【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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いつもお気に入り登録、評価、ここすき、誤字脱字報告ありがとうございます。
10点や0点をいただいているのに、なんで評価コメントが無いんだろうと不思議に思っていたのですが、まさかうっかり評価コメントを「なし」に設定していたとは……。
せっかくこの作品でも評価10や評価0をいただいているのに、その理由を知れないなんて勿体ないことをしました。「0」に設定し直しておきました。

それにしても本人が直接出てきたわけじゃないのに感想欄が凍柱様一色になったのは笑いました。
コメント数も平均のトリプルスコア以上に跳ね上がりましたし。さすが№3ヒーローです。
いきなり数が増えすぎて返信が追い付いておりませんが、ちゃんと全てにありがたく目を通させていただいております。



戦闘訓練決着です。


雷鳴と曇天 4

 神速の居合。たしかに苦しめられた。速さを想定してなお速度で凌駕するなど並ではない。雄英高のアベレージを舐めていたと轟は自戒する。

 しかし抜刀術である以上、その動作の起こりはあまりにもあからさまだ。納刀し、前傾姿勢。予備動作(タメ)がわかり、完全には追いきれないまでも軌道を一度ならず見て、それで対処ができないほど轟は(ぬる)くはない。

 

『やめてください! まだ五つですよ……』

『もう五つだ! 邪魔をするな!!』

 

 よみがえる記憶。彼の経験値は、血肉に刻まれた修練は伊達や酔狂ではない。証明せよと、今も彼の奥底でどす黒く煮えたぎり続けている。

 たまらず空中で身を翻し回避する善逸。空中から回避を成功させたのは見事の一言だが――

 

「間合いだ」

「くっ!」

 

 鉄扇が善逸を襲う。

 剣術と居合術は多くの場合、別のものとして区分される。用途も用法もまるで別物、納刀したままでチャンバラはできない。そういうことだ。

 切り払う場面が無いわけではないが、霹靂一閃が主体である善逸は剣道のように『武器で打ち合う』ことがほぼない。対処は防御(ガード)ではなく回避(イヴェイド)が主体となり、手札が減ればおのずと可能性もやせ細る。

 

 舞い踊るように流麗な轟の動き。

 扇と聞くと武器として捉えづらいが、鉄扇はなかなかどうして強力な防御向きの武装だ。轟が用いる一対の鉄扇はヒーロー御用達のサポートアイテム。鋭利な刃がついているなどということはなく、攻撃力という点では刀に明確に劣るが支障はない。

 鉄扇の軌道に次々と蓮華の花が開いていくのだから。

 

 凍結術 散り蓮華

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃・八連

 

 猛吹雪と雷光が絡み合う。

 一種の拮抗状態が成立している傍で、障子は二人の戦いに介入することなく黙って見ていた。マスク越しにも白く吐息が上がるのは、彼の内面の熱が零れたからか。

 

「…………」

 

 障子は索敵役だ。ヴィランチームに数の利がある現状、轟が善逸相手に優勢にことを運んでいるのなら不意打ちを防ぐためにバックアップとして備えるのは戦術的に間違った選択とは言えない。

 しかし、誰が何と言おうと障子だけは状況を誤魔化そうとは思わなかった。備えているのではない。ただ単純に介入できないのだ。

 

実力(レベル)が違い過ぎる……!)

 

 慰めでもなんでもなく客観的な事実として障子は雑魚ではない。

 異形系の“個性”を有する彼は身長187センチと体格に恵まれており、相応に身体能力も高い。また“個性”『複製腕』は高度に応用が利き、索敵に使えば五階建てのビルの内部から何階のどの部屋に何名いるのか察知可能であり、攻撃に使えば540キロの握力からパンチが放てる。触手に被膜を張り巡らせて滑空すれば機動力だって確保可能だ。

 さらに精神面でも仲間のために体を張ることを厭わず、行動力も高い。まさに高次元のオールラウンダーと言える。

 

 それでも、対人能力の経験値に差があり過ぎる。

 ただそれだけの理由で木偶の坊のように立ち尽くす羽目になる。

 技量とは残酷だ。よほど才能に差がある特例中の特例を除きやった分だけしか上達しないくせに、努力すれば報われるとも限らないのだから。

 

 足音が背後から迫るのを複製した耳が感知し、勢いよく扉が開け放たれる。

 

「っとお、派手にやってんなー。とはいえ俺もただフォローされっぱなしってわけにもな! 悪役(ヴィラン)らしく仲間を人質にとって、我妻の支援のお返しといきますか」

「……きたか」

 

 ヴィランチームの新手、尾白の登場に障子の頬がわずかに吊り上がってしまう。

 このビル内部に階段は一か所しか存在しておらず、善逸と轟の主戦場となったことで事実上の通行止め。しかしそこは天下の雄英高。忠実に市街地を模倣された演習場はしっかりとビル外部の非常階段まで再現されている。

 尾白がどうにか背後を突こうと外回りで地上まで降り、再び入り口から侵入したのを障子はしっかり探知していた。

 尾白は空を飛べるたぐいの“個性”ではない。非常階段という不安定な足場にいる際に、たとえば非常階段ごと破壊するような攻勢を仕掛ければ有利がとれていたかもしれない。その上で障子は階段からそう離れていない室内で待ち受けることを選んだ。

 

 セミリタイアとはいえ健在な葉隠の不意打ちを防ぐため?

 それもお題目としてはアリだろう。

 

 障子はいざというとき仲間のため自らを盾にできる男だ。

 自己犠牲はヒーローの大前提。そういう意味で、彼はまさにヒーロー向きの性格といえる。縁の下の力持ちを腐らずに率先することのできる行動力とそれを支える己が力量への自負の持ち主だ。

 しかし、その上で。あの戦いを見て何も思わないといえばウソになる。漢の青臭いプライドが、俺だってやれるのだと叫んでいる。

 どれだけ献身と協調性を持ち合わせていようと、サラリーマンがてら休日にボランティアで町内清掃を行う。そんな未来で満足できなかったから倍率300倍などという無理無茶無謀に挑んだのだ。

 

 俺だって主人公(ヒーロー)になれる。端役(モブキャラ)なんてまっぴらごめんだ。

 

 困ったように笑う尾白を見て、相手も同じように感じて、自分の中身もそっくり覗かれているのがわかった。ならばもう取り繕うまい。

 衝動的欲求と上手く付き合えるほど高校生は大人ではないのだから。未成年(クソガキ)万歳、馬鹿な男(クソガキ)万歳。

 

「……ふんっ!」

「ゼアッ!」

 

 右側の触手を統合し、ゴリラ並みと称される腕力で放った一撃は回避ではなく一歩踏み込んだ尾白の腕に完璧にブロックされた。

 鍛え抜かれた肉体に、刻み込んだ武の理が合わさった動き。ヒーローコスチュームがカラテ・ドーギを模しているのは伊達ではない、というところか。

 

 尾白は地味な男だ。

 一学期が終わってもうっかり名前を覚えることができず『えっと、名前どういう漢字で書くんだっけ? 自信ないから自分で書いてくれない?』と打ち上げリスト作成の際にクラスメイトに対処されそうなほどに存在感が迷彩塗装な男だ。

 “個性”も尻尾が生えているだけというとことん地味なものだ。爆発しない、炎とか氷とか出ない、物理法則に喧嘩を売る理不尽な超パワーが発揮できるわけでもない、尻尾が途中から三本に増えたりなんてこともない、ただ人間が進化の過程で切り捨てていた器官が再発したような、ともすれば超常社会到来前でも先祖返りで確認できそうな“個性”だ。

 

「ぜりゃああああ!」

「ハアッ!」

 

 それでも彼は12000人の上に立ったからここにいる。

 尾白の尻尾は太い。尻尾と聞いて想像されるそれの十倍は太い。まるで抱き枕のようなサイズだ。

 ときに『足は腕の三倍の力がある』という与太話を聞いたことがあるだろうか。実際にはパンチは脚力を含む全身の力を束ねて撃つのに対し、キックは人体の構造上どうしても片足というバランスの欠いた姿勢にならざるを得ないので単純に比較できず、格闘技という観点で見れば与太話以上の何物にもなりえない。

 だがいちおうは、鍛えていない成人男性の場合自身の体重の三分の一を持ち上げることができれば力持ちの部類であるのに対し、ジャンプは誰でも片足でだってできるのだから、表層上だけざっくりとらえれば『三倍以上』と見ることもできるだろう。

 

 尾白の尻尾は太腿よりなお太い。尾白の尻尾は足よりなお長い。尾白の尻尾は筋肉のカタマリである。

 それが振り回されることはすなわち、ざっくりパンチの三倍以上の筋力から放たれる一撃が、キックとは比べ物にならない安定感の上に、キック以上のリーチから繰り出されることを意味する。

 尾白に派手さはない。だが全身を鍛え、武術を修め、尻尾のある尾白には欠点らしい欠点もない。

 障子とは別方面でのオールラウンダー。それが尾白という男である。

 

「チェアアッ!」

「ぐぅっ……!」

 

 理にかなった一撃は受け止める以外の選択肢を与えない。片腕では足りぬ。そう悟った障子はすべての触手を腕力強化に回して尻尾の一撃を受け止めた。

 それでも骨身に響く衝撃。彼が体躯に優れた異形系でなければガードの上から押しつぶされていたかもしれない。

 

「ぐ、くくく……」

「ふ、ふふ」

「ははは」

「はははは!」

 

 闘争を楽しむなど、ヒーローとしては恥ずべきことなのかもしれない。

 だが、楽しい。笑いが堪えられない。

 今の自分たちに小規模な氷河期を再現することも、そのミニサイズとはいえ天変地異を刀一本で両断する無茶も、成し遂げる力量はない。

 下を見て安心する暇など無い。“Plus(さらに) Ultra(むこうへ)”。この学校の校訓だ。絶えず目の前の障害を乗り越え続けなければ現状維持さえここでは許されない。

 わかっている。わかったうえでそれでも楽しい。鍛え抜いた己の強さが通用する歓びよ。全力を振り絞り、それでもなお受け切ってくれる好敵手よ。

 

 氷造りの蓮華が咲き誇る余波で室内の温度はどんどん下がっていき、いまや業務用冷凍庫もかくやといった有様だ。そこら中に降りた霜が闘争の余波で削れる。衝撃で落ちた氷柱(つらら)が踏みにじられ、ぐちゃぐちゃの泥水と化す。

 寒さをものともしない男二人の闘気がもうもうと湯気になって立ち昇る。瞬きすら許されない。集中しなければ勝てない。相手のわずかな挙動から次の動作を予測して――

 

「えい」

 

 するりと障子の胴体に何か巻き付いた。

 

『確保証明を確認。障子少年、きみはそこで再起不能(リタイア)だ!』

 

 存在が頭から飛んでいた無線機越しのオールマイトの勧告が、最高に楽しかった闘争の終わりを再確認させた。

 肩で息をしながら、問いかける。

 

「気づいていたのか?」

 

 この極寒の中、最低限の装備だけで再び飛び込んできた葉隠に。

 尾白は眉を下げながら、白い息を途切れ途切れに吐き出した。

 

「正直確証はなかった。でも、きっと来てくれると信じていた」

「あったりまえだよ! わたしだってヒーローなんだから。いまはヴィランだけどっ」

 

 ぶんぶんと見えない手が上下に振られる感覚。

 

「……ヒーローである己を、ひとときでも忘れたがゆえの敗北か」

 

 悔しい。この冷気を感じなくなるほど臓腑が煮えくり返る。だが、順当な結果であると受け入れることはできた。

 

 

 

 轟は優秀だった。善逸と切り結びながらなお視野の広さを確保していた。

 だから知覚してしまった。もはや状況は三対一、残るヒーローチームは己だけだという事実を。

 

 負けるとは思っていなかった。苦戦さえも予想の範疇外だった。ただいかに勝つかのみを考えていた。

 負ける? ()を封じたこの状態で。

 

「っ」

 

 それだけは許容できない。あの男の言うとおりに、右だけでは通用しないと証明してはならない。

 それは衝動だった。それは叫びだった。繊細な蓮華の造形が崩れ、ただの氷として放たれる。

 

「おげえええ! そんなのってありぃ!?」

「くっ」

「うわっ、つめたーい!」

 

 それは戦闘において隙となりうるものであり、彼の才能(ポテンシャル)はそれを反転させた。

 駄々っ子のように(つたな)く放たれた氷の津波は、その単純さゆえに対処不能の質量兵器となってフロア全体を埋め尽くす。まるで対戦開始時の初手の再現であったが、密度は比ではない。外部から見てもわかるほどに、戦場となっていた階の上下含む三フロアはみっちりと氷で埋め尽くされた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 限界を超えた反動で冷気が内側から彼を蝕む。右半身を起点に霜が降り、がたがたと震えそうになるのを轟は歯を食いしばって堪えた。

 かろうじて最低限の理性が働いていたのか、ぎりぎりヴィランチームの三名は氷塊に気泡が混ざるようなかたちで頭部が氷から露出していた。轟以外のヒーローチームも巻き込まれているが、こちらは半身が氷漬け程度で済んでいる。

 

『……あー、動けるかねヴィランチーム?』

 

「むーりー、さーむーいーってかいーたーい」

「いやいやいや無理に決まってるでしょこんなの! なにこれチート!? はやく透ちゃんが風邪ひく前に救助してあげてくださいお願いしますっ」

「……ギブアップします」

 

『OK! ヒーローチーム、WIIIN!!!』

 

 借り物(あこがれ)の力を投げ捨てて、とっさに振り回した暴力(さいのう)で轟は勝利した。

 勝利してしまった。

 

「…………くそっ」

 

 単騎に追い込まれてからの逆転。字面だけは華々しいその栄光に、誰よりも轟が納得していなかった。

 

△ △ △

 

 

 総評。

 

 MVPは轟だった。まあ妥当な評価だな。

 最終戦は、轟という大駒の動きにヴィランチームが、あるいはヒーローチームの他の面々も始終翻弄される展開だった。

 

 最初は人道的配慮だったのか的確に動けなくなる程度に抑えられた凍結だったけど、あれが最後の氷の津波なら初手で決着がついていただろう。

 手加減が可能なほど卓越した実力と“個性”。さすがA組の中でも随一に強者の“音”をさせているだけある。その上イケメンだし。けっ。

 氷の津波については味方も巻き込んだ点が減点対象となったが、尾白も言っていた通り確保された仲間というのは往々にして人質(あしでまとい)になる。そういう意味では氷で物理的に隔離するのは悪手ではなかったし、ずっと氷漬けならともかく轟は左の炎で融かすことができる。普通は燃やすか凍らすかどっちかなのに強すぎだろホント。

 つまり凍結は自力で解除可能。仲間が負う被害は命にかかわるようなものではなく、せいぜい軽い凍傷だ。その程度ならじゅうぶん許容範囲のコラテラルダメージであると、オールマイトは評価した。

 課題は強すぎるあまり仲間と十分な連携がとれていなかったことだなんて、けなしているのか褒めているのかわからない具合だったのに、轟からは嬉しそうな“音”がいっさいしなかった。

 疲れているのか虚ろな、どこか呆然自失とした具合だったけど。聞こえてきたのは苛立ち、焦燥、失望、などなど。あの出来で満足してないなんて、努力できる天才はこれだから。ぺっ。

 

 障子は今回の陰の立役者だ。こいつがしっかりビルの内部の様子を把握していたからこそヒーローチームは始終アドバンテージを握ることができた。

 ただ、轟という強力過ぎる味方がいたせいで中盤以降は攻めが荒くなってしまった。周囲から指摘されたし、本人も納得しているようだ。

 できた隙を尾白と透ちゃんに突かれて確保されてしまったわけだけど、あれは尾白と透ちゃんが上手かったと言える。

 

 その尾白と透ちゃんの評価もそこまで芳しくない。

 尾白は障子の『複製腕』を攻撃に専念させ透ちゃんを知覚できなくした誘導の手腕を、透ちゃんはあの極寒の中をあえて最低限の装備で確保に走った姿勢を、それぞれ評価された。

 でもそれはあくまで『轟という圧倒的強者の影響下で、かろうじて一矢報いた』だけだ。新米教師オールマイトは表立ってそう口に出すことはなかったものの、誰よりも彼ら自身がそれを強く意識していたように思う。

 個人的には透ちゃんのガッツを万の言葉を尽くして絶賛したい。

 

 透ちゃんはコスチュームの改善が課題として指摘されていた。現状の手袋とシューズだけという格好では炎や氷はおろか、そこらの草藪を歩くにも支障が出る。今回の演習だって窓ガラスが割れていれば万一があったかもしれない。

 たしかにあの刺激的な格好は正直幸せの極みだけど、俺も何か工夫が必要だとは思う。可愛い女の子に喜ぶことができるのは、その女の子の安心と安全を確保してからだ。全力を出すときは服を脱ぐんじゃなくて、服を着たまま全力を出せるようにしてほしい。迷彩だとか透明な素材だとかで。

 

 五加は序盤、ヒーローチームの作戦立案と指揮を担当していたらしい。さすがコミュ力強者。

 コイツ自身の動きにそこまで落ち度という落ち度はなかったものの、やっぱり最初に落とされたのが減点対象だ。まあ単純な実力差でやられたわけだし、地道に修行するくらいしか改善案が無いだろう。

 

「なに他人事みたいに言ってんだよー。ぼくだってもう少し身長がほしいよー」

 

 蹴られた。理不尽。お前の身長が去年からミリ単位でしか伸びていないのは俺のせいじゃないだろうに。

 がんばれ。しのぶさんだって鬼殺隊の中じゃ下から数えた方がはやいくらい小柄だったのに“柱”になったんだから。

 ……当時じゃ平均身長はあったはずなのにね、あのひと。鬼殺隊の平均身長が大正時代より現代のそれに近いのは、“全集中の呼吸”が発育に関係しているとかなのだろうか?

 

 そんで俺だ。

 最初に冷気を切り払ったのは驚くくらい高評価だった。ついでに冷気を斬ったのが“個性”ではなくただの技術だってことにクラス中から驚かれて思わず笑ってしまった。

 そりゃ驚くか。俺だって最初に言われた時はビビったもん。舞い落ちる木の葉を切れだとか、木刀で丸太を切断しろだとか、真剣になったら今度は岩を両断しろだとか。

 『刀が折れやすいって最初に言ったのじいちゃんじゃん! 刃物ですっぱり岩が斬れたら石工は苦労しないって。ついにボケた!?』とかわめいてじいちゃんにボコられたのはいい思い出だ。いや、別にいい思い出ではないか。

 

 聞くところによると炭治郎も最終選抜にいくにあたって岩の両断を課題として出されたらしいから、あれは育手共通のカリキュラムだったのかもしれない。

 実際、岩を斬るっていうのは雑魚鬼の首を安定して斬れる目安で、血鬼術を使うレベルになると斬鉄できるだけの技量は欲しい。俺は岩を斬れるようになる前にじいちゃんに放り出されましたけどね!

 いやさ、努力はしたんだよ。昼夜問わず、意識が混濁するくらいめちゃしたよ。でもうっかり眠っちゃってる間に雷が偶然岩に落ちたみたいでさ。そんなことってある? で、じいちゃんは俺が岩を斬ったと勘違いして、いくら訂正しても謙遜だと思われているのか聞いてもらえなくって、最後にはめちゃくちゃビンタされてむりやり最終選別に……。

 絶対に死ぬと思ったけどそこでも運よく生き残れてさ。おかげでずっとずっと死ぬのが怖いのが続いて本当に前世はさんざんだった。無かったことにしたいかと問われたらノータイムで否って自信をもって言えるけどね。

 

 話が逸れた。そこは褒められたけど、そこがピークだった。

 何より大声を出して大喜びしたのが減点対象だった。だって仕方がないじゃん。可愛い女の子に心の底から応援されたんだぜ? 狂喜乱舞しなきゃ男がすたる。

 あと単騎で突出したのも強力な攻勢に対する焦りから来る浅慮ではという意見がクラスから出たけど、そこは巧遅より拙速が求められる場面が往々にして存在するとオールマイトがとりなしてくれた。

 ただ、俺一人でもある程度は轟に食い下がることができていたので、次の目標は仲間と連携をとって強敵に対処できるようになることだと言われた。うーん、俺リーダーシップとかコミュニケーションとかいう横文字すげえ苦手なんだけどなー。

 

 

 

 まあいろいろ言われたし、俺もなんだかんだ言ったけど。

 最後に思うことはひとつ。

 “雷の呼吸”くらいしか取り柄の無い俺が、近接戦という自分の土俵に持ち込んでなお轟を押し切ることができなかった。うぬぼれていたわけじゃないけど、いやうぬぼれていたのかな。

 鬼殺隊じゃあ最終的な階級は(ひのえ)までいっていた覚えがあるけど、本当にあれって炭治郎と伊之助の活躍におんぶにだっこのおこぼれだったんだな。将来のトップヒーローかもしれなくても、今は金の有精卵でしかない相手にこの為体。

 

 本当に俺って駄目な奴だなと思います。

 

 

 

 ――蛇足。

 

 今日、はじめて間近でオールマイトを見た。

 

 生き物からはとにかく音がしている。たくさんの音が零れ出している。

 呼吸音。

 心音。

 血の巡る音。

 俺はそれらを聴き取ることができるし、注意深く聞けば相手が何を考えているのかさえ読み取ることが可能だ。

 

 ……だからさ。

 左肺がほとんど機能していない。胃袋をはじめ消化系もいくつか足りてない。

 人間は自分で思っているよりも頑丈で、繊細だ。乱暴に扱ってもなかなか壊れなかったり、かと思えば些細なズレがどんどん大きく広がって取り返しのつかないことになったり。“音”でわかっちゃうんだ。

 知りたくなかったよ、“平和の象徴”が重態の半病人だったなんて! 本来病院から出てきちゃダメなやつだよアレ!!

 

 え、これそういうこと? 入学前に思った前線で活動するのが無理になったから教師になったっていう邪推がまさか当たっていたの?

 あーやだやだやだやだ! これって下手に知っていることが知られたら消されちゃうレベルの情報でしょ!? しかもさぁ、初日からやけに緑谷って先生に目を付けられているなーと思っていたけど、あれってもしかしなくてもオールマイト関連? “個性”の“音”が他人の空似ではごまかしがたい感じなんですけども。

 隠し子? スキャンダル? 俺、そういうの関わらないことにしているのでっ!

 

 俺は何も知らないからなッ! ほんとーに何にも気づいてないからなっ!!

 

 




【雄英こそこそ話】
◆雄英まんじゅう(非公認)
 毎年受験シーズンになると雄英高近辺でひそかに売られ始める土産物。主に屋台や怪しげな土産物屋で入手することができるよ。味はあんこ、カスタード、コーラの三種類!
 パッケージの表紙やまんじゅうのデザインにはオールマイトが使用されているけど、これはオールマイトの教師就任を予期したわけじゃなくて、OBである№1ヒーローを前面に押し出すのが一番売れ行きがいいという単純な理由だよ。
 完全に怪しいパチモン商品ではあるのだけど、地元の住民からは季節の風物詩として、受験生たちからも「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お土産買ってきてね」と受験をいまひとつ理解していないちびっこにせがまれた候補として、それなりに売れているらしいよ。
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