【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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 原作での戦闘訓練はチーム決めだけではなく、対戦相手も直前にくじ引き。つまり『直前になるまで誰と戦うのかわからない』状況を維持することで精神的な準備期間を公平に保つ意図があったと考えていますが
 クラス人数の変わった今作でそれをやるとさすがに煩雑になるので少し仕様を変えています。具体的にはチーム決めまではくじのままですが、あらかじめ「AチームVSBチーム」のように対戦の組み合わせは決まっている形式となります。


雷鳴と曇天 3

 

 

△ △ △

 

 

 屋内対人戦闘訓練。

 『(ヴィラン)』がアジトに『核兵器』を隠し持っていて、『ヒーロー』はそれを処理しようとしているというなかなかにアメリカンな設定(シチュエーション)のこの授業は、新米教師オールマイトのぎこちない運営の中にありながら優秀な生徒たちの発言が助力となり、それなりにつつがなく進行していた。

 基本的に二対二のチーム戦で行われるこの訓練ではあるが、今年度から二十二名になったこのクラスは四で割り切ることはできない。

 そのためくじ引きでランダムに決定されるチーム分けのうちIチームとJチームのみ三人編成となり、最後の訓練は計六人で行われる運びとなった。

 

 対戦中の四名以外の生徒は地下のモニタールームで試合展開を見学。見て考え意見を出し合うことを求められる。対戦順が最後の組になったとしてもじっくり作戦を練る時間があるわけではなく、この雄英高のヒーロー科に先生の目を盗んでこっそりチームメイトと作戦会議を行うようなセコい真似をする生徒もまたいなかった。

 (ヴィラン)チームが先に演習場に入ってセッティングし、ヒーローチームは五分後に潜入を開始する。この五分間が両チームにとって実質的に最初で最後の打ち合わせに用いることを許された制限時間だ。

 

 相澤の教育方針により、一年A組は初日のオリエンテーションを省略されている。よって話したことのあるクラスメイトはおろか、顔と名前の一致しない相手の方が多い。初日から友誼を結んだ相手以外はせいぜい、個性把握テストで目立っていたクラスメイトの容姿と“個性”を漠然と把握できていれば上出来だろう。

 

 プロヒーローは他事務所と現場で急増チームアップすることが多い。その際、事件が起きている真ん前でのんびりと自己紹介を始め、お互いの“個性”について把握し、しっかりとチームワークを構築してから事態に臨むことなど望むべくもない。

 将来を見据えた計らいと言えるが、やはり現実的な問題として五分は短すぎる。五加はそう思う自分を誤魔化しきれなかった。

 

「ぼく、機織五加。“個性”は『雷衣』。雷を衣のように人や物体に纏わせることができるよ。纏った当事者に悪影響はないけど、第三者が触れるとビリビリダメージ入ります。ゲーム風に言えばエンチャント・サンダーってところかな。そんな感じでよろしく」

 

 とにもかくにも各人のスペックを最低限は把握しておかなければ話にならない。自己紹介と“個性”紹介が一緒くたになった第一声は焦りの裏返しだ。

 さいわい、五加の配されたヒーローサイドIチームに爆豪のような性格的に問題のある人員はいなかったようで、素直に自己紹介を返してくれた。

 

「……障子目蔵。“個性”は『複製腕』。腕を複製すればパワーが上がり、感覚器官を複製すれば索敵がこなせる」

「轟焦凍だ。“個性”は『半冷半燃』。右で凍らせ……左は燃やす。だが、左側を戦闘で使うつもりはねえ。それで足を引っ張ることはないからよろしく頼む」

 

 むしろ個性豊か極まりないA組の面々ではトップクラスに協調性に恵まれたといっていいだろう。障子も轟も多弁な性質ではないため自然と五加がかじ取りすることになったが、男子のどちらとも独断専行を好むタイプではない。むしろチームワークが必要とされるならば合わせることが苦にならない性格の持ち主だ。

 

 第一戦で緑谷と爆豪が因縁バリバリのド派手な対戦を展開したため場があったまり、これまで活発な試合内容が続いている。場の空気と言うのは馬鹿にできないものだ。プロボクシングの試合でも序盤からKOが続くと、不思議と最後までその日はKOで試合が決まる展開になることが多いという。

 この最終戦も制限時間の十五分間、気を抜くことが許されない全力のぶつかり合いになることが予想された。

 

「ねえ、轟くんってもしかしてエンデヴァーの関係者だったりする?」

「……だったら何だ?」

 

 ぴりっと空気が緊張する。

 物静かだった印象から一転、轟の瞳に渦巻くどす黒い光を見た五加は意識して表情と口調が変わらないよう努めつつ、慎重に言葉を続けた。彼女としても初日の爆豪でやらかした二の舞はこりごりである。

 

「トップヒーローはメディアの露出が多いからさ。どんな“個性”で戦闘スタイルなのかっていうのはざっくりとでもイメージできる。そしてざっくりしたイメージでも共有できれば、連携は格段にやりやすくなる。

 №2ヒーロー“エンデヴァー”と№3ヒーロー“凍柱(いてばしら)”が親戚関係にあるのはファンの間では有名な話だし、その流れでエンデヴァーの子供がどんな“個性”の持ち主なのかって連想もできるよね。だから、参考にできればなって」

 

 他意はなかったけど、気を害したのならごめんね? と謝罪で結んだ五加に、轟の表情からも険しさが消えた。

 

「いや、こちらこそすまねえ。

 たしかに俺の親父はエンデヴァーだ。母の弟、つまり叔父が凍柱になる」

「やっぱり! その格好(コスチューム)って凍柱のリスペクトだよね? 戦闘スタイルも踏襲しているの?」

 

 ヒーローはそのルーツをアメリカ合衆国に持ち、ロードアイランド州で制定された『ロードアイランド新州法』が世界最初のヒーロー公認制度と言われている。

 その影響なのかヒーローネームはたいてい横文字(カタカナ)であるし、コスチュームも前時代のアメコミを連想させるデザインのものが多い。

 

 そんな中、轟のコスチュームは白と臙脂(えんじ)の二色で染められた羽織に袴という和装。サポートアイテムである一対からなるスモークシルバーの鉄扇には蓮華の花が刻印されている。

 これにはヒーローオタクの緑谷でなくても『和』のテイストを前面に押し出した数少ないヒーロー、凍柱を連想するのは難しいことではないだろう。配色こそ異なるが、もはや色違いくらいしか差異が無いほどデザインも似通っている。

 

「いや、リスペクトっつか叔父が入学祝に一式贈ってきたんだ。トップヒーロー御用達だけあって性能がいいからサイズだけサポート会社に微調整してもらった。

 あと親父は母方の家と折り合いが悪くてな。叔父と話したのも、手ほどきを受けることができたのも、数えるほどしかない。ただ、“個性”の遣い方はいくらか参考にさせてもらっている」

「なるほどなるほど」

「……それで、どうする?」

 

 話が一段落したと見た障子が口を挟む。

 彼は饒舌ではないがコミュニケーション能力が低いわけではない。適切な場面で口を開いて己を話し合いの場に馴染ませるのも、逸れそうになる軌道を修正するのも、立派な能力のひとつだ。

 

「まず障子くんに索敵してもらって、そのあとに轟くんが冷気で範囲デバフ。いけそう?」

「敵の位置さえ大まかに分かればあとは俺が決める。あのサイズの建物ならまるごと範囲内だ」

「おっけ、じゃあ任せた」

「……了解した」

 

 五分という短い制限時間の中で、話し合いは順調に進んでいった。

 

 

 

 一方で。

 順調に進むチームがあれば、もちろんそうはいかないチームもある。

 

「それって刀だろ。どこの流派なんだ?」

「えっとー、“全集中の呼吸”の一派、“雷の呼吸”ってやつ」

「……」

 

「へえ、聞いたことのない流派だな。古武術のたぐい?」

「んーああ。俺もじいちゃんに教わったけど、俺以外の遣い手をまだ見たことが無い。もしも尾白が他に“全集中の呼吸”の遣い手を見かけたら、教えてくれると嬉しい」

「そうなのか。わかった、おぼえておくよ」

「…………」

 

「我妻の“個性”って増強系でいいのか? 昨日の個性把握テストじゃけっこういい成績出してたよな。五十メートル走なんて飯田よりいい成績(タイム)だったし、瞬発力が高いタイプ?」

「まあそんな感じ。いつもは耳だけが強化されているけど、任意で全身に強化を廻せるタイプだって診断された」

「へぇ、じゃあ索敵もいけるのか。もっと人数がいれば遊撃を担当してもらうんだけどなあ」

「つっても俺ら飛び道具持ちがいないし、尾白も俺も前衛張るしかないだろ。二人で向こうの意識を引き付けているところに、透ちゃんにテープ巻いてもらう感じになるか」

「そうだな。葉隠さんもそれでいい?」

「…………うん」

 

「にしても我妻とちゃんと会話が成り立ってよかったよ」

「ちょっとどういう意味それ! 俺だって年がら年中叫びまくっているわけじゃないから!?」

「そうそう、そんな印象だったからさ。ははは」

「……」

「は、はは……」

「…………」

「………………」

 

 くじ引きでヴィランを配された葉隠、尾白、そして善逸三人によるJチームには微妙な空気が漂っていた。

 原因は言うまでもなく、葉隠と善逸の間にある不和だ。

 

 もちろん葉隠は個人的な感情で、自分のみならずチームメイトたちの成績を落とすような考えなしで陰湿な性格の持ち主ではない。性格ではないのだが、チームワークとコンビネーションは似て非なるものだ。

 二人組ならばただ話し合えばいい。しかし三人いる場合、共通の話題を的確に進めようと思えばどうしても音頭をとるリーダーが必要となる。

 この場にいるのは雄英高のヒーロー科所属という、同年代の平均から大きく群を抜いてリーダーシップに富んだ人材ばかりだ。しかし個々人を見た場合、尾白はその人の好い穏やかな性格からやや積極性に欠け、葉隠は明るく積極的なもののパッションに寄り過ぎ理論的に要点を整理し短時間で方針をまとめるというのには不向き。そして善逸は言うに及ばず。

 ヴィランチームは五分間と言うアドバンテージを活かしきれないでいた。

 

 もちろん真っ先に、それこそ初日に善逸は葉隠に入試での一件について謝罪している。善逸の主観では葉隠は入試で巨大ロボットから守ってくれた命の恩人であり、気が付けばセクハラを働いていた自分の被害者なのだから。

 しかしそうやって手を尽くせば尽くすほど、彼女から聞こえる“音”との掛け違いが大きくなるようで善逸を苛ませる。

 だが、それでもここにいるのは倍率300倍を潜り抜けたエリートたち。偏差値79は伊達ではない。絶妙なチームワークを発揮できずとも、何だかんだと打ち合わせをし態勢を整えていく。

 

 戦力の逐次投入からの各個撃破は最も悪手だと、第一戦で爆豪が身をもって教えてくれた。ゆえに尾白と善逸は並んで前衛を担当し、『透明化』を活かした葉隠が確保テープで不意打ちする。三人とも罠に関するスキルの持ち合わせが無かったので、罠は張らずに直球勝負。五分の準備時間は打ち合わせと、核兵器(ハリボテ)の配置で全消費だ。

 作戦とも言い難い単純なものだが、もともとこの演習はヴィラン側に非常に有利なゲームバランスだ。勝利を目指す姿勢を崩すわけではないが、互角に状況を展開させれば十五分のタイムアップでヴィランチームの勝利となる。

 そうやって準備が整って、不意打ちのために手袋とブーツを脱いでいた葉隠が、ふと言った。見通しが立って抑えていたものが、緩んで零れてしまったかのように。

 

「……ねえ、本当に憶えてないの?」

「えっと」

 

 不満、悲しみ、そして善逸にはなじみのない切ない音色。

 葉隠から聞こえる“音”に、真摯に応えたくとも善逸にはその材料がなかった。

 五分は長い時間ではない。

 演習が始まる。

 

 凍結術 ()蓮華(れんげ)(つづら)

 

「透ちゃんあぶないっ!」

 

 考える前に体が動いていた。ゆえにその一刀は怯懦が足を引っ張ることはなく、限りなく素に近い実力にて放たれる。

 抜き放つは『双天時雨』が表の顔『曇天』。刀とは名ばかりのこの形態には()が付いておらず、頑丈さを優先している。やや重めの刀身は打撃武器としての威力を高めるほか、特殊セラミックと記憶形状合金で構成された刀身は過剰な衝撃を吸収する機能も有する。殴った相手に過剰なダメージを与えないと言い換えてもいい。

 

 すべては善逸の唯一にして最大の武器、ともすれば木刀で丸太を両断することも叶う殺傷力の壱ノ型を、忌憚なく全力で振るえるようにするために。

 これはヒーローとして歩む善逸のための刀である。

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・三連

 

 三つ連なるはずの音がひとつに重なるそれはまるで雷鳴。その場にいる葉隠や尾白のみならず、カメラ越しに試合を見学している者たちさえ雷光が迸るのを幻視した。

 

 雷と冷気がぶつかり合い、弾ける。

 

 葉隠を庇う位置で放たれた連撃は五階建てのビル一棟(対戦ステージ)丸ごと凍てつかせんとしていた冷気を切断し、安全地帯を鋭角に切り取る。ビル全体の気温が急低下することは避けられなかったが葉隠には霜一つなく、善逸と尾白はいくらか氷に覆われたものの動きに決定的な支障はない。

 

「大丈夫だった、透ちゃん?」

「う、うん……」

 

 善逸は黄色の着物を脱ぐと、そっと葉隠の肩にかけた。その動きに躊躇は無かった。

 

「これ、着ておいてくれ。あとブーツと手袋も。この寒さじゃあ素手で触ると張り付いて皮膚が持っていかれかねない。今は不意打ちよりも体温の保持につとめて。ああ、(ヤロー)は自分でなんとかしろよ」

「はは、信頼の証と受け取っておくよ……冷気って斬れたんだな。俺もまだまだ修行が足りない」

 

 苦笑しながら尾白も自身に張り付いた氷を剥がしにかかる。

 

「じゃあ、いってくる」

 

 善逸は凍り付いたビルの床を蹴った。

 戦力の逐次投入は愚策。それは変わらない。

 しかしこの恐ろしいまでの広域殲滅力。どれだけ連射が利く? 次があるとすれば、どれほどの間隔で飛んでくる?

 わからない。わからないのなら誰かが動かねばならない。相手に悠々と次の大技を撃つ猶予(タメ)を許す。それだけはありえない。

 そして『誰か』は必然的に、“音”により凍結の前兆を察知することができ、冷気を切り払うことができる善逸が最有力候補となる。

 間違いなくベストではないが、それでもワーストを避ける選択肢を選ばなければならない。世の常であった。

 

「あ、あのっ!」

 

 善逸の背中に向けて葉隠は必死に声を張り上げた。

 コスチュームの背中に染め抜かれた『滅』の文字が、あざやかに葉隠の目に焼き付く。

 

「ありがとう!」

 

――ずっとあなたに伝えたかった言葉。

 

「がんばって!」

 

 きっと意味は満足に伝わっていない。でも、たしかに言葉は届いたはずだ。

 なにせ彼の耳は、とてもいいらしいから。

 ほら、振り向いてくれた。

 

「うん、おれがんばるよ!!

 うっひょおお可愛い女の子に応援されちゃった! しあわせ、俺もうしあわせっ。顔を交換しなくても元気百倍くらい余裕!

 体がかるいっ、こんなの初めて!! もう負ける気しないぜいっくぞー!!」

 

 ……最後まであれで通してくれたら、本当に格好良かったんだけどなぁ。

 

 

 

「……我妻は健在なようだ」

「うん、ぼくも聞こえた。五階建てのビルをぶち抜くような大声を訓練中に出すようなアホな幼馴染でほんとうにごめんなさい」

「? お前が謝ることじゃないだろ。葉隠と尾白はどうだ?」

「片方の、動きはにぶい……たぶん葉隠だな。あのコスチューム(全裸に手袋とシューズ)だ。この極寒の環境じゃセミリタイアだろう。

 もう片方は我妻ほどではないが、しっかり動いてこちらに向かっている。四階の広間から移動……階段を使って入り口を目指している。これが尾白か」

 

 初手の範囲殲滅で勝負を決めるという理想形には成らなかったが、いまだにアドバンテージはヒーローチームが握っている。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。善逸と五加はお互いにお互いの手の内を熟知しているし、葉隠と尾白はその外見からどのような“個性”を持っているのか推測しやすい。中には常闇のように明らかに異形系の外見ながら『黒影(ダークシャドウ)』というバリバリの特殊系統の“個性”の持ち主も存在するが、そこは五加が昨日の個性把握テストで誰がどのような系統なのかをざっくり頭に入れていた。

 鎹鴉の前世を持つ彼女にとって、情報が武器であるという認識はもはや魂に沁みついた第二の本能であるから。

 

「できれば最初の一手で善逸は行動不能(リタイア)させておきたかったなぁ」

「そんなに強いのか?」

「変則的なスロースターターでね。スイッチが入っちゃえば同級生じゃ勝負にならないと思うよ」

「へえ……」

 

 すっと轟が目を細める。

 わざわざ五加は『同級生』と比較対象を明言した。つまり、今日この対戦までに行われたA組の試合内容を見て、センスのずば抜けた爆豪、時間さえあれば万能の八百万、中距離にて高次元の戦闘力を有する常闇といった強“個性”の面々を差し置いて、なお善逸が上だと判断したということになる。

 爆豪は極端な例にしても、負けん気の弱いやつが雄英高に志望するわけがないのだ。

 

「冷気を捌いたのも我妻か?」

「たぶんね、斬ったんだと思う。打ち込み台の丸太を木刀で切断したのを見たことがあるよ」

「風を切る音……? 窓から飛び降りた……! 来るぞっ」

 

 索敵を継続していた障子の警告に、即座に轟が反応する。

 一年生の、それも初回の演習に使われるだけあり建物の見取り図はそう複雑なものではない。自身たちは階段を移動中。窓を入り口と換算しても、壁を壊しでもしない限り侵入ルートは限定される。

 南の廊下側の窓が割れる音。轟の脳内で想定していたひとつのルートと未来予想図がガッチリ噛み合った。

 

 凍結術 ()(ぐもり)

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・五連

 

「!」

 

 読み通りだった。相手の力量を警戒し、直接ダメージを与える技ではなく動きを封じる技を選んだ。

 

 それすらも純粋な速度で凌駕された。

 

 狭い室内を満たす氷の霧が縦横無尽の雷光に切り裂かれる。

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・(とおし)

 

「ふぎゅ」

 

 真っ先に狙われたのは五加。

 階段という不安定な足場をものともせず、それどころか手摺りや窓枠さえ足場に活用しながら善逸は跳ぶ。比喩抜きの目にもとまらぬ一閃が彼女の頭部すれすれを振り抜かれた。

 五加の『雷衣』は対処法を知らなければ近接型にとって天敵と言ってよい性能だ。いちど付与されてしまえば長時間持続し、その間に触れた者は感電してしまう。ダメージそのものは大したものではないとはいえ、人間が電気信号で動いている以上感電の麻痺や弛緩は戦闘中には致命的。

 遠距離攻撃手段を有していなければ対策は絶縁体によるごり押しや、込められた電力をすべて使い切るまで攻撃し続ける、あるいは五加の意識を落として強制解除に持ち込むなど、かなり手が限られてしまう。

 善逸が狙ったのは最後の強制解除。曇天の鈍器としての性質を利用し、空気を切り裂くのではなくあえて衝撃を弾き出すように振り抜いた。ライフル弾が直撃せずに至近を掠めるだけでも金属バットで殴られたような衝撃を受けるのと同じ理屈である。

 これもまた善逸が工夫と試行錯誤の末に編み出した、極力相手を傷つけないヒーローとしての武器だ。

 

(善逸ってフェミニストだから訓練じゃあ女の子に手を上げないんだよねぇ。完全にぼく女の子扱いされてないなぁ)

 

 ダメージの酩酊感で思考が明後日の方向に迷走しつつ五加の意識が落ちる。同時にぱちぱちと轟と障子、そして五加の表面でうっすら輝いていた黄色い膜が消滅した。

 

「なるほどな。さっきからの爆音、それが正体か」

 

 演習の全体像を見ることができるのは地下のモニタールームで見学している者たちだけであり、さらに音声を聞くことができるのは教師だけである。

 嵐の中の雷鳴と聞き違うばかりの轟音。はたしてそこに込められた威力はいかばかりか。少なくともヒーロー志望の、身体を鍛えていたであろう少女が、一撃で白目を剥いて倒れるのを間近で見させてもらった。

 すっとこめかみに汗が流れるのを感じながら、轟の目は五加の手首に確保テープが巻かれているのを確認する。これで五加は『捕らえた』扱いになり、この対戦は再起不能(リタイア)だ。

 この最終戦のみ例外的に3 on 3だが、他のツーマンセルのチームならば戦力半減の大失点だ。……左を封じても圧倒できるつもりだった。炎など使わなくても通用するのだと証明する、いや証明しなければならない最初の一歩だった。轟の奥歯がぎりと音を立てる。

 

「その速度があんなら、わざわざぶちのめさなくてもテープだけ巻きゃよかったんじゃないのか? 幼馴染なんだろ」

「無いとは思ったが込められた電圧によってはテープの方が焼き切れたからな。仮に確保に失敗しても『雷衣』は剥がしておきたかった」

 

 精神を立て直す時間を稼ぎ、同時に強敵の情報を少しでも探ろうとする轟の会話に乗る善逸も実は彼らから見るほど余裕はない。

 掠めたときに少しくらってしまったらしい。手がしびれている。指先の微妙な感覚を取り戻すまでにどれほどかかるだろうか。

 

 両者の利が一致したことにより生じたわずかな停滞。次手の差を分けたのは実戦経験の有無だった。

 実戦は万全な状態で戦える方が珍しい。那谷蜘蛛山のときは毒で手足が痺れ制限時間があった。無限列車のときは乗客を守りながら戦わねばならなかった。遊郭では夜の街の濁りに潜む鬼を見つけ出さねばならず、開戦時は仲間との連携も装備もお粗末なものだった。

 いずれも眠った状態の戦闘。文字通りの夢うつつの経験だったかもしれない。それでも善逸にとって、もはや指が痺れる程度では停滞し続ける理由にはなりえない。

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・六連

 

「速えな。だが――」

 

 凍結術 蓮葉氷(はすはごおり)

 

「対処できないほどじゃねえ」

 

 凍結術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 鉄扇を一振り。無色透明な蓮華が咲き誇り、肺の底まで凍てつく冷気を芳潤に香らせる。

 羽織の裾が翻る。蓮華の蔓が指向性をもってまるで触手を伸ばすように善逸へと殺到する。

 室内に生じた温度の無い極楽浄土の化身。

 しかしその幻想的な造形は繊細かつ緻密に“個性”がコントロールされた殺傷力の裏返しだった。

 

 




【雄英こそこそ話】
Q.轟家の家庭問題に凍柱さん介入しなかったの?

A.???「それがさ。家庭問題にお前を介入させるのは、野犬を追い払うために鬼を呼び込むようなものだって、両家の人間が口を揃えて言うんだよなあ。流石にその状況じゃ俺も無理やり首を突っ込むようなマネはしないよ。
 ひどい話だよな。野犬にだって人は噛まれたら死ぬんだぜ? 命は大切にしないと」



まだまだ続くよ戦闘訓練!
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