そのすべてに反応が返せているわけではありませんが、全部しっかり目を通させていただいております。
被服控除。
入学前に「個性届」と「身体情報」を提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれる素敵システム。「要望」も添付すれば自分の好みに合わせたコスチュームを作成してもらうこともできる。
そして、雄英は努力を怠る者にとってはどこまでも冷たく厳しい場所だが、積極的な姿勢を見せる者には比較的寛容だ。
いくつか手続きを踏み、書いているだけで脳と手が疲れそうな書類を作成する必要があったが。暫定的に雄英の学生である証明書を発行してもらい、入学前の身でありながらサポート会社に自ら足を運ぶのは手間暇的にはともかく難易度的には難しいことではなかった。
善逸は知っている。この時点では善逸に伝えていないが五加も知っている。万全に備えたところで、戦場では理不尽に大切なものが奪われるのだということを。
どれだけ努力を積み重ねても、何か一つできるようになったとしても、またすぐ目の前に分厚い壁が立ちはだかる。
だからといって蹲っていても、時間は待ってくれないから。置いて行かれてしまうだけだから。自分よりもっと先ですごい人たちが戦っているその場所に、たどり着くことなんてできやしないから。
折れそうになる心を何度だって叩いて叩いて、立ち上がるしかないのだ。
メール、電話、チャット……現代に連絡手段は数あれど、伝達可能な情報量という一点ではやはり面と向かって会うことが随一だろう。
善逸の戦闘スタイルは
特に『刀に殺傷力を持たせてほしい』などと、顔を合わせて言葉を交えなければ一方的に切って捨てられるたわごとだろう。今の自分たちはヒーロー志しているだけの守られるべき
物わかりの悪さとか、無理解とかそういう話ではなく。現代の社会がそういう仕組みになっている以上、何も聞かずに要望に応えてくれるのだとすればそれすなわち、現代社会のルールを軽視しているということに他ならない。そんな相手にコスチュームを任せるのは逆に危険というものだ。
「……なあ五加、さすがに恥ずかしいんだけど」
「ふうん。それは子供のように手を引かれていることに関して? それとも、可愛い女の子に見惚れてふらふらと明後日の方向の電車に乗り込みかけたことに関して? それも二回も」
「その節は本当にご迷惑をおかけしましたっ!」
「で? 善逸が迷子にならないように、手を繋いでここまで歩いてきたぼくに何か言うことはあるかい」
「ありがとうございます! どうもお手間をかけさせて申し訳ございませんねえ!?」
高校生活が始まる約三週間前。
道中で紆余曲折ありつつも、無事に彼らが担当されるサポート会社に到着した善逸と五加に対し、技術者たちは狂喜乱舞した。
もともと善良な大人というイキモノが持つ生態として、やる気のある若者に対しては好意を抱く性質を持ち、さらにその興味が自身の専門分野に向けられているのなら好意はさらに倍ドンである。
その前提の上に、新一年生たちがわざわざコスチュームの打ち合わせにサポート会社まで足を運んでくれたのだ。男女という組み合わせで、手をしっかり繋ぐという甘酸っぱい青春の香りを漂わせて。
二徹三徹の結果ただでさえ吹っ飛びやすくなっているテンションにニトロをぶっこまれたようなものである。
嫉妬する者がいないわけではなかったが、ごく少数派であったことは別途に記載しておく。
羨ましいという感情は少なからず、自らが欲しいという衝動とイコールである。高校生の恋愛事情に関して嫉妬や羨望を覚えるよりは、微笑ましいと感じる年齢層の者がそのサポート会社の大半を占めていた。また、強がりでも何でもなく恋や愛といった事柄を己が担当するという状況を疎ましいと考える性質の持ち主も多かった。
世間一般からすればマイノリティの価値観なのかもしれない。だが、この某サポート会社という魔境においての多数派の意見は『趣味に没頭している自分の代わりに世界をキラキラさせてくれてありがとぉ!!』というものだったのだ。
まあ、ありふれた表現に言い換えてみれば保護者目線とも言える。
そんなわけだから打ち合わせも驚くほどスムーズに、かつ善逸たちにとって都合よく進んだ。
刃のついていない竹光ではなく真剣にしてほしいという要望も、子供の背伸びと一蹴せずに真摯に対応してくれた。彼らがわざわざ雄英に確認を取り、密接に審議を重ねなければ、『双天時雨・雨天』は実現しなかっただろう。サポート会社は善逸たちの想定以上の仕事をしてくれた。
ただ、善逸たちはテンションが天井知らずに跳ね上がった技術者たちの勢いというものに対してあまりにも無知だった。
発注から二週間。新学期まで一週間を切ったころ。
それは浪漫。
雄英高校三年間のカリキュラムの中に、二人並んでコスチュームを身に纏い“個性”を使うような機会が果たしてどれほどあるというのか。
とても採算がとれるとは思えない。その上で技術者たちは一切の手を抜かず、複雑怪奇で繊細な芸術品をコスチュームに盛り込んでいた。
まさに浪漫。
発動に際しては、通常なら触れるだけで『雷衣』を付与できる五加が一分間もかかりきりになるほど、緻密極まりない“個性”のコントロールを余儀なくされる。
実戦の中で一分もの時間を捻出するのがどれほど大変か。宇宙の平和を守る銀の巨人なら、勤務時間の三分の一を消費してしまう。だが、曲がりなりにも地球人の視点からすれば投じたリソース分以上のリターンがちゃっかり返ってくるのだからたちが悪い。
なお、いちおう一通りの説明は受けたが、善逸はもちろん五加も話の内容が何故か形而上学に飛躍したところで理解することを諦めた。
とてもサポートアイテムの話をしているとは思えない方面に、ビリヤードもびっくりの鋭角で三回は跳ねたのではないかと思う。
最低限把握できたのは、既存の物理法則とは異なる理論が組み込まれている。つまり“個性”に由来するものだということであり、それも複数人の力が合わせられているらしい。要するに枠の内部で限界も理論も存在するが、外部から見れば何でもアリということだ。
このご時世、サポート会社のラボには通称『試着室』と呼ばれる施設が用意されている。要するにコスチュームの性能をテストする部屋であり、専用のテスターが雇われていることも多い。
ヒーローコスチュームのテストなのだから自然と『試着室』は増強系がひと暴れしてもびくともしない程度に頑丈な造りになっている。
「ほげえええええぇえええ!? なにこれなにこれなにこれぇ!! 間違えても人に撃っていい代物じゃないよねっ!」
「……それに関してはおおむね同感かな」
「どどどどどうしよう五加! 弁償? 弁償沙汰になるかなこれ!? いやああああああ!! せっかく雄英に合格できたのに借金返済のために就職なんてそんなことあるぅうううう!?」
「どうどう、わりとうるさい」
その
まあ当然というかなんというか、テストで項目通りに行動し、それで設備が壊れたのなら問題があるのは設備の方である。実行者の善逸には何のお咎めも無かった。
二人で帰り道、造ってもらった手前申し訳なさもあるが、よほどのことが無い限り使う機会もないだろうと苦笑いを浮かべた。
まさか、それからひと月もしないうちに使う羽目になるとは思いもしなかった。
刀の鎬に黄色く、稲妻のような文様が浮かび上がる。奇しくもそれは『彼』の前世の日輪刀を彷彿とさせるものだった。
すなわち――『雷天』完了。
その認識と共に、ふっと潜水から浮き上がるように全身の感覚が戻って来る。
最初に聞こえたのは駆動音。コスチュームに仕込まれた全身の
ペース配分を無視して“個性”を使い過ぎたツケ。明日は間違いなく筋肉痛だろうし、何なら今の段階で身体が嫌な感じに痛い。これ以上無茶をするなら、命を削る必要があると本能が告げている。
「梅雨ちゃん!」
「っ! みんな、撤退して!」
事前に打ち合わせしていたわけではない。
ただ打てば響く。頭のいい人間と話してるときに感じる一種の心地よさを感じ、五加は口の端を吊り上げる。
蛙吹に合図を出した時点で『彼』はこちらに向けて動き出している。なにせ『彼』の耳の良さは前世からの筋金入りだから。
瞬くような速度で駆けつけた『彼』に向けて、気持ち恭しく刀を差しだす。なにせ不慣れな戦場の慌ただしい一幕、お互いに刃物の受け渡しには相応しいとは言い難い姿勢であったが、双天時雨の柄はぴたりと『彼』の手に吸い付いた。まるで飼い主の求めに応じる忠犬のように。
「驚いたわ機織ちゃん。まだ三十秒くらいしか経っていないもの」
「一分くれと言って一分使い切るような人間じゃないのさ、ぼくは」
スケジュールを組むときに安全マージンを確保するのは現代社会の常識である。まあ、今回に限って言えば良くも悪くも五加が限界を突破した成果なのだが。
しかし、蛙吹のように聞き分けの良い相手ばかりではない。腐っても倍率三百倍を乗り越えてきたエリート揃いの雄英高ヒーロー科。この期に及んで蛙吹の指示を無視して戦線を崩すような輩こそ存在しなかったが、上官と部下の関係ではないのだ。不満があれば文句の一つも出てくる。
そしてもちろん、こういう状況において某爆発頭は五加の予想を外さない。自分たちと入れ替えに単騎で突出した仲間がいるのだからなおさら。
「オイコラァ! クソチビ女!! どうしてこのタイミングで俺たちを下げさせてタンポポだけ前に出しやがる」
とんでもないあだ名になったなぁと暢気に考えつつ、指示に従ってここまで後退してくれたクラスメイトの顔ぶれを確認する。
爆豪のように進んで口を出すタイプではないが、確かな不満を凍てついた視線に込めて飛ばしてくる轟を始め、雄英生徒に欠員は見られない。それどころか、目立った傷さえないのには五加も内心ひそかに感嘆した。たかが三十秒、されど三十秒である。
あるいは彼らに任せていても事態は鎮圧に向かったのかもしれない。詮無きことだ。選ばなかった選択肢の先の未来を、対応する“個性”でも有していない限り人間は予想することしか許されないのだから。
観測できるのは選んだ先にある事実だけ。そしてその現在を、五加は端的に言葉にして共有した。透き通った彼女の声がこの混迷の中でも凛と響く。
「巻き込まれたら危ないからね」
単騎で突出した影に、脳無がいっせいに飛び掛かる。息を合わせたなどと言った戦略ではなく、ただ単に雄英生徒を害すべしという命令に従った結果。現状の雄英サイドに知る由はないが、脳無は一部の例外を除き知性というものを有していない。
ましてやここにいるのはろくな調整も済んでいない『つくりかけ』。ゆえに、それらの行動に思考は介在しない。生物なら有していて然るべき、危機を予感する本能もまた同様に。
「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃――」
その声はどこまでも静謐に、まるで世界に刻みつけるかのように重く。
恐れ知らずに迫りくる脳無たちに対する最後の警告のようにも聞こえた。
当然、理性も知性も持ち合わせていない脳無たちの行動に陰りはなく、かくして結末からは逃れえない。
「――六連!」
天から雷が落ちることを『落雷』と言うのであれば。
地上から天に目掛けて立ち昇る稲妻は何と表現するべきなのだろうか。
愕然とするクラスメイトに向けて、五加は肩を竦めてみせた。
「ね? 味方が大勢いるところで使うには物騒過ぎるんだよ、アレ」
“全集中の呼吸”は流派に対応したエフェクトを見る者に幻視させる。
『水の呼吸』であれば太刀筋に合わせて迸る水を見ることができるし、『炎の呼吸』であれば立ち昇る炎を見せるだろう。
ただ、それは先天的な素質を持つものが一定以上の技量を極めた場合の話。技の完成度が見る者の視覚に幻影を描いているのであって、物理的に発生しているわけではない。
実際、前世の善逸の先輩隊士であるところの村田さんは、才能と技量に乏しく技を出してもただ剣を振っているようにしか見えない。鬼を斬るに足る型として成立している以上エフェクトが出ていないわけではないのだろうが、薄すぎて誰にも見えないのだ。
善逸がたびたび見せる雷も同様だ。『雷の呼吸』を極める素質を持った彼が十全に力を発揮して放つ型は、視界を焼き尽くさんばかりの稲妻を周囲に見せる。
そしてここからが『雷天』の特殊能力。本来質量を持たぬはずのそれらに、実体を持たせる。五加が込めた雷を原料にした種も仕掛けもある手品だが、厳密な理論はまったくもって意味不明だ。
あるいは“個性”が絡んでいる以上、既存の物理法則で読み解こうとする方が野暮と言うものなのかもしれない。
理屈はいろいろ述べたが、起きた結果としては一目瞭然にして単純明快。呼吸の余波だけで三体まとめて吹っ飛ばした。
飛行型はその時点でアウト。白目を剥いてピクピクと痙攣している。白い四ツ目は『吸収・放出』の“個性”を有していたためまだマシだったが、完全には吸収できずに動きが鈍ったところで両肩を打ち据えられて
頭か心臓を完全破壊されない限りスタイリッシュに流血しつつ動き続けられるのは少年漫画の主人公のみに許された特権であり、残念ながら脳無たちはそうではなかった。峰打ちだろうが電撃込で強打されたら動けなくもなる。
唯一、下顎剥き出しの黒個体は言及されていた『超回復』で継続戦闘を可能としたものの、四連の斬撃と電撃によって蓄積されたダメージはとても軽視できるものではない。
また、機械にとって電流というのは鬼門である。もちろん鬼門であるからこそ対策も施されるというものだが、人体という
改人である脳無の、外見からは判別困難なサイボーグ部分は、許容範囲をはるかに超える電流によって機能不全に陥っていた。判別できる善逸は当然これを狙い撃った。
もはや言ってしまえば、『動けている』というだけ。トラックに轢かれた後の未来から人類の指導者を暗殺するために送り込まれた殺戮自律兵器よろしく、ギクシャクとしたコマ撮りめいた動きになってしまっている。
「あああああ! ふざけんなよ、もう。武器喪失の一定時間後に強化フォームで復活とか初見殺しにも程があるだろう。セーブもリセットもできない
ついに敵連合の首魁まで刃が届く。
感情のままに振り回された右腕は肘のところですっぱり絶たれた。まるで彼がつけている無数の手のレプリカのように無機質めいて、ぼとりとあっけなくそれは地にころがる。
さらに別方向からの轟音。
USJ入り口ゲートの分厚い金属製の自動ドアが、戸板のように呆気なくはじけ飛んだ。その生ける伝説の存在感を前に、敵味方を問わずその場の人間は一瞬動きを止める。
「……救難信号、受け取ったよ。到着が遅くなってすまなかった。すぐに動ける者をかき集められるだけかき集めてきたから、もう大丈夫」
――私が来た
オールマイトを先頭に、雄英教師陣がとうとう到着したのだ。
チェックメイト。それは誰の目にも覆しようのない決着だった。
だからこそ、悪意は光に近づけば近づくほど色濃く煮えたぎる。
「オールマイトォ!! 待ちくたびれたよヒーロー! 社会のゴミめっ」
緑谷あたりが頻繁にバキバキさせているので感覚がマヒしそうになるが、世間一般的に四肢の欠損は致命傷に分類される。
手を含めた前腕は左右合わせて人間の体重の約八パーセント、片側だけだと四パーセントになるとされており、身長百七十五センチの死柄木が彼の適正体重である六十七キロであると仮定した場合、二キロもの重量が右半身から失われた計算になる(あくまで端数を切り捨てた概算ではあるが)。
さらにいえば人間の四肢はバランサーとしても重要な役割を果たしている。『双天時雨・雨天』の効果で出血が抑えられているとはいえ、単純な怪我の重さと電撃によるダメージ。欠損という精神的なショック。死柄木の喉首に善逸が比喩抜きで刃を突き付けていることもあり、死柄木は戦闘不能になったと判断してもいい状態のはずだ。
たとえ五体満足の万全な状態であったとしても、頸動脈に触れた双天時雨から断続的に具現化された稲妻が流れているのだから普通は叫べるような状態ではない。
「――ああ、でもダメだな」
激昂までは理の範疇だ。
思い通りにならない現実に対しての癇癪を爆発させ、全開のアドレナリンが瞬間的にダメージを無視させる。その後に反動が来るだろうが、短時間なら人間は痛覚を無視して動くことができる。
だが、その後に静まり返ったのは性質が違う。流れにそぐわない。
ヒーローはヴィランを殺すことはできない。これは現代社会の大原則だ。場合によってはいくらでも例外は湧いてくるが、これが当たり前のことだと多くの人間が思っているからこそ、現代社会は多くの特権をヒーローと言う暴力装置に託しているのだから。
そういう意味合いでは、善逸が死柄木の首に刃を突き付けたのは失策だった、と見ることも可能だ。どうしてもその状態から頸動脈をかき切る以外の動作に繋げようと思うとワンテンポずれが生じてしまう。善逸の唯一にして最大の技は居合なので、戦闘態勢に移行するのなら納刀から始めねばならないのだからなおさら。
しかし、どうして予想できようか。腕を切断され、夢見心地の暴力沙汰からいっきに生物学的生命の危機という現実に引き戻されたはずの相手。それが皮膚に刃物の冷たさを感じている状態でなお、一顧だにせず行動を起こすなどと。
「っ!?」
ぼろり、と突き付けていた刃先が崩壊を始め、善逸は素早く飛び退く。
五指で触れなければ『崩壊』は始まらない。それが先ほどまでの善逸の見立てだった。見誤ったかと後悔する暇もなく、地面に刀身を叩きつける。
真っ二つに折れた刀身は脇差よりも短くなってしまったが、何とか崩壊は刀の前半分で済んだ。あるいは一拍遅れていれば刀身や柄に留まらず、腕まで『崩壊』が昇ってきたのではないか。そう思わせるほどに今の死柄木からは異様な空気が漂っている。
(まずった!? ぼくが判断しないといけなかったのに……!)
下手を打ったと満足に動かぬ身体で五加は歯噛みする。
完全に見誤った。なまじ稚拙な言動が演技ではなかったため、そこが器の底だと思い込んだ。
(コイツ、炭治郎の同類だ)
それは鎹鴉という鬼殺隊の隊士たちを一歩退いた場所で、誰よりも近しく見続けた経験を持つ五加だからこそ有する感覚。第三者には伝わりづらい独特な観点。
前世の善逸の数少ない友人であった竈門炭治郎は『異常』だった。
彼は鬼殺隊の中で優れた資質を持つ剣士だった。しかし彼よりも優れた者は多くは決してないものの、“柱”に代表されるように片手の指では収まらぬほどの数は存在していた。
彼は優しい少年であった。しかし優しさだけで事態が好転する世の中なら世界はもう少しマシになっていただろう。
あらゆる呼吸の祖である『日の呼吸』の隠された後継者であるらしかったが、“柱”なら同等以上の成果を出すことは難しいことではなかった。
ただ、彼は運命という巨大な絡繰りを動かす最後の小さな歯車だった。彼が運命と噛み合ったことで、千年の時をかけて数多の人間が積み重ねてきた大小さまざまな部品が、いっきに稼働し始めたのだ。
死柄木はそれと同じだ。
彼よりも優秀な
だが、死柄木は小さな歯車なのだ。彼がこのヒーロー飽和社会で抑圧された大小さまざまなパーツにがっつり噛み合ったとき、何かが軋みを立てて動き始める。それはきっと大正時代のあの頃、百年もの間変動の無かった“上弦”が立て続けに討ち取られたように、失伝していたはずの“痣の者”が“柱”の間に幾人も現れたように、瀑布のように急激な流れに違いない。
そしてきっと、かつて仲間として背中を押してくれたその流れは、今度は自身を“鬼”の立場で受け止めることになるのだろう。
(ここで殺しておかないとダメなやつだ! 善逸は人を殺せない。だから、ぼくが殺らないといけなかったのに!!)
あるいは、ここで恥も外聞もなく五加が殺害をわめきたて、小数点以下の確率ではあるがヒーロー科の誰かがそれを受けて死柄木の命を絶つ。そんな未来も彼女がここで行動を起こせばありえたのかもしれない。
しかし、今の彼女はチュン太郎ではなく機織五加。良くも悪くも十五年の歳月を人間として過ごし、善逸とは違い家族にも恵まれた。特に今の性格に関しては今世の家庭環境が大きく影響を及ぼしていると言ってよい。
既に異なる存在として確立しているのだ。雀の頃に得た経験だけを根拠に、常識や良識を投げ捨てるような真似をするには人間として生きた年月は重すぎた。今の彼女にできるのはただ風邪をこじらせたように熱を持つ全身を引きずり、歯噛みすることだけだ。
経験値の欠如。
結局のところ、放てば必殺の『雷の型』を操り数多の鬼を屠ってきた善逸にも、自身が初めて命の奪い合いの最前線に立った五加にも、殺してはいけない相手を過不足なく無力化するという状況は初めてだったのだ。
「これは『ゲームオーバー』だ。帰るぞ、黒霧」
まるで電流の後遺症など意に介さず吐き出されたその言葉。後から推察するに、それがキーワードだったのだろう。
何かが駆動を始める不穏な高音と共に、脳無たちの身体に光が奔る。びきびきと罅割れるように全身を侵食するその光は本人の意思とは無関係なようで、意識のある個体、気絶している個体を問わず、さらには――
「うわっ」
「なんだそれ!?」
周囲を取り巻いていたチンピラたちも距離や意識の有無を問わず光り出す者がまばらに存在していた。
このように脈絡のない荒唐無稽な現象を起こす原因を、現代ではこう称する――“個性”と。つまり、何でもアリということである。既存の物理法則に基づき事前に完璧な対策をとるのは不可能に近く、兆しから全体像を想像しつつ対処方法を探すしかない。
とはいえ、これはわかりやすいタイプだった。それが幸福であるかは別として。
「耳を塞いで伏せろ!」
『改人』。死柄木はそう言っていた。
言葉通りに捉えるのなら、あれは人間を改造して作り上げた兵器のたぐいなのだろう。その事実に対する感情はさておいて、兵器と言う概念だけ吟味するのであれば。
敵の手に渡らないように対策を講じるのは当然の話である。ましてや、あれは当人たちも言っていた通り造りかけの、彼らにとって部外秘の技術がたっぷり詰まっているのだろうから。
古来の伝統。あやしい科学者は自爆を好む。
「っ! 爆発するっ、みんな伏せてぇ!!」
善逸の声では反応できなかったA組の面々が、まっさきに命令を実行しつつ復唱した五加の指示には素早く従っていっせいに地に伏せる。
善逸の人望の無さが浮き彫りになった悲しい一幕……というわけでもない。確かに現段階で既に善逸と五加の間にはコミュニケーションの一点で膨大な格差が生まれつつあるが、どちらかと言えばここも経験値の差が出たかたちだ。
ヒトを従わせることに慣れた言葉は、納得を介さずして行動を起こさせる力がある。ここまでの短くも濃密なUSJの実績込で、このときの五加はその領域に踏み込んでいた。
「
「新たな時代の幕開けに栄光あれ!」
「ちょ、君たち大人しくしなさい! 不穏な感じにめっちゃ光ってるぞ!?」
ふと目をやれば、光ったことに困惑の声を漏らしていたのは光を宿さない周囲のみだったらしい。爆発の予兆のように高音を高め、チカチカと全身にまばゆい光を着実に全身へと広げながら、当事者たる彼らは
まあ当然のごとくオールマイトは有象無象を十把一絡げにスカカカカンと蹴散らして相澤の下にたどり着いたわけだが、打ち倒されてもなおチンピラたちから放たれる光は消えない。気絶者を問わず発動していた状況から予想できていたわけだが、やはり意識の有無はカウントダウンとは無関係らしい。
「相澤くん、ケガをしているキミに頼むのも心苦しいのだがどうだね!?」
「いま俺の安否を気にするのは非合理的ですオールマイト。結論から言いますが、俺ではアレを止められません」
相澤の“個性”『抹消』はその名から受けるイメージに反し、実質的には『封印』に近い。
具体例を挙げると、たとえば『半冷半燃』を持つ轟を対象とした場合。彼の生み出した炎や氷を視認しても『抹消』は発動しない。それを生み出している轟本人を直接視認してようやく効果が発揮される。それも、それ以上“個性”を使えなくなるというだけであり、既に生み出された氷や炎の延焼が消えるわけでもないのだ。
このあからさまなまでに自爆を予想させる“個性”の持ち主は、この場にいない。既に一通り『抹消』を使用した相澤の、何かがどうにかなるというわけでもない収穫だった。
「俺が脳無の対処をします! だから、そちらはお願いしますっ」
前傾姿勢になり、脚を中心に力を集中させながら善逸はそう宣言した。
教師陣は光るチンピラたちの対応に手を取られている。圧倒的に数がいるのだから当然だ。つまり、三体もれなく光っている脳無にはこちらで対処せねばならない。
誰が何をやるのか。集団で行動するなら明確に声を上げねばならない。今世でヒーローを目指す過程で学んだことだった。
『筋肉の繊維、一本一本。血管の一筋一筋まで空気を巡らせる。力を足だけに溜めて、溜めて――ひと息に爆発させる。空気を切り裂く雷鳴みたいに!』
そしてそれを支えるのは、前世で学んだ教え。魂に染み付いたそれは、決して善逸を裏切らない。お前の努力は必ず報われると言ってくれたあのヒトの信頼は、今も善逸の背中を押し続けている。
「我妻少年! しかし――」
「我妻。やれるんだな?」
反駁しかけたオールマイトをさえぎって相澤が確認を取る。後輩の木で鼻を括ったような態度に、オールマイトはちょっぴり凹んでいた。
「はい」
「わかった。まかせたぞ」
さらに深まる呼吸に空気がビリビリと振動する。
たとえあからさまな自爆の予兆があろうと、善逸は己をヒーローと定義している限り人を斬らない。それは絶対に覆らない。
だが、人でないのならば斬れる。たとえそれが何であろうと、背後に守るべき者がいるのなら絶対に切り伏せるのが鬼殺隊の剣士だ。
たとえ刀が折れていたとしても、その覚悟が折れることはない。
折れた先から血が零れるように火花が散る。『雷天』はまだ生きていた。
光の亀裂はもはやマスクメロンのように彼らを覆いつくした。不穏な高音が危険域を突破する。
「ああもう、ホーリーシットだ! 隔離するぞっ」
オールマイトの身長二百二十センチの巨体が疾風と化す。身軽な印象のあるイレイザー・ヘッドの最高速度すらも完全に凌駕した動きで、的確に彼は光るチンピラを掴んでは投げ飛ばしていった。数多のチンピラが突き抜けていったUSJのドームは、まるで幼稚園児が粘土細工で真似た笊のような有様となる。13号は泣いていい。
無辜の民が無邪気に信じているほど、オールマイトは完全無欠ではない。多くのものを守り切れず、求めれば求めるほどに取りこぼしてきた。それはきっと誰よりも、オールマイト自身が知っているだろう。その上で、誰もが安心するあの笑顔を浮かべるのだ。
彼は絶対にあきらめない。最後まで見捨てない。だからといって、ひとかけらも救われる気のない者が救われるわけがない。
だから光に包まれた脳無とチンピラたちは爆発する。自らの命と引き換えに周囲を損なわんと悪意が迸る。
雷の呼吸 漆ノ型――
金色に光る龍が、すべてむさぼり尽した。
爆風も衝撃も、もはや人ではない。ヒトを脅かす脅威である。ならば、猛り狂う龍の
「うおっ!?」
オールマイトさえ思わず注意を引かれるほどに、その威力は圧巻だった。余波の粉塵が辺りを覆うものの、生徒たちにも自爆しなかったチンピラたちにも怪我らしい怪我はない。
「一時の勝利と、つかの間の平和を抱いて眠っていろヒーローども。今回は負けておいてやる。だが、忘れるな。歪みは抑えたところでいつか弾ける」
そして、最低限にして最大の目的も果たされてしまったようだ。灰色の粉塵に混ざり漂っていた黒いモヤは渦巻き、指向性を持って死柄木を連れていく。
負け犬の遠吠え、と切って捨てるにはどこか不吉な響きを帯びた言葉を残し、敵連合の首魁とその側近は消えた。
もうちっとだけ続くんじゃ。
【雄英こそこそ話】
◆双天時雨・雷天
五加の“個性”はこれをやりたくてデザインしたらしいよ。
筆者はアニメの対兄蜘蛛戦で、善逸が呼吸の余波だけで人蜘蛛の山を吹っ飛ばす描写が大好きなんだってさ。
全体のバランスを鑑みてあえなくカットすることになったけどね!
◆個性『時限爆弾』
本作のオリジナル。
有機物を時限爆弾に変えることができる。
爆発の威力は爆弾に変えた対象の質量に比例する。
ただし生物の場合、対象が心から同意しないと効果は発揮されない。
起爆までの時間は最長三日まで、分単位で指定可能。
また、『爆弾』が生物の場合は起爆コードを設定でき、それを『爆弾』に聞かせることで即座に爆破させることもできる。