おまけでは本編で紹介しきれなかった小ネタを投稿していきます。
ひとまとめごと、出来上がったものを随時上げていくので不定期となります。
とりえず、今回は4話前後を連日投稿予定です。
時系列は『雷光と雨天』のカットされた後半部分に当たります。
死柄木「課金だ、黒霧」1
△ △ △
“個性”とはいくら荒唐無稽に見えても、実際はその内部でれっきとした法則性が存在する。
それは必ずしも既存の物理法則と一致しているとは限らないのだが、超常ではあっても無限に湧き出る絵空事ではないのだ。
USJ襲撃事件の中核を担う人『材』であった対平和の象徴改人“脳無”。
オールマイトをよく知る同僚のイレイザー・ヘッドや、熱狂的ファンにして後継者の緑谷からも『オールマイト並み』と認められるパワーとスピード。
打撃攻撃をものともしない『ショック吸収』、四肢欠損なら瞬く間に復元する『超再生』。オールマイトの百パーセントに耐えうるよう改造された超高性能サンドバッグ人間の触れ込みは伊達ではなく、その性能は相性も悪さと状況の補正があったとはいえプロヒーローの中でも指折りの実力者であるイレイザー・ヘッドを一蹴したほど。
将来有望なヒーローの卵とはいえ、しょせん現状は有精卵でしかないA組の生徒たちを絶望の底に叩き落して有り余る――そのはずだった。
「すぱすぱ斬りやがって……刃物って摩擦で切れるんだろうが。打撃はもちろん、斬撃だって『ショック吸収』の前じゃあ効果は半減するはずなんだぜ。どうなってんだよ、チートかよ、くそっ」
ときに、一時期流行った糖質制限ダイエットをご存じだろうか?
これは体重が減るというその一点においては簡単に効果が出るが、反面素人が思い込みで行えばかなりの危険を伴うものである。
適正量を大きく超え摂取エネルギーを減らしてしまうと、人体は筋肉を分解して生命活動に必要なブドウ糖を作り出す。筋肉が減るので一見して劇的に体重が落ちるのだが、基礎代謝も同時に減るのでリバウンドは約束されたも同然。当然のことながら体調を損なうリスクも跳ね上がる。
まあそもそも『ダイエット』などと洒落た言葉で飾っても、体重が減るということは要するに身食いである。専門的な知識や専門家の助言も無しに行って、リスクと無縁と考える方がおかしいのだが。
閑話休題。
要するに、人体において生命活動の維持は筋肉よりも優先される。
脳無の身体には今まさにそうとわかる変化が起きていた。
「……痩せて、いく?」
そうつぶやいたのはいったい誰だったのだろう。
生徒か、それともチンピラたちか。
現在進行形で脳無と激しく切り結んでいる善逸と、それを腹立たし気に眺めている死柄木、そして幾度も四肢を斬り落とされてなお表情ひとつ変えない脳無。この当事者のいずれかでないことだけは確かだった。
身長二百二十センチのオールマイトを優に一回りは上回る体格。ボディビルダーのように不自然に膨らんだものではなく、そういうデザインが標準的な生物であるかのように全身を覆っていた分厚い筋肉。それが萎んでいく。
一度外見にそうとわかる変化が現れたらあとは早かった。善逸が四肢を斬り落とせば斬り落とすほどに、脳無の身体はやせ細っていく。『超再生』に用いるエネルギーが枯渇し、筋肉を身食いして無理やり補っているのは誰の目にも明らかであった。
ついには枯れ木のように痩せ細り、『超再生』に回す分もなくなった脳無は倒れぴくぴくと虚しく痙攣する。無くなった知能は機械的に命令を執行しようとするが、もはやその体内には生命維持をぎりぎり保てるだけのエネルギーしか残っていない。
「チッ、黒霧!」
そうやって、完全に脳無が無力化される三分前。
いまだ善逸と脳無が残像すら目で追いきれない速度で切り結んでいる最中に死柄木が声を上げたのは、果たして偶然か、彼の『先生』が見込んだ天稟のなせる業か。
「なんっ、ですか死柄木……こちらもっ、余裕があるわけでは、ないのですが……!」
息絶え絶えに黒霧が死柄木の声に応える。
八百万により外部への救援要請が成功した際に、黒霧は撤退を進言したのだが『せっかく来たんだ。せめて帰る前に平和の象徴としての矜持に疵を』と取り合ってもらえなかった。
死柄木が脳無を暴れさせている間(そしてそれを善逸に捌かれている間)、周囲に肉壁として活用できるチンピラどもがいなければ。
救援要請に成功したからこそ13号が無理に自分たちでの解決を目指さず、生徒の安全第一の時間稼ぎに徹していなければ。
いまごろ黒霧は鎮圧されていたかもしれない。
ご無体な上司の命令に従いつつチンピラ軍団の管理もしなければならない黒霧の肩には、黒モヤ以上に真っ黒い中間管理職の悲哀が纏わりついていたとかいなかったとか。
端的に言って、
応援を呼ばれ、作戦の切り札であったはずの脳無はただひとりの生徒相手に削られ戦闘不能。ここから当初の予定であったオールマイト殺害に繋げる目は薄く、撤退しかないことは死柄木本人も薄々自覚はしているだろう。
だが、よほどヒーロー相手に一歩退いたことが許せないらしい。あるいは退いてしまった自分から目を逸らしたいのか。
引き際を見誤るのは部隊が壊滅的な被害を受ける黄金パターンではあるのだが、かといって黒霧が勝手に横から指示を出して、指揮系統を乱すような真似は最後の命綱さえ自ら切り離す下策中の下策。
首魁の死柄木が戦闘継続を叫ぶのであれば、その中で最適を尽くすのが黒霧の仕事だ。
「『課金』だ。追加をよこせ、全部だ」
「……よろしいのですか? 先生からの評価に影響しますが」
「あんなバグキャラ相手にまっとうにやってられるか! クソ難易度調整が。これだから
たとえスマホゲーでも『割に合わない。追加課金だ!』とガチャに突っ込み始めたらもうおしまいだと思うが、この犯行の最大の目的は実のところ死柄木に対する教育だ。
『先生』が課金要素をあらかじめ準備していたあたり、もしかするとかの人物にとってはこの状況も想定の範囲内なのかもしれない。
「わかりました」
黒霧はそれ以上何も言わずに、ただ淡々と行動を開始した。
「させるか……くっ!?」
戦闘経験が一般ヒーローに半歩劣るとはいえ、彼女もまた雄英に属する教師。経験と本能が二重に警鐘を鳴らす黒霧の行動を潰そうと『ブラックホール』を展開した13号であったが、即座に自ら『ブラックホール』を打ち消すことを余儀なくされる。
「ひょ?」
至近距離、完全に『ブラックホール』の引力圏内にチンピラヴィランが転送されてきたからだ。一瞬でも黒モヤを吸い続けることに拘泥していれば、チンピラはたちまちチリと化していたことだろう。
「へぶぅ!?」
「オラァッ! ……この、このっ」
何が起きたのか把握できていなかったチンピラは砂藤のラリアットによって一回転し地面に沈んだが、砂藤の表情はまったく晴れなかった。いや、彼だけではない。13号の支援を担当していた生徒たちの顔は一様に青ざめている。
「――このっ、それが仲間にやることか! 捨て駒にしやがった」
喉に詰まる激情を吐き出すように砂藤は咆える。
13号の“個性”を封じるために、あえて能力の使用を中断しなければ人命が失われる位置に人間を転移させる。『ヒーローはヴィランを殺すことができない』、その大原則を的確に突いた妙手だ。感情的なことさえ考慮しなければ、だが。
自分たちは今、チンピラと小競り合いをしているのではない。まぎれもなく
もっとも、捨て駒というのはその瞬間だけ切り取れば効率的に思えるが、たいていの場合大局的に見れば悪手だ。人間には感情があり、捨て駒にされることに嬉々として賛同するなとまずありえない。それが大義らしい大義の無いチンピラの寄せ集め集団であるのならなおさらだ。
「あ、あの黒霧サン……いまの」
「やれやれ、彼には失望しました」
恐怖の視線を浴びせかけられても黒霧の態度は揺ぎ無い。まるで数学の公式を説明する教師のように丁重な口調で、彼は淡々と語った。
「今のを見たでしょう? 『ブラックホール』の欠点はその高すぎる殺傷力にあります。ヒーローである13号はその致死圏内に人間が入ってきた場合、“個性”を中断せざるを得ないのです。彼にはその隙を突いて欲しかったのですが……。
ほら、何をぼさっとしているのです。弱点が判明したのですから、どんどん活用なさい。雄英高教職員の首、オールマイトほどではないにせよ、十分な手柄ですよ」
「な、なるほど……!」
「へへ、さすが黒霧サンっす!」
13号の弱点が判明した。それを利用すれば自分たちでもメディアに取り上げられるような著名なヒーローを
もしかしたら死ぬかもしれない。何かの間違いがあればアイツは死んでいたかもしれない。高揚感に酔うことで必死にその事実から目を逸らして。チンピラにだって裏路地でたむろする中で培った嗅覚がある。
わざわざ地雷を踏んで、次の『捨て駒』に立候補するようなバカは流石にいなかった。
「くうっ……!」
カラ元気でも、現実逃避でも、下がりかけた士気が盛り返したのは事実だ。13号は黒霧のカリスマ性に歯噛みした。
純粋な暴力でいえば脳無が飛びぬけているだろうし、首魁は彼らの態度から間違いなく死柄木という青年だ。しかし、この
13号と生徒たちは奮闘したものの、動きの変わったチンピラたちと、命のやり取りをしているという
かくして、ちょうど倒れ伏す脳無と入れ替わるように『それら』は降臨する。
「うそ、だろ……」
瀬呂は膝から崩れ落ちそうになった。
彼が相澤の手当てを任され、地面に膝をつきその処置をしていなければ実際にそうしていたに違いない。そうならなかったのは果たして幸運だったのか、それともその一歩引いた立ち位置だったからこそ雄英の誰よりも早く全貌を理解してしまう不運だったのか。
絶望がそこにあった。
「あのバケモンが、三体も……!」
脱色したかのように気持ち悪く色の抜けた体色で、脚並みに腕が長いせいで全身がひょろりと引き延ばされたような印象を受ける、剥き出しの脳に二対の眼球が埋め込まれた個体。
体の各所に鋲のようなものが埋め込まれ、大きな翼が特徴的な、ガスマスクを付けた一目で飛行タイプとわかる個体。
筋肉質で全身に無数の傷跡を持つ黒い肉体だけ見れば撃破した最初の個体に近いが、頭部の上半分は切除されたように存在せず、剥き出しの下あごに直接脳みそを埋め込んだかのような異形の個体。
脳が剥き出しというあまりにも特徴的すぎる特徴を持った改人が、群れを成してそこにいた。
善逸が戦闘不能に追い込んだのはたったの一体。
その一体だけで彼の額には汗が滴っているのだ。人間は全力で動き続けることが出来ず、動けば動くほど体力を消耗する。同じことを三体同時にできるとは、とても思えなかった。
相澤は戦闘不能の重態。13号も黒霧と膠着状態を保つので手一杯であり、新手と並列で対処するのは不可能だろう。
あまりにも重い現実が壁のように聳え立つ。もう楽になってしまえと弱音が誘惑する。
「諦めるな!!」
雷鳴のような声だった。
身体の芯まで響き、崩れ落ちそうになる膝を支える力を持っていた。
「やつらはオールマイトの殺害に来たと言っていた! オールマイト相手に余力を残せるはずがないんだ。こいつらは余力じゃない。
汗がにじむ額に眉を逆立て、誰よりも絶望に近い立ち位置にありながら誰よりも折れずに善逸は声を張り上げる。
身体の内側から湧き上がる力と確かな説得力に支えられ、下を向きかけた生徒たちの顔が上がった。
「あああぁもう小賢しいなぁ! 何だったんだよ最初のあのヘタレ具合は。ギャップ萌え狙いか? キャラづくりとかうざいんだよ!」
苛立ちを隠そうともせずに死柄木は首筋を掻き毟る。
「ああそうさ! こいつらはろくに動作確認も済んでいないオモチャだ。だがな、こいつらにも『超再生』は入れてある。肉壁としては現状でも十分に機能するんだぜ?」
死柄木は敵連合のリーダーだ。
そして敵連合はそのチープなネーミング通りにチンピラの集まりだ。
チンピラは、後ろからただ偉そうに指示を出すやつについていくことはない。石器時代から脈々と続くきわめて原始的な理論で生きている彼らは、腕っぷしを認めてこそ服従し、追従する。
つまり、死柄木は腕が立つ。一対多という状況下ではあるが、プロヒーローの中でも有数の技量を持つイレイザー・ヘッドの一撃を完璧に受け止められるほどに。
そしてその五指で受け止めたイレイザー・ヘッドの肘が崩壊したのを善逸は把握している。
『崩壊』、つい最近もどこかで聞いた破壊形式だ。
先日のマスコミ侵入の原因となった雄英バリアー崩壊が死柄木によるものだとすれば、特殊合金の扉さえ周囲のマスコミが危機感を覚えないほどさりげなく、スマートかつスムーズに破壊可能な、極度の殺傷力を有する“個性”と予想できる。
さすがのマスコミも、ダイナマイトが爆発するようなわかりやすい破壊であれば、わが身可愛さに逃亡を優先する者が多数派であっただろうから。
『触ったものを崩壊させる』能力。掻き毟っている彼自身の首が崩れている様子が無いことから触り方に発動条件があるのか、オンオフが利くのか、それは定かでないが。
おそらく崩壊が肘の表面だけで留まったのはイレイザー・ヘッドの『抹消』があってこそだろう。普通は触られた時点で致命傷だと考えた方がいい。
最初の脳無と善逸の戦闘は速度が違い過ぎた。死柄木は脳無に加勢どころか、介入すら覚束なかった。
だが善逸が明らかに消耗している今ならば。三体の追加脳無を盾にして、一発触れば
ましてや彼らは
「選ばせてやるよ金パ侍。酔えない勝利か、名誉ある自己犠牲か」
時間経過により応援が駆けつけるのは何もヴィランサイドの専売特許ではない。
むしろ八百万によってUSJの異常事態が本校舎に届いたかもしれない今、両勢力共に最も意識しているのは雄英教師陣がどのタイミングで到着するかということだろう。
「えっ」
だが、片道約三キロの道のりよりもよほど近しい距離から駆けつける者たちがいる。チンピラとはいえ
水難ゾーンを突破し、今まさに陸に乗り上げようとしていた緑谷、蛙吹、峰田の三人のうち、いったい声を上げたのは誰だったのか。
速度の差。善逸と脳無一号機が規格外だっただけだ。トップヒーローの一角であるイレイザー・ヘッドさえも凌駕する死柄木の速さに、たかが有精卵が対応できるものではない。
一足一刀の間合い。まるで瞬間移動のように蛙吹の前に現れる死柄木。ひどく引き伸ばされゆっくり感じる時間の中で、破滅を意味する彼の五指が蛙吹の顔に降りようとする。
散らされた生徒たちが三々五々に中央へと戻って来るその様は、死柄木、黒霧、脳無という特級の危険度を有する
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・七連
「くっ……!」
「ははっ、やるじゃないかヒーロー! 限界を超えたな。『ぷるす・うるとら』だったか? さすが雄英の生徒。うちの雑魚どもにも見習わせたいね――ま、代償は大きかったようだが」
善逸は守りきった。
白い脳無が口から吐き出した触手の束を薙ぎ払い、上空から迫りくる飛行型脳無の鍵爪を打ち払い、下あご脳無の振り下ろされる拳に刃を滑らせて右手の小指から中指までの三本を奪った。
そうやって障害物をすべて乗り越えて、蛙吹の前に割り込んで、しかし死柄木は強敵であった。善逸の速度を目で追えているわけではない。だが、身体は間違いなく反応している。手加減とは両者の間に実力差があってこそだ。
ここで蛙吹の命を優先して刀を振るった場合、死柄木を殺すことになるだろう。
だが、それはできない相談だ。善逸はヒーローなのだから。ヒーローとして生きることを選んだからこそ、ここにいるのだから。
かつて所属していた鬼殺隊の話。そこでの隊律違反は最悪の場合、切腹をもってしてでも罪を雪がねばならぬものだった。廃刀令が発布されて久しい大正時代の、政府非公認の組織においてそれである。法的には私刑による殺害と何ら変わらないそれに、隊士たちは誇りと命を懸けていたのだ。
また、人を殺してはならないという理念は鬼殺隊でも共通するものだった。たとえそれが鬼に与した人類の裏切り者だったとしても、武器を手に隊士の命を断とうと襲いかかって来る明確な敵であったとしても、それが鬼でないのなら向ける刃を持たぬ隊士は少なくなかった。
だったら守らねばならない。善逸はそれしか持っていないから。
『なんとなく』でこなせる器用さなど彼には無い。生まれ持ったものを生まれ持ったままに動かしていては周囲を不快にさせてしまうから。生きているだけで迷惑になってしまうから。積もり積もった苛立ちで、相手の人生を踏み外させてしまうかもしれないから。
やれと言われたことをやって、やるなと言われたことをやらない。それを心がけていても全然できなくて、ダメな自分がどんどん積み重なっていく。だからせめて、数少ないやれることは全うしなければならない。
『ヒーローはヴィランを殺すべからず』。今の善逸にとって、その規律を守ることに己の命を懸けるのは自然な流れだった。
しかし、だからといって、蛙吹を見殺しにしていいはずがない。女の子を守ることは善逸にとって何よりも重い最優先事項である。
なので抜き打ちの動作の最中で刀から手を離した。刀の重さ分だけ軽くなった腕を振るい、刀の長さ分目測を見誤った死柄木の手を掴み、投げを打つ。
そうやって背中を地面に打ちつけ動きの止まった死柄木を尻目に、緑谷と蛙吹の襟首を掴んでその場を離脱した。
峰田は蛙吹が舌を伸ばしてキャッチしてくれていることは確認済みだ。個性『カエル』とは聞いてたが、人間大に適応されたそれはかなり強靭かつ器用な器官へと彼女の舌を作り変えているらしい。
そして当然の帰結。手を離した『双天時雨・雨天』は慣性の法則に則って明後日の方向に飛んで行った。
三人の生徒の救助の代償に、善逸は武器を失ったのだ。
「もしかして俺の命も守ってくれたのか? ヒーローは自分の命も、守るべき相手の命も、そして
「…………」
「あ、我妻くん……」
「ケロ……」
緑谷はあからさまに色を失い、両生類めいたポーカーフェイスの蛙吹ですら死が真横を掠めた実感からか怯みが見受けられる。ちなみに峰田は白目を剥いて反応を返す余裕すらなかった。
善逸はただ死柄木の揶揄に沈黙で返す。
現在位置は噴水を挟んで水難ゾーンの対面、倒壊ゾーンを背中に背負う位置取りだ。三人を抱えたまま脳無たちとチンピラ集団を掻い潜り、階段を駆け上がって入り口ゲート付近で奮戦している13号指揮下の生徒たちと合流することはできなかった。
「武器があるからこそ強い
まさか素手の方が断然強くて、武器を使うのは手加減だったなんて面白カッコいいこと言うなよ? さすがにそれはクソゲーが過ぎるからな」
愉悦の滲んだ死柄木の声から察せられるように、言っている彼自身そんなことを本気で想定しているわけではないだろう。もちろん、善逸にそんな秘められた真の実力など存在しない。
チンピラ程度ならともかく、脳無たちと死柄木のタッグは刀無しに対応することはできない。同様にチンピラ相手ならば緑谷や蛙吹は戦力に換算できるだろうが、一手の打ち間違いが死に繋がる死柄木と脳無相手ではいささか荷が重い。
『我が身の危険を顧みず、誰かを助ける』。
ヒーローとしては理想形だったかもしれないが、所詮は現実を伴わない理想論。善逸の選択は善逸のみならず、一時的に延命した水難ゾーン帰還組もろとも全滅へと至る最悪の悪手であった。
助けられた張本人である緑谷が誰よりもそう認識したのだろう。彼のそばかすだらけの顔は蒼白でガタガタ震えており、今にも卒倒しそうな有様だった。
そんな状況になってもまだ口からはブツブツと現状打破のための休まぬ思考が垂れ流しになっているあたり、彼もなんだかんだヒーローの有精卵のひとつ。精神の性根はタフである。
「なあ金パ侍。すげえ速さだったけど、どんな“個性”だったんだ? 刀であることに意味はあったのか」
「……俺の“個性”は変則的な増強系だ。全身を強化できるが、特に聴覚に秀でている」
「あ?」
聞いておきながら、まさか正直に答えるとは思っていなかったのだろう。死柄木はきょとんと動きを止めた。
「だから“音”を聞けば相手の情報を探ることもできる。お前が言っていた『超再生』だったか。あの顔のない黒いやつ、持っているのはあいつだけだ……あれは最初の脳無と
「へぇー。わかるんだ、お前」
たかが生徒に対オールマイト用の決戦兵器を翻弄される流れから一転、圧倒的優位に立った死柄木は優越感をあらわにした。平時の善逸にも通じる情緒不安定さ、感情の一貫性の無さが浮き彫りになる。まるで小さな子供のような、虫の腹を笑いながら千切ることができる稚気だ。
「四肢の欠損くらいならほんの数十秒で治る『超再生』……多少劣化しているようだが、最初の個体が打撃を完全に無効化する『ショック吸収』や『オールマイト並みのパワーやスピード』を持っていたように、今いる三体も複数の“個性”が与えられているのだろう。それが何かまではわからないが……」
まるで現状を整理するように、ゆっくりと善逸は言葉を並べていく。
整理すれば整理するほど歴然となる絶体絶命のピンチではあるが、さて。
ここでもう一度先述の言葉を繰り返そう
時間経過により応援が駆けつけるのは何もヴィランサイドの専売特許ではない。
「つまりピクリとも動かなくなるまでブチ殺せばいいんだろうが! どけえ邪魔だデクッ!」
「かっちゃん!?」
背を向けていた倒壊ゾーン。遮蔽物の多いその影から爆豪が飛び出す。凶悪に目を吊り上がらせ、猛る内心の反映のように両手を爆発させ、そしてその全身の表面にうっすら金色に輝く雷の衣を纏って。
【雄英こそこそ話】
◆カットされた理由
・善逸TUEEE成分が濃すぎる
冗談のようでわりと真面目な理由だったりするよ。
当作品は善逸無双を描きたいのではなく、善逸がダメなやつのままヒーローを目指すというのが肝。
なので善逸が凄いやつ過ぎる描写は作品の軸がブレるので、意図的に省略した節があるんだ。実際、読者に『この作品は善逸無双なんだ!』と思われ、それを求められたら、体育祭のラストは投稿時以上に反感を買ったと思うし……。
もちろん『いざというときは頼りになる』『むしろいざというときにしか頼りにならない』とファンから言わしめる強さも善逸の魅力のひとつなので、描写する際は手を抜かない方針らしいよ。
・単純に長すぎる
起承転結をわりときっちりしたバランスで構築したい作品だったから、USJ編だけが間延びするのは避けたかったらしいよ。
ぶっちゃけ、『善逸のヒーロー物語』として作品を構築する際に、ここを必要以上に長くして得られるものって何もないしね。
書く前からおおざっぱに二話分にはなりそうだと思っていたらしいけど、まさか倍以上いくとはねぇ。