心満ちぬ男と愛されたい女神の聖杯戦争   作:般若椿

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第一話 巡り合わせ

 怖いもの知らずというか、自暴自棄というか、自分を大切にしない傾向が俺にはあった。

 今日もいつものように町をうろつき、町の治安を乱す不当な輩に喧嘩を売り、片づければ次の相手を探しにまたうろつく。こんなことを数年繰り返しているせいでとうとう罰が当たったのか、体調が優れていない時に限って以前ぶちのめした隣町の極道組織の枝の組の人間に襲われた。反応が遅れ抵抗する間もなく袋叩きにされそこで意識は途絶えた。

 激痛で目が覚めると、俺は天井から吊るされた鎖手錠で拘束されていた。目の前には如何にもな格好をしているヤクザが三人。そのうちの一人は自分がぶちのめした若衆だった。辺りを見回せば窓もない打ちっぱなしのコンクリートの部屋。映画でよく見る拷問部屋といったところだろうか。よくもまァこんなテンプレな部屋を用意したもんだと半ば呆れる。

 しかしこんな部屋で一つだけ似つかわしくないものがあった。

 『それ』は白いチョークで描かれた魔法陣のようなものだった。

 

「目が覚めたか坊主」

 

「ああ、お蔭さんでな。人の体をこんなに傷つけやがって、覚えていろよ」

 

 軽口を叩くとヤクザの一人に鉄パイプで顔面を殴られた。鼻がへし折れおびただしい量の鼻血が流れて、足元の魔法陣に落ちた。

 

「生意気言ってんじゃねェよ。自分の今の状況分かってんのか?あ?」

 

「ってェな……頭の足りねェ若衆一人〆られたくらいでムキになるなよ」

 

「んだとゴラァ!!」

 

 顔中にガーゼやら絆創膏を貼った若衆が喚いた。鉄パイプの奴がもう一度俺を殴ろうとすると後ろの三人目の男がそれを止めた。

 

「待てよ。それ以上殴ったら遊べないだろ?」

 

「……マジでやるのかお前」

 

「魔法陣まで描いたんだからやるに決まってんだろ。今のでちょうど血も流れたしな」

 

 どうやらこいつらは今から俺に何かさせたいらしい。魔法陣とヤクザとかいう今時ジャンプでも見かけないようなシチュエーションに困惑せざるを得なかった。

 

「よう坊主。うちの組の若衆、随分可愛がってくれたじゃねぇか。堅気がヤクザにちょっかいかけちゃい駄目じゃねぇかよ。ん?」

 

 三人目の見たところリーダー格の男が気味の悪い笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 

「テメェこそ、教育が成ってないんじゃねェのか?あの町は桜木組のシマだ。それともなんだ。今のヤクザは他所のシマでもお構いなしに悪さするような礼儀知らずしかいねェのか?」

 

「桜木組だ?坊主、あの組は二年前になくなっただろ。お前ひょっとして元組員か?」

 

「話す義理は無ェ。それより堅気とっ捕まえて何させてェんだよ?」

 

「いやなに。ちょっとした儀式?ってやつだよ。お前のことは少し痛めつけたら帰すつもりだから安心しろよ」

 

「ヤクザの少しは堅気にとっての半殺しだろ。てか儀式ってなんだよ。さっきから予想外のことが起きていて置いてきぼりなんだよ俺ァ」

 

 リーダー格の男は手に持った文庫本サイズの手帳を開いて俺の前に出した。

 

「呪文が書いてあるから、これを読んでくれよ」

 

 男が言うように、開かれたページには長ったらしく呪文のようなものが書かれていた。

 

「まるで魔導書だな。今のヤクザはオカルトもシノギにしてるのか?」

 

「いや、俺個人の趣味だ。この手帳は最近沈めた気味の悪い学者から取り上げたもんだがな」

 

「兄貴!さっさとしてくださいよ!俺は早くそいつをぶっ殺してやりてェんですよ!」

 

 若衆がまた喚く。やっぱり殺すんじゃないか。帰すってのは家にじゃなくて”土に還す“ってか。

 

「うるせェぞおい。あんま舐めた口きいているとお前も一緒にシバくぞ」

 

「っ!……すんません」

 

頭に血が上り喚き散らしていた若衆は叱られて縮こまった。ざまァねェぜ。

 

「断る。筋の通らねェ拷問受けた上にテメェらのくだらねェ遊びに付き合ってやる暇なんぞあるかよ」

 

「そうか。まあそれもいいさ。この手帳によれば呪文を唱えずとも陣と生贄、そして強い”意思“ってやつがあれば問題ないらしいから……な!」

 

 男の拳が腹部にめり込む。臓器が捻じれ胃液と共に血が口から吹き出る。

 

「おい、好きにしていいぞ」

 

 一言、後ろの二人に告げるとリーダー格の男は部屋の隅の椅子に座った。

 次の瞬間、若衆の拳が顔面に直撃した。休む間もなく何度も、何度も。若衆と鉄パイプの奴の猛攻が俺を襲う。

 幾度も経験してきたこの痛み。今更恐怖は感じない。そんなことよりも、俺は─────この状況が気に入らない。そんな不快感で頭がいっぱいだった。

 親っさんの町で好き勝手した挙句、筋違いなことをされ良いように遊ばれているこの状況が。殺意とまではいかずとも、今すぐにでもこの拘束を解き考えうる限りえげつない方法でこいつらを痛い目に合わせてやりたいと。

 

「な、なんだこの光は!?」

 

「え、噓でしょ?マジで悪魔とか来ちゃう感じ?いや、この際悪魔だって構わない!俺を助けろッ!!」

 

 拘束されている右手の甲が焼けるように熱い。手を捻って確認してみると、何やら赤いタトゥーのようなものが表れていた。

 

「兄貴!何が起きてるんすか!?」

 

「俺にも分からねェよ!」

 

 ─────この光景を、一生忘れることは無いだろう。

 

 魔法陣からゆっくりと、何かが浮かび上がってくる。『それ』は人の形をしていた。

ヤクザ三人組が俺と魔法陣から後ず後退る。よく見ると若衆は扉に手をかけ今にも出ていきそうだった。

 魔法陣から出てきた『それ』が俺のほうに振り返った。『それ』は中々に奇抜な出で立ちをした少女だった。銀色の髪、全身紫色がベースで所々に蓮の花があしらわれたシルク的な素材の衣装。ルビーのように紅い瞳、整った端正な顔、見たところ日本と何処かのハーフといった感じだろうか。

 

「サーヴァント・アサシン、カーマ。召喚に応じ参上しましたって、なんだか悠長に挨拶していられる状況じゃなさそうですね。なんですか上半身裸で拘束されちゃって。ひょっとしてそういうプレイ中なんですか?」

 

 少女は憐みのような、汚いものを見るような目付きで俺のことを見つめている。誰だか知らないが変な誤解をしないでもらいたいものだ。

 

「な、なんだこの変な餓鬼は!?気持ち悪ィ格好しやがって!」

 

「おい!さっさとつまみ出せ!」

 

「気持ち悪いですって……?」

 

 少女は不愉快そうに顔を歪め額には青筋を浮かべている。

 

「マスターさん、こいつらやっちゃっていいですか?いいですよね」

 

「俺に言ってんのか?」

 

「貴方以外誰がいるって言うんですか?ほら、さっさと指示をください」

 

「おお、よく分からんが……助かるならこの際なんだっていい。お嬢ちゃん、こいつら〆たら俺の拘束を解いてさっさと逃げるぞ!」

 

「はいはい、分かりましたよー」

 

 指示を求めてきたくせに少女は気怠そうに返事をし、どこから出した分からない変わったデザインの弓を構えた。

 そこからの展開はあっさりとしていた。眼にも止まらぬ速さで三人組を射抜くと俺の手錠をいとも簡単に外してくれた。三人組は射抜かれたにも拘らず傷一つ付いておらず、何故か表情は幸せそうだった。

 

「──────」

 

 俺は魔法陣から現れたとんでも少女が優秀過ぎる事実に呆気にとられていた。

 

「なにボーっとしてるんですか。早く逃げますよ」

 

「お、おお」

 

 少女に促され、部屋の外に出るとそこは下水道だった。

 

「態々こんな所に用意しやがって……」

 

「うげぇ……酷い匂いですね」

 

「出口は……そこに梯子があるな。あそこから地上に出られるはずだ。行くぞ、えーと・・・」

 

 さっき自己紹介していたらがなんて言ったか……アサシンともカーマとも言ってたな。

 

「アサシンでも、カーマでも、好きなほうで呼んでくれて構いませんよ」

 

「じゃあとりあえずはカーマと呼ぼう。ひと段落付いたら色々聞かせてもらうぞ」

 

「ええ、私もそうしたいと思っていたので」

 

二人で梯子を上りマンホールから出る。辺りの景色から考えるに隣町の住宅街だろう。日は沈み民家の明かりもついてないということは今は夜中だろう。

 

「こっから家まで歩きかァ……しんどいなァ」

 

 散々痛めつけられて体力が殆ど残っていないため、中々に辛いものがある。はあ、と深いため息をつくと、少女、カーマがめんどくさそうな表情で話しかけてきた。

 

「家は何処にあるんですか?」

 

「ん、ああ。ここから歩いて一時間ってところだな。金も携帯も無ェからタクシーも呼べねェし」

 

「だったらこうしたほうが効率的ですね」

 

 そう言うと彼女の姿が変わった。説明すると、さっきまでは小学性くらいだった幼女から高校生くらいの少女の姿に一瞬で成長したのだった。

 

「はあ!?な……おお!?」

 

 馬鹿みたいに驚いている俺を無視して彼女は俺を抱きかかえ、尋常じゃない脚力で民家の屋根に飛び乗った。

 

「あー!なんなんだよ畜生!ついていけねェわ!」

 

「喚いてないで道案内してください。説明は後で好きなだけしてあげますから」

 

 半ば悟った俺はもう何にも突っ込まず、彼女に抱きかかえられ、道案内をしながら軽やかに屋根を飛び越えていくのだった。

 

 

─────2─────

 

 

「じゃあ、話を聞こうじゃねェか」

 

 十五分足らずで我が家に到着した俺はシャワーで血と汚れを落とし、カーマからどういう原理かは知らんが傷を癒してもらい、二人分のお茶を淹れて、居間でやっとこさ話し合える状態になった。

 

「はい、先ずは改めて自己紹介を。私はカーマ。愛の神です。今回の聖杯戦争ではアサシンのクラスで現界しました」

 

「もうついていけねェよ……」

 

「貴方、まさか何も知らずに私を呼んだんですか?」

 

「確かに俺はあの魔法陣でお前を呼んだ。結果的にはな。だけどな、俺はその聖杯戦争ってのも、サーヴァントも知らん。お前がさっきどうやって俺の傷を治したのかも分からん!」

 

「そ、そんな自信満々に言われても……はぁ、これはハズレ引いたかもしれませんね……」

 

「こらこら、人のことをハズレとか言うんじゃないよ。俺こう見えて喧嘩は強いぞ」

 

「さっき死にかけていたのによく言いますよ」

 

「あれは、なんだ、調子が悪かっただけだ」

 

「はいはい、そういうことにしておきますよ。話が逸れましたね。じゃあ次は聖杯戦争について。聖杯戦争とは、七人の魔術師、別名マスターとそれに使える七騎のサーヴァントが万能の願望器・聖杯を求めて争う一連の儀式のことです」

 

「魔術師?あー、あれか。魔法使い的な」

 

「厳密には違いますが、まぁそんなところですね」

 

「万能の願望器・聖杯って何ぞや?」

 

「その名の通り、勝ち残った一組マスターとサーヴァントの願いをの何でも一つ叶えてくれます」

 

「めっさ怪しいなそれ。そういうのは大概願いに変な解釈加えられてろくなことにならないパターンだろ?」

 

「そういう事例が無かったわけではありませんが、ここの聖杯に今のところそういったものは見受けられませんね」

 

「ほーん……で、俺は偶然にもサーヴァントであるお前を呼び出して不可抗力ながら聖杯戦争に参加するマスターの一人になったと?」

 

「そういうことです」

 

「じゃあこの右手のタトゥーはお前との契約の証だったりして」

 

「へー、察しが良いじゃないですか。その通りですよ」

 

「え、当たりなの?はっはー!ハワイへご招待してもらいたいもんだな」

 

「聖杯に願ったらいいんじゃないですかね」

 

「いや、勿体ねェよ……じゃあサーヴァントってなんだよ?」

 

「サーヴァントとは聖杯戦争の際に召喚される特殊な使い魔でその正体はあらゆる時代の英霊です」

 

「英霊……日本だと剣豪宮本武蔵とかか?」

 

「そんな感じです」

 

「聞いておいてなんだけど、宮本武蔵知ってるんだな」

 

「ええ、私たちサーヴァントは召喚された際に不備が無いように聖杯からある程度の知識を与えられますから」

 

「はー、上手く出来ているんだな」

 

「ちなみに私のことはご存知ですか?」

 

「全く知らん!」

 

「日本ではマイナーだとは思いますけどそこまではっきり言われると少し傷付きますね・・・」

 

「あ、なんかすまん」

 

「いいですよー、こういうのは慣れていますから。それに今すぐ話さなければいけないわけじゃありませんから」

 

「そこはおいおい聞いていくとしよう。今この話し合いで最も重要なことはお互いの願いを知り、その上で聖杯戦争に参加するか否かだ」

 

「私はマスターさんの願いになんて興味ありませんけど、貴方がそう言うなら聞いてあげます」

 

「俺の願いか……」

 

 考えてみればこれといったものが無い。無欲というわけではなくそれが願望器なんてものに叶えてもらっても意味が無いものなのであるためだ。どうしたものかと顎に手を添える。

 

「パス。先にカーマが教えてくれよ」

 

「パスって、無欲なんですか?」

 

「そういうわけじゃないんだが、まあこれから考えていけばいいだろ。それでお前は?」

 

「……と言っても私も特にこれといった願いは無いんですけどね」

 

「お前もか。そのくせに聖杯戦争のサーヴァントに選ばれたのかよ」

 

「必ずしも自分の意思で参加するわけじゃないんですよ。英霊の座に登録されたサーヴァントからランダムで選ばれるので」

 

「参ったなァ、マスターもサーヴァントもこれじゃあな。なんかないのか?英霊なんだからあるだろ。あー、例えば。生前に自分に酷いことした奴に復讐するとか」

 

「……そういうことでしたら、ありますよ。ええ。貴方にも分かるように話してあげます」

 

 彼女の説明によると、なんでも彼女はヒンドゥー教の愛の神で、俺にも分かりやすいように言うと恋のキューピットと似たようなものらしい。

ある時、神々に一つの仕事を頼まれた。それはシヴァとかいう神に矢を撃ち込めというものだった。彼女の持つサンモーハナの花の矢が刺さった者は恋幕の情を呼び起こす効果があるらしい。さっきのヤクザ達を傷一つ付けずに撃沈出来たのはそういうことらしい。

で、話を戻すと、修行中で誰の話も聞かないシヴァをパールバティというまた別の女神に振り向かせるためにカーマは愛の矢を撃つことになった。なんでもシヴァとパールバティの間に産まれる子供が必要らしい。で、こっからが問題だ。シヴァは自分に矢を撃ったカーマにブチギレたのだった。修行の邪魔をしたかららしい。ブチギレたシヴァは宇宙さえも焼き尽くす第三の目でカーマを焼き尽くし灰にしてしまったのだ。

 その後、結局シヴァは自分からパールバティとくっついたとか。つまり彼女は灰にされ損である。酷い話である。仕事を頼まれたからこなしたら身体を失ってしまったのだ。それだけでは終わらない。なんと彼女に依頼した神々が身体を元に戻すなりするかと思えば、仕事が失敗したのは彼女が悪いと責め立てて何もしなかった。最悪である。訴訟も辞さないとはこのことだ。

 

「だから、強いて言うなら私の願いは仕返しです。私をあんな目に合わせたシヴァに仕返しがしたいんです」

 

 ま、どうせ私が悪いんですけどね、と彼女は皮肉に満ちた表情でそう吐き捨てた。散々自分のせいにされてきて捻くれてしまったのだろう。

 

「……」

 

 これほど理不尽な話が許されていいのか。否、許されていいはずがない。

 

「マスターさん、聞いてますか?」

 

「……許せんな」

 

 正直者は馬鹿を見る。世間は己を犠牲にし他者を救う者たちを踏みにじって成り立っている。それが仕方が無いことだとはわかっている。しかし、それでも。

 せめて自分の周りだけはそんな横暴を許してはいけない。そう、あの時誓ったのだ。

 

「え?」

 

「許せねェな!ああ、聞いてくこっちも腹立ってくるぜ!」

 

「な、なんですか突然!?落ち着いてくださいよ!」

 

「冗談じゃねェよ!話を聞いている限り、まるでシヴァに矢を撃ったお前が悪いみたじゃねェか!おかしいだろ、お前は仕事を全うしただけだってのによォ!」

 

「─────」

 

 カーマは興奮した俺に呆気にとられていた。

 

「決めたぞ!やってやろうじゃねェか!カーマ!約束だ、聖杯を勝ち取ってお前の屈辱を晴らしてやる!」

 

 俺は彼女の手を取ってそう誓った。

 

「え、ええ!?」

 

 彼女は何故か顔を真っ赤に染め上げて動揺している。俺の反応がそんなに意外だったのだろうか。いや、勢い余って手を取ってしまったのが拙かったか。

 

「あ、いやすまん。馴れ馴れしかったな……」

 

「そ、そうですよまったく」

 

 お互いに黙ってしまう。二人の間に気まずいようなこっ恥ずかしいような空気が流れる。数秒後、彼女が口を開いた。

 

「……自分のことじゃないのに、どうしてそんな感情的になれるんですか?」

 

「身内が傷付いてんのに腹立たないほうがおかしいだろ」

 

「み、身内って……出会ってまだ数時間しか経っていないんですよ!?貴方から見たらこんな得体の知れない私なんて」

 

「時間は関係ねェし、得体も知れなくないだろ。お前は愛の神カーマで、俺のサーヴァント。だろ?」

 

「そういうことを言っているんじゃ─────」

 

「ひょっとして俺のこと心配してくれてんのか?優しいなァお前」

 

「はあ!?誰が貴方の心配なんか!」

 

「じゃあいいだろ。はい、決定な」

 

「そんな強引な!」

 

「───俺はお前に助けられた恩がある。それは返すのが筋ってもんだ。哀れな俺の恩返しに付き合っちゃもらえねェかな?」

 

「!……そういうことなら構いませんよ。哀れなマスターさんに付き合ってあげましょう」

 

 成程、中々に難儀な性格してるぜこいつ。自分のために何かをしてもらうのが苦手かもしれないと思い言い方を変えてみればこの通りだ。素直じゃないというか、捻くれているというか、神様とは思えないくらい人間味が強い。

 

「ありがたやありがたや。あ、まだ俺自己紹介してなかったな。俺は桜木真澄《さくらぎますみ》。これからよろしくな、カーマ」

 

「はい、精々死なないように足掻いてくださいね。マスターさん」

 

 

─────3─────

 

 

 カーマと契約をした次の日。俺は新しい住人のために部屋の掃除やら食料と日用品の買い出しやらで忙しかった。サーヴァントには食事はいらないと彼女は言ったが、俺はそうはいかない。彼女が食わねェのに俺だけ食うのはやりづらい。しかもサーヴァントは睡眠さえも必要ないらしいがそんなんで何日も戦っていたら心が持たないからと説得をして、やっと言うことを聞いてくれた。……流石にこれに令呪を使うのは抵抗がある。というか彼女に怒られそうだし。

 それと服だ。あんな格好で街中をうろうろしたら職質待ったなし。一緒にいる俺は問答無用で御用になる。それは避けたい。他のマスターと戦う前に国と戦うのは御免だ。勝てるわけがない。そんなわけで俺は今、カーマと二人で町内の商店街に来ている。

 

「おう、おばちゃん!」

 

「あら真澄ちゃん。どうしたの?服なら先週買ったばかり─────」

 

 おばちゃんが店の奥から出てきたかと思えば一点を見つめたままその場で凍りついた。視線の先は俺の隣のカーマだ。

 

「おい、どうした?真澄が来たんだろ─────」

 

 さらに奥から出てきた親父さんも同じ理由で凍りつく。

 

「「ま、真澄(ちゃん)が彼女を連れて来たーー!?」」

 

二人が同時にとんでもない誤解を招く発言をする。

 

「馬鹿野郎。そんなんじゃねぇよ」

 

「酷いですマスターさん。私たち昨日あんなことまでしたのに……」

 

「……お前何言ってるんだ?」

 

「おい真澄!お前この娘に何したんだ!?ま、まさか」

 

 親父さんが顔面蒼白で俺につかみかかってくる。

 彼女はというと悪魔のような笑みでそれを見ている。拙い、このままここにいたら俺の立場が危うい。

 

「誤解だ。それと、急で悪いけどこいつの服何着か見繕ってやってくれ。カーマ、しばらくしたら戻るから二人の言うことをしっかり聞けよ」

 

「あ、ちょっとマスターさん!こんな所にほっぽいて無責任じゃないですか!?」

 

「うるせェ馬鹿!誤解を招くようなことを言った罰だ。後は頼んだぞ!」

 

 店員二人が大騒ぎする店にカーマを残し、俺は別の店へ急いだ。

 むこう一週間分の食料とカーマのための日用品を購入し、最後にこの町唯一の本屋・神保堂に立ち寄った。

 奥のカウンターで七十歳前後の老人が読書をしている。この店の店主で名前を田代内蔵助(たしろくらのすけ)という。商店街の人間にはガキの頃から世話になっているがこの爺さんには特にそうだ。

 

「真澄か。京極はどうだった?」

 

「結構良かったぜ。また今度新しいの買いに来るわ。あー、今日は別のが欲しいんだ」

 

「何をご所望かな?」

 

「爺さん、あんたカーマって神様知ってるか?」

 

「おお、知ってるよ。お前さん、神話に興味があったのか?しかもインド系列とはな」

 

「ちょっと訳があってな」

 

「そこから右奥の四番目の棚に神話関連のものがある」

 

「あんがとよ」

 

 爺さんに教えられた本棚を見ると、確かに神話関連の本がぎっしりと並べられていた。そこからカーマの情報が載っているものと、代表的な神話のものを幾つか手に取った。

 中身をざっと確認してからカウンターに持っていき会計を済ませ、カーマを迎えに服屋へ向かった。

 服屋の前に妙な人だかりがある。商店街とその近所の連中だ。……大方予想は付く。

 

「おい、揃いも揃って何やってんだよ」

 

 人だかりの中ので最初に目についた知り合いに話しかけた。

 

「真澄、聞いたかよ!今べらぼうに美人の外国人のねえちゃんがここに来てるんだってよ!」

 

 こいつは俺の幼馴染の木村哲《きむらてつ》。で、こいつの言うねえちゃんとはどうせ──

 

「ちょいと御免よ。通してくれ」

 

人だかりを掻き分け何とか店内に入る。

 

「カーマ!迎えに来たぞ!」

 

奥の試着室にいるであろう彼女を呼ぶ。数秒後、先ほどとは見違えるような現代人らしい服装の彼女がやって来た。

 

「マスターさん遅いです!おかげで散々着せ替え人形にされましたよ!」

 

「─────」

 

 髪を後ろに束ね、水色のサンダルに半袖の白いワンピースを身にまとった彼女の姿に俺は魅了された。出会った時から可愛いとは思っていたが、成程。これは凄い。今まで女に興味がなかった俺でさえドキドキしてしまうほどだ。

 

「マスターさん?」

 

俺が自分を見つめたまま動かないことを不思議がった彼女が俺の顔を上目遣いで覗いてくる。

 

「へえ。結構可愛いじゃあねェか」

 

 正直な感想が口から漏れた。

 

「なあ!?か、可愛いって、急に何を……」

 

 ボッと効果音が出そうな勢いで彼女の顔が赤くなった。昨日から度々思うが、愛の神のくせに反応が一々初心なんだよなこいつ。人をいじるのは好きだが、逆に自分がいじられるのは苦手な口か。

 

「─────全部終わったか?」

 

「はい。それはもうとっかえひっかえで何着も」

 

「そうか。幼女の姿の時用のは今度別の店で買ってやるから、外で歩く時は暫くその姿な」

 

「仕方ないですねぇ。ま、いいですよ。そんな世間体を気にする臆病な貴方でも愛してあげます」

 

 昨日も今朝も何度か言っていたが、この不穏な口癖もどうにかしなくちゃなァ。

 

「真澄ちゃん、言われた通り何着か見繕ったわよ」

 

「ありがとよ。いくら?─────じゃあちょうどな」

 

「はい、毎度」

 

「おい、真澄。お前この子どこでひっかけてきたんだよ?」

 

 と親父さんが俺の横まで寄って小声で訊いてくる。

 

「まァ色々あってな。また今度話してやるから今日は勘弁な。カーマ、行くぞ」

 

 彼女の手を引いて半ば強引に店前の有象無象を追っ払い店から出る。

 

「散れ暇人共!見せもんじゃあねェぞ!」

 

「真澄!そのねえちゃんお前の連れかよ!?」

 

「お前女に興味ないって言ってただろ!ホラ吹きやがったなこの野郎!」

 

「裏切り者!!」

 

 哲含む友人達からのバッシングの嵐が俺を襲う。

 

「うるせェ!そんなんじゃねェやい!散らねェなら一人ずつぶん殴るぞ!」

 

「お姉さん可愛いね!うちで働かない?」

 

 四軒先のキャバクラの店長が下心丸出しの顔でカーマを勧誘する。よせ、あんたの手にゃ負えん。

 

「おい!節操なしに勧誘するんじゃねェぞ!」

 

 カーマの手を取ったまま商店街を逃げるように後にした。

 

「マスターさんって人気者なんですねー。幸せそうで実に不愉快です」

 

 有象無象の追っ手を振り切り、一息ついているとカーマがジト目でそんなことを言ってきた。

 

「幸せそうな奴は嫌いか?」

 

「大嫌いです。私はとにかく人が不幸になることや、堕落する瞬間や他人の恋愛を滅茶苦茶にするのが好きなんです。だから幸せそうな人の顔を見るのは不愉快ですし、誰に対しても優しくするような聖人君主じみたキラキラしてる人は反吐が出ます」

 

「かー、罪深い趣味嗜好してんなお前」

 

 俺は彼女の正面に立ち目を合わせ─────

 

「だけどな、俺はお前が思うほど幸せなんかじゃないんだぜ?」

 

 無表情に、冷めた声で淡々とそう答えた。

 

 

─────4─────

 

 

 彼のあの言葉以降、家に着くまで私達の間に会話は一つもなかった。あの深海のように冷え切った表情と声に、私はゾッとした。彼はどちらかといえば陽気というか熱いタイプかと思っていたから。

 まあいいでしょう。時間はたっぷりあるんです。これから彼をじっくり、ゆっくり、丁寧に、その心の底をあぶり出してあげます。

 昨日の約束、いつまで守っていられますかね─────

 

 




思うまま勢いで書いたものなので至らぬ点が多々あると思いますが、気楽に読んでいただけるとありがたいです。不定期でやっていきます
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