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人間なんて大嫌い。奴らはこの世から争いが無くならないのはすべて私のせいだと、愛が足りないからだと罵った。神々にいいようにされながらもこの身を捧げ、何度も愛の矢を射ってきたのに。この身が灰になるまで愛してきたのに。
だから私は決めたんです。だったらすべてを愛してあげるって。愛の神が直々に、とことんまで愛して骨の髄まで蕩けるような堕落を差し上げます。
そんなことができるのかって?勿論できますよ。だって私は、愛の神なんですから。
「─────」
目が覚める。
目の前に広がるのはもう見慣れた木造の天井。
「サーヴァントは夢を見ないはずなのに、なんでよりによって昔のことばかり夢に出るんですかね・・・」
かぶりを振って嫌な気分を誤魔化す。
廊下の方から足音が聞こえてくる。マスターさんが私を起こしに来たんでしょう。
「朝飯できたぜ。起きてるか?」
ふすま越しに彼が訊いてくる。
「ん・・・すぐに行きます」
「あいよ」
布団をたたんでから居間に行くと彼がテーブルに朝食を並べていた。
「おはようさん。目元を見る限り、昨日ほどうなされなかったみたいだな」
「それでも気分は最悪です」
「そうか・・・そいつは災難だな。気持ちはわかるぜ。俺も目覚めが良い日なんてここ数年無いからな。ま、せめてこの朝飯で多少なりとも気分が良くなってくれれば作った甲斐がある」
サーヴァントに食事は必要ないのに、彼は一日三食律儀に作って振る舞ってくる。まあわざわざ作ったものを無下にするのも神様的にどうかと思いますし?別に、初めて食べたときに予想以上に美味しくてハマったとかじゃありませんし。
「・・・・・・いただきます」
黙々と食事をしていると、テーブルに置かれている携帯から着信音が鳴り出した。
「おっと。ちょっと出てくらァ」
「別に私のことは気にしなくていいですよ」
「悪いな─────俺だ。どうした?」
携帯から女性の声が漏れてくる。話し方からして親しい間柄のように思える、いったい誰なんだろう。
(この人も年頃なんですから彼女とかでしょうか?)
「おお、なに?今からこっちに来るって、お前な・・・いや、別に嫌って言ってるわけじゃねェよ・・・わかった。着くのは昼頃だな。昼飯作って待ってる。おう」
都合の悪い話だったのか、彼は苦い顔を浮かべて通話を切った。
「どうしたんですか辛気臭い顔して?」
「ああ……これから妹が来る」
「マスターさん妹がいたんですか」
「まァ、一応な。あいつの部屋掃除しておかねェと」
「その妹さんが来るのがあまり嬉しそうじゃありませんね?」
「色々あってな。別に仲が悪いってわけじゃないんだが」
「ふーん・・・まあ、どうでもいですけど。ごちそうさまでした」
「おう、お粗末様。妹が来た時に呼ぶからそれまで好きにしててくれ」
彼は残りの朝食を口に放り込むと自分と私の食器を流し台へ運び洗い物を始めた。
「・・・・・・・・・」
彼は変わり者だ。サーヴァントの私に何も求めてこない。普通なら昼間のうちはサーヴァントに情報収集をさせるなり、それこそ家事雑用を全て任せることもできるのに(私は面倒なので断りますが)彼は全部自分でこなし私に文句の一つも言ってこない。それどころか私を守るとさえ言う始末だ。
今までこんな人には出会ったことが無かった。人間なんて皆自分のことばかり考えて自分のためなら平気で他者を利用し蹴落とす愚かな生き物なのに、彼はそんな素振りが見えない。
自分より他者を大切に思っているのだろうか?ありえない、そんな聖人いるはずがない。きっと何か裏があるに違いない。
そう、思ってはいますが・・・・・・
「今日は私がやります」
与えられっぱなしは嫌なので。
「え?別に気ィ使わんでいいんだぜ?」
「そんなんじゃありません。ただ、愛の神的に・・・というか常識的に、ここまでお世話になっているのになにもしないのはどうかと思いますので。ほら、貴方こそ好きにしててください。掃除も私がやっておきますから」
彼の背中をポンと叩いて台所から出るように促す。
「そうか。じゃあお言葉に甘えて」
「そうですよ。素直に私の愛を受け取ればいいんです」
「カーマ」
「なんですか?」
「ありがとよ」
「っ─────」
そう言って頬をかきながら見せてきた彼の不器用な笑顔に、私は今まで感じたことのないものを感じた。
(なんですか・・・今の・・・胸が・・・)
*
洗い物を済ませた私は掃除のため彼の妹さんの部屋へ向かう。
さほど興味もなかったため家の構造をすべて把握していなかったが、改めて歩いてみるとかなり広い。
「ただ住むだけにしては広すぎませんかね・・・・・・」
「ここは俺の祖父さんが建てたらしくてな。そん時ここは祖父さんの仲間内の集会場も兼ねていたのさ。二階のなんも置いてねェ大広間はその名残」
私の独り言に庭にいたマスターさんが答える。
「地獄耳ですか貴方・・・」
「耳が良くなきゃ襲われる前に気付けないからな。まァ、この前は調子が悪くて捕まっちまったが」
「というかそんなところで何してるんですか?さっき部屋に行くって言ってたからてっきり」
「お前の気持ちは嬉しいんだが、どうにも昔から人にやらせて自分だけ何もしねェってのは落ち着かねェんだ。だから手伝うためにここで待ってたってわけだ」
「難儀な性格してますねぇ、貴方」
「よく言われる。よし、始めるとするか。俺ァ先ず二階の方をやるとするか」
「はいはい、了解でーす・・・って二階?妹さんの部屋だけじゃないんですか?」
「時間もあるしな。ついでだから家中まとめてやっちまおうってわけだ。じゃ、頼んだぜ」
彼は背を向け私にひらひらと手を振ると、掃除機を持って二階へ向かっていった。
「はぁ、ついでだからってこんな広い家、というか屋敷を二人でなんて・・・こんなことなら最初からやるなんて言わない方がよかったかもしれませんね……」
廊下を進んでいくと一番奥に妹さんの部屋があった。中は全体的に明るい模様の家具や小物が揃えられた年頃の女の子らしい部屋だった。
定期的にマスターさんが掃除をしている証拠だろう。埃はさほど積もっておらず、軽く掃除機をかけるだけで済みそうだ。
「嫌そうにしていた割にはいつ来ても大丈夫なようにしているじゃないですか──ん?あれは」
何気なしに壁に掛けられた写真に目がいく。写っているのは左側に立つ顔に大きな切り傷がある大柄な初老の男と、中心に立つそれに目元がよく似た少女、右側に立っているのは恐らく子供の頃のマスターさんだった。構図から察するに男の方は父親で、少女の方は妹さんだろうか。三人はカメラの方を向いて笑顔を作っているが、マスターさんだけさっき見せたようなぎこちない笑顔だった。
「ふふ、あのへたくそな笑顔は昔からだったんですね」
他の写真にも目をやると、似たようなものを中心に彼らの思い出が左から年代順に並んでいる。
しかし、右から三番目の写真から男は写っておらず、妹さんの表情は今までのものに比べると少し笑顔に陰りがありマスターさんも同様だった。彼が三日前私に言ったことと関係があるのかもしれない
「……そういうことだったら触れないであげたほうがいいかもしれませんね。まあ私には関係ないからどうでもいいですけど」
*
「ほい、ご苦労さん」
約二時間もの掃除を終え、居間で休んでいる彼女にアイスを渡す。
「気が利きますね。いただきます」
「二時間も付き合わせたからな。その報酬ってことで」
「いいですよ。その調子でもっと敬いなさい。─────このアイス良いですね」
「安くて美味い。特にこういう暑い夏にピッタリだ」
二人でアイスをかじりながら冷房の風で涼しむ。よくある日本の夏の光景だ。
昼飯は一時間くらい経ってから作れば丁度いいだろう。よし、そうめんにしよう。あれなら楽でいい。
「マスターさん、こっち来てください」
ソファに寝そべったまま彼女が手招きをしてくる。読んでいた小説を置いて彼女の目の前まで行き腰を下ろす。
「どうした?」
「少し目を瞑ってください」
「なにする気だ?変なことするんじゃあるめェな」
唐突にそんなことを言うもんだから訝しむと、彼女はムッとした表情を浮かべて、
「そんなんじゃありません。早くしないとお望み通り呪いでも掛けてあげましょうか?」
「わかったわかった……」
言われた通りに目を瞑ると、額に何かが触れる。彼女の指だろうか。
それが触れた瞬間、頭の中にゲームのステータス画面のようなものが浮かび上がってきた。それにはカーマのサーヴァントとしての性能やスキルが書かれていた。
「はい、もういいですよ」
「今のは何だ?」
「見ての通りです。一々口で説明するのは面倒なのでこれからはそれで確認してください」
「ゲームのステータス画面みたいだったが、お前ゲームわかんのか?」
「見え方は人それぞれです。貴方にはその…ゲーム?に見えたのに私は関係ありません。意識すればいつでも見られますから、マスターだったらこれくらい出来るようになってください。自分の強化だけ出来れば良いってものじゃないんですからね」
「了解した」
「はい、じゃあ離れてください。暑苦しい」
こちらに見向きもせずにしっしっと手を払い俺を追っ払った彼女は再びアイスを食べ始めた。
「お前が来いって言ったのに勝手なもんだよまったく……しかも冷房が直接くるところ占領してるし」
「……あー、あっついですねえ。マスターさん、暇なんですからそれで扇ってください」
文句が聞こえていたのか、眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔になった彼女は俺が持っている団扇を指差しそう言ってきた。
「ヘイヘイ、わァりやしたよお嬢様」
断っても面倒だしまァこいつには世話になったしこれくらいはしてやるかと判断して、素直に団扇で扇ぐ。しばらく俺のことを見つめていた彼女は満足したんだがしていないんだか、よくわからない顔をしている。
「ふん……」
「………………」
狂ったような蝉の鳴き声、冷房の低い唸り声のような機械音、アイスをかじるシャリシャリと子気味良い音、パタパタと団扇を扇ぐ軽い音。
本格的に今年も夏が到来したことを実感させられる。
「暑いなァ」
言ったところでどうにもならないのに、そう口にした。
「口より手を動かしてください。止まってますよ」
「すまんすまん」
再び団扇を扇ぐ。さっきとは違い彼女は満足そうに風を受けている。
「良いですよ。その調子です」
「ん」
彼女がアイスを食べ終わったのを確認して手を出した。
「は?なんです?」
「棒、捨てるから。ずっと咥えているつもりか?」
「ああ、ありがとうございます」
棒を受け取り自分のと一緒に捨てる。ついでだからと冷蔵庫から麦茶のポットを出して二人分淹れた。
「飲みな。少しはマシになんだろ」
麦茶を入れたコップを彼女に渡して俺はまた団扇を扇いだ。
「……どうも」
まただ。彼女はコップを見つめたままよくわからない顔をしている。
「麦茶嫌いか?」
「い、いえ。そういうわけでは!いただきます」
頬を赤くした彼女はそれを隠すように麦茶を一気に飲み干した。
「……美味しいです」
「そうか。冷蔵庫に入れてんから好きに飲んでくれ」
ふと、テレビ横の本棚に置いてある一冊の文庫本に目がいく。タイトルは『人斬り以蔵』。そういえば彼のことを知ったのはあの本からだった。
剣の天才、幕末一の人斬り。ガキの頃はいったいどれほど強いのだろうと多少の憧れがあった。そんな男が自分の前に現れ命を狙ってきた。正直なところかなり興奮している。直接一戦交えることはできなかったが、それでも分かる。あれは本物だ。過去に何度か刀相手にやったことはあったがあれを見た後ではどれも赤ん坊も同然、そう思えるほどだった。
「んう……すぅ…………」
考えふけっていた意識が彼女の声で現実に引き戻される。
「快適そうでなによりってな。あいつが来たら起こしてやればいいか」
押入れからタオルケットを出しそっと彼女に掛ける。
「せっかくだ。久々に読むか」
そして、本棚から『人斬り以蔵』をとって彼女の横に座り直して読み始めた。
─────2─────
サーヴァントと縁は聖杯戦争に大きく関わりがある。対象に所縁のある品、所謂触媒を用いて召喚の儀を行えば高い確率で本人が召喚される。その他に、サーヴァントが召喚された後にそれに深い関わりがある者、例えば主従関係にある者が召喚されることもある。
今回は後者の状況が再現されよりにもよってこの世で二番目に会いたくない“あいつ”が召喚されてしまった。
「それぐらい構わねェよ。一人増えたところでどうってことねェし俺も紹介したい奴がいるんだ」
マスターさんの話し声で眠りから覚めた私はぼうっとした頭で会話を聞いていた。どうやら妹さん以外にも一人来るみたいだ。
通話を終えた彼は台所に立ち昼食の支度を始めた。
(ちょっと驚かしてみましょうか)
本当になんとなくそう思いついた。音を立てずに独鈷杵を彼の頭へほんの軽く小突く程度の力加減で飛ばした。
「起きたか。悪戯も結構だが、そろそろ妹が来るからそのつもりでな」
当たる直前に独鈷杵を指でつまみ、振り向かずに投げ返してきた。
「……なんで分かったんですか」
「お前がやりそうなことなんてお見通しなんだよ」
「むぅ、面白くない─────マスターさん、近くにサーヴァントの気配が」
「っ───楓!」
誰かの名前──多分妹さんの名前でしょう──を口にすると彼は血相を変えて部屋から飛び出していった。
「ちょっ、どうしていつも勝手に行動するんですかあの人は!」
彼の後を追い外へ出ると裸足のまま門前で立ち尽くしている彼と、二人の女性がいた。
ばつが悪そうに頬をかいている方はマスターさんの妹だろう。問題はその隣の私と“同じ顔”の女だ。
「どういうことだ……カーマと同じ……?」
彼が動揺するのも無理はない。私だって同じくらい動揺している。
「…………なんでよりにもよって貴女なんかが」
「久しぶりですねカーマ。まさか貴女も召喚されているとは思いませんでした」
忌々しい笑みを浮かべてこの女、パールヴァティーがそう言った。
*
「…………」
「…………」
どうしたものか。もう十分近く沈黙が続いている。原因は隣で殺気を放っているカーマだ。パールヴァティーという名の少女と出会ってから一言も喋らずただただ彼女を睨んでいる。
「カーマ?お前がずっとその調子だと話してェことも話せねェんだけどよ」
「話すことは何もありません。それに、その女を出会い頭に殺さなかっただけマシだと思ってください」
さっきからこの調子だ。いやまァこうなってしまっている原因は分かっているん だが現状解決できないものだから困りもんであるんだが。
「あの、カーマ?」
「気安く私に話しかけないでください」
「あぅ…………」
パールヴァティーが恐る恐る声をかけるがカーマはそれを食い気味に切り伏せる。
「カーマ。お前が言う通りこの人がパールヴァティーだってんならその態度も致し方ないとは思う」
「だったら!」
「だが、この人は俺の妹とここに来た」
視線を妹────
「仮にこの人とやり合うことになるとしてもそれは話を聞いてからだ。いいな?……頼む、この通りだ」
カーマの方へ向き直り頭を下げる。これで駄目だとどうしようもないから聞き入れてもらいたいものだが。
「…………はぁ、分かりました分かりましたよ。好きにしてください」
「ありがてェ。─────じゃあ話を聞こうか」
俺とカーマのやり取りを見ていたパールヴァティーは驚愕の表情を隠せずにいた。驚くようなことは何も話していないはずだが。─────それより問題は楓の方だ。事の重大さを分かっていないようで茶をすすりながらスマホをいじっている。
「おい、楓。お前にも言ってんだぞ」
「聞いてるよお兄ちゃん」
「…………俺ァ桜木真澄。アサシン・カーマのマスターであんたの隣にいる娘の兄貴だ。うちのサーヴァントと今話した通り、こちら……いや少なくとも俺に敵意はない。差し支えなければあんたのことを教えてくれると助かるんだが、どうだ?」
「サーヴァント・ランサー。真名はカーマの言う通り、パールヴァティーです。私のマスターは……桜木楓です」
「─────そうか」
なんてことだ、よりにもよって楓がマスターに。考えたくもなかった最悪の事態になってしまった。いやそれどころではない、このままでは─────
額から冷汗が流れる。
「冗談キツイぜ……楓、こうなった経緯を説明してくれ」
「うん、分かったよ」
俺の表情を見て何かを察したのか、楓は姿勢を正し俺の眼を見つめて事の顛末を話し始めた。
一昨日、楓は学校の友人たちと夜遅くまで出かけていた。十一時頃、帰路についていた楓は人の叫び声を聞いた。聞こえてきたのは近くの路地裏。正義感の強い楓は躊躇うことなく路地裏へ走っていった。
少し行くと道の先、曲がり角のところで壁にもたれかかりガタガタと震えるスーツ姿の男がいた。
『大丈夫ですか!?』
男に駆け寄り声をかける。男は楓の方には見向きもせず正面を凝視している。
『馬鹿な……私の…………サーヴァント、が』
『しっかりしてください!私の声が聞こえ─────!?』
男の体を揺さぶるときに、手に生暖かいものが触れた。
血だ。男の右肩から袈裟懸けにまるで猛獣にやられたかのような傷が付いていて、そこからとめどなく血が流れていた。
素人目に見てももう助からないのが分かるほどに。
グチャリ、と湿った嫌な音が男の視線の先、街灯やビルの明かりも届かない暗闇の向こうからから聞こえてくる。
『なに?……なんなの?』
脳が危険信号を出している。“絶対に見るな”と言っている。
しかしそういうものほど見たくなってしまうのが人の性。恐る恐る音のする方へと視線を移そうとしたその時─────
暗闇の向こうからボールのようなものが足元に転がってきた。
『ヒッ─────』
背筋が凍り付いた。
ボールのようなものは、中世風の兜を被った男の生首だった。
暗闇の中から何かが現れ明かりに照らされたことによってその全貌が明らかになった。
全身毛が一本も生えておず生気の感じられない青白い肌、骨がむき出しのガリガリにやせ細った身体、ギョロギョロと蠢く二つの大きな目玉、綺麗に生えそろった歯、異様に鋭いかぎ爪。
化け物は生首の男のだったであろう甲冑を身に纏った体を引きずっている。
金縛りにあったように体が動かない。
化け物は感情のない瞳で楓を見、血濡れた口元を緩めて悪意に満ちた笑みを浮かべると掴んでいた死体を投げつけてきた。
動けなかった体が己に迫る危険に反応し弾けたように死体を横に躱した。
『ガパッ!!』
男と死体がぶつかり合い互いがバラバラに弾け飛んだ。
さっきまで生きていた人が肉塊となって辺りに散らばる。
『あ…………』
そして度重なる凄惨な光景を目の当たりにし楓の中の何かが切れた。腰が抜け身体に一切の力が入らない。
『あ………ああ…………』
もう何もできない。結局大した抵抗もできなく私はこの化け物に食い殺されてしまうんだ。
化け物が楓に歩み寄る。口から発せられる湿った吐息が顔にかかり髪がなびく。形容しがたい不愉快なにおいが鼻を突く。
化け物に食われる瞬間、浮かんだのは兄の顔。このまま自分が死んでしまったら兄はとうとう一人になってしまう。
『死にたくない…………』
ふり絞るように出た言葉は単純なもので、言ったところでなにも変わらない。
『っ─────』
恐怖で目を瞑る。
『……………………』
痛みが無い。まだ食べられていない?恐る恐る目を開けると、化け物は楓に背を向け眩い光を放つ路地の奥を見ている。
『■■■■ーーー!!』
女性の悲鳴のような化け物の咆哮が轟く。それと同時に、奴の背中越しから見えたこれまた奇妙な出で立ちをした女性が刺又のような武器を構え突撃してきた。
『はあっ!!』
スピードは申し分ないがまったく武器の扱いに慣れていない。そんな風に見えた。あれでは返り討ちにされてしまう。度重なる現実離れした体験によって一周回って冷静になった頭でそう思った。
しかし─────
『■■!?』
攻撃は奴の顔面に直撃し鈍い音と共に蒼い閃光が走った。打ち込まれる度にその部位に蒼い閃光───雷撃が化け物の体を駆ける。
『■■■■■■■■ーーー!!』
勝てないと判断したのだろう。化け物は甲冑男の骸を掴み咥えるとそのかぎ爪でビルの外壁を登り瞬く間に逃げ去っていった。
『ふう、なんとか撃退出来ました。お怪我はありませんか?マスター』
突如現れた楓と外見年齢の近い少女がまるで女神のような慈愛に満ちた笑顔で声をかけてきた。
「んで、俺が巻き込まれていないか心配になって会いに来たと」
「まさかマスターになっているなんて思わなかったけどね。しかも双子の」
カーマを見やり苦笑いを浮かべる楓。“双子”という単語に反応したカーマが凄みの利いた目付きで楓を睨む。
「双子じゃありませんから。依り代が同じなだけです」
「じゃあ身体は同一人物ってこと?それで中身は別人……知り合いではあるみたいだけど」
知り合いなんてもんじゃない。相手は自分を殺した男の妻だ。常人なら絶対体験できない被害者と加害者親族の対面だ。気まずいなんてもんじゃない。
「話は分かった。幾つか気になることはあるが先ずはパールヴァティーさん、妹を助けていただきありがとうございます。それと、貴女に対して礼節をかいた態度をとったことをどうか許してもらいたい」
彼女に深々と頭を下げ感謝と謝罪の言葉を述べる。
「そんな、頭を上げてください!気にしていませんから。それにそんなに畏まらないで、気さくにパールとお呼びください」
「どうも。楓、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
聖杯戦争に参加するのかどうか。楓に命を懸けてまで聖杯を欲するほどの願いがあるのかどうかは知らないが、返答次第によっては─────
「どうするって、参加するに決まってるじゃん」
「決まってるって、分かって言ってるのか?」
「大体のことはパールから聞いてるよ。だから聖杯戦争がどんなに危険かも分かってる。怖い思いもしたしね。それに、お兄ちゃんが参加した理由はこの町を守るためでしょ?だったら私もこの街の住人として、桜木真澄の妹として参加するのは当然なんじゃない?」
強い意志が感じられる真っ直ぐな眼で楓はそう言った。流石は親っさんの娘だと感心する。こうなっては何を言っても引き下がらないことは長い付き合いの中で思い知っている。
「そうか……パールさん、あんたには何か願いが?」
「いえ、私にも聖杯に望むものはありません。私が今も現界しているのはマスターを護るためですから」
「……俺が頼むまでもなかったか。パールさん、楓のことをよろしくお願いします」
「お任せ下さい。本来戦いの神ではありませんが、マスターのために全力を尽くします!」