感想、お気に入り、ここすき、評価、そして誤字報告ありがとうございます。
全てにリアクションを返せているわけではありませんが、しっかり目を通させていただいております。
時計の針を少しばかり巻き戻そう。
先にも述べた通り、USJの各地に飛ばされた生徒たちが各自の判断でセントラル広場に戻っても各個撃破の可能性がある。
その点、自分は非常に幸運であったと五加は自己評価する。共に飛ばされた耳郎の『イヤホンジャック』、上鳴の『帯電』、共に探知に活かせる“個性”の持ち主と共に飛ばされたのだから。
飛ばされた先の山岳ゾーンでも文字通りの電撃戦で、およそ四十人という敵勢力を考えればかなりの好タイムで鎮圧できた。
「機織サン、こっちっす」
「よーし、間に合ったぁ。倒壊ゾーンは轟くんと葉隠さんが飛ばされていたんだね」
「機織、か? ……いたんだな、葉隠」
「ひっどーい! 気づいてなかったんだ。ってかそれ、もしかして運が悪ければ巻き込まれていた!?」
だからこそ、『先回り』という選択肢が出てくる。
耳郎と上鳴に生徒の動きを探知してもらい、セントラル広場に到着してしまう前にいち早くコンタクトをとる。
援軍の到着自体が悪いわけではない。要は兵力の逐次投入の形になってしまうのを避けたいのであり、逆に一つの意志の下に統率された別動隊として組織して、適切なタイミングで戦場に投入できれば、雄英陣営の勝利を確固たるものにする一手となりうるだろう。
ちなみに余談だが。
当初は鎮圧済みのヴィランを、彼らの衣服などを使ってしっかり拘束していた五加だったが。上鳴が予想よりも早くアホから戻ったのでせっかく手中に収めた速さを殺さぬよう、後半はかなり雑に処理した。
具体的には未だ『雷衣』の残っているまきびしの上に放り投げた。
上鳴の『帯電』のように充電したり電波を飛ばしたりといった小回りこそ利かないものの、『相手を長時間感電させ続けることができる』という『雷衣』のオンリーワンはそれだけで侮りがたいものがあるだろう。
その光景を後ろで見ていた耳郎にさらなるドン引きの視線を向けられたが、
しかし何と言っても、兎にも角にも時間が足りない。
これが三か月後ならまだ話は違っただろう。お互いに何ができて何ができないのか、知識のみならず経験で把握できていただろうし、その実績が信頼関係にも繋がっただろう。
もちろん現状でも頭には入れている。オールマイトが担当した屋内対人戦闘訓練の映像記録はすべて閲覧したし、その日の放課後にあった自主的な反省会にも参加して情報を改めて精査しなおした。
だが、それでは足りないのだ。雄英高のヒーロー科は全国平均のはるか上を行く優秀な生徒ではあるが、兵士ではない。協調性はあるが『指揮下で動く』というイレギュラーには慣れておらず、そして指揮系統の無い集団がどれほど烏合の衆そのものとして醜態を晒すかは敵連合のチンピラたちは身体を張って証明してくれた通りだ。
一人で歩けば十分もかからない距離でも、ろくな訓練も無しに百人規模で行進すれば呆れるほどの時間が溶ける。
『足並みをそろえて歩く』という行為ですらどれほどの練習が必要とされるか。具体的に漠然とイメージするのなら、義務教育課程における運動会や体育祭の練習風景あたりの記憶を参照していただければ幸いだ。
そういう意味では、火災ゾーンよりも動きやすそうと反時計回りに生徒と合流していくことを選び、最初の土砂ゾーンで轟と合流できたことも望外の幸運であった。
人間は動物だ。何かと動物の範疇から外れたがっているように雀だったころの記憶を持つ五加には感じられるが、どうあがいても根本的に動物であるという事実は変えられない。
強い者には本能的に従う。そして轟はこの短い期間でA組から強者と認識されている。
「時間が足りないのは共通認識だよね? それでもお互いに現状把握をすり合わせないと集団行動は始まらない。ざっくり情報交換しよ。
こっちは山岳ゾーンの鎮圧完了。上鳴くんが雄英との連絡に成功したよ。そう遠くないうちに到着するってさ」
「ああ。こちらは土砂ゾーンを鎮圧。その後、尋問してアイツらが『オールマイトを
策の実行犯は脳無っつー脳みそが剥き出しの巨人、死柄木という全身手だらけ、黒霧ってワープゲート担当の三人らしい。肝心の詳細は下っ端には知らされていなかったが、この三人にはチンピラが『できる』と思い込むだけの実力があると思った方が……」
その上で五加は、この状況でもひとまず話を聞いてもらえるだけの信頼関係が轟との間に既にある。屋内戦闘訓練で同じチームだったことが、初っ端に落とされたもののチームアップと作戦立案を担当した実績が、ここで生きる。
『轟が従っているのならば、自分も右に習おうか』という心情になる。それが素晴らしい。命令に従う訓練を積んでいない生徒たちにとって、心情的に納得できるか否かというのは指示遂行までの時差にダイレクトに関わってくる。
いったん指揮系統の大枠が出来てしまえば、そこは他者の顔色をうかがう国民性に定評のある日本人。わざわざ荒波を立ててまで自分の意見を押し通そうとする者はそういない。
「あぁ? 俺に指図するんじゃねえ!」
「ちょ、爆豪。声大きいって」
次の倒壊ゾーンで再会したのがその例外中の例外である爆豪だったのは何というか、引きが強いというか、噂をすれば影が差すというか。
逸ったがために13号の動きを妨害してしまい、A組の大半がUSJ中に分断されてしまうという大失態をしでかした彼ら。それでもなお開口一番に反発から入る爆豪と、それをたしなめる切島のコンビに五加はやんわり滲む苦笑をポーカーフェイスの下に押し隠した。
この鼻っ柱の強さは嫌いじゃない。萎縮されて役立たずになるよりずっといい。
人間は自身の成功体験を踏襲する生き物だ。これほどまで頑なにひとりで判断し単独行動を貫こうとするあたり、きっと彼の周囲には足手まといしかいなかったのだろう。
お山の大将と切り捨ててしまえばそれまでだが、五加としては同情や憐憫の気持ちが湧いてこなくもない。
頼りになるパートナーというのは本当に心強いというのに。
もっともそれは上から目線、爆豪のプライドをしたたかに傷つけるものであろうから、絶対に表面上には出せないが。
「んー。じゃあそれならそれで構わないよ」
「ああん!?」
「もともと、爆豪くんと轟くんには自分の裁量で動いてもらおうと思っていたし」
「俺もか?」
先にも述べた通り、まだ一年A組の生徒たちは指揮下で動くということに慣れていない。緻密に策を練ったところで良くて絵に描いた餅、順当にいけば策士策に溺れることになるだろう。緻密で精密なシロモノは総じて繊細で壊れやすいと相場が決まっている。
単純な構造の方が多少高いところから落としても壊れないものである。今回は『
「指示出しなんて面倒な雑用、ぼくに任せておいてよ。爆豪くんと轟くんは好きに動いて。ぼくらがそれに合わせるから」
『面倒な雑用』。わりと嫌味抜きで本音である。
この場において指揮官は第一の戦功を称えられる名誉ある役職ではない。何もかも足りないものばかり。見栄を張って身の丈に合わない華麗な策を用意したところで、冷静に考えずともそんな代物に自分とクラスメイトの命を懸けるなんて怖すぎる。
一般科の学級委員長以上にババ抜きのババだろう。だが、それでも烏合の衆のまま行き当たりばったりで強敵に突っ込むのはあり得ないし、だったら誰かが引かねばならない。
そしてその適正にもっとも秀でているのは自分であると、五加は評価している。完全な客観視など人間には不可能だが、おおむね間違いではあるまい。少なくとも爆豪や轟よりは人当たりの良さに心を砕いている自信がある。
人間は『何を言ったか』よりも『誰が言ったか』の方が重要な局面が往々にして存在する。
他者より優れた容姿、よく通る声。生まれ持ったそれを、『彼』の隣にという目標を見出してから磨き続けた。どのように表情筋を動かせば、どのように声帯を震わせれば、相手に好感を抱かせるのか、自分の意思を通せるのか。今の彼女は知っている。
そのアドバンテージを活かすときだろう。
「……俺はあの黒モヤワープゲート野郎をぶっ殺す」
「それでいいよ。少数で先走って下手打ったでしょう? だから今度はある程度の人数で、連携を意識したいってだけ。そりゃあ進軍と撤退の息は合わせてほしいけど、きみの
「…………チッ。足手まといはもろともぶっ殺すからァな」
「おっけ。異論はなさそうだね」
“個性”も気性も爆発物のような爆豪ではあるが、理を通せば受け入れられるだけの理性は有している。例外は彼の幼馴染が絡んだときくらいだろう。
それでもまた雰囲気的に、このまま他ゾーンの生徒との合流を優先したら爆豪が単騎で突入しそうなので、いいタイミングであると切り上げて一行はセントラル広場に向かうことにした。
善逸なら負けないと信頼している。それは身体が内から削られ痩せ細るような恐怖や心配と両立するし、今も戦い続けている彼の下に一刻も早くはせ参じたいという気持ちは常にある。
戦場は万全など待ってくれない。動くべきときがきたら、そこが好機であると信じて一歩を踏み出すしかないのだ。
さて、ある意味でここまで余裕をぶっこいて五加が動いているのには当然理由がある。
言ってしまえばこの戦い、上鳴が連絡に成功した時点で雄英サイドが勝利しているのだ。
いまのこの状況は負けを認められない敵連合の悪あがき、子供の駄々以上のものではない。
何をどうあがいてもここから『オールマイトを殺害する』という敵連合が当初に掲げた目的が達成されることはないだろう。であるからには、相手が目的を持った組織として動いている以上、目的が達成できないのなら撤退する以外の道はない。それが遅いか速いかだけの違いだ。
もはや状況は『いかに勝つか』ではなく『どれだけこちらの損害を押さえるか』に移行している。しかしだからといって死者が出れば、世間はそれを雄英の敗北と捉えるだろう。まったくもって、
倒壊ゾーンの建物の残骸(厳密には災害を模倣するためにもとからこう造られたのだろうが、便宜上こう称する)の影から窺った戦場は、予想以上に混沌の態を成していた。
「……まいったな。水難ゾーンは到着済みか。梅雨ちゃんがあっちに飛ばされたのは不幸中の幸いだったけど、こうなってくるとちょっとキツイかな。
あ、みんなステイ、すていね? もうちょっと状況を把握したい」
いくら待とうが敵が減るわけじゃねえだろボケがぁ! と突貫しそうな爆豪でさえ五加の指揮に従って物陰に身を顰める。
いや、厳密にいうのであれば。
彼らは圧倒されていた。これからあの舞台に自身が乗り込むという事実に、知らず一歩足が退いてしまうほどに。
暴力の化身とばかりにたくましい腕を振り回し、薙ぎ払った大気越しに雑木林を千切れんばかりに揺るがす黒い巨人。
その四肢が斬り落とされても眉一つ動かさず、瞬く間に腕も足も生え揃う。果たしてあれは本当に人間と呼んでいい存在なのだろうか。そんな思いさえ脳裏によぎる。
異形型を差別する団体が存在すると、この社会に生きていれば一度は耳にすることがある。そしてヒーロー科に入学できるのは、何故友人が差別されなければならないのかと眉をしかめ、真っ当に怒ることができる感性を持つ者ばかりだ。
しかし、この光景を見て。『あれらを人間とは思えない』と宣う者を、いったい誰が咎めることができるというのか。
切り落とされた四肢がいびつな死屍累々として積み重なり、それを再生した足で自ら踏みつぶし、さらなる暴虐を振るうあのバケモノを相手に。
あれはもはや御伽草子に登場する『鬼』なる存在なのではないだろうか。
対するは雷の剣士。
その太刀筋に雷光を幻視し、その踏み込みに雷鳴を幻聴する。
暴風と化した黒い巨人のさらに上の速度で翻弄し、激しい運動の余波で玉のように汗が飛び散るもその動きにいっさいのよどみは無い。
『鬼退治』は剣士に分があった。より正確に言えば、素の耐久力が違い過ぎるので一方的でなければ拮抗状態は生じないという方が正しいだろうか。弾幕系シューティングゲームでボス戦が長引くのは、主人公ユニットがボスの弾幕を避け続けられる場合のみというのと同じ理屈である。
(あれに割って入ったら死ぬナァ……)
五加はもちろん、実力的には既に準プロヒーロー級といって差し支えない轟や爆豪を投入しても秒で散ることになるだろう。
彼らが弱いのではない。善逸が
しかしやはりというか、山岳ゾーンにいたときから霹靂一閃の爆音がたびたび轟いていたことから薄々そんな予感はしていたが、相澤は既にリタイア済みらしい。入り口ゲート付近で瀬呂が懸命に応急手当をしているのが遠距離からかろうじて窺える。
もっとも、重態ではあるのだろうが、相澤の“個性”は良くも悪くも直接的な身体能力とは無関係だ。もしかするといざというときの切り札になりうるかもしれない。不確定すぎて頼りにし過ぎるのは禁物だが。
ヒーローに
最悪なのは水難ゾーンから蛙吹、緑谷、峰田の三名が帰還してしまっていることだろう。
倒壊ゾーンと違って、水難ゾーンとセントラル広場の境界線には水しかない。水平線ではセントラル広場の激闘に呆然と見入っている彼らの姿を隠すことができない。
五加が気づいている以上は敵連合も気づいていると考えるべきであるし、事実としてそうだった。
見守るうちにも状況は二転、三転と転がり続ける。
「クソが……っ、放せ!」
気圧されたことを恥と思い、飛び出そうとする爆豪のコスチューム、その首の部分を五加は掴む。今ではない。今自分たちが飛び込んでも流れに巻き込まれるだけだ。
「いっちゃダメ」
下手をすれば善逸の足手まといになる可能性すらある。予備兵力は適切なタイミング投入してこそ戦局を望む方向に巻き込む決定打になるのであり、考えなしに飛び込めばいいというものではない。
あの激闘に自分たちは介入できない。取り巻きの敵連合たちもだ。そして善逸は優勢である。ならば、いくら感情が蠢こうが今ここで自分たちが出ていくのは自己満足でしかない。
「テメェ」
「了承してくれたよね。進軍と撤退のタイミングは合わせてくれるって」
「勝手にそっちが言ってただけだろうがクソが!」
「くれたよね?」
すごい目つきだ、なんて爆豪と目を合わせながら五加は思う。視線だけで人が殺せそうだと。
五加自身いま己がどんな目をしているのか、自覚しないままに。
「……チッ」
大人しくなってくれた。とりあえずその事実だけあればいい。
やはり爆豪は激情家だと思う。『普段大人しいひとほど怒れば怖い』というが、あれはただ単に慣れていないだけだ。喧嘩したことが無いから手加減がわからずに殺してしまう。それと同じ理屈。
その理論の延長線上で、激しやすい爆豪は自身の激情を律する術をよく心得ている。あとはいかにそれをこちらが引き出せるかの話だ。
「まだだ、まだだよ……」
やがて脳無が体力を使い果たし、ついにガリガリのミイラのようになって力尽きた。あるいはこのタイミングで一気呵成に全戦力の投入を五加が決意すれば、死柄木と黒霧を取り押さえることも可能だったかもしれない。
前線指揮官に向かないと自己評価する五加の慎重さはひとつの好機を取り逃がした。それは紛れもない事実。
だが、大局的に見れば世界を変革させうるネームドを取り逃がしたのは取り返しのつかない失策だったかもしれないが、『雄英サイドに死者を出さない』という極所的な観点からすれば。
掠めれば致命傷の“個性”を有する死柄木と未熟な生徒たちを接触すらさせないよう取り仕切るのは間違いとも言い難いものがある。実際、ここで彼女が全軍突撃を命じていたら相手の攻撃を受け止めるスタイルの切島あたりは死んでいた可能性が高い。
何が正しくて何が間違っていたのか。確信をもって断言できるのは無責任に後から当事者を責める第三者くらいだろう。
介入しなかった結果、死柄木の要請に応えた黒霧はチンピラたちを捨て駒に使い、新たな脳無を三体も呼び込んだ。
さすがにその光景を前にして、五加も下手を打ったと後悔しかけた。自分の身体の中心、普段は意識しない自分を支えてる部分が崩れて、ふっと浮遊感が襲ってくる。
『諦めるな!』
雷鳴のような声に引き戻される。
足の裏に向かいかけていた血流が、ふたたび活力と共に頭脳へと送り込まれる。
それはもはや、比喩抜きでこの世に生を受ける前から五加に刻まれた第二の本能だった。
だからこそいろいろ拗らせている感があるが、彼女自身を含め誰も気づいていない。あるいは先ほどの爆豪のように片鱗に触れた者は幾人か存在するだろうが、その欠片から彼女と善逸の背後にある複雑怪奇で御伽草子な全体像を察しろというのはいささか酷な話だろう。
それに、善逸の言葉にはわかりやすい理があった。
追い詰められているのは向こうも同じ。否、どちらかといえば敵連合の方が、後がない。三体の脳無は余力ではなく、吐き出さざるを得なくなった将来の貯蓄なのだ。
すっと再起動を始めた五加の顔の数センチ横に刃が突き立つ。
善逸が死柄木と脳無たちから水難ゾーン帰還組を守るために、手放した刀だ。
「ないすこんとろーる」
「ちょ、機織ちゃん、そ、それあと少しズレてたら……」
当たってたんじゃないの。
そう口に出すことさえ恐ろしいと、声まで蒼白に震えさせて葉隠が口ごもる。まあ透明人間である彼女の顔色は声から想像するしかないのだが、透明人間歴が長いせいか案外声だけで伝わってくるものがある。
「だいじょーぶ、当たらないよ。善逸は耳がいいんだ」
小学校のころからヒーローになることを夢見て(というには善逸も五加も憧れ成分が不足していたかもしれないが)、幾度となく二人で連携訓練を行ってきた。善逸の聴覚がどの範囲ならどの程度の精度で知覚可能なのか、とっくに熟知している。
善逸なら自分たちの存在に気づいてくれることは織り込み済み。その上で、彼の行動を逐次見守っていた。眠り状態になっている善逸の戦況把握能力は、即時判断に欠ける五加のそれよりも信頼に値するから。
その彼が武器を手放したということは、自分たちを頼ったということだ。
己が戦力を喪失しても誰かが状況を繋いでくれると信じて、託した。自分たちは託された。
もちろんそこに至るまでの要因はいろいろあるだろうが、五加はそう判断した。
別に投じられた刀がズレて、五加の額を貫いてもそれはそれでよかった。
怖くないわけではない。死に対する動物的な恐怖も、自我の喪失に対する人間的な恐怖も、人並み以上に持ち合わせていると自己評価している。
ただ、善逸の手に依るものなら今日が寿命だったのだと納得して死ねる。そのくらいに五加は善逸のことを信じている。口に出した日には周囲にドン引きされると客観視できるだけの理性はあるので、表には出さないが。
案外、狂気と理知的というのは両立できるものなのかもしれない。
彼がクラスメイトを信じて命を懸けたのなら、自分の命もそこに
「よし、いまだ! ごーごーごー!!」
矢継ぎ早に指示を飛ばし行動を開始する。
基本は全軍突撃だ。戦力の逐次投入は愚策であるという原則もあるが、それ以上にそれしかできないという現実もある。
これは弾幕だ。攻撃という手法を用いて結果的な防御を行う。敵の攻勢を蹴散らすためには数が必要不可欠なのだ。
爆豪、轟、切島と、次々に『雷衣』を付与していく。善逸がこちらにも聞こえる声で敵の能力を解説してくれた。敵の能力の大半が不明なのは不安要素ではあるが、外見から察するに肉弾戦をまったく念頭に置いていないとは考えづらい。
ならば五加の『雷衣』は攻撃以上に、防御として非常に優秀だ。インパクトの瞬間、振り抜くべきところを感電で筋肉が強張れば、その威力は大きく減ずる。
だからとにかくクラスメイトにはその“個性”に関係なく、ただ一人を除いて片端から付与していく。
例外の一人は葉隠だ。五加の『雷衣』は雷であるためとても目立つ。シルエットが雷光で浮き彫りになってしまえば、葉隠はただ運動神経抜群のただの女の子になってしまう。それは逆に危険だと判断した。
だから彼女のみ役割は前線構築ではなく、伝令。
チュン太郎だったころの記憶が教えてくれる。
追加で現れた三体の脳無たちは最初の一体に比べ、明らかに格が落ちる。具体的には『超再生』持ちだという下顎脳無で一枚、白い四ツ目と飛行型は二枚から三枚は格下だ。
秘められた複数の“個性”次第ではあるが、爆豪と轟なら押し切られることはあるまい。
そして五加としてこれまで積み重ねてきた対人経験が囁く。
この期に及んでまだ死柄木は
善逸が一体目の脳無と切り結んでいるときに死柄木が介入しなかったのは速度の差以上に、やつの心理的抵抗という要素が大きいと見た。
ならばその大きく晒された隙に付け込んで、流れを持っていける。
「来たわ、機織ちゃん」
「やっほー梅雨ちゃん。お互いに無事で何より」
飛び出していった面々と入れ替わるように、葉隠に誘導してもらった水難ゾーン帰還組と合流する。
完全に無事なのは蛙吹のみ。緑谷は左手の親指と中指がバキバキに壊れている。彼の“個性”の反動に依るものだろう。個性把握テスト時に相澤相手に啖呵を切ったように本人はまだ動けると主張するだろうが、あまり戦力に換算したくはない。
峰田に至っては白目を剥いて気絶している。彼の『もぎもぎ』は敵を傷つけずに拘束するのに非常に優秀な“個性”ではあるのだが、意識が無いのならば無理に起こすことはないだろう。下手にパニックを起こされやたらめったら投げられた日には、この状況では味方の命の危険の方が大きい。
さいわいと言うべきか、『もぎもぎ』はもぎ取ってしまえば他者でも使用できる性質と見た。峰田のコスチュームは彼の『もぎもぎ』にくっつかない特別性のようだし、必要なら彼のマントを借用して手袋代わりに、頭からいくつか拝借するとしよう。
ざっくり三秒で観察終了。だいたい想定の範疇内、これなら当初の計画通りに進めても問題ない。
「単刀直入に言うね。梅雨ちゃん、指揮代わって」
「いきなりね」
「一分ほど作業に専念しなきゃならないんだ。無理なら緑谷くんに頼む」
「えっ、ぼぼぼぼ僕!? そそそ、ちょ、えっといきなりそんな」
これは無理だ。
わざわざ声に出さずとも五加と蛙吹の間で共通認識になった。両生類じみたポーカーフェイスを崩さずに、蛙吹はスムーズに了承する。
「……わかったわ。何をすればいいのか教えてくれるかしら」
「動き始める前に全体に話は通してあるから、迷わず指示出しして。待機と、撤退、あと狙いを集中させるときの指名。その三つさえやってくれたらいいから。お願いね」
念のため注釈を入れておくと、緑谷がリーダーシップの能力に乏しいということではない。実際にここに至るまで、水難ゾーンを切り抜けたのは彼の計画立案と指揮あってのものだ。
ただ、これまでの人生経験のなせる業なのか、何かと挙動不審に陥る傾向がある。クラスメイトというだけで関係性の薄い相手に指示を通せるほどの、人当たりの良さやコミュニケーション能力は彼には無い。
現状は欠点らしい欠点が無く、高次元で実力がまとまっており、視野が広く動揺を表に出さない蛙吹の方が圧倒的に適任だったというだけの話だ。
さて、これでようやく本題に取り掛かれる。
『双天時雨』、その柄に指を掛ける。深々と刀身が突き立っていたのにも関わらず、五加の細腕でそれは抵抗もなくするりと抜けた。
理屈でいえば刀身からにじみ出る潤滑剤、それが仕事をしたと見るべきだろうが。なんとなく、主のもとに帰らんとする意思を感じなくもない。
勝手な同族意識に顔をほころばせ――集中。
「Und der Haifisch……」
紡ぐ。異国の旋律が口から零れ落ちる。
五加の機能が純化していく。最初に消えるのは聴覚。仮に警告を飛ばされても、誰かが悲鳴を上げても、もうしばらくは届かない。
続いて色覚が消え、明かりを消したような世界の中で灰色に双天時雨が浮かび上がる。味覚が消え、無自覚に感じていた唾液の味が口内から消失する。
皮膚感覚の大半がカットされ、ついでに痛覚も鈍くなる。この状態になると爪が剥がれた程度では気づけないのは、過去の経験から実証済みだ。
信頼。
言葉の美しい響きに反し、なんとも血なまぐさい単語と五加は思う。
たとえ流れ弾だったとしても、今ここで敵の攻撃にさらされたなら五加は反応することができない。あっさりと致命傷を負うことになるだろう。
それでもクラスメイトを、彼らをここまで導いた自身の手腕を信頼して、“個性”の制御に全神経を集中させる。ただ一秒を縮めるために命をチップにする。
一節、また一節と歌詞が進むごとに五加の感覚が閉じ、開いていく。
すべてはこの戦場で五加が最も信じる手札、それを完成させるために。
『双天時雨』には隠された三つ目の顔がある。
ほんの一節ですし、著作権が消滅している以上そこまで神経質にならずともよさそうですが、利用規約順守を兼ねて念のため使用楽曲コードを入力しておきます。
【雄英こそこそ話】
◆今回登場した男子生徒の、この時点での五加の評価
・上鳴
馬鹿。
でもこちらの言うことを最低限理解して指示に従ってくれる、ストレスにならないタイプの馬鹿。
・轟
有能なのだが、どこか厄ネタのにおいがするのが玉に瑕。
うっかり地雷を踏まないように注意。
・爆豪
こちらを雑に扱ってくるが、こちらも雑に扱っていいので実は話していて楽な相手。
自分の大切なもの以外はどうでもいいという態度には軽くシンパシー。
・切島
善人。
行動理念は単純なので動きは読みやすいが、爆豪とは逆に微妙にやりづらい相手。
・緑谷
ナード。
取り立てて秀でた能力はないが、爆豪と絡ませると途端に面倒なことになるユニットなので要注意。
(彼の分析能力やオタク知識のことは五加もざっくりとは把握しているものの、それを活かす基礎能力に乏しく加点対象にはならないと判断している。実は緑谷を評価したのは善逸の方が先だったりする)
・善逸
殿堂入り。もはや語る言葉は無く。