いつも助けられています。
実戦経験の有無がもっとも如実に表れる場所。
それは『速度』である。
動き出しがはやい。選択肢を突き付けられたときに止まらない、あるいは停滞が極端に少ない。止まれば自分の命がやせ細ることを知っているから。
「ヒヒヒ、来やがった来やがった。さぁて、雄英高のエリート様の悲鳴はそこらの女とは違うのか――へぶぅ!?」
山岳ゾーンに飛ばされたのは上鳴、耳郎、そして五加の三名。その中で五加は前世の記憶というある種の反則的なアドバンテージを活かして即座に行動を開始した。
『鬼』相手に先制を許せば多少の実力差はひっくり返りたちまち不利に追い込まれる。それは鎹鴉として傍にいた彼女でも熟知していた。
空中に放り出され、着地する前から周囲に人影があることを認識し、着地する瞬間にはそれらが生徒ではないことを把握。無関係な第三者が迷い込んだとは思いにくいが、もし応援に駆け付けた先生だったらごめんなさいとスッパリ割り切りつつ、ひとまずどう考えてもカタギとは程遠い発言をしている一人にコスチュームに仕込まれた右手のギミックを叩きつける。
サポート会社命名『テイザー・ヨーヨー』。
五加の“個性”『雷衣』は強力で応用の利きやすい能力だが、いかんせん体格に恵まれない彼女では攻撃性能にやや乏しいところがある。触るだけで感電させられるとはいえ、手足が短ければ相手の攻撃を掻い潜って触るのも一苦労なのだ。
『雷衣』が可能なのは文字通り雷を衣服のように纏わせることだけ。放電はできない。この場にいる同じ雷系の“個性”、上鳴の『帯電』と比べると持続性は上、応用性では五分(ただし現状は知能および経験値の差で五加が圧勝)、瞬間出力と射程では劣るというのが率直なスペック比だ。
それを補うのがこのコスチュームの袖口に設置された
遠心力で加速された錘は的確にヴィランのこめかみをとらえ、さらに流し込まれた雷により最初の犠牲者は口の端から泡を吹きながら白目をむいてひっくり返った。
鮮やかな、そして容赦のない先制攻撃に襲う気概しか持っていなかったヴィランたちは一瞬じりりと気圧される。相手を舐めるなと上からはさんざん言い聞かされたし、戦いになるだろう心づもりはしていた。だが心底自分たちが狩られる側なのだと思っていれば、こんなところにのこのこ来るわけがないのだから。
「うっわー、容赦ないな機織。ウチらも負けてられないな、っと」
「ちょ、うちの女子強すぎんだろ!?」
余談だが、サポート会社としてはヒーローに似つかわしくない武装の物々しさを少しでもホップでキュートなイメージにするためのネーミングとデザインだったのだろうが、五加の感性からすると少しダサいと思っている。
ヨーヨーと銘打って入るが、ワイヤーの射出・巻取りは袖口のリールで調整できるようになっている、扱いとしては仕込み分銅に近いわけだし。
物怖じしない耳郎が動きの停滞したヴィランに次々と爆音を打ち込んで鎮圧し、その横で上鳴が手持ち無沙汰におろおろする。
“個性”の攻撃性能、制圧力でいえばおそらくこの場にいる雄英高生徒三人の中で上鳴が随一なのだが、残念ながら彼はコスチューム作成時に扱いの難しい“個性”をサポートする機能も、武装らしい武装も要望として出さなかったらしい。
「ここにいるのはぼくと耳郎さんと上鳴くんだけ!?」
「そうなんじゃね!? いやわからんゴメン!!」
頼りにならない上鳴の代わりに耳郎が声を張り上げる。
「そうっぽいよ! 少なくともA組の姿は他にないし、音も聞こえない。この大歓迎を見る限り、他のエリアでも似たようなことになってるんだと思う!」
「わかった! 葉隠さんいないね? いたらごめんね!」
A組の中でもトップクラスに不在確認が難しいクラスメイトにもしものときを詫びつつ、五加は腰に吊るしたポーチへと手を伸ばした。
サポートアイテム第二段のお披露目だ。卵型の手ごたえにしっかりと指をかけ、一瞬意識を集中させて内部の隅々にまで『雷衣』を浸透させる。
そしてコンパクトなモーションで投擲。ソフトボール投げのような飛距離は望むべくもないが、それで構わない。ヴィランの人垣の向こう側に投じられるのなら、それで。
パーティー用のクラッカーが弾けるような軽い爆音。しかし効果は絶大だった。
「ぐわああああああ!?」
「あばばばばばばば!!」
「ひぎぎぎぎぎぎぎ!?」
次々にヴィランが倒れ伏し、びくびくと不自然な痙攣を続ける。それに驚いて距離を取った者、あるいは助け起こそうとしたのか不用意に近づこうとした者のうち幾人かが同じ症状を発症し、同様にぶっ倒れた。
「うわっ、機織なにを投げたの爆弾? 化学兵器?」
「まきびし。うっかり踏まないように気を付けてね。刺さったら最後、ぼくが解除するか蓄積した雷を使い切るまでずっと痺れ続けるから」
『雷衣』は付与する対象を選ばない。人間だろうが絶縁体だろうが雷を纏わせることができるし、纏った対象に悪影響を及ぼすこともない。
しかし対象に触れた者にどこまで雷が影響を及ぼすかは、触れた部分の伝導率に大きく依存する。具体的に言うと、靴底程度の分厚さの絶縁体があればほぼ無力化できてしまう。
その対策のひとつとして五加が考案したのがこれだった。靴底でガードされてしまうのなら、サポートアイテムで靴底を貫いてしまえばいいのだ。今回使用したのは広範囲にばら撒くための特殊ケースに入ったタイプで、ケースごと『雷衣』を使えば内包されているすべてのまきびしに能力が付与されるよう設計されている。
一度踏んでしまえば強制的に長時間行動不能にする、なかなかにえげつないアイテムと“個性”の組み合わせだ。
「こえー……女子こえー……」
五加がそれからもまきびしを幾度か放ったことで機動力を殺がれたヴィラン側は多人数の利が活かしにくくなり、一方で耳郎の“個性”『イヤホンジャック』は中距離から遠距離に対応、五加もサポートアイテムにより中距離戦に対応している。おかげで上鳴は呑気に恐れおののく余裕すらあった。
しかし実力差があるおかげで多勢に無勢の図式になってはいないものの、山岳ゾーンだけでもヴィランは三十名弱配置されていた。こつこつ半数に削ったところで残り十五。一方でヒーローサイドは生徒三名のみ。初めての実戦、不慣れな環境。疲労でミスが起こればいつ戦局がひっくり返るかわからない。
やはり戦力を一網打尽にする大火力が欲しいところだ。
「上鳴! A組エレキ系女子の機織がこれだけ頑張ってんだから、A組エレキ系男子のアンタもそろそろ何かしな! さっきからずっと踊ってるだけじゃんっ」
「踊ってんじゃねえよ!? やれることが無いから逃げ回ってるだけだ!」
「なお悪いわ!!」
そうは言われても上鳴には上鳴の言い分がある。
「俺の“個性”は『帯電』。放電はできるけど操れないんだよ。二人とも巻き込んじまう」
「コスチュームに指向性つける要望くらい書いとけよ!」
「それはマジですまんっ! 機織の無双見ててマジでそれは反省した!!」
「貴様らぁ、舐めるのもたいがいに――あべしっ!?」
「ごめんね。右ばかり使っていたの、こっちが利き腕ってだけなんだ。リーチを伸ばすのが主目的なんだから、当然左側にも仕込んでいるよ」
上鳴と耳郎の漫才じみたやり取りを余裕と取ったのか激昂したヴィランを、激昂を隙と見た五加が今まで使っていなかった左手のテイザー・ヨーヨーを使って殴り倒す。
そしてそのまま左手のテイザー・ヨーヨーを外し、ぽんと上鳴に投げ渡した。
「上鳴くん、パス!」
「うおっとっと。え、それ外れるの?」
危うげに二、三度お手玉したものの、ちゃんと受け止めた上鳴に五加は頷いてみせた。
「仕込み武器だからどうしても構造がデリケートになるしね。不具合が起きたときとか、あるいは万が一敵に掴まれたら逆にこっちの動きを拘束しかねないし。
このコスチュームの
「そこまで考えるものなのか……」
まじまじと手の中のテイザー・ヨーヨーを見下ろす上鳴。
彼はチャラいナンパ男だ。他人からそう見られているし、自分でもそういうやつだという評価は否定しない。アホだと思われているし、自分でもやっぱりアホだと思う。
だが、ただのアホが雄英高に入学できるわけがないし、ただのアホならそもそも雄英を志望しようとは思わない。アホはアホなりに身の程をわきまえているものだ。
つまり上鳴は突き抜けたアホである。そんなアホが、女の子が大好きなナンパ男が、これまでただ女の子に守られ、自身と同系統の“個性”を持つ少女に完全に上を行かれる現状を良しとしていたのだろうか?
否である。断じて否である。
チャラチャラした言動の裏側で、確実に彼の内側に溜まっていくものがあった。
「そのワイヤーは伝導性の優れた素材で出来ている! 放電による最大出力と攻撃範囲はぼくより上鳴くんの方が確実に上だ! それと、電気はより通りやすい道を通るから、『雷衣』があれば完全にとはいかないけど放電のダメージはかなり軽減できる!」
言いながらも的確に位置取りを整えた五加は耳郎の隣にポジショニングし、二人の身体に雷の衣を纏わせる。
あとは言わなくてもわかるよね? と彼女の目が語っていた。
「ああ、後は俺に任せろ……」
五加に筋書きを用意してもらった、ごっつぁんゴール。
だがカッコつけたことを言う資格は今の上鳴にはない。これが今の彼の実力であり、彼女との実力差なのだから。
これで決めなければそれこそ男が廃る。今後軽々しく女の子に声をかけることを、誰よりも上鳴自身が許せなくなるだろう。
「これで俺は超
示し合わせたようにしゃがんだ少女たちの頭上で、ハンマー投げのように上鳴が振り回すテイザー・ヨーヨーがうなりを上げる。
迸る稲妻。不完全ながら指向性を持たされた放電に対処するには、遮蔽物のない山岳エリアは狭すぎ、十五人は少なすぎた。
雨を伴わない嵐が過ぎ去った後に立ち上がるのは、ヒーロー科の生徒三名のみ。
「うぇ~~~い!!」
チームワークの勝利。
許容量をオーバーした反動によりアホ面丸出しで親指を上げる上鳴に、五加と耳郎は顔を見合わせて苦笑し、『雷衣』を解除してからハイタッチした。
善逸はもういっぱいいっぱいだった。
「ひいい……ひいい……」
ぜえぜえと全力疾走したあとのように息が乱れる。
何故だか相澤に13号と並んでこの場を任されてしまった。それがいつもの自分の労力を減らしたい意図から来るものではないことは、現在進行形で
数が多すぎる。今すぐにでも相澤先生のもとに応援に駆け付けたい。いや本当は行きたくないが、行くべきだと思う。
「二十三秒…‥二十四秒……十七秒……二十秒……」
全身を無数の手マスクで覆っている見るからにヤバい男、死柄木のつぶやきが善逸の耳にも届いていた。やつはイレイザー・ヘッドの“個性”の弱点に気づいているのだ。
視るだけで相手の“個性”を抹消できるという強力な性能を持つ反面、瞬きすれば抹消はキャンセルされてしまう。若いころに無茶をし過ぎたのか、教師生活の弊害なのか、ドライアイを患っている相澤にとって多人数相手の長期戦はあまり相性が良くない。
どういう理屈かさだかでないが、“個性”発動中の相澤は髪の毛が逆立ち、それが解除される間隔から個性抹消には時間制限があること、その時間制限は徐々に短くなっていることが悟られたようだ。
(そんなことだから! アンタそういうとこだからな! 合理主義なら面倒くさがらずにこまめに散髪いってスキンヘッドにしといてよねっ!!)
心の中で泣き言をいっても始まらない。
それにこれは、実は善逸にとっても他人事ではない。イレイザー・ヘッドはメディア露出を『仕事に差し支える』と嫌うアングラ系ヒーローだが、それでも現代社会におけるヒーローの性質上まったくメディアと無関係の生活はできない。
少量とはいえ一度世に出てしまえばそれらを抹消するのは至難の業であるし、研究されれば相澤の懸念通りヴィラン退治というヒーロー家業の代名詞に支障が出る。
死柄木本人なのか、それとも黒幕が存在するのか。この襲撃を企てた人物は非常に思慮深く計算高い人物であるようだから、事前にそれらの資料を入手していた可能性は高い。今この場でわずかな情報をもとに弱点を割り出したというよりは、事前に見当をつけておいた弱点を確信に変えたと考えた方がしっくりくる。
『ひとつの技しか使えない』善逸にとって研究されるというのは非常に痛手だ。鬼狩り時代は一撃必殺の死人に口なしであったから、鬼同士で情報が共有されることはなかった。実は無惨は鬼の知覚を通して情報を収集することができたが、無惨がそれを可能であると鬼殺隊が気づかない程度には情報漏洩による被害は出なかったし、つまり無惨はその能力をあまり活用できていなかった。
これからは違う。現代は情報化社会だ。ヒーローとして上り詰めれば上り詰めるほどに敵からは研究される。
今の善逸は気づく由もなかったし、気づいたところでどうしようもないことであったが。
理由はまったくわからないが相澤に託された。だから応えたいと思った。
しかし善逸は弱いのだ。頑張りたくても、頑張ったとしても、どうしようもないくらいに弱いのだ。骨の髄から怯えて、身体が芯から震えて救いようがないのだ。
事実、黒霧の“個性”によって避難しようとしていたA組の生徒たちは散り散りにされてしまった。善逸にできたのは縋りついていた(『縋りつかれていた』ではない)八百万を抱えて黒モヤの範囲外に逃れることくらいだった。
他に黒モヤに反応できていた障子と飯田はそれぞれ二人ずつクラスメイトを助けていたのに、善逸は一人だけだ。情けなくて止まらない涙がさらに溢れそうになる。
耳を澄ませば飛ばされたクラスメイト全員が、まだUSJの敷地内にいるらしいとわかったのが救いか。
不幸中の幸いと済ませるには、生徒よりもよっぽど数が多いヴィランが各エリアに配置されている現実が重く肩にのしかかるが。
「我妻さんっ!」
ぴしゃりと八百万の声が善逸の震えを打ち据えた。
「相澤先生があなたに託したということは、きっと理由があるはずです! あなたはどうして機織さんではなく私を助けたのですか?
「は、はひっ」
どうして五加ではなく八百万を助けたのか? そんなの、決まっている。たまたまヤバいと思った時に一番近くにいたからだ。
なのに、八百万はまるで指揮官の指示を待つ有能な副官のように善逸の言葉を待っている。
何かやってほしいことがあるのかって? そんなの、決まっている。
「たいほう!」
「はっ?」
「大砲つくってくれ! ボール投げのときに造っていたろ!?」
入学初日の個性把握テスト。
八百万は大砲の砲弾代わりにボールを撃ち出すことで、二十八キロという大記録を出していた。
「は、はあ。それで
「違う! 天井を撃ってほしいんだっ」
つまり、裏を返せば空路が使えれば敵側に妨害される可能性は非常に低い。
「天井が壊れたらそこから信号弾とかドローンとかバンバン飛ばしてくれ!」
「えっと、いえしかし、この距離では確実に学校まで届く保証はありませんわ」
真昼に花火を打ち上げてもうっすらとした白い煙しか見えないように、照明弾が目立つのは暗所あってこそだ。
一方のドローンの最高速度は時速50~80kmとされている。順調な飛行さえ叶えば五分とかからず学校まで着く計算になるが、こちらもやはり墜落や撃墜されるリスクを考えれば確実性には欠ける。
しかし、善逸はためらいなく頷いた。残像が見えるほど素早くガクガクと。
「それでいいんだ! 『救難信号が届いたかもしれない』って相手に思わせることができればそれでいい! それだけで敵の士気は確実に下がるっ!!」
敵の目標はあくまで『オールマイトの殺害』。
にわかには相手の正気を信じがたい目標設定ではあるが、少なくとも彼ら“
生徒と他の教師を害するのは、あくまでもののついででしかないのだ。
敵連合のうち、その多くはチンピラの雑魚だったが三人だけ“音”が違った。
その三人は代えの利かない大切な駒である可能性が高い。
応援要請が成功すれば、そして本当に本気でオールマイトの殺害が最終目標なのであれば、『もののついで』で決定的な損耗する前に撤退を選択する可能性すらありうる――というのは流石に希望的観測が過ぎるが。
照明の兼ね合いからか、各エリアからドーム上層への視界は開けている。
大砲による救難信号は味方の士気高揚と、敵の焦りや厭戦気分をあおることが同時に叶うだろう。
「っ! なるほど……」
八百万の口角が勝気に吊り上がる。話を聞いていたA組の面々のテンションも目に見えて上がった。
ヴィランに襲われ、避難しようにも級友を置いてはいけない。そんな八方ふさがりの右往左往の現状から明確な指針ができた。目標さえわかれば、あとは倍率300倍を突破してきた猛者の集まりである。
「時間を稼いでくださいませ! 大きなものを
「おっしゃまかせろー! ヤオヨロはバンバンでっかいのつくっちゃってー!!」
「……防御は任せろ」
八百万の声に天性のムードメーカーである芦戸が即答し、鬱蒼とした空気が消し飛ぶ中に障子が口数少なく堅実に続く。この場に残った麗日、瀬呂、飯田、砂藤といった面々も口々に高い意欲を表明していた。
しかし、悪意とは希望を好んで摘み取るものである。
「やらせると思いますか?」
「しまった……!」
スペースヒーロー13号は雄英高の生徒にもファンを有する一流のヒーローであるが、その主戦場は災害救助。実のところその戦闘勘はヴィラン討伐を主にしている平均的なヒーローから半歩劣る。
ましてや相手は善逸が聞き分けた“音”が別格のひとり、黒霧。爆破や斬撃をものともしない不定形な黒モヤの身体に、ワープゲートという真っ当な暮らしをしていても引く手数多な
「なるほど。無様に泣き叫んでいるように見えても、イレイザー・ヘッドに名指しされたのは伊達ではないということですか」
ブラックホールの吸引力を掻い潜り、夜の帳よりもなお深い漆黒が生徒たちを覆い隠そうとする。
「ここにいる以上はすべからく金の卵。油断なく、丁重に、叩き割るとしましょう」
「ひぃゃやああああああああ!?」
尻もちをついて待ち受けるのは善逸だけ。後の面々は緊張に汗を濡らしながら、ひきつった口を噛みしめながら、プロヒーローですら苦戦する強敵を待ち構える。
善逸だけが黒霧を迎え撃つ流れに乗り遅れた。だから、彼だけが気づけた。
ヴィランの人垣で直接見ることはできない。だが善逸の耳なら視覚と同等以上の情報を聴覚から拾うことができる。
ついに動き出した死柄木が、相澤と接触し、相澤の右ひじがぼろぼろと風化するように崩れた。それを“個性”を抹消することで中断し、振り払うように一撃を入れたものの、それを囮に死角から近づいた一番ヤバい“音”の持ち主への対処が遅れている。
脳が剥き出しという、異様を通り越して異質な外見をした黒い巨人。コイツの“音”はどこか鬼に似ていて、最初からとても嫌な感じがしていた。
その予感が錯覚でも杞憂でもなかったことはあっさりと明らかになった。動き出した速度は“十二鬼月”と同等、下手すれば“上弦”クラス。爪の一枚ですら厚切りベーコンのようなサイズの手があまりにも容易く相澤の右腕を握りしめ――そのまま握りつぶした。
「~~~~!!」
あれは“音”だけでもなく身体能力も鬼と同等だ。あまりにも人間とは隔絶した差がある。技量など欠片も見えないその力と速度のみで黒い巨人は相澤をねじ伏せ、地面に叩きつけた。
「対“平和の象徴”
自分だけが買ってもらったおもちゃを自慢するように、無邪気な喜色と悪意に塗れた死柄木の声が善逸の耳に届く。
あまりにも隔絶した筋力差と体重差を技量で覆すのは至難の業だ。そして万全の脳無と、集団戦で疲労し右腕を握りつぶされた相澤では勝負にならない。
相澤の“個性”は『抹消』。“個性”を持て余した
“音”でわかる。あの死柄木という男は、虫をちぎって遊ぶ子供のように手中に収めたヒーローの命を扱うだろう。
――死ぬ。
前世で嫌というほど味わってきた別離が善逸の中でよみがえる。
言葉を交わした者と二度と話せない。一刻前に笑い合った顔が、現場に駆け付けたころには半分の肉になっている。名前を覚えた者が明日にはもういない。
理不尽で、不条理で、鬼殺隊ではありふれた日常だった。
善逸は相澤が苦手だ。
いわゆる音楽性の違い、フィーリングが合わないというやつ。彼の振りかざす合理性と善逸の求めている教師像がどこまでも噛み合わない。
いくらいい教師でも相性の合わない生徒っていると思うし、もしも相澤がいい教師なのだとすれば自分はそんな生徒なのだろうと善逸は思っている。
『我妻……頼んだぞ』
でも、そんな善逸を相澤は認めてくれていた。
何がどうなってそんな結論に至ったのかさっぱりわからない。理解できないから教えてほしい。
教えてほしいことがまだまだこれからたくさんある、善逸の先生なのだ。
恐怖と責任感が善逸の中で臨界点を突破し、まっしろに弾けた。
【雄英こそこそ話】
◆本編に入り損ねた五加コスチューム
・頭部…自身の雷光で目を傷めないようにするため、遮光性のあるバイザーを付けているよ。
放熱の問題、阻害される視界を補うために聴覚は十全に、あまり物々しい重武装はヒーローに望ましくないなどなどの観点から、完全に頭部を覆うタイプのヘルメットではなく、バイザーと一体化したサークレットになったんだ。叶うならがっつり固めたかったらしいよ。
・上半身…やや露出の多い
袖の中にはメインウェポンであるテイザー・ヨーヨーが格納されているよ。また、下半身と同様に外見からは見えない部分を後述するプロテクターで固めているよ。
・下半身…上半身と同様に露出が一割増になった
当然、防御力と活動限界の延長の代償に機動力は犠牲になるけど、自身を支援役と定義している五加は必要経費と割り切っているよ。
・その他…腰に武装ポーチを付けているよ。五加はわかりやすさと使いやすさ優先で手榴弾型のサポートアイテムを用意してもらったけど、企業からはお札型などの巫女服のイメージに合わせた改良型の打診が届いているよ。
・まとめ…サイバーパンク風の巫女服だよ。ゆったりとした衣装の下には必要分の機動力を確保可能なギリギリまで武装が積まれているよ。
サポートアイテムに頼り過ぎないように、という現代のヒーローの主流とは外れたデザインだけど、元スズメで日輪刀が無いと倒せない鬼との戦いを見てきた彼女としては、人間が必要な道具を事前に揃えるのは必要な努力だと思っているよ。