【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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いつも感想、評価、お気に入り、ここすき、誤字報告ありがとうございます。
そのすべてにリアクションが返せているわけではありませんが、全部目を通し力に変えさせていただいております。


託すもの、受け継ぐもの 2

 そして冒頭の会話に繋がるというわけである。

 

「負けちゃったねー緑谷くん」

「ああ……大丈夫かな、緑谷?」

 

 善逸も五加も、前世の記憶で知っている。

 人がどこまで壊れたら取り返しがつかなくなるのか。

 鬼殺隊の医療機関である蝶屋敷に出入りすることの多かった彼と、彼に付き従っていた彼女は見てきた。完治する者も、大小の障害が残る者も、そしてついに治らなかった者も。

 その経験に照らし合わせると、大正という時代背景を考えるにオーパーツ揃いだった蝶屋敷をもってしても、緑谷の右腕は切断しないとダメなやつだ。

 果たしてリカバリーガールの治療がどれほどのものかという話になるが……。

 

「大丈夫なんじゃない?」

 

 その上で五加は楽観を口にする。

 仮に最悪を想像したとして、『いやー、死んだかと思ったけど腕の切断で済んだか。最悪よりマシでよかった』となるだろうか?

 少なくとも善逸は級友に対しそんなポジティブシンキングできる人間ではない。

 だから作戦立案ならいざ知らず、こういうときには楽観論が最適解だ。さいわい、十分な根拠も存在している。

 

「これは学校行事で、審判が最後の最後まで止めなかったもの」

 

 リカバリーガールの能力は生徒たちよりも、彼女の同僚である教職員たちの方が熟知しているだろう。

 そして、しつこいようだがこれは学校行事である体育の祭。いくら本人にやる気があろうが、それで取り返しのつかない悲劇が生まれるのなら力尽くでも止めるのが教師の役目だ。

 また、ただでさえUSJ襲撃の一件で雄英の社会的評判にワンアウトが入っているのに、その半月後の体育祭で再起不能の生徒を出すなどとダブルプレーでスリーアウトチェンジの勢いである。天下の雄英でも醜聞が過ぎるし、教育者の理念としても教え子が道半ばで果てるのは避けたいはずだ。

 つまりミッドナイトたちが割り込むまでの負傷の数々は、リカバリーガールによって治療可能な範囲だったと推測できる。

 

 まあそのロジックでいくと割り込んだ時点でギリギリ境界線上であり、審判たちが割り込んでなおステージを半壊させたあの大爆発でその一線を越えてしまった可能性もあるが……それは言わぬが花というものだ。

 

「そっか、そうだよな」

 

 “音”を聞けば五加の内心は筒抜けだろうに、自分の信じたいものを信じる性分は相変わらずらしい。善逸はほっと一息ついた。それとも、それほどまでに五加の言葉を信頼してくれているのか。

 そんな彼をちらりと横目で見ながら、五加は小首をかしげてみせる。

 

「善逸はお見舞いにいかないの?」

 

 緑谷が搬送されていった後、普段から彼と仲が良い麗日や飯田、USJ襲撃の際に共闘したらしい蛙吹や峰田といった面々が次々とリカバリーガール出張保健所へと走っていった。

 実にヒーロー科らしい情の厚さとフットワークの軽さだ。

 

「いや、あんま大勢で押しかけても迷惑になるだろうし。『狭いなぁ何でコイツまで来たんだよ』って顔されたら普通に傷つくもん」

「そーゆー人たちじゃあないと思うんだけどなぁ」

「そりゃあお前ならそうだろうけどなっ! 世の中には『ただしイケメンに限る』って残酷な真理を突いた言葉があるんだよぉ! まあ俺だってクラスメイトがそんな人間じゃないってことはわかっていますけどね!? 経験で学んだことは理屈で覆せないんだよおおお! おげええええええ!!」

「なに怒ってんのさ」

 

 ネガディブも自己評価が低いのも、情緒不安定なのも、奇声を上げる癖も相変わらず。

 そんな彼がヒーローになりたいと、ようやく道を志したのだ。ダメな自分が大嫌いなのに、そんなダメな自分が光り輝く道に踏み出すことを選んだのだ。

 今度こそ彼をその道の先まで連れて行ってみせると、五加は決意を新たにする。その上で、こまめな情報収集と認識のすり合わせは必須だった。

 

「ねえ、後悔してる? 緑谷くんに勝ちを譲ったこと」

 

 一回戦は傍目にも実力差が明らかな善逸に勝利を譲られたかたち。二回戦はご覧の通り、挑発した挙句の盛大な自爆。緑谷の戦績はパッとしないと言える。

 少なくとも今年度、プロからのドラフト指名が入ることはあるまい。あれは職場体験の受け入れ先立候補を兼ねているのだ。

 雄英高のヒーロー科とはいえ、現状は仮免も持っていないただの学生だ。“個性”を暴発させて腕がバキバキになった日には、受け入れ先事務所の評判も合わせて重傷を負うし、リカバリーガールのバックアップが無い場所であれほどの重態になれば命にもかかわる。

 プロならそう考えるのが当然であり、逆にそのリスクを考慮せずに指名を入れてくるのは『雄英体育祭で高功績を出した生徒を受け入れて少しでも評判を!』と博打に出なければ先が無い零細か、リスクマネジメント度外視のブラック事務所だろう。だが、そのような指名は生徒に話が伝わる前に学校の方で弾かれる。それが教育機関というものだ。

 

 万が一にも彼に指名が通るとすれば、それはかなり特殊な事情が必要とされることだろう。

 

「いいや。そもそも勝てなかったんだってば」

 

 せっかく『自分よりも前に』と善逸に譲られたチャンスを、緑谷は万全に活かせたとは言い難い。そう考えての質問だったが、善逸はあっさり答えた。

 言い訳でも何でもない。本当に心からそう思っているタイミングだった。

 

「あっごめん!? いま何も考えずに返事しちゃった! ちょっと待ってて考えるからっ」

「いーよーべつに」

 

 聞かれたということは考えるべき問があったはずだと顔色を変える善逸に、五加は首を横に振ってみせる。

 即答できるのが想いの強さだとは思わない。

 むしろ衝動に任せて、深く考えずにカッコつけているような気がして普段の五加は嫌う対応だ。

 

「気持ちはわかったからさ」

 

 でも、あまりに気負いのない善逸の声を聞いて、今回はすとんと納得してしまった。

 きっとこれでよかったのだろう。

 

「いやね、違うの。違うんですよ五加さん。たしかに緑谷の戦績は揮わなかったかもしれなかったけど、結果がすべてじゃないっていうか。ほら学生ってそういうところあるじゃん」

 

 だが善逸は怒らせたと思ったのか、おろおろと言い訳じみたことを言ってくる。

 

「緑谷は轟に負けたけどさ、アイツが何も残せなかったとは思わないわけよ俺。だって轟、あんなにスッキリした顔してたんだぜ。つきものが落ちたっていうか。お互いに譲れない思いがあるからこそ、ぶつかり合って生まれるものがあると愚考するわけで! だったら俺が託したものも緑谷がちゃんと轟に繋げてくれたんじゃないかなって!

 だから五加がいろいろやってくれたことはまったく無駄になっていないんです。でもごめんなさいね、目に見える結果は残せなくて!!」

 

 別にまったく怒っていないのだが、面白いのでそのまましばらく聞いていた五加だった。

 

 

 

 ちなみに、まったくの余談ではあるが。

 

「いやあ、ついに左側()を使いましたか。焦凍くんの反抗期が終わってよかったですなあ。あ、観衆の声援をものともしない義兄上の激励もなかなかいい感じだったぜ?」

「……ふん。アクセルべた踏みのあぶなっかしい制御(コントロール)ではあるがな。対戦相手を殺さなかったのは審判が有能だったのと、あとは幸運だ」

 

「大切な息子がこんなところで殺人者にならなくてよかった。拙い“個性”制御が見ていて不安になるから次の職場体験ではぜひ自分のところで学んでほしいと、素直に仰ればいいのに」

「…………だが一歩前進ではある。やつには俺の代わりに覇道を歩んでもらわねば」

 

「うわっ、無視とは傷つくなあ。俺は寂しがり屋だから泣いちゃうぜ。まあそんなとこより緑谷くんだよ。

 あれは流石のリカバリーガール殿でも綺麗に治すのは無理だろうなあ。後遺症が残らないまでも、手が歪んでしまうくらいは避けられないか。

 どうです義兄上? 焦凍くんのために尊い犠牲となってくれた彼の為に、感謝状とオーダーメイドのグローブでも贈るというのは。彼はヒーローオタクらしいですから、義兄上のサイン入りだと大変喜ぶと思うのですが」

「………………」

 

 別の観客席ではいい年したおっさん二人がはしゃいでいたが、前途ある雄英高の生徒たちにとっては何の関係もない話である。

 

 

 

 半壊したステージを修復し、二回戦のそれと比べ少し長めのインターバルを挟んだのち。学年総当たりという激戦を勝ち抜いた四名がここに並び立つ。

 戦いはいずれも激しく、短いものだった。

 

 

 

 準決勝第一試合、爆豪VS常闇。

 

 この戦い、先手を取ったのは爆豪。

 先天的なセンスの塊を有し、戦うたびにそれが磨かれてゆく彼はその一手目から自身の才覚を存分に発揮した。

 爆破の反動による立体的な軌道で常闇の背後に回り、流れるような動作で力強く両手を合わせる。

 

閃光弾(スタングレネード)

「くっ……!」

『ピャア!?』

 

 閃光が貫き、闇を駆逐した。

 常闇の『黒影(ダークシャドウ)』が光に弱いのは二回戦で五加が暴いた通り。

 勝負あり、相性が悪かった。誰もがそう思った。

 

「おい、さっさとその影しまえ」

「……なにを?」

「体内にしまえば体力補充できんだろうが。さっさとしろ」

 

 爆豪そのひと以外は。

 

「弱点も突けねえアホだと思われないために一発かましただけだ。投げ与えられた勝利に意味はねえし、興味もねえよ」

 

 それは凶悪なまでの向上心。彼自身ですら制御の利かないプライドは『五加のおかげで勝てた』などという結末を認めない。

 危険な角度に眦と口角を吊り上げ、爆豪は嗤う。

 

「完膚なきまでの一位じゃねえと意味ねえんだよ。捻じ伏せたるから全力でかかってこいや」

「……修羅め。後悔するなよ」

「はっ! 相性の悪さは我慢しろよ。俺も我慢してやらァ」

 

 かくして第二ラウンドの幕が開ける。

 常闇の『黒影(ダークシャドウ)』は中距離戦では無敵と言える“個性”だ。伸縮自在で実体化する影っぽいモンスターは光以外のダメージがほぼ通らず、通ったところで本体である常闇へのフィードバックは無い。一方で『黒影(ダークシャドウ)』の方は射程、速度、パワーの全てが高水準で纏まっている。相性で攻めるか、本体の常闇自身を狙うか、その二つしか攻略法は無いと思われた。

 

 それを爆豪は宣言通り、真正面から捻じ伏せた。

 

 たしかに爆発で生じる光という相性は存在していただろう。だが、その光景を前に誰が『相性がよかっただけ』などと負け惜しみでも口に出せるだろうか。

 スタミナの底など存在しないかのように縦横無尽に動きを止めないタフネス。弾幕と見紛う爆破の連続。一撃でダメージになりえないのなら回転率を上げるまでとばかりに爆音が連なりこだまする。

 攻守に優れた『黒影(ダークシャドウ)』といえども、防御に専念しているうちは攻撃に転ずることができない。常闇を守るために本体に張り付き、積み重なったダメージで動きが鈍ったところに急接近。

 わしづかみ、“個性”だけではないということを強靭な握力が証明する。爆風を推進力に変え一回転。

 『黒影(ダークシャドウ)』ごと常闇を場外に投げ飛ばし、勝利を奪い取った。

 

 ……爆豪は極端な例にしても、この年頃の子供は多かれ少なかれ自分という存在に対し根拠の乏しい自負(プライド)を抱いている。その砂上の楼閣が正体をあらわす前に少しでも基礎を固めようと足掻いている。

 だから、二回戦では五加に、この試合では爆豪に、それぞれ喉元を押さえつけられておきながらその優位を放棄された常闇の精神は万全な状態ではなかったこと。その点も両者の実力を正確に測る際には留意しておくべきことだろう。

 だからといって爆豪の勝利と、性格面はともかく彼の才覚が傑出したものである事実が揺らぐわけでもないが。

 

 決勝戦進出、一人目は爆豪。

 

 

 

 続く準決勝第二試合。妓夫太郎VS轟。

 これもある意味で、精神の揺らぎがコンディションに大きく影響した試合だった。

 

 対緑谷戦。

 轟が抱えていた様々なものがぶっ壊された戦いだった。あれほど拘泥していたエンデヴァーのことを一瞬忘れるほどに。

 それはしがらみから解放されたのかもしれない。視界を覆っていた恨みつらみが晴れたのかもしれない。

 善悪で言えば、間違いなくあれは轟焦凍という少年にとって善である巡り合わせだったのだろう。

 

 だがそれは、憎悪で塗り固めたメンタルの一角が崩れたことを意味する。

 

 人間が万全の実力を発揮できる状態はフィジカルとメンタルの調和があって初めて成り立つものである。だからこそプロフェッショナル、アスリートと呼ばれる人々はあれほどまで調整に細心の注意を払うのだから。

 視界が開けたことで生じた迷いは氷の練度を鈍らせ、己が傷つけた母を置いて自分一人先に進んでよいのかという躊躇いが炎の使用を許さない。

 そんな(なまく)らで斬れるほど、“上弦”の首は安くない。

 

「単調で大雑把だなぁ。お前、悩んでいるなあ?」

「…………っ」

 

 距離を詰められ、とっさに防壁として生み出した氷塊は結果的に轟の視界を塞いでしまう。氷塊をあっさり切り刻む技量を有し、機動力でも轟に勝る妓夫太郎相手には明らかな悪手であった。

 首を掠めるような一閃。それで十分。対人相手の毒とはそういう意味である。

 

「まあ、なんだ。“個性”を『そう』やってお前が使っているうちは負けられねえなあ」

 

 お前よりもずっと俺はそれ(血鬼術・氷)と付き合いが長いからなぁ。

 

 後半は声に出さず、妓夫太郎は嘲笑した。

 毒が巡り、皮膚が爛れ、たまらず轟は膝をつく。勝敗はここに決した。

 

 決勝戦進出、二人目は妓夫太郎。

 もはや誰の目にも彼が学年有数の実力者であることは明らかだった。

 

 

 

 ――ちなみに。

 

「成果はあったから! 託したものはちゃんと出てますから! 無駄に負けたわけじゃないから!!」

「わかってるって」

 

 観客席で隣の小柄な少女に向けて、バサバサと金髪を振り乱しながら言い訳する少年の姿があったそうだが、完全な余談であろう。

 

 

 

『さァいよいよラスト! 雄英一年の頂点がっ、ここで決まるっ!!』

 

 雄英体育祭、決勝戦。

 ついに長かったこの一日も終わる。

 

 前評判にたがわず幾人もの生徒が準プロヒーロー級の実力を見せたA組。その中でも珠玉の才覚を発揮し、選手宣誓の『俺が一位になる』を今まさに叶えんとしている爆豪。

 

 最初はただの悪目立ちだった。勝ち上がってもなおA組に紛れ込んだB組という評価だった。それをいまやヒーロー科一年にそのひとありと、技量一つで観衆に刻み込んだ妓夫太郎。

 

 並び立った両雄は、どこか似通った悪人面に歪んだ笑みを浮かべていた。

 いちおう、これでも極めて限定的ながらヒーローの頂点を決める舞台の光景である。

 

『決勝戦! 爆豪勝己 (バーサス) 謝花妓夫太郎! 今ッSTART!!』

 

 最終種目が始まる前、くじ引きで決まったトーナメント表を見たときに五加はこう判断した。

 

 妓夫太郎に勝ち目があるのは爆豪だけであると。

 

 それほどまでに妓夫太郎の実力は突出している。

 たしかに今の彼は鬼ではない。人間だ。しかしその程度で何が変わるというのか。

 

 剣道における一本といえば、素人がまず連想するのが面打ちだろう。

 だが頭蓋骨は人体の骨の中でも有数に硬く、丸みを帯びた骨である。よほど骨身に染みる一撃でなければ頭蓋は断ち切れぬと審判によってはなかなか有効打突(一本)と認めない場合があるし、古流剣術にも面打ちは避けるべしとする流派が存在する。

 

 さて、日本刀という人を斬るために造られた得物をもってして、人を斬るための技術を日夜修練する輩ですらそんな具合なのだ。

 たとえばこれが、得物が草を刈るための鎌であったとすればどうだろう。振るう者が先天性梅毒を患い、ろくに食事も与えられず蟲や鼠で飢えをしのいで育った痩せこけた子供であったとすればどうだろう。当然、彼は剣術のけの字も知らない。

 そんな子供が背中から一太刀受け致命傷を負った状態で、日本刀を構えた侍を、その日本刀ごと頭蓋を鎌で両断する。果たしてそれは、どれほど異質な才覚を持って生まれたら可能となる御業なのだろうか。

 

 その子供は鬼になった。一世紀以上“上弦”として君臨し、“柱”という極上の好敵手を喰らい続けた。

 彼の振るう戦闘技術はもはや我流の域を逸脱している。それはひとりの中で練り上げられ熟成された、人間には模倣不可能なひとつの『流派』である。

 

 鬼から人間になった。それがどうした。使えない技が増えただけだ。彼の修めた武の理に一切の陰りは無い。

 

 五加がそれでも爆豪に勝ち目があると見たのは、単純に組み合わせと相性だ。

 妓夫太郎に弱点があるとすれば、それはやはり梅同様に長すぎる鬼としての年月。念のため言っておくが、梅も妓夫太郎も体力が貧弱というわけではない。むしろ前世が鬼であった影響なのか体格以上に身体能力は高い。

 しかしそれでも人間の身体は全力疾走を長時間続けられるようには出来ておらず、疲労や負傷の概念の無い鬼だった膨大な経験は、スタミナ管理の概念に大幅なデバフをかけている。

 

 決勝戦まで勝ち進んだときの妓夫太郎が、度重なる激戦のなか体力を必要以上に消耗してしまったこの上ないバッドコンディションで、かつ爆豪がベストコンディションで決勝戦に臨むことができれば、勝機はあった。

 爆豪は動けば動くほどに俊敏になるタフネスの塊であり、『爆破』は毒を有し相手に当たるまで止まらないという厄介な性質を持つ飛び血鎌を、遠距離から吹き飛ばすことができる。

 “個性”の多くがそうであるように質量保存の法則を盛大に無視した『血鎌』であるが妓夫太郎の血が元になっている事実に相違なく、体内に戻せば使用した血を回収できた梅の『帯』と異なり『血鎌』は飛ばせばそのまま戻ってこない。

 そうやって体力を削っていけば、爆豪のセンスがあればあるいはと思わせるものがあった。

 

「……まあつまり、この決着はぼくにとって予測できた未来。当然の帰結ってわけだ」

 

 それは二回戦、梅の決着を彷彿とさせる光景だった。

 電池が切れたように崩れ落ちる敗者。ただし今回は、崩れ落ちた方が爆豪だ。

 

「いくら爆豪くんがタフネスの塊とはいえねえ。一回戦の麗日さん、二回戦の梅ちゃん、三回戦の常闇くん……体力を使う試合展開ばかりだ。さらにはリカバリーガールの治療だって傷は治してくれるけど疲労は消してくれない。むしろ余計に体力を消耗する」

 

 よくもまあ、これほどまでに動き続けることができたものだ。もはや感嘆しかできない。彼は結局体力が尽きるまで、決定的な一撃を貰うこともなかった。

 長年の鍛錬の成果なのだろうし、息継ぎ、スタミナ管理に天性の勘もあるのだろうが、やはり大前提として体力の貯蓄量が桁違いだ。

 爆豪は個性社会の申し子だと五加はしみじみ思う。『爆破』に適合した影響なのか、身体の構造が根本的に常人とは異なる気がする。

 

「しっかしあれだね。前世(まえ)はよく生き延びたよね善逸」

「言うなよ。いまどうしてあのとき死なずに済んだのか戦慄するので忙しいんだから。生き延びたってことはアレに勝ったってことだろ? 無理じゃね? 嘘じゃね? “柱”と炭治郎たちヤバすぎね?」

 

 

 

 全競技終了。

 今年度雄英体育祭一年優勝 B組 謝花妓夫太郎

 同準優勝 A組 爆豪勝己

 同三位 A組 轟焦凍  A組 常闇踏影

 

 表彰式でオールマイトからメダルを贈呈される際、妓夫太郎はこう言った。

 

「意味がねえんだよなあオールマイト。俺と梅は二人で一つ。ひとつしかねえメダルに価値はねえんだよなあ」

 

 妹と一緒でなければ、意味はない。

 こうして妓夫太郎は全国にすさまじいシスコンとして記憶されることになる。

 

 たとえ共に地獄に堕ちることになっても、ずっと一緒に。

 その想いの真価を知る者は多くない。

 

 

△ △ △

 

 

【5月●日】(雄英体育祭当日)

 

 俺はヒーローになる。

 

 

(日記は一行で終わっている)

 

 

【5月●日】

 

 体育祭から二日の休校を経て、今日は雨の中を登校。

 傘をさして視界が悪いはずなのにいろんな人から声をかけられて、かつて夢見た雄英体育祭の注目度は、けして過剰な期待ではなかったことを俺に教えてくれた。

 

 ……待ち望んでいた人たちからの声はひとつも無かったけどね。

 まあ当然のことではある。全国ネットで個人情報を垂れ流すわけにもいかない。仮に鬼殺隊の誰かが俺のことをテレビの中に見つけてくれていたとしても、一日二日じゃあ連絡の取りようがないだろう。

 逆にそう簡単に全国のファンから便りが届く環境というのもこのご時世では怖すぎるというものだ。百ちゃんとか、たちの悪いストーカーを引き寄せるオーラが出ている気がするもん。

 すれ違う人々など身近なところはどうしても自分で対処せざるを得ないとして、全国区からはしっかり雄英が守ってくれているのだろう。

 

 でも、少し前までの俺ならやっぱり落ち込んでいたんだろうなと思う。

 

 

 

 この日はヒーロー情報学で『コードネーム』、つまりヒーロー名の考案と、プロからのドラフト指名の発表があった。

 

 一番指名が多かったのはA組で最も戦績が良かった爆豪。なんとガッツリ四桁プロヒーローから指名を貰っていた。

 数々の戦いで見せた実力やセンスもさることながら、表彰式での態度も大きいのではないかと思う。選手宣誓のビッグマウス(一位になる)を実現できなかったことに対し、あいつは一言も言い訳をしなかったから。

 ただ暴力的に上を目指すヴィランもどきではなく、自身の行動とその結果を粛々と受け止めることができるヒーロー志望であると、観客に印象付けることができたのだろう。

 

 続いて轟も四桁指名組だ。

 あいつ自身はほとんどが親の話題ありきだと切り捨てていたし、三位入賞のあいつにあれだけ指名が流れ込んだ理由にそれが無いとは言わないけど、障害物競争や騎馬戦でも存分にアピールされた強大な“個性”を評価された結果だとも思う。

 聞こえてくる“音”が以前と比べ澄んだ色合いになっているのが少し嬉しかった。

 

 同じく三位入賞の常闇はおおきく一段階落ちて三桁指名。十分にすごいのだが、ツートップの桁が文字通り違うせいで感覚がマヒしそう。

 そこからはちまちまと最終種目(トーナメント)出場者に三桁指名と二桁指名が入っていた。中には進出したのに指名の入っていない三奈ちゃんみたいなケースもあって、どういう基準でプロが注目しているのか少しわからなくなる。緑谷に指名が無いのはまあ予想通りだけどさあ。

 五加に一方的にボコボコにされて一回戦敗退の上鳴にすら二百名以上の指名が入っているんだぜ? どこを見ているんだプロ。たしかに、騎馬戦でのあいつは脅威のひとことではあったが。

 ちなみにその五加はあれだけ世間に喧嘩を売るような真似をしておきながら、ちゃっかりギリギリ三桁に届く指名を貰っていた。イケメンと強個性の組み合わせは強いな。

 

 あと俺にも十二、ドラフト指名が入っていた。ちょっと泣きそう。何由来かもわからない感情が決壊しそう。でもここまでくると本当に三奈ちゃんが指名を貰えなかった理由がわからない。ひとつの事務所につき二人までしか指名を入れられないらしいから、優先順位の問題なんだろうか。

 

 

 

 かくして俺たちは指名の入った者はその中から選んで、指名の無かった者も雄英高がオファーした全国のヒーロー事務所四十件の中から、一週間の職場体験に行くことになる。

 ヒーロー名はそのための下準備ってことだ。

 

『このときの名が! 世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!』

 

『将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいていく。それが「名は体を表す」ってことだ』

 

 センスが重要になる授業ということで応援に呼ばれたミッドナイト先生と、自分が役に立たないならとさっそく寝袋を取り出し始めている相澤先生が交互に諭す。

 

 ……だったら、俺にはこれしかないよな。

 

 今の自分がその名を名乗るにふさわしい実力を有しているだなんて、ぶっちゃけまったく思っていない。でもそんな話じゃないんだ。

 ふさわしいとか、身の丈に合っているかとか、自分との差が凄すぎるとか、そういう問題じゃない。

 

 俺のなりたいヒーローはこの名前だから。

 

 この名を背負う覚悟がないのなら、ヒーローなんて諦めた方がいい。

 でも俺は諦めきれないんだろう? だったら胃袋が痙攣しても、腸がよじれても、涙がだばだばとこぼれそうになっても、ぐっとこらえて踏みとどまれ。

 俺だって暫定長男なんだから、俺だってやれるはずだ。

 

 ……自分で使ってみて、少しだけ気づけた。

 きっと、炭治郎は自分が頑張れる理由を求めていたのだ。頑張っていい大義名分が必要だったのだ。何もなしに頑張り続けることなんて、人間にはできないから。

 それが長男という覆しようのない立場だったというだけで、長男だからといって爆発的な力が湧いてくるわけではない。

 炭治郎も、ちゃんと人間だったんだな。

 不思議な安堵と、もっと助けてやればよかったという新たな後悔が滲む。

 

 いつかまた、会える日が来るのだろうか。

 妓夫太郎の話を聞いた時に、思ったんだ。

 自分で気づいていないみたいだけど、たぶん何百年も、下手したら何千年単位であいつは地獄の責め苦を受けている。夏目漱石の『夢十夜』第一夜と同じだ。気が付けば百年経っていたというやつ。

 俺はあの世でそんなに時間を過ごした記憶がない。気が付けば生まれ変わっていた。憶えていないだけかもしれない。でもこうも思うんだ。悪いことをして地獄逝きっていうのなら、“上弦の弐”だった凍柱が俺たちより先に刑期を終えているのはおかしいって。

 

 だからきっと、あの世とこの世の時間の流れは一定じゃないんだ。

 

 考えてみれば当たり前のこと。

 このどこまでも広い空が続く世界の中で、同じ時代の同じ国に生まれる可能性がどれだけあるのかって話だ。

 もしも巡り合うことができればそれは縁が合ったというやつで、まっとうに確率論が仕事をすれば合わない可能性の方がずっと高い。チュン太郎が雀から人間に生まれ変わって五加になったように、人間から別の生命に生まれ変わって気づけないこともあるだろう。

 

 だから、俺よりもずっと先にもう一度生まれていて、とっくの昔に死んでいるのかもしれない。

 だから、俺よりもずっと後に生まれる運命(さだめ)で、俺が天寿を全うしようとも届かない未来に生まれてくるのかもしれない。

 

 だけど、それでも。

 炭治郎、禰豆子ちゃん、じいちゃん、鬼殺隊のみんな。

 

 俺がこの名前と共にあなた達が生きているかもしれない空の下を、守ることを許してくれるかい?

 いつか生まれてくるかもしれないあなた達のために、今の平和を先に繋げようと戦うことを許してくれますか。

 

「――“鳴柱(なりばしら)”。俺はヒーロー“鳴柱”、です」

 

 空の下を支える柱になりたい。みんなを助けてあげられる存在になりたい。

 この雷名が鳴り響き、耳にしたみんなが安堵に顔をほころばせるような存在になりたい。

 じいちゃんに教えられたすべては、ここに繋がっている。

 

 




【雄英こそこそ話】
◆リカバリーガールの治癒力を把握している凍柱
本気を出すと相手の肺胞を壊死させる凍柱は、ずっと肺胞の壊死を回復させることのできる相棒(サイドキック)を探していたよ。人道的な観点から不可逆の後遺症をヒーローがヴィランに負わせるわけにはいかないからね。
治癒力を活性化させる、つまり『治る傷しか治せない』リカバリーガールは肺胞の壊死の治癒には適しておらず、凍柱のお眼鏡にはかなわなかったみたいだね。

ちなみに、いまの彼の相棒(サイドキック)は『ホワイトクイーン』と呼ばれる全身を白いローブで覆い隠した人物で、その卓越した治療力をよからぬ者に狙われないために顔はおろかヒーロー名すら公開されていないという徹底ぶりだよ。
『ホワイトクイーン』はあくまでマスコミがつけたあだ名で、ローブの上からわかる体格や仕草でかろうじて女性と判別できることから、某有名な天才外科医にちなんでつけたものだよ。

ときどき凍柱が「たまちゃーん」と呼び掛けて、彼女の助手にぎゃんぎゃん噛みつかれていることから、それが本名ないしヒーローネームに近しいものなのではないかと噂されているよ。
どうも多忙らしく凍柱と同行することは少ないのだけど、彼女がいると凍柱の脅威度は倍以上に跳ね上がるからヴィランからは『白い死神』と恐れられているよ。
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