心満ちぬ男と愛されたい女神の聖杯戦争   作:般若椿

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第二話 開幕

─────1─────

 

 

 K県M市蒼天町。今回の聖杯戦争の舞台の一部で、私のマスター・桜木真澄の故郷である。

桜木真澄。年齢は十八。黒髪のオールバックで、ガラの悪い顔つきからとても未成年には見えない。

 ヤクザとかいう裏社会の人間の気まぐれで拷問中になんと触媒もなしに私を召喚し見事生存した悪運の強い彼は、私の仕返しの手伝いをするという理由で自らの命を懸けて聖杯戦争に参加することを決めた極めつけのお人好しなのだが、時折見せる言動からどうやらそれだけでないような気がする。

 

 

 偵察のため夜中に家を出る時に彼は訊いてきた。

 

「聖杯戦争の舞台になった地域はどうなるんだ?」

 

「魔術は秘匿とされていて一般人に魔術が露見しないために細心の注意が払われてはいますが、それでも大なり小なり被害は受けますよ。酷ければ何百人規模の大災害になることもあるそうです」

 

 そう説明すると彼は、昼間私に見せたあの表情で、だったら遅かれ早かれ関わることにはなっていたな、と呟いた。

 

「どういうことですか?」

 

「いや・・・後で話す。今夜は町内をざっと見回るだけだが、マスターかサーヴァントらしき奴を見つけたらすぐに知らせろ」

 

「言われなくてもそうしますよ」

 

「町内に一歩でも侵入していたら容赦なく攻撃を仕掛ける」

 

「していない場合は?」

 

「そん時はまァ・・・そん時だ」

 

「適当ですねぇ」

 

「いいじゃねェか。まだ初日なんだからよ」

 

「ま、何でもいいですよどぉ」

 

無駄話をしながら私達は危険に満ちた夜の町へ繰り出した。

彼に咎められることがなく、人通りが無い夜中ということもあって私は通常の霊衣且つ一番魔力消費の少ない幼子の姿に変えた。本来シヴァに焼かれ身体を失ったいる私は、聖杯と強い繋がりのある一人の少女を依り代とすることでこうして現界することが可能になっているのだ。

 

「面白ェ能力だよなそれ。年齢以外は変えられるか?」

 

「依り代の少女にかけ離れない範囲でなら可能ですよ。例えば、性別とか」

 

「性別をか!?大概何でもありだな・・・」

 

「ええ、私は愛の神ですから。貴方が望むならどんな姿にでもなってあげますよ?どんな拗れた姿を所望してきても、そんな貴方を愛してあげます♪」

 

 そうして彼に抱きつき蠱惑的な笑みで誘惑をかけた。

 

「ほー、どんな姿でもか」

 

「はい♪言ってみてくださいよマスターさん」

 

「じゃあ、お前には─────」

 

 あっけない。昨日は豪語していたが所詮この男も快楽に溺れたいただの人間だったということだ。つまらない

 

「これからも時と場合を弁えた節度をもった姿でいてもらうぞ」

 

「はあ?なんですかそれ───あいた!?」

 

 彼はにっこりと笑うと私にデコピンをお見舞いしてきた。

 

「な、なにするんですかぁ!!」

 

「ったく。テメェのマスターを堕とそうとするたァ大した性格してるなお前は。悪ィが俺にはそういったもんは効かねェからな」

 

「えー、不能なんですかぁ?─────いたっ!こ、こんな幼気な女の子に二度も・・・!暴力反対!!」

 

「じゃかァしい!どこの世界に男に誘惑かけてくる幼気な女の子がいるってんだ!このメスガキ!」

 

「め、メスガキ!?よくも言いましたねこのへっぽこマスター!魔術の一つも使えないくせに偉そうにするんじゃないですよ!」

 

「あー!お前言ったな!俺が今一番気にしてるところを的確に突いてきやがったな!サーヴァントだったらちったァ気ィ使えこの野郎!」

 

「一丁前に魔術が使えるようになってから言うんですね!出直してこいって話ですよバーカバーカ!」

 

「馬鹿じゃありませんー!馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですバーカ!」

 

 真夜中の道のど真ん中で、聖杯戦争そっちのけで小学生並の低レベルな争いがマスターとサーヴァントの間で繰り広げられる。頬を抓ってくる真澄に対抗してカーマは高校生くらいの少女の姿に変化し、彼の頬を抓り返す。くだらない争いを数分程続けていると─────

 

「っ!ま、まひゅうたぁしゃん!てきがちかくにいましゅ!はなしてくらはい!」

 

 敵の気配がしたことを知らせたのだが抓られていて上手く発音できない。抓るのを止めるよう頼むと彼は理解したのか抓るのを止めた。

 

「おー痛ェ・・・姿まで変えて、ムキになるなよな・・・」

 

「貴方には言われたくありません!それよりも」

 

「気配は何処から感じる?ここから見えるか?」

 

「東の方角から感じます。ここからでは・・・見せませんね」

 

「だったらそこの雑居ビルの屋上に行こう」

 

「了解です。よっと」

 

「うおっ!?」

 

彼を抱きかかえ大きく跳躍し、一気にビルの屋上へと上る。

 

「はい、着きましたよ」

 

 そして彼を乱暴に放る。うげっ!、と呻き声を上げながら地面に転がる。

 

「お、お前・・・さっきのこと根に持ってるな・・・」

 

「さぁ?何のことだか分かりませんねぇ」

 

「後で覚えてろよお前・・・それよりも今は敵だ。何処だ?」

 

 彼は起き上がり服に付いた埃を払うと、東側の柵へ歩いて行った。

 

「あそこです。林の中の社にマスターとサーヴァントが」

 

「蒼天神社か。つうこたァギリギリ町内だな。よし、仕掛けるぞ」

 

「さっきも言ってましたが、その町内かどうかへの拘りは何なんですか?」

 

「簡単な話さ。誰だって他人にテメェのシマを土足で踏み荒らされるのは気に入らねェだろ?」

 

「縄張り意識ってやつですか」

 

「そんなところだ。───それに、折角ここまで抗争から守ってきたのにぽっと出の戦争で今までの苦労をおじゃんにされて堪るかってんだ」

 

 小声でそう呟く彼の顔は心なしかげんなりとしていた。

 

「ここ本当に日本なんですか?治安悪すぎません?」

 

「前に週刊誌で日本の悪しき治安ランキングって記事読んだことがあってよ」

 

「いやなランキングですね・・・ここは何位だったんですか?」

 

「第三位」

 

「─────」

 

 真澄は遠い目で夏の夜空を見つめ、カーマは頭を抱え大きなため息をついた。

 

「よりにもよってなんでここの聖杯戦争に呼ばれてしまったんですか私・・・」

 

「運が無かったと思って諦めろ。カーマ、神社傍の林まで行くぞ」

 

「態々近づかなくてもここから攻撃すればいいじゃないですか」

 

「こっから届くのか?」

 

「勿論です。私の弓の腕を舐めないでください」

 

「舐めちゃいねェが、よし。やってみてくれ」

 

 社にいるマスターとサーヴァントに狙いを定め魔力で作った矢を放つ。一度に四つ放たれた矢が夜の闇を飛び、二つの標的に刺さる。

 

「ヒット。二本ずつ当たりました」

 

「お前本当はアーチャーなんじゃないのか?」

 

「適正クラスはアーチャーです。今の私には別の側面が───と言っても分かりませんよね」

 

「マーラ、だったか」

 

「!───私のことは何も知らないんじゃ?」

 

「昼間本屋でお前関連の本を買ってな」

 

「昼食の後ずっと読んでいたのはそれだったんですか。・・・律儀な人ですね」

 

「で、敵はどうなった?」

 

「こちらに気付いて絶賛接近中です」

 

「おい!?それを早く言え!」

 

「平気ですよ。どちらも手負いですから私の敵じゃありません」

 

 

─────2─────

 

 

「やってくれたな貴様ら!」

 

「お、来たな」

 

 黒ずくめの男と右手に槍を持った男がやって来た。どちらも急所を外した二箇所に矢傷を負っている。これはこれは、我がサーヴァントの期待に応えてやらねばなるまい。

 

「マスターさんは下がっていてください。貴方がやられては元も子もないので」

 

「何言ってんだよカー、いや、アサシン。あんな御膳立てまでしておいて黙って見ていられるかよ」

 

「は?何のことですか」

 

「不意打ちだってのにわざと急所外したのは俺に見せ場を作るためだろ?」

 

「違いますよ!?あれは貴方に実際にサーヴァント同士の戦いを見せるためであって」

 

「ああいや、すまん。こういう厚意は黙って受け取るもんだったな。見てろよアサシン。お前のマスターがへっぽこじゃないということを証明してやる」

 

 カーマの横を通り敵二人の前に立つ。

 

「待たせたなお二人さん。早速で悪いが、俺の見せ場のためにやられてくれ」

 

「ふん、馬鹿な奴だ。ただの人間がサーヴァント相手に何ができるというのだ。ランサー、私を守れなかった失点をここで取り返せ」

 

「必ずや。マスター」

 

ランサーと呼ばれた男が一歩前に出て槍を構える。

 

「今からでも遅くはない。死にたくなければ自分のサーヴァントに交代したまえ」

 

「マスターさん、下がってください!死にたいんですか!?」

 

「嫌だね。大の男が女に任せっきりで高みの見物なんぞ情けなくていけねェや。それに、俺の性に合わん」

 

 体調も良くなった。これなら倒せずとも良いところまで持っていけるはずだ。まァ死にそうになればカーマが助けてくれるだろう。

 

「念には念を。限定出力・設定(セット) 右腕50%両脚20%」

 

 右腕、両脚に赤黒く光る筋が幾つも浮かび上がる。それらはまるで蛇のように悍ましく蠢いていた。漫画の真似で態々考えた台詞を呟く。いい歳して中二病を拗らせている自覚はあるが、魔術なんてものが存在するこの世界においてこの言葉は死語も同然だ。俺は恥じないぞ。

 

「さあ、やろうか槍兵。俺を“満たしてくれや”」

 

 ランサーに向かって全速力で走り出す。奴の槍が正面から馬鹿正直に突っ込んでくる俺の頭を穿とうと迫ってくる。その寸でのところで跳び上がり右足で穂先を踏みつけ、それによって体幹を崩し前のめりになった奴の顔面に右ストレートを叩き込む。

 

「ガッ!?」

 

 左頬が抉れ歯が数本と肉片が飛び散る。さらに、傾いた頭に回し蹴りをきめる。頭蓋骨が軋む感触が足先から伝わってくる。しかしそれでも槍を絶対に

放さないのは流石ランサーの名を冠する者というだけはある。

 だが、それがいけない。

 

「残念だ」

 

 槍を片足で弾き上げ、がら空きになった腹部に正拳突きを打つ。

 拳から内臓が爆ぜたのが分かる。奴はそのまま数メートル吹き飛び屋上から落下した。

 

「人間より格段に耐久力はあるが、それでもこんなもんか。これなら30%程度で良かったな。腕がしびれていけねェや。安全装置・設定(セーフティセット)

 

 僅かに痙攣する右腕を撫でる。思いの外ランサーがぶっ飛んでいってしまったが、落ちた先は空き地だから被害はないだろう。

 

「マスターさん!」

 

 カーマがこちらに駆け寄ってくる。

 

「どうだアサシン。すげェだろ、魔術は使えねェけどこういうのは出来るんだぜ?」

 

「貴方、魔術は知りもしないし使えないとか言っておいて普通に使えているじゃないですか!」

 

「あァ?お前の何言ってんだ。魔術とか魔法ってのはこう、炎とか氷出したりとか錬金術とか」

 

「魔術はそれだけじゃないんです。貴方のそれは身体強化といって立派な魔術です!まったく、触媒なしに私を召喚したり普通に魔力供給が出来ていたりさっきのクナイとか・・・もう!後で全部話してもらいますよ!」

 

 カーマは説教じみた様子で俺にまくし立ててくる。別に嘘をついていたとかそういうわけではなかったのだが、ふむ。後で詫びも兼ねて何か甘いものでも買ってやるか。それよりも今は敵だ。放置された敵マスターの方を向くと─────

 

「よお、あんた。続けるか?」

 

「ば、馬鹿な・・・!ランサーがこんなにも簡単に・・・」

 

「油断したランサーの落ち度だ。あんたは、まァ運が悪かったな」

 

 敵マスターに近づく。相手はじりじりと後退り背中に柵が当たった。

 

「追い詰めたぜおっさん。あんたには何の恨みも無いが、この町に足を踏み入れたからには見逃すわけにはいかねェ」

 

「ま、待て!見逃してくれ!私達はまだ何もしていない。元はと言えばお前達が先に攻撃を仕掛けてきたんじゃないか!」

 

「何もしてなくはないだろ。お前はサーヴァントを連れてこの町に入った。それだけで俺からすれば十分に宣戦布告だ」

 

「そんな理不尽な!」

 

「マスターさん、さっさと片づけてください」

 

 カーマはいつの間にか幼女の姿になっており、ジト目で俺のことを睨んでいる。

 

「なんだ、お眠ですかアサシンちゃん?」

 

「撃ち殺しますよ?」

 

 にっこりと、殺気を込めた顔で一言。恐ろしいことこの上ない。

 

「悪かったよ・・・じゃああんた。さいならだ」

 

 鳩尾に一発、内臓が潰れない程度に軽く殴る。一瞬呻き声をあげて敵マスターは気絶した。

 

「殺さないんですか?」

 

「ああ。仕掛けたのはこっちだしな」

 

「ほんと、甘い人ですねぇ貴方」

 

「甘いんじゃない。ただ、度胸が無いだけだ。こいつを町外れまで運ぶから手伝ってくれよ」

 

「嫌ですよめんどくさい。貴方身体強化出来るんですからそれ使って一人でどうにかしてください」

 

 拗ねたような声色でカーマはそっぽを向いている。

 

「へいへい、分かりましたよ─────っ!!カーマ!!」

 

 さっき落下したランサーがいつの間にか戻ってきていた。奴はカーマめがけて槍を突き刺そうとしている。向こうもやられっぱなしは嫌みたいだ。

 

「はいはい、分かってます─────え」

 

 彼女の前に立ち背中でランサーの攻撃を受ける。槍が俺の腹部を貫く。あー、この痛みは中々だ。拳銃にも勝らずとも劣らずといったところか。

 

「な、な、何をしているんですか貴方!?」

 

「喧嘩の相手は俺だろうが・・・礼儀のなってねェ野郎だぜ。怪我がないか?」

 

「怪我はないかって・・・!自分が何をしているのか分かって───ああもう!」

 

 ランサーが俺に刺さった槍を抜き再び刺そうとしてくる。そこをカーマが弓を引き脳天に矢を五度、撃ち込んだ。ランサーは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち動かなくなりやがて光の粒子となって消えた。

 

「ひゅー、お見事」

 

「言ってる場合ですか!早く治療しないと・・・!」

 

「これくらいどうってことねェよ」

 

「槍にどのような効果があるか分からないでしょう?黙って傷を見せなさい!」

 

 彼女にすごい剣幕で怒鳴られ、渋々その場に座り服を脱いだ。

 

「・・・・・・・・・呪いの類はありませんね。傷も貫通はしていますがこの程度ならすぐに」

 

 彼女の手が傷に触れると、緑色の光が傷を包み込む。暫くすると傷と共に痛みが引いた。

 

「これでよし・・・何故私を庇ったんですか」

 

「何故って言われてもなァ」

 

「私が気づいていないとでも思っていたんですか?貴方が余計なことをしなくてもあの程度どうにでも出来ました」

 

「それはまァ、俺が悪かったな。だけどよ、俺ァ仲間が危ねェ時に黙っていられるほど出来た人間じゃねェんでな」

 

「っ・・・・・・・・・今後あのようなことはしないでください」

 

「善処する。ありがとうな、心配してくれて」

 

「は、はあ!?誰が貴方の心配なんて!貴方に死なれたら聖杯を得られないから言っているだけです!何を勘違いしているんですか」

 

 彼女は赤くなった顔を隠すように立ち上がり、気絶しているマスターの方へ行き一度深呼吸をしてから担いでこちらに戻ってきた。

 

「ほら、行きますよ。先に降りてますから貴方はそこの階段から自分で降りてきてください」

 

そう言い残して彼女はさっさとビルから飛び降りて行った。

 

「素直じゃねェなァうちの女神様は」

 

 俺は苦笑いを浮かべて階段から彼女の元へ向かった。

 その後、ランサーのマスターは町外れの人目がつかない場所に救急車を呼んだ上で捨てた。

 

─────3─────

 

 

 帰路に就いた俺達は縁側で休んでいた。カーマは幼女の姿になり、黙って星空を眺めていた。比較的田舎で自然の多いこの町ではそれなりに星が見えた。

 

「ほい」

 

途中のコンビニで買ったプリンをカーマの前に出す。

 

「何ですかこれ」

 

「さっきの詫びだ。力のこととか、お前を庇うためとはいえ余計なことしちまったからな。好きだろ?甘いもん」

 

「子ども扱いしないでもらえます?この姿は魔力消費が少ないからなっているだけですから」

 

「子ども扱いっつうか、昼間に出したどら焼きを美味そうに食ってたから好きなのかと思ってな。じゃあ俺が貰うぞ」

 

「待ってください。別にそのプリンがいらないとは言っていません」

 

 なんて言いながら彼女は下げようとした手から眼にも止まらぬ速さでプリンを取った。

 

「・・・ほれ、スプーン」

 

「どうも。じゃあ話してください」

 

 さっきの俺の力のことを言っているのだろう。

 

「十年近く前だ。俺ァ死にかけたことがあってな。詳細は省くが、まァそんで暫く生死の境を彷徨った後いつの間にか使えるようになっていたんだ。まさか魔術たァ思わなかったがな」

 

「宿主を生かすために今まで眠っていた魔術回路が開いたんでしょうね」

 

「よくあることなのか?」

 

「ええ、それなりに。でも普通、貴方みたいになんの手解きも無しに使い続けていたら魔術回路が暴走して大半は死に絶えますけどね。はむ」

 

 プリンを頬張りながらさらっと恐ろしいことを言う。

 

「テメェを生かすための魔術に殺されるたァ皮肉な話だな」

 

「貴方も他人事じゃありませんよ。その右腕、動かないんでしょう?」

 

 カーマは横目でちらりと俺の右腕を見る。彼女の言う通り、今俺の右腕は殆ど感覚が無い。

 

「久々に使ったっていうのもあるんだろうが、50%以上力を引き出すと反動で暫くの間こうなるんだ。これでも一番軽いんだぜ?」

 

「はぁ・・・そんなことを続けていたら遅かれ早かれ死にますよ。背中を見せてください。少しはマシになるでしょう」

 

 彼女に背中を向ける。中央に手が添えられそこから暖かい何かが身体全体に流れ込んでいく。

 

「・・・・・・よく今まで普通に生きていられましたね。身体中ボロボロじゃないですか。魔術回路もこんなに歪んで。マスターさんは死ぬのが怖くないんですか?」

 

「まったく怖くない、と言えば嘘になる。ただ・・・・・・」

 

「ただ、なんですか?」

 

「・・・・・・いや、なんでもねェ」

 

 そこで言おうとしたことを飲み込んだ。こいつに話すようなことじゃない。

 

「なあ、俺にもその魔術回路ってやつがあるなら今のお前がやっているようなことは出来るのか?」

 

「どうでしょう。十分使えるだけの魔術回路はありますが、得手不得手がありますからねぇ。ま、貴方の才能次第ですね。はい、もういいですよ。腕は動きますか?」

 

 右腕に力を入れてみると、今までなら後一日は動かないはずの腕が確かに動いた。それどころか身体全体の調子が良い。

 

「こいつァすげェ。何をしたんだ?」

 

「簡単ではありますが、治療魔術の応用で魔術回路を修復したんです。これなら前よりは反動が軽くなるはずです」

 

「お前何でも出来るんだな」

 

「ええ、私は神霊ですから。そこいらのサーヴァントとは格が違うんですよ格が」

 

 彼女はエッヘンと得意げに胸を張った。その姿はお世辞にも神なんて大層なものじゃなくどこにでもいる普通の女の子にしか見えなかった。それが可笑しくて、思わず吹き出してしまった。

 

「あ、なに笑っているんですか!」

 

「いやなに。とてもそうは見えなくてな」

 

 どういう意味ですか!、と頬を膨らませ睨みつけてくる彼女がまた面白くて、笑いが止まらなくなった。

 

「そんなに笑わなくてもいいでしょう!?いい加減にしないと矢を刺しますよ!」

 

ああ─────こんなに笑ったのは、ひと時を楽しいと思えたのはいつぶりだろうか。

 

「ありがとなカーマ」

 

 何気なく、彼女の頭に手を添えて優しく撫でた。髪の手触りが心地良くて、今まで感じたことのない不思議な感覚が心に到来する。

 

「か、神の頭を撫でるなんて無礼にもほどがありますよ!?」

 

「神様の反応にしては随分人間らしいじゃねェか」

 

「うるさいですね!早く手を退けなさい!」

 

「なァ・・・もう少しだけでいい。撫でさせちゃくれねェか?」

 

「え・・・マスターさん?・・・・・・むう」

 

 抵抗していた彼女は暫く俺の顔を見つめた後、頬を赤く染め俯いた。赤くなった顔を隠すためか撫でやすいようにそうしてくれたのかは分からないが、まァどちらでもいい。彼女は許してくれたのだから。

 

「ありがとよ」

 

「ふん・・・・・・」

 

 

─────4─────

 

 

「テメェのせいだ!テメェが悪いんだ!テメェが!テメェが!」

 

 ああ、またこの夢か。この、身体強化だったか。50%以上出力すると身体機能の低下の他に、いつもこの夢を見る。カーマが魔術回路を治してくれたからもう見ることはないと思っていたが、どうやら簡単には解放してくれないみたいだ。

 とうの昔に癒えたはずの傷が痛む。出来たばかりかのようにズキズキと。

 罵られ、殴られ、叩かれ、蹴られ、踏みつけられ、切られ、刺された。ゴミ以下の扱いを受けてきた。実の親にだ。

 だが俺は、そんな哀れな俺はその鬼畜の親の言葉を信じていた。自分が全て悪いのだと信じ込んでいた。おかしいとさえ思わなかった。

 あの地獄から救われてもう十二年経った。今では自分に非が無いことは分かっている。親が子に施した洗脳は解けている。それでも記憶は失われない。色あせることなく鮮明に。子供とはそういうものだ。親から受けた傷はトラウマとなって心に刻まれる。たとえそれが些細なことだとしてもだ。

 

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

 無意味な言葉を繰り返す。それがまた反感を買い暴力は悪化する。

 

「邪魔なんだよ!気持ち悪い餓鬼が!死んじまえ!死ね!死ね!」

 

 いっそ殺してくれ。一思いに殺してくれ。幼いながらに常にそう思っていた。

 

「ギャアッ!!」

 

 父親に包丁で切られた。何度も何度も死なない程度に。弄ぶように。

 夢はいつも、親との最後の記憶となったここで終わる。

 

「全てお前が悪いんだ!」

 

 聞き覚えのない声が響く。一人じゃない。大勢の罵声が聞こえてくる。俺に対してのものじゃないと気が付くにはそう時間はかからなかった。

 なんだ、これは。今までこんなことは無かった。

 熱い。焼けるように熱い。感じたことのない熱さだ。

 

「どうなっていやがる・・・この夢はなんだ?」

 

 誰かが答えてくれるはずもないのにそう呟く。

 

「嫌!やめて!」

 

 誰かの声がする。許しを請う声が─────

 

「っ─────」

 

 

 目が覚めた。全身が汗でびしょ濡れになっている。

 

「あの声は・・・誰なんだ」

 

 何故俺の夢に?考えれば考えるほど疑問は出てくる。きりがないと夢のことを考えるのを止めて、俺は離れにある彼女の部屋へ向かった。

 

「よお、朝だぜ─────ん?」

 

 寝室に入ると、寝ているの彼女の様子がおかしいことに気付く。

 

「う・・・・・・ひくっ・・・・」

 

 泣いていた。悪夢でも見ているのか、彼女は苦悶の表情を浮かべ布団の端を握りしめて泣いていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彼女の頭を優しく慰めるように撫でる。

 

「俺にはこれくれェしか出来ねェんだ。勘弁してくれよ」

 

「ん・・・・ひぐ・・・・」

 

 女に対してこれほど接したことが今までなかったためどうすればいいのか分からないが、悪夢にうなされる気持ちはよく分かる。だから撫でる。優しく、優しく頭を撫でる。

 

「う・・・・・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・」

 

 暫く撫でていると、彼女は泣き止み寝息を立て始めた。

 

「よく眠れ・・・・・・さて、飯作るか」

 

 眠ったのを確認し台所へ向かうため立ち上がると─────ズボンの裾を引かれた。

 

「ん?」

 

足元を見ると彼女が裾を掴んでいた。潤んだ瞳を向けて。

 

「いかないで・・・・・・傍にいて・・・・」

 

「─────」

 

「お願い・・・・・します・・・・・」

 

 ああ、そんな顔をされちまったら─────断れるわけがない。

 座って裾を掴んでいる手を握ってやり、再び彼女の頭に手を添え撫でる。

 

「好きなだけいてやる。だからもう少し寝てな」

 

「ありがとう、ございます・・・」

 

「ああ、良いってことよ。おやすみ、女神様」

 

 まだ朝は早い。仕事も昼からだし戦は夜中だ。何も焦ることは無し。今は彼女の好きにさせてやろう。

 

 

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