つまり友達の友達って関係に不死川(しなずかわ)玄弥(げんや)ってやつがいる。こいつは鬼を喰って鬼の力を自分のものにできる能力の持ち主だったが、反面“全集中の呼吸”がまったく使えなかった。

 鬼喰い。俺の聴覚や炭治郎の嗅覚、猪の触覚と比べてもなお異彩を放つ特異体質だ。むしろ――現代の“個性”に近い。

 玄弥はどれだけ努力しても呼吸を使うことができなかったそうだ。もしかして“個性”の『型』を持つ人間は呼吸に適正が無いのか?

 

 ……俺が足りない頭と知識でそれっぽいことをいくら考えたって、テストの点数が上がるわけじゃなかった。

 

「何がそんなに不安なの? もう対人訓練じゃあぼく相手に十戦十勝できるくせに。筆記試験だってぎりぎり合格ラインじゃない」

「俺はアタッカーで五加はバッファーじゃないかー。俺が五加に勝てるのは当然だよう」

「あ、ちょっとムカッときた」

「うわああああごめんごめんごめんってばぁ! 悪気はないんだよぅ。でもね、不安なの。めっちゃくちゃに不安なの!

 だって倍率300倍よ!? 単純計算で『我こそは雄英高にふさわしい』って全国のエリートが一万人以上も集まるのよ!? 下手な街の総人口より多いじゃん! 受験っていくら偏差値で目標点数が想定できても結局のところ定員内に入らないと合格できないじゃない! 無理じゃない? 俺がエリートどもをばっさばっさと押しのけて上位四十名に入るのって物理的に無理そうじゃないっ!?」

「善逸のダメさ加減は物理法則の領域なのか……」

「ああああああ、そんな目で見ないでっ、その目やめてくれよう!」

 

 ぜいたくを言えば推薦入試で行きたかった。それを目標にこの中学三年は自分でも驚くほどに品行方正に過ごせたと思う。内申目当てでやりたくもない風紀委員だって立候補した。

 でも無理だったよ! 文化祭でバンドまでやったのに女の子にモテることも無かったよ!! バレンタインデーの収穫は毎年おなじみとなりつつある五加からの友チョコひとつですよ! みんなに配る量産品をつくる前の試作品って話だけど、年々クオリティが上がっているのを感じる。こいつは本当にすごいやつだ。

 

「いやさ。モテなかったのはその文化祭のバンドで『前世の罪』なんて香ばしいタイトルの、非モテ男の嫉妬と欲望全開の歌を熱唱したからだと思うよ。男子にはめっちゃ受けてたけど女子ドン引きだったじゃん」

「男に受けたって幸せになれないんだよう!」

 

 推薦枠に入っていれば、奨学金も給付制のやつで全部まかなえたのになあ。

 それでも五加は俺のために無利子のやつを探してきてくれた。奨学金といえば聞こえはいいが、要は借金して学校にいくってことだ。借金には前世でいい思い出がないけど(借金にいい思い出というのがそもそもあるのかわからないけど)、五加は卒業後に無理なく返済するプランを一緒に考えてくれた。あとは入学して、きっちり卒業して、OB、OGの平均的な収入が得られるところに就職すれば五年で完済できる。

 俺が合格さえすれば。

 

 誰にも期待されないのは寂しくて冷たい。

 でも、誰かに期待されるのも重くて苦しい。

 そう感じている自分がたまらなく嫌だった。

 

「……善逸は変わらないね」

 

 五加のその声は、たぶん聞かせる気が無かったのだろう。口の中で溶けて消えるような小さな声だった。俺の耳は拾っちゃったけど。仮に次はラブコメの世界に転生したとしても、俺に難聴系主人公は無理らしい。

 

「普段は目先の欲望に溺れて、安易な誘惑に負けているように見えるし。実際に自分に甘いダメなやつだけど」

 

 やっぱり五加ってたまに毒()くよね? 俺が相手だからじゃないよね?

 

「でも泣きわめくのはいつだって、誰かの期待に応えようとするときだ。逃げずに立ち向かわなきゃいけないから、きみは泣く」

 

 とてもやさしい“音”だった。

 不思議だな。五加にこんな風に思われるようなことを、何か俺はしただろうか。むしろこれまで情けないところばかりしか見せていない気がするんですけど。自分で言っていて情けなくなってきた。羞恥心で顔が赤くなりそうなのを必死にこらえる。

 五加は俺に聞かせるつもりはないみたいだし。聞こえないふりをするのも男の度量ってもんだろう。

 

「……ねえ善逸。ものすごく気持ち悪い感じに顔がにやけているんだけど? 耳まで真っ赤だし、もしかしなくても聞こえてたよね」

 

 俺には鈍感系主人公も無理らしい。

 

 

 

 




【雄英こそこそ話】
 この作品の善逸は自分が道半ばで死んでしまったショックや、仲間を置いて先に逝ってしまった劣等感から原作よりもやや暗めで悲観的、反面思慮深い面が表に出やすくなっているよ。
 でも前世で無限列車という前例を知りながら『この世界って血鬼術で構成された幻想なんじゃ』って思い至らないあたり、多少頭を使うようになってもそこは善逸ってところかな。
 まあ考えてもどうしようもない部分だしね。あとちゃんと現実だから安心してね。

 禰豆子ちゃんのこともこんな自分に想い続けている資格はないと、無理やり想いを断ち切ったみたいだね。
 相変わらず変なところで真面目なんだからなぁ。そんなところが憎めないんだけど。
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