【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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いつもお気に入り、評価、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございます。
そのすべてにリアクションを返せているわけではありませんが、全部に目を通し活力に変えさせていただいております。


託すもの、受け継ぐもの 1

 二回戦第一試合、梅VS爆豪。

 この試合は今体育祭随一にド派手な試合となった。いつかの音柱が観戦していれば大満足だっただろう。

 序盤を制したのは梅。

 爆豪がスロースターターであることを差し引いても、強奪したサポートアイテムという豊富な手札と、それを十全に活かしきる彼女のセンスと経験は爆豪を圧倒していた。

 爆豪の人並み外れた動体視力と反射神経、そして動き続けても動作が鈍らないタフネス。そのいずれかでも欠けていれば、きっとそのまま押し切られ勝負はついていただろうと確信できるほどに。

 

「嘘だろ。あのバクゴーが……」

「いえ、しかし爆豪さんならきっと……」

 

 A組の面々がそう祈るようにつぶやいてしまうほど、戦局は決定的だったと言えばその異常さが伝わるだろうか。

 爆豪の“個性”『爆破』は掌を主とした汗腺からニトロのようなものを分泌し爆発させている。その性質上、汗をかけばかくほど、つまり動けば動くほどに爆破量は増し、爆破を機動力に転用できる彼は機敏になる。

 A組のクラスメイトたちはそれを知っていた。知っている上で、彼が袋小路めがけ一直線に追い詰められているようにしか見えなかった。

 

「アハハハハハッ! ボンボンと五月蠅い蚊蜻蛉(カトンボ)ね。さっさと落ちろ!」

「…………」

 

 数多のサポートアイテムが乱舞し、その中を爆豪が己の身体能力という一枚の手札を多彩に使って切り抜けてゆく。彼の悪人面は真剣な表情で固定され、ずっと何を待っているようだった。

 その彼が何を待っていたのか、それは中盤に唐突に判明する。

 

「あれ?」

 

 かくん、と。

 まるで電池が切れたように梅が崩れ落ちた。

 

 回避に専念しながら躱しきれず全身ボロボロになった爆豪が、その痛みをものともせずニヤリと笑う。悪鬼さながらのその笑みは全国のお茶の間に生放送で放映され、少なくない数のお茶の間のよいこを号泣させたとか。

 

「ようやくか」

 

 かつての“上弦の陸”の片割れ。

 その一世紀以上にわたる膨大な経験値の蓄積は梅に学生の範疇をはるかに超えた実力をもたらした。しかし一方で、彼女から奪ったものもあったのだ。

 

「後先考えずにあれだけ『はしゃぎ続けて』いりゃあ、体力も尽きるわな」

 

 鬼は疲労しない。日光や藤の毒、日輪刀を首に受けない限り死ぬことはない。

 人間に生まれ変わって十五年。新車に乗り変えたのについ前の車の癖で運転してしまいそうになるように、今世の年月は梅を人間に慣れさせるには短すぎた。

 

 そこから終盤、決着に至るまでは早かった。

 スタミナ切れでろくに動けない梅を、これまでのうっ憤を晴らすかのように集中爆破して場外にて決着。オーバーキルに見えるそれも確かな実力を持つ梅を爆豪が内心評価し、警戒していたからこそなのだが、傍目には美女を襲うヴィランである。

 

「わぁああああああん! わあああああああ! 負けちゃったよぉ、くやしいよぉ、お兄ちゃああん!!」

 

 実際、場外に吹き飛ばされた梅はピンピンしており、元気にギャン泣きしていた。

 いままでの盤面を支配する女王めいた壮絶な美貌から一転、幼い少女のように泣き喚く彼女の姿に新たな扉が開きかけた観客が無数にいたとかいなかったとか。

 

 

 

 爆豪、準決勝進出。

 

 

 

 二回戦第二試合。五加VS常闇。

 

 この戦いは始終、五加の手中と言っていい展開だった。

 

 まず単純に相性が常闇にとって最悪だった。

 五加の“個性”『雷衣』によって生じる雷光は常闇の『黒影(ダークシャドウ)』に特効ダメージが刺さる。

 その上で、ヒーロー科である彼らは自身のコスチュームが使用不可。体操服という、絶縁体装備が靴底程度しかない縛りプレイで彼は雷を纏った五加を攻略せねばならなかった。

 以前にも述べた通り、五加の『雷衣』はその対処方法を知らなければ近接殺しと言ってよい性能を発揮する。また仮に彼女の“個性”の詳細を把握していたとしても、五加側でも靴底か、あるいは有効な“個性”でもなければ自身の防御は突破できないと把握しているのだ。相手は裏側の透けた手札で戦うことを余儀なくされる。

 そして中距離対応の強力な“個性”があるぶん近接戦闘をやや不得手とする常闇に、五加の『雷衣』をいなしながら有効打を与えられるだけの技量は無かった。

 

「ぼくの“個性”の一番平和で雅な活用方法って、夏の夜に誘蛾灯代わりに使うことなんだよね」

「……知っていたのか」

「うちの善逸は耳がいいんだよ。騎馬戦で予選通過一位(緑谷くん)のチームに入りながら、あんな距離で自分の弱点を喋るべきじゃあなかったね」

 

 開幕から“個性”を発動させ、全身を強く発光させながら突撃してきた五加に常闇は成すすべなく押し倒された。

 電撃交じりの当て身で動きを阻害され、続く投げ技でフィールドに叩きつけられ、身体から力が抜けたところに乗っかられマウントポジションの完成である。この間約五秒。

 『雷衣』を解除し、わざわざ常闇が喋れるように状況を整えた五加の態度からは、もはや絶対にここからの逆転は無いという強い自負が窺えた。

 

「まいっ―――」

「あ、ちょいまち」

「むぐっ!?」

 

 敗北を噛みしめるかのように目を閉じ、言葉を吐きだそうとした常闇の嘴を五加の小さな手の平が塞ぐ。

 

「ミッドナイト主審ー」

「どうしたのかしら、機織さん? ギブアップを宣言しようとした相手の口を塞いで追撃を加えるのは、さすがにアンチヒーローな行為過ぎてNGよ?」

「いえ」

 

 常闇の嘴を塞いだのとは反対側の手をまっすぐ上げて、よく通る声で彼女はあっさりと宣言した。

 

「ぼく、ここでギブアップします」

 

 鮮やかな瞬殺劇に湧いていた観客席が、今度は驚愕で大きくどよめく。

 

『オイオイオイどういうことだ機織ィ!? 勝利は目前、つーか九割九分九厘確定の状況からまさかのギブアップ! 足首でもひねったか? 手首でもくじいたか? リカバリーガールがいるから次の試合までには治んぞ!?』

 

 プレゼント・マイクがやかましく観客の心情を代弁した。

 

「……理由を聞かせてもらえるかしら?」

「ぼくが勝ち上がっても先が無いからです。だったら常闇くんに勝ち上がってもらった方が、まだこのブロックの未来はある」

 

 淡々と気負いなく五加は語る。

 第一試合で既に勝ち上がったのが爆豪、つまり準決勝は彼と当たることになる。この時点で自分には勝ち目がないと五加は思うのに、準決勝を奇跡的に勝ち上がったとしても決勝で待ち受けるのは妓夫太郎である。冗談ではない。彼の“上弦の陸”が、たかだが学生に負ける未来が見えない。

 

「それでも勝ち上がった方が戦績はよくなるし、これはあくまで体育祭よ? 勝利を目指すのは当然のことじゃないかしら」

「これがプロヒーローたちへのアピールチャンスだってこと、みんな知っています。だったらぼくは自分が迂闊に勝ち進むよりも、ここで退く人材であることをアピールしたい」

 

「そう……この学校の“校訓”を知っているかしら?」

 

 ミッドナイトは声には出さずに視線で諭す。

 “Plus(さらに) Ultra(むこうへ)”。それが雄英の根底にある精神だ。

 たしかに自身を客観視して撤退する勇気は指揮官クラスに必要とされる素質だろう。だがここは己の限界を常に超えていくことが求められる雄英高。

 さらにいえば、実質はともかくお題目としてこの場は生徒たちが全力以上に全力を尽くして優勝を目指す体育祭なのだ。余力を残して撤退する姿勢は、評価対象になるとは言い難い。

 

 ――それをわかっているの? 貴女の将来がかかっているのよ?

 

 冷徹な視線の中に確かな優しさと心配の温度を感じた。

 わかったうえで、五加はきっぱりと頷いた。きっと眦がつり上がるのを感じる。らしくもなく表情に感情が出てしまっている。だが、伊達や酔狂ではこんなことはやらない。

 覚悟はとっくの昔にできている。

 

「ええ。実にナンバーワンヒーロー、オールマイトを輩出した学校にふさわしい校訓だと思います。ヒーローとはかくあるべしと言うべき規範でしょう――昨日までは」

「……へえ」

 

 オールマイトはヒーローの理想形だ。

 不安に揺れる社会に颯爽と現れた希望の光。彼はこの国を支える柱となった。

 彼がいなければ世界は今この形になっていないだろう。この国はもっと薄暗いものになっていた、あるいは国と言う枠組みそのものが根底から崩れていた可能性すらある。

 

 彼の表面上の拙い言動や、ありふれた矛盾の揚げ足を取って鬼の首をとったように嬉々として批判するのは、平和が明日もきっと当たり前のように続いていると盲信できるおバカさんが恩を仇で返す行為以外の何物でもあるまい。

 

 五加もそう思う。

 だが、これからはそれではダメなのだ。そのままでは困るのだ。

 視界は開けた。気負っていた自分に気づいた。

 でもだからといって、根本的な行動原理に迷いが生じるわけではない。

 過去の行いに思うところが無いとは言わないが、別に反省も後悔もしているわけではないのだ。

 

「今日からはこれが職業(プロ)ヒーローのスタンダードモデルになります――その意気なくしてヒーローは目指していません」

 

 もともとプロヒーローとは個性犯罪を独自に取り締まる自警団(ヴィジランテ)を、後追いで国が認めた泥縄式のシステムだ。

 そんな輪郭があやふやな中、オールマイトはあまりにも鮮烈に現れ過ぎた。

 理想以上の理想形が現実として姿をとってしまったがために、すべての理想が彼の在り方に引きずられた。

 

 民主主義を謳う国家のくせに、支えてくれるたった一人の人間によりかかり、ひとりの人間に依存して楽をしようとした。

 国を支える柱は、いつしか国のための人柱へと変質してしまった。

 

 なんでも一人で出来なければならない。サイドキックを頼るのは一人であらゆる状況に対処可能な前提があってこそ。

 サポートアイテムに頼り過ぎてはいけない。たとえアイテムに頼れない逆境であろうと、ヒーローは笑って乗り越えなければならないのだから。

 

 ならば、ひとりではまともに活動できないヒーローは。サポートアイテムが無ければまともに実力を発揮できないヒーローは。

 本当に周囲より劣ったヒーローなのだろうか。より理想に近づかなければならないのだろうか。

 

 そんなわけがない。

 昔は確かにヒーローとは偉業を成したものに送られる称号だった。

 しかし今はれっきとした職業のひとつなのだ。憧れとシステムはそろそろ分離しなければならない。

 

 彼が道を見出したのなら、それを案内するのが自分の役割と決めているのだから。

 

 思えば、酔っぱらっていたのだろう。

 『あの人には私がいないとダメだから』みたいな、ダメ男に引っかかるダメ女のテンプレートを自分が患っていたとは考えたくないが、そう考えている時点で半ば足を踏み入れていたのだろうと判断できる客観性は残っていた。

 でも気づけた。

 善逸はダメなやつだし、自分が面倒を見てやらないといけないのも事実だが、何も自分だけが善逸を支えられる唯一無二というわけではないのだ。そしてその事実は五加に不都合というわけでもない。

 かつての長男や猪のように、ヒーローアカデミアの面々は善逸を支える仲間となってくれることだろう。ならば自分には少しばかり、大局的な視点で動く余暇が生まれるということだ。

 

完全無欠(オールマイト)でなくても、ヒーローになっていい。それをぼくは証明してみせます」

 

 ――完全無欠(オールマイト)にはぜったい成れない、あなたのために

 

 直接そうと明言したわけではないが、実質的に現状の社会の在り方に宣戦布告したようなものだった。

 この国では出る杭は打たれるものと相場が決まっている。それを彼女は承知の上で啖呵を切ったのだろう。煌々ときらめく少女の瞳にミッドナイトはそれを悟った。

 大人になってしまった者にはできない無謀な戦い。己の実力と理想を買いかぶっていなければできない無茶な芸当だ。

 『勝ち目のない戦いが嫌だからギブアップする』などといった、より楽な方に逃げる選択肢とは根本的に意味合いを異にするのは明白。

 

 困ったことに、こういう青臭さは非常にミッドナイトの『好み』であった。

 

「いいでしょう! 機織さんのギブアップを認めます。常闇くん三回戦進出!!」

 

 かくして最後まで試合は五加の手中であったが、準決勝へと勝ち上がったのは常闇となる。

 

 

 

 機織五加、ベスト8敗退。

 

 

 

 余談だが――

 二回戦で繰り広げられた五加の『昨日までは~今日からはこれがスタンダートモデル~』の一連のやりとりは当人の容姿や印象的によく通る声と相まって、ちょっとしたブームになる。

 具体的には続く五月の職業体験にかこつけて、一連の流れをなぞらえたCMのオファーが複数の企業から彼女の下に届くほどに。

 

 さらには、そのブームが終わる前に。雄英体育祭から三か月もしないうちに『オールマイトの電撃引退』という一大事が起きてしまった。

 

 念のため言っておくが、オールマイトに依存した現体制に問題提起したのは五加が初めてではない。

 

 当然だ。現代はヒーロー飽和社会と呼ばれるほどにヒーローが存在していて、その誰もが自分なりの理想を抱いていたからこそヒーローという職業を選んだのだから。純粋な拝金主義者や名声を求める者であれば、もっと賢い道を選ぶだろう。

 彼に憧れるのと同じくらい、彼のみに背負わせることに歯噛みするヒーローがいた。彼と並び立てない己の非力に悔し涙を流すヒーローがいた。

 五加と彼らとの違いは、五加が雄英体育祭という国民の注目度の高い場で発言したこと。そしてその印象が薄れる前にオールマイトが引退し、オールマイトに頼らない社会を可及的早急に見直さねばならなくなったこと。その二点くらいだ。

 たったそれだけであり、ただそれだけが莫大な立場の差を生んだ。

 

 この一件から五加は、インパクトとわかりやすさのためなら多少の事実の歪曲は厭わないマスコミたちにより、『Ultra Almighty(完全無欠でなくても)』の先駆者(パイオニア)として扱われることになる。

 これは『完全無欠(オールマイト)でなくても』という彼女の発言と、雄英の校訓『Plus(さらに) Ultra(むこうへ)』を無理やり組み合わせたキャッチコピーであり、同時にオールマイト引退後に勃発した『オールマイト以外の多彩なヒーロー像を模索する』一大運動を指す名称でもあった。

 つまるところ縋りつくべきものを失った者たちから、体のいい新たな神輿として担ぎ出されたかたちだった。

 しかし彼女はその扱いを拒否しなかったため、学生の間は雄英が守り通したものの、プロデビューした後の彼女はヒーロー史に名を残す同世代の中でもひときわ激動の人生を歩むことになるのである。

 

 

 

 二回戦第三試合。飯田VS妓夫太郎。

 これは五加が予想した通り、妓夫太郎が順当に勝利した。

 

 これまでの試合展開から妓夫太郎の毒を警戒していた飯田は、開幕からトルクと回転数を無理やり上げ、爆発的にトップスピードに乗る裏ワザ『レシプロ・バースト』を使用。反動でエンジンが止まるまでの十秒間で速攻を仕掛ける。

 しかし残念ながら、これは既出。騎馬戦で既に緑谷チームからハチマキを奪うために使用していたものであり、その存在は周知されていた。

 たかが『速い』程度で凌駕できるのなら“上弦”はとっくの昔に鬼殺隊に駆逐されていたことだろう。一度見せた技で、単純な速度で、押し切れるほど“上弦の陸”は軽くない。

 ましてや妓夫太郎は体育祭に至るまでの二週間、“個性”『エンジン』に匹敵、あるいは瞬発力だけなら凌駕する速度を相手に幾度となくスパーリングを繰り広げていたのだから。

 

「お前いいなぁ。しっかり肉もついて、上背もあって、髪もしっかり撫でつけられて。ヒーロー家出身のエリート育ちなんだってなあ。きっと食べ物に困った経験なんて無いんだろうなあ。寒さをしのぐためにボロを寄せ集めて、垢だらけの身体を寄せ合ったことなんてないんだろうなあ」

「くっ……兄さん……」

 

 順当な決着。

 ただ、それは五加から見た場合の結論だ。

 一回戦の切島に続き、決して弱くない相手をあっさりと下した妓夫太郎。プロですら驚くその速度を掠らせることなく捌ききり、真正面から飯田を打ち倒したその姿に、観客たちはざわめき始めた。

 USJ襲撃事件により注目株だったA組の面々。その中に紛れ込んだB組という印象だった。多少予選でヤンチャをやらかしたことで悪目立ちしていた、その程度。

 

「やっべえなあ。毒とか以前に、動きが」

「なあ、アイツ強くね?」

 

 しかしこうも勝ち上がり続けると先入観のベールは剥げ、気づく者は気づいてくる。

 妓夫太郎という突出した実力者の存在に。

 

 妓夫太郎、準決勝進出。

 

 

 

 二回戦第四試合。轟VS緑谷。

 これはいろいろと痛ましい試合になった。

 

「託すのが人間の強さではあるけど……託された側がそれを生かしてくれるとは限らないっていうのが世の厳しさだよね」

「身も蓋もないこと言うなよ……」

 

 序盤は標準的な展開だった。『標準的』といっても雄英体育祭ベスト8のクオリティだ。

 轟が繊細かつ強大な“個性”で蓮の氷河を創造し、その中を緑谷が覚えたばかりの『ワン・フォー・オール・フルカウル』で縦横無尽に駆け巡る。その姿はまるで、どうのつるぎを装備してラスボスに挑む勇者が如し。

 素朴で一生懸命な勇者(緑谷)に感情移入する者、圧倒的な力で薙ぎ払うラスボス()に心酔する者、見どころは様々だがそれなりに盛り上がった。

 

 おそらくは一回戦でフルカウルを習得していなければ決着は即座についていただろう。そう確信できるほどに緑谷は食い下がっていたが、つまるところ『食い下がる』のが限界だった。

 どうのつるぎを装備した勇者ではラスボスには勝てない。経験値が足りていないし、ゴールドだって全然だ。せめてはがねのつるぎ、理想は宝箱から入手した世界にひとつしかないレア装備で上から下まで固めたい。RPGをやったことのある人間なら誰でもわかることだ。

 緑谷はおおきく成長した。たけざおで戦っていたのがこんぼうを通り越してどうのつるぎになった。だが、足りない。柔軟な思考と、それをすぐさま形にできる応用力は天賦の才があると言ってよい彼だが、まっとうな方法で『まほう』をバンバン撃ってくるラスボス()に勝つにはステータスが違い過ぎた。

 順当にそのまま行けば轟が勝利しただろう。

 

『皆……本気でやっている』

 

 そんな様子に変化が生じたのが中盤。

 

『機織さんだってそうだ。あそこで退くことが将来への大きなハンデになるとわかっていて、それでも目標に近づくために退いた。将来を懸けてだ。

 なのに半分の力で僕に勝つ? 全力も出さないで一番になって完全否定? 見ているのは僕じゃなくて父親の顔!? ふざけるな!!』

 

 名指しで呼ばれた五加は居心地の悪さを誤魔化すため、キャラメル味のポップコーンをレモンティーで流し込んだ。

 自分の出番が終わった彼女は屋台から適当に摘まめるものとソフトドリンクを購入し、完全に観戦スタイルになっていた。

 

 轟の『まほう』はまさにMP制。使えば使うほどに彼の身体からは体温が奪われていき、その身体機能は低下していく。使える量に限界があるのだ――左側で炎の『まほう』を使えばその減ったMPも回復するだろうが。

 炎で上がった体温を氷で冷やし、氷で下がった体温を炎で温める。『半冷半燃』、まさにエンデヴァーが自身の上位互換であると太鼓判を押すにふさわしい“個性”だ。

 

 半分だけでも十分に戦えてしまうほどに強いから、轟はどうしようもない現実の前に理想を我慢せずに済んだ。たとえ誰から見ても歪んだものだろうと、彼にとっては間違いなく信念を守り通してここまで来た。

 

 それが緑谷にはいたくお気に召さなかったらしい。

 五加あたりからすれば相手が勝手に縛りプレイして弱くなってくれるのならそれに越したことはないと思うのだが、緑谷はどこまでもまっすぐで、きっとこの場の誰よりもヒーローという存在に憧れていた。

 

 冷静に見ることのできた観客は、きっと呆れていただろう。

 どう考えても、誰が見ても優勢なのは轟で、追い詰められているのは緑谷だ。こんな状況で何を言っているのかと、嘲笑すら顔に浮かべたかもしれない。

 そしてきっと、そんな観客はごくごく一握りだ。

 この場にいるヒーローは、ヒーローに憧れた人々は、緑谷の言葉に宿った光を笑い飛ばすことなどできなかった。

 

 そこから先は学校の行事という面ではひどいものだった。

 

 どうのつるぎでは勝てない。ならどうするのか。

 使い慣れたはかいのつるぎに持ち替えるまでだ。勝利を目指すだけなら当然の帰結である。たとえそれが、自らを傷つけることとイコールであったとしても。

 

 まるで意地の張り合い、意思のぶつかり合い、そして駄々のこね合いのようにお互いが全力で“個性”を打ち合う。繊細で優美な造形などかなぐり捨てた氷の津波がフィールドを占領し、それを制御できる範疇を大きく超えた自損前提の衝撃波(指パッチン)で押し戻す。

 緑谷はどんどん傷ついていき、ついにはグチャグチャになった指を無理やり口に咥えて形を整え、拳を握って再び撃ち出すなどと言う無茶をやり始めた。

 

『期待に応えたいんだ……! 笑って、応えられるような……カッコいい(ヒーロー)に……なりたいんだ!』

 

 その言葉を聞いて善逸がまたもや泣き出しそうな顔をしていた。

 五加も少しだけ、善逸が緑谷を自分よりも先に進むべき人間だと選んだ理由がわかった気がした。

 

『君の! 力じゃないか!!』

 

 自らの魂を削って吐き出されたような言葉は轟の魂も確かに打ち震えさせ、彼はついに使わないと宣言していた炎を戦闘で使うに至った。

 さんざん冷やされていた空気が急激に膨張し、爆発する。

 

『俺だって、ヒーローに……!』

 

 その威力はすさまじく、互いの衝突寸前でミッドナイトとセメントスが割り込んだのにも関わらずステージが半壊したほど。

 その大爆発の余波で緑谷は場外まで吹っ飛ばされ、轟は氷を背にして踏みとどまった。轟の準決勝進出が決定した瞬間だった。

 

 

 




このエピソードは『アンチ・ヘイト』の警告タグをつけるべきではないかと迷った話でした。
しかし、『オールマイトに依存した社会からの脱却』『オールマイト以外のヒーロー像の模索』は先の時間軸になりますがエンデヴァーを始めとするヒーローたちも原作でぶつかる問題です。
また『この作品はアンチ・ヘイト』ではないという認識は執筆時に客観性を保つための合言葉でした。
否定的な意見を述べるときはその背景をより深く考察する。週刊連載という時間の余裕がない中でひとりの作者の頭から出たストーリーに歪みや矛盾が出ないわけがないのだから、ネットでいくらでも転がっているような客観的事実をぶつけて矛盾を追求し、マウントをとって悦に浸るような子供っぽい真似をするべからずと自分を律する。それがよりこの作品のクオリティを高める結果に繋がったと思います。
利用規約を熟読しましたが、微妙なラインの場合は筆者の判断に依るとのことで、この作品は『アンチ・ヘイト』タグをつけずに投稿させていただきます。



【雄英こそこそ話】
『人生とは好きなことばかりできるものではないが、好きでもないことに時間を費やせるほど暇でもない』

流転ヒーロー“イザナミ”。
記者の「何故『Ultra Almighty(完全無欠でなくても)』の活動に専念しないのか」という質問に答えて曰く。



続きは緑谷VS轟戦の後半から!
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