【完結】ヒーローアカデミアの霹靂日記   作:唐野葉子

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厳密な定義としては障子くんのそれは『触腕』なのかもしれませんが、原作では『触手』表記になっているため、この作品では原作に合わせていこうと思います。

今回は小休憩をはさんで、ついにUSJ編に入っていきます。
当作品は雄英体育祭をクライマックスに設定しているので、そろそろ折り返し地点が見えてきますね。


雷光と雨天 1

【4月●日】

 

 登校がてらマスコミの洗礼を受け、改めてオールマイトの人気ぶりを感じる。

 人間の順応ってすごくてわずか数日でナンバーワンヒーローが教師やってるって事実を受け入れ始めていたけど、やっぱり全国をにぎわす異常事態なんだなぁ。

 

 それはさておき昨日の戦闘訓練の疲れが残っていたのか素っ転びそうになった五加を抱えてマスコミから逃げたわけだが、うっかり教室についてもまだ五加を抱えたままだったからクラスメイトにからかわれてしまった。

 いや、すっぽりフィットしていたからつい。

 

「だーれがぬいぐるみサイズだ。峰田くんよりは大きいんだからな」

 

 ジト目の五加。そんなみにくく不毛な最下位争いをするくらいにコイツにとって低身長はコンプレックスらしい。

 まあ千差万別で一概に言えないとはいえ、基本的にヒーローは肉体労働。体格に恵まれている方が確実に有利ではあるから、当事者からすればわりと切実な問題なのかもしれない。

 

「ねーねー! 我妻と機織ちゃんって付き合ってるの?」

 

 きらきらした目で三奈ちゃんが聞いてくるけど、そんな事実はないです。むしろ彼女募集中! 三奈ちゃんどうですか!?

 

「んー。アタシはちょっと我妻と付き合いきれる自信はないかなー」

 

 バッサリだった。泣いた。あと男女ともに名字の呼び捨てが多いさっぱりした三奈ちゃんに『ちゃん』付けされたことに、微妙に五加が凹んでいた。

 

 

 

 今日のイベントといえば、学級委員長の決定があったことだろうか。

 普通の学校なら、あるいはこの学校でも普通科なら雑用係のババ抜きになるんだろうけどここは天下のヒーロー科。集団を率いる予行演習になるとかで争奪戦になる人気役職だ。相澤先生が話を出したとたん俺と五加以外のクラスメイトがいっせいに挙手と共に立候補していたので、五加と顔を見合わせて苦笑してしまった。

 

 もちろん俺はやりたくない。中学までなら内申を稼ぐためにいろいろ雑用を引き受けてきたけど、雄英高にいる今じゃあ自分のことだけで手いっぱいだ。理想と強欲を混同して身の丈に合わない仕事量を引き受けて、勝手に潰れて迷惑をかけるなんてそれこそヒーローの風上にもおけないってやつだろう。働きたくないでござる。

 五加が手を挙げなかったのは意外だった。わりと上昇思考の強いやつなんだけどな。逆に口田あたりが控えめながらきっちり立候補しているのも意外だった。入学以降一度も声を聞いたことがないんだけど、喋るのが苦手ってだけで人付き合いが嫌いってわけじゃなかったんだな。

 

 この混乱の中、相澤先生は時間内に決まればそれでいいと寝袋にくるまって寝る姿勢に入ってしまった。マジかよ教育者。PTAも教育委員会も発狂しそうな光景だ。怖いものなしだな。

 なのでそこからは飯田が仕切り、一人一票自薦アリの投票で決定することになった。もう飯田が委員長でいいんじゃないか? メガネだし。

 

 しかしこの自薦アリというシステムが問題だった。

 みんな自分が委員長をやりたいので、よほど真面目な人間以外は自分に投票するだろう。だが俺と五加は立候補していないので、二票分が浮くことになる。仮に立候補者が全員自薦すれば、この二票を集めた人間が当選だ。

 そこから始まったのは俺と五加に対する熱烈なアピール合戦。女の子にちやほやされるのはとても嬉しくて幸せなんだけども、ヤローどもも同じ温度で迫って来るので暑苦しい。天国と地獄が半々で素直に喜べなかった。

 

 結果だけいうと、俺は百ちゃんに入れた。

 理由? 言う必要ある?

 まあ少し真面目に話すと、男に入れるのは論外として、このクラスの中では一番向いていると思ったからだ。俺の中の『集団を率いる頼りになる女性像(ひと)』って“蟲柱”しのぶさんなんだよね。

 百ちゃんにはしのぶさんみたいな怖さはないけど頭の良さや、その頭脳で理解したことをわかりやすく周囲に説明する能力はちょっとだけ似ていると思う。

 

 五加はそのまんま飯田に入れたらしい。

 案の定というか、真面目過ぎる飯田は自分ではなく他の人間に投票したのだが、それでも得票数が一入っていたことにいたく感動していた。

 俺も飯田が委員長、百ちゃんが副委員長でいいと思うよ。メガネだし。

 

 結局のところ投票の結果、委員長は緑谷、副委員長は百ちゃんになった。二人とも同じ得票数だったのだけど、じゃんけんで負けた結果だ。もしかして百ちゃんってここぞという勝負に弱い?

 でも百ちゃんは順当だけど、緑谷ってそういうの不向きだと思うんだけどなぁ。人間的に好感が抱けるかっていうのと、リーダーシップに富んでいるかっていうのは別だろう。そういうのはまだ爆豪の方が適している気さえする。

 そんな失礼なことを考えていると、緑谷が最初の委員長の仕事として飯田に役職を譲っていた。何があったし。

 何でもマスコミが不法侵入したときに飯田が迅速に事態解決したさまを見て、緑谷がいたく感動したんだってさ。

 

 そういえば昼休みに騒ぎがあったなぁ。

 雄英の大食堂“LUNCH RUSHのメシ処”は安くて味も超一流だから、よっぽど自炊にこだわりでもない限りここ一択だ。だから昼食時の人口密度はちょっとしたものになる。

 侵入者警報にパニックを起こした生徒たちが一斉に避難を始めて、押し流されかけた五加をひーこら救出しているうちに飯田が対処してくれたんだ。

 

「つまり生存競争だよね。自然界ではより悪辣な方が食べる側に、能天気な方が食べられる側になる。人間社会だって例外じゃないってことだ。

 善良で礼儀正しい人材がマスコミ業界で大成できるのなら、みんなそんな人間になろうと努力する。一方で子供たちが日常を過ごす学校に不法侵入することに疑問を覚えず、取材に対応してもらえないことに被害者意識すら抱くような人間の方が特ダネを掴んで評価されるのなら、常識人だって頑張って染まろうとする。

 雄英バリアーがぶっ壊れたあと、あいつらがひとり残らず入ってきたってことはつまりそういうことだよね?」

 

 五加が珍しくストレートにわかりづらく怒っていたので、トラブル鎮静後もなだめるのに忙しくってあまり周囲に意識を向けられんかったんだよな。

 五加の“個性”『雷衣』は全身の筋肉が発電器官を担っている。だから運動と並列して使えば体力の消耗が激しいし、度を越して使い過ぎると後日、全身筋肉痛に悩まされるという地味に嫌なデメリットも待っているのだ。

 ただでさえ昨日の演習で全身が怠いところに、空腹時に無粋なサイレンで食事を邪魔されたら誰だって怒る。アームロックとひとり飯をこよなく愛するサラリーマンでなくてもぶちぎれるってもんだ。

 

 ま、俺が面倒ごとをしなくていいのなら誰がやってくれたってかまわないさ。飯田なら任せても大丈夫だと思うし。

 

 

 

【4月●日】

 

 ……こうして生きて日記を開けることに感謝する。

 でもよくよく考えれば俺ってどこの神様も信仰してなかったから、ひとまずじいちゃんと炭治郎に感謝しておくことにする。

 

 ねえここって平和な日本で、俺はヒーロー科とはいえ学生だったよね? 命の危機があるインターンはまだまだ先なのにどういうこと? ねえUSJ襲撃ってこれどういうこと?

 

 

△ △ △

 

 

 人命救助(レスキュー)訓練。

 校舎から約三キロの距離にあるウソの()災害や()事故ルーム()に向かうため、一年A組の生徒たちはバスに乗り込んでいた。

 この頃には早くも仲良しグループがクラス内で構築されつつあり、つるむ機会の多い男子生徒であるところの上鳴は不思議そうに善逸が脇に抱えたサポートアイテムの存在を指摘した。

 

「なあ我妻、どうして刀を持ってきてるんだ?」

「あ、邪魔だった? ごめんね」

「いや、別にいいんだけどさ。相澤先生、コスチュームの着用は各自の判断で構わないって言ってたぞ。その(サポートアイテム)は救助の役に立たないっつーか、むしろ邪魔にならね?」

 

 日本刀の重量はおおよそ一キロ前後。軽いダンベルほどの重さがあり、ダンベルにはない長さがかさ張る。

 帯刀する習慣のあった武士は刀を帯びていないとき、歩くと重量のない反動で体が傾いてしまう癖がついてしまうほどだったらしい。

 

「もしかしてうっかり持ってきちゃったのか? ははっ、我妻は馬鹿だなぁ。まあバスの中に置いていけばいいか」

「いや、邪魔になるから持ってきたんだけど」

「は? どういうこと?」

「うーん、どう説明したらいいのか……」

 

 言葉を探し視線をさまよわせる善逸に、芦戸と談笑していた五加がちらりと目をやったが、それよりも早く隣りから解説が入った。

 

「もしかして我妻くんって、実際に現場に出てからのことを想定しているの? 邪魔になるから武器(サポートアイテム)を外してきましたで(ヴィラン)に襲われたら、いざというとき対処できないものね」

「ああ、そういうことか! 頭いいな緑谷! ワリ我妻。アホは俺の方だったわ」

「おう、そういうことなんだよ。反省してもっと賢くなろうな上鳴」

「そこは『そんなことねえよ』って否定するところだろ!?」

「あはは……。ねえ、我妻君の“個性”って変則的な強化系って話だったけど――」

 

 行動派オタクである緑谷は自分の興味のある分野になると異様に饒舌になる。女三人寄れば姦しいというが、男子高校生でも下ネタ以外でもそれなりに盛り上がれるものだ。向上心のカタマリである全国のエリートを寄せ集めたような雄英高ならなおさら。

 片道三キロの道中はそれなりににぎやかなものとなった。

 

 

 

『えー、始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……』

 

 USJで迎えてくれた今回のヒーロー基礎学担当教師のひとり、スペースヒーロー13号が話し始めたそれを、最初はお偉方によくあるおためごかしで塗り固めたお説教かと思って善逸はげんなりした。

 だが違った。

 

『超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。

 しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください』

 

 ずっと心の底で、もしかすると無自覚にそれは善逸が感じてきたことだった。

 

 ――血鬼術みたいで、気持ち悪い。

 

 鬼とは人を喰うから排斥対象なのか。鬼とは人格が変貌するから排斥対象なのか。

 否、否。ひとを食い物にする人間も、酒を飲んで人格が豹変し妻や子を殴る夫もこの世には掃いて捨てるほどいたが、それらを鬼殺隊は私刑にかけようとはしなかった。

 鬼はただ鬼であるという理由で排斥対象なのだ。

 そのあたり炭治郎は鬼殺隊の中で稀有な存在であったといえる。善逸は炭治郎という少年のひととなりを信頼し、それをクッションに禰豆子という少女に一目惚れこそしたが、炭治郎のように鬼を鬼として優しさを向けようと思ったことはない。ただ禰豆子という少女を愛しただけだ。

 

 半ば『鬼』と化している人類社会の軋轢を、ヒーローへの熱狂という蓋で押さえつけ、はみ出した者を(ヴィラン)に分類して解決する。

 重ねて言うが意識できていたわけではない。ただずっと、前世の記憶を取り戻した頃から、あるいはそれ以前からもその気持ち悪さは善逸について回っていた。

 ヒーローはそんな気持ち悪さとは無縁の、自己肯定感のカタマリのような人種なんだろうと思っていて、そうなれない自分に負い目を感じていた。

 だが違った。

 

『相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。

 この授業では心機一転! 人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう』

 

 ただ雄英に入学してから、善逸の主観では理不尽と不条理を押し付けられ続ける日々だった。それが何を意図したものだなんて、思考が及ぶ余裕が無かった。

 

『君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。

 救える為にあるのだと、心得て帰って下さいな』

 

 ヒーロー基礎学をこれまで受けてきて、ようやく今日『先生』に巡り合えた気がした。

 

 13号の“個性”は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまうという非常に強力な能力だ。概要を聞けば誰でも最初に想起するのはその殺傷力だろうし、自身でも人を簡単に殺せる力だと言っていた。

 しかしヒーローオタクの肩書が入学からわずか数日でクラス内に確立されつつある緑谷は彼を一目見てこう称した。

 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー、と。

 

 ひとを救う“個性”を生まれ持ったから災害救助を行うのではない。

 生まれ持った“個性”を、誰を助けるために用いるのだ。

 その姿勢が誰かに認められ、評価される。

 

 まるで目の前に透明なフィルムが幾重にも貼り付けられていたことに、いまやっと気づいたような。

 そのうち一枚だけがするりと音もなく剥がれ落ちて、少しだけ目の前が明るくなったような。

 大切なことに気づいたはずなのに、言語化しようとすればするほど靄の中でかき混ぜられて別のものに変形してしまうようなもどかしさ。

 

 善逸にできたのはご静聴ありがとうございましたと13号が恭しく一礼した時に、他のクラスメイトと同じように力いっぱい拍手することだけだった。

 珍しく、というか初めてヒーロー基礎学という教科に対してモチベーションが生まれた。

 一反でも二反でも耕してみせる、もとい十人でも二十人でも救助してみせる!!

 

 ――そう思ったのに。

 

 

 

「アイエエエエエエ!? (ヴィラン)!! ヴィランナンデッ!?」

 

 セントラル広場に黒点が現れた時点で誰よりも早く善逸は(ヴィラン)(リアリティ)(ショック)に陥った。

 ぽたりと空中に浮かんだ黒点だったそれがみるみるうちに黒いモヤを漂わせワープゲートの態を成し、『(ヴィラン)の襲撃』という事態に相澤が気づいたころには飯田の足に縋りついている。

 

「おおおね、お願い委員長! 助けを呼びに行ってくれえっ!!」

「な、何を突然言っているんだ我妻くんは?」

「侵入者にセンサーが反応した様子がないってことは“個性”でジャミングかけているやつがいるってことだろ! ヴィランに真っ先に狙われるとしたら一番弱い俺だ! 死にたくないんだ頼むよぉ!!」

 

 ほう、と敵味方の幾人かから善逸に関心が向けられた。

 雄英高は良くも悪くも生徒たちがトップヒーローに至るということをゴール地点に設定し、それに合わせたカリキュラムを組んでいる。

 それがゆえの“Plus(さらに) Ultra(むこうへ)”。自他ともに認める理不尽と苦難を三年間全力で与え続ける姿勢は、ゲリラ的に理不尽な授業が展開されてもおかしくはないと、この数日間で既に生徒たちの脳裏に受け付けられてしまっている。

 しかし、それはある種の正常性バイアスとして機能しかねない諸刃の剣。平和に馴染み過ぎた人間が目の前で車が爆発しても『びっくりしたー』などと笑いながら歩いて避難を始めるように、明らかな異常事態が起きてもとっさに本物(きけん)だと認識できない。

 

 そんな中で、善逸は躊躇なくこれが本当の(ヴィラン)襲撃だと確信してみせた。

 続く一手も的確だ。

 USJは雄英の敷地内ではあるが、多くの教師(ヒーロー)が詰める校舎とは片道三キロも離れた隔離空間。現在ここにいるのは一年A組と授業を受け持つ教員のみという少人数。先日のマスコミ不法侵入がこの時間割(情報)を入手するための攪乱だったとするのなら、これは衝動的な犯行ではなく計画的な襲撃ということになる。

 

 ならばこの状況でもっとも敵側に痛打となり、味方に利の多い行動は応援の要請、外部との連絡手段の確立だ。

 

 相手はヒーローとその卵が多数在籍する雄英高に攻め込んできたバカではあるが、衝動のみに身を任せるアホではない。勝算をきっちり用意し、それが危ぶまれる局面になれば撤退も視野に入れるだろう。

 惜しむらくは善逸が、状況説明を無視して相手を従わせるような信頼やカリスマ性とは無縁だったことだろうか。飯田は困惑が先立ち、先手を打つ機会を逃した。

 

「あれ? オールマイトがいないな。せっかくこんな大勢の兵隊引き連れてきたっていうのに……。

 子供(生徒)を殺せば出てくるのかな?」

 

 乗り込んできたヴィランたちの首魁と思しき青年、全身に人間の手のレプリカを付けた男が放つ途方もない悪意に生徒たちの身体がびくりと強張る。

 

 彼らは語る。自分たちは“平和の象徴”オールマイトを殺害に来たのだと。

 悪事を働く前後の自分語りは悪役の花形。多くのヒーローは情報を収集するため、もしくは相手の信念を語らせたうえで凌駕し改心へと繋げるためにそのまま聞きの姿勢になることが多いのだが、そんなことに忖度しない者もいる。

 

「イ――ヤ――ッ!! お願い百ちゃん、結婚してくれえっ!」

「なっ!? この状況で何を言っていますの我妻さんっ」

 

 オールマイトの殺害予告という、おそらく(ヴィラン)にとっては一世一代の大見得をばっさり悲鳴で遮って善逸は八百万に縋りついていた。

 せっかくの自分語りを潰された男、死柄木の手マスクで隠された顔にびきりと青筋が浮かぶ。もとより彼は幼児的万能感が抜けきっていない子ども大人。自分の思い通りにいかない展開は大っ嫌いなのだ。

 

「俺は死ぬ! 俺はものすごく弱いんだ! もう恋人も結婚も知らないままに死ぬのは絶対に嫌なんだよっ!! だから死ぬ前に結婚してほしいと思うわけで! そして俺を守ってぇ!!」

「ちょ、お願いだから離してくださいませ! きゃ、鼻水が」

 

「なんだアイツ。女に縋りつくなんて情けない……」

「雄英高にもあんなヘタレのクズがいるんだな。自分で言っていて、そもそも生きていて恥ずかしくないのか?」

「チッ! 五月蠅いやつだな。ひとが喋っているときは邪魔しちゃいけませんって、雄英の先生は教えていないのか?」

 

 ヴィランの皆様からしごくごもっともな意見が寄せられる。

 しかし相澤は密かに納得していた。

 

(やはりそこを押さえにきたか、我妻……)

 

 一見、ただ発狂して女に縋りつき結婚を渇望するクズに見える。

 だが相澤は生徒たちの個性把握テストや戦闘訓練、そして入試の成績を知っている。だからこそ見えてくるものがあった。

 

 八百万は時間さえ与えればどんな状況にも対応できる“個性”と、それを活かせるだけの知能を持っている。それは個性把握テスト総合一位という形で証明された通り。

 しかし一方で、直接的な戦闘力はことさら秀でているというわけではない。実際、戦闘訓練ではチーム戦とはいえ敗北を喫していた。

 

 続々とワープゲートから(ヴィラン)が吐き出され、応援を呼びに行く難易度は飛躍的に高まった。もはや善逸ひとりがどうあがいても大差はない。飯田を脱出させようと思えば次は集団戦の態を成すことだろう。

 とすれば、個人単位で次に着手すべきはジャミングへの対処。敵側は何らかの手段でUSJのセンサーを無効化している。おそらくはそういう“個性”の持ち主がいるのだろう。

 しかし、えてしてそういう対策はひとつのものにしか刺さらないものだ。Aという解毒剤はαという毒にしか作用せず、Bという解毒剤はβという毒にしか作用しないように。万能薬などそうそうあるものではない。

 ならば状況を打開する可能性が高いのは電波系の“個性”ゆえに対策が張られやすい上鳴よりも、ありとあらゆる手札を用意できる八百万だ。

 だからこそ戦闘能力に秀でた善逸は自身にヴィランのヘイトを集めつつ、八百万だけは何があっても安全圏を確保できる位置取りを選んだ。

 

 入試のときもそうだった。

 みっともなく大仰に、生き恥をさらすような醜態で彼は周囲を誘導していた。その気になれば0Pを破壊できる実力を有していたのにも関わらず。

 一度なら偶然で済ませることも、二度あればそうはいかない。

 

(コイツ……実戦慣れしていやがる……!)

 

 それが相澤の出した見立て。

 プロヒーローの相澤の目からしても善逸の態度に演技臭さは見られない。だが、善逸から漂うわずかな鉄の残り香は当初から気づいていた。

 訓練ではない、命を懸けたやり取りを幾度となく制した者にこびりつくもの。洗っても消えない魂に残る血痕。今年度の新入生は血の香りがする生徒が多すぎる。

 演技ではないにも関わらず、無意識化で最適解を選べるほどに蓄積された経験値。少し前まで中学生だった少年が、どこでそんな経験を積んできたのかはわからない。生徒の個人情報にそれらしい痕跡はなかったが、まさか自警団(ヴィジランテ)でも密かに行っていたのだろうか。これが終われば一度どこかで問いただす必要があるだろう。

 ただ、それは後の話だ。すべてはこれを切り抜けてから。

 

「13号、避難誘導を開始しろ。生徒たちのことを任せた。それと我妻……」

「へっ、おれ?」

 

 涙と鼻水と涎でデロデロになった顔を背後に、相澤は敵へ向かって地を蹴る。

 

「頼んだぞ」

「ほげええええっ!? ええええええええ!! なんで、何で俺!? もっと他にあるでしょうよ轟とか百ちゃんとかいっそ爆豪とかっ!!」

 

 13号も間違いなく一流のヒーローではあるが、災害救助をメインに活躍する分その戦闘能力はやや劣るところがある。生徒を戦力に換算するのは教師として業腹ではあるが、今は頼るしかないと相澤は割り切った。

 

 しかし、これは裏目に出る。

 もともと相澤は人心の機微に疎いところがある。周囲の目を気にせず身だしなみを整えなかったり、効率重視でどこででも寝袋を取り出して寝たり、栄養補給さえできればいいとパウチゼリーを主食としたり。

 合理主義をお題目に、情緒を軽視してきた弊害。相澤はただ善逸の発言力の弱さを教師の権威で補強できればと名指ししたに過ぎなかった。その発言が、負けん気の強い生徒たちの行動にどのような影響を与えるかなどと、計算の埒外だった。

 

 数が数だ。いくら相澤が奮闘しようとも一瞬の隙を突かれ黒モヤの(ヴィラン)、ワープゲートをつかさどる相澤の見立てでは一番厄介そうな相手を逃がしてしまう。

 慇懃に黒霧と名乗ったその敵に対し、13号が対処できていれば問題は無かったのかもしれない。しかし爆豪と切島が先走ってしまった。爆豪はその競争心ゆえに、切島はあの我妻だけに任せてはいられないという面倒見の良さゆえに。

 理由はどうあれ結果は結果。生徒たちを盾に13号の動きを阻害した黒霧は、その黒モヤを広げ、当初の計画通りにUSJの各所に生徒たちを転移させた。

 

 事前に配置した(ヴィラン)が無数に待ち受ける、人工の災害の渦中へと。

 

 

 

 




【雄英こそこそ話】
Q.善逸強くね? 眠ってないのに強くね?

A.『バトル要素を含む』『ジャンプ作品』の原作15巻以降のキャラと原作2巻から3巻時点のキャラのインフレ格差が如実に出た形だよ(メメタァ)

 少し真面目に解説すると、漆ノ型を見せたときに善逸はこう言っているよ。

『俺が考えた俺だけの型。この技で、いつかアンタと肩を並べて戦いたかった』

 つまり漆ノ型は『いつか肩を並べて戦いたい』という明確なモチベーションのもとに、善逸本人が誰に教わったわけでもなく修練の果てに生み出した技だと理解できるよ。

 一見『眠っているときにしか実力を発揮できず、眠っているときのことは憶えていられない』『自分を本気で雑魚だと思っている』という設定から矛盾するようなこの発言だけど、おおざっぱに2つの解釈が成り立つよ。

壱.二重人格説
 日常生活を担当する善逸αと、戦闘を担当する善逸βが存在しており、善逸αは善逸βのやったことを憶えていられない。
 眠ったときに出てくるのは善逸βであり、六連や神速などの絶技を使えることはこちらのみが知っている。明確なモチベーションをもって修練していたのも、漆ノ型を放ったあとに喋っていたのも善逸βである。

 ただ、この説だと戦闘後にじいちゃんと善逸が話していたときの流れがしっくりこなくなるよ。
 だから本作品では下記の説を推しているよ。

弐.自己評価説
 六連や神速などの絶技を使えるのも、漆ノ型を放ったのも、すべて同一人物である。
 ただ、超一流のアスリートが世界記録を出した後に『気が付いたら競技が終わっていた』『どうやったのか憶えていない』と話すように、死の恐怖から極度の集中状態に入った善逸は眠るようなリラックス状態に入り、その状態の記憶を維持できなくなる。
 間違いなく本人がやっているのだが自覚としては『気が付けば鬼が死んでいる』ため、自己評価には繋がらない。
 取得している技は間違いなく本人の成果なので、記憶が飛ぶような集中状態にはなっていないため明確に精度は低下するが、死の恐怖が無い練習では自覚がある状態で六連や神速などの絶技を放つことが可能。

 ファンが十人いれば十通りの解釈が生まれるものだけど、この作品ではこういう解釈でいくよ。
 よろしくね!


次回は五加ちゃん奮闘記
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