Gerthena 作:mashi
招かれる者たち
「それで、お前の車どうなったって?」
「現場検証および捜査中に確認したときには既にエンジンがかからなくなってたそうだ。奴ら乱雑に扱ったに違いない。」
「ちょいと乱雑に扱われた程度でグズるソレは車の役目を果たしてると言えんのか?」
鼻で笑うヴィラを横目にミッシェルはシートの座席を傾ける。
「いいや、あいつはまだ動いたはずだ。」
「未練がましいな。でも、最新の車もいいもんだろ?ECUフル電子制御にパワステ、パワーウインドウにフルタイム4WD。エアコンだってちゃんと動く。誰かさんのとちがってな。乗り心地はいかがかいお嬢さん?」
「いくらなんでもデカすぎるだろ。」
今郊外を走る車は、やたらに立派に、道路を自らのための道と言わんばかりの威厳を持つものだった。
その見た目のいかつさや、車体の大きさ、堂々としたフォルムは持ち主を体現しているといってもいいだろうか。
「4.7リッターV6ツインカムターボさ、400馬力はくだらん。トルクも申し分ねぇ。」
「7人乗りの上に最低地上高も高いときた。俺の趣味にはないな。1.5LのFFで十分だ。」
「そら残念。じゃあ不機嫌なお嬢様の為にこいつを送ってやろう。」
そういうと、ヴィラは右手で目線も崩さず器用にプレーヤーを弄る。そうするとやたら景気のいいパンクがスピーカーから飛び出してくるのだった。
『Right now, heh heh heh heh!!!』
「・・・セックス・ピストルズか。」
「お前も好きだったろ?ハイにいこうぜ!」
「・・・・褪せないな。」
二人は一度帰宅をし、態勢を立て直したのちに合流している。目指すは、事の真相が眠る場所。
カーオーディオは二人の闘心を煽るかの如く、けたたましく鳴り響く。
『I am an Antichrist
I am an anarchist
Don’t know what I want but I know how to get it
I wanna destroy the passersby
‘Cause I, I wanna be anarchy!
No dogsbody!
Anarchy for the U.K. it’s coming sometime and maybe
I give a wrong time, stop a traffic line
Your future dream is a shopping scheme
‘Cause I, I wanna be anarchy!』
・・・・・・・・・・・・・
美術館の正面ゲートに差し掛かるが、その赤錆の混じった貫禄のある門は、閉館日という看板と共に固く閉ざされていた。
「オイオイ、誰かいねーの?」
ヴィラはハンドルの中央をポンポンと叩き、クラクションのチャイムを鳴らす。
そうすると、ゲート横の一枚扉から一人の黒人男性が訝し気な面持ちで出てきた。
「おい!今日は閉館日だって立て看板が読めねぇのか!?」
ヴィラもウインドウを開けて応じる
「ちょいと、用があんだよ、開けてくれや」
「ンだと?エラそうな車乗りやがってコノヤロウ、だいたい誰だアンタ?」
「俺ならわかるだろ?開けてくれ」
その奥から、ミッシェルが顔を出す
「あ!てめぇ!この間はよくもチクってくれやがったな!降りてきやがれ!てめぇの〇〇に〇〇してやっからよ!」
警備員は興奮した様子で人差し指を彼らに向けながら、ずかずかと寄ってくる。
「よっぽどご立腹だ、お前何したんだ?」
ヴィラはにやけながらミッシェルに問う。
「この美術館の警備員になるには、アタマと忍耐強さは必要ないらしい。
ミッシェルは呆れた様子で溜息交じりに言う。
「違いねぇ」
そういいながらヴィラは再び警備員のほうへ向き、ある物を差し出す。
「まぁ落ち着けよ、こいつでどうだ兄弟?」
彼が差し出したソレは20ポンド札だった。
それを手にしてまじまじと見つめる警備員の顔はどこかまんざらでもない。
「お前...、こんなモンで俺様の機嫌が取れるとでも思ってんのか?このミスタージャックはカネでモノをいうような野郎は死ぬほど・・・」
そういうと警備員の前にヴィラは同じ紙幣をもう一枚チラつかせる。
それを見た警備員の目はまん丸になった。
「・・・・なるほど・・・ね・・・」
・・・
「オラ!もっと素早く開けろ!お客様が待ってんだぞ!いつまでチンタラやってる!」
警備員は若手の部下を使って正面ゲートを開ける、錆が付いてすっかり動きが悪くなってる門はギギギと悲鳴を上げながらゆっくりと両手を広げる。
「へへへ、悪いな。待たせちまった。館長にも言ってあるからこんまま行っていいぜ。」
「悪いな、恩に着るぜ兄弟。」
「とんでもねぇ!大事なお客様の為だ。俺は、自分の仕事をしたまでさ。」
ヴィラはウインドウを閉め、ギアを入れ車を前進させる。
「帰りも寄ってくれよな!!」
その車の背中に叫び声が投げつけられる。
「はは、文字通り現金なヤローだな」
ヴィラはケタケタ笑っていた。
「鳶職ってのはそんなに儲かるのか?」
「なワケねぇだろ、副業が潤ってるだけさ。鳶は身体が鈍らねぇようにやってるだけだ、お前もスパイダーマンになるか?」
「俺はバットマン派だ。」
「どっちにしろ、俺たちは今からヒーローさ。ヴィラン退治して、お姫様を救出しに行こうぜ。」
駐車場に車を雑に留めて、二人は本館へと向かう。
・・・・・・・・
「おお、ミッシェルさん。お待ちしておりました。」
「どうも、館長」
エントランスの真正面に館長は居た。
その容姿は、以前よりも少し老けて見えた。見えないストレスと不安がそうさせたのか。
「何も動かしてませんね?」
「ええ、触ってもいませんし、誰も立ち入らせてはおりません。もう正直、皆疲れているようです。気味が悪いから早く撤収してくれとの声も上がっております。」
館長は館内へ通じる扉の南京錠を開錠しながらそう言った。
ミッシェルが騒ぎ立てたあの日以来、美術館では呪いの噂が蔓延していた。客が消えたというあの話が本当ならば、と皆気が気でない状態だ。その噂は周辺にも広がり、ゲルテナの呪いから始まり、あの美術館では神隠しが起こるという都市伝説にまで至った。
「もうすぐにでも、終わらせます。」
「大船に乗ったつもりでいなよ爺さん。」
ヴィラは館長の肩をポンと叩く。
「貴方は...?」
「こいつはヴィラ、強力な助っ人です。」
代わりにミッシェルが説明をした。
「こいつのケツを拭きにきてやったのさ。ま、ジョン・ウィックが来たとでも思ってくれ。」
「・・・・ジョン?・・・何ですか?」
「あー...ジェームズ・ボンドが来たって言ったほうが良い?」
「おお!それは実に頼もしい!」
館長の顔に少し精気が戻った。
「・・・それでは」
「あなた方は何をされるおつもりですか?」
ドアの取っ手に手をかけるミッシェルを館長は呼び止める。
「絵の中へ」
「・・・・・・・」
まるで面食らったような顔をする館長の肩にヴィラは腕を掛けた。
「まぁ、正気だとは思わないほうがいい。」
「・・・・どうか、お気をつけて。」
どう返すべきかわからない館長は当たり障りのない言葉を選ぶ。
「今日付けで我々が戻らなかった場合、絵は全て撤去していただいて結構です。では」
ミッシェルは大きな観音開き式のドアを開け、中へと入っていく。そしてそれにヴィラも続いた。
・・・・・・・・・
「うへぇ、気味わりぃなこりゃ」
美術館の中には、ゲルテナの芸術作品がその当時のまま、残っていた。
それらは今に動き出しても不思議ではないと思わせるだけの、存在感や躍動感に恵まれたものだらけだった。
「これだ。」
ミッシェルが一枚の絵の前で足を止めた。
「ナルホド、実際見るともっとヤバそうなカンジでてんな」
それはこの絵に閉じ込められた男性、ギャリーが描かれた絵『忘れられた肖像だった』
「お前、イヴの言ってたことをどこまで信じる?」
「全てだ」
ミッシェルは間を開けずに即答した。
「なら、この男は死んでるってことも?」
「それはまだわからない。ただ、絵は消滅していない。例え作品の中に閉じ込められたとしても、絵として残っているのなら、可能性はある。作品にとっての本当の死は作品自体が消え、全ての人々に忘れ去られることだ。」
作品の死は忘れられること、ならば自分が過去に執筆した作品たちは既に死んでいるのか?自身の言葉から気づかされるそれを、彼はあえて知らないふりをした。
「なら、俺たちがヤツのことを覚えていることが、ヤツが生きている可能性に繋がるってことか、はは、ファンタジーにも少し慣れてきたな。」
二人はさらに歩を進め、二階の大きなパノラマ式の絵の前へ並んだ。それは全ての入り口とも呼べるあの絵。『絵空事の世界』
「・・・・すっげぇ。」
思わずその絵の迫力に飲まれるヴィラ、その目はまるで少年の純粋な瞳のそれだった。
それを前にしたミッシェルはその作品を睨みつけた。
「やべぇな、初めてSFを見た時の衝撃に似てる。その、2001年宇宙の旅とか、スターウォーズとか、なんつーかその」
彼は妙に興奮した様子が抑えきれない、そんな様子だった。
「落ち着け、ヴィラ」
「ああ、・・・大丈夫だ。しっかし、絵画ってのも悪くねぇんだな。今までノータッチだったが、こうも魅せられるとな。・・・・で?」
「なんだ?」
「どうやってここに入るんだ?」
「明確にはわからない」
さらっと答えるミッシェル。
「・・・まじかお前」
「だが、ここで彼女、イヴたちが向こう側の世界へ入り込んだ。ならばこの絵に何かがあるはずだ。」
「んじゃぁ、これが玄関ってことか?ノブはどこにある?インターホンは?卵を分けてほしいとでも言って開けてもらうか?」
こんな時でも軽口を辞さないヴィラにも、ミッシェルは乱されることはなかった。彼としてはこれが向こう側の世界と繋がっていることを確信し、そのまま絵をずっと見ていた。
「・・・・はぁ、作家ってヤツはやっぱりぶっ飛んでるよな。ハッパもやってなくてその思考が保てるのは普通にすげぇ。」
「もうそう考えるしかないんだ。お前もメアリーを見ただろ?」
「確かになぁ。ならよ、向こうの世界にもし行けたら、もっとヤベェ奴らがいるってことか?」
「おそらくな」
「そうか、ならお守りは要るよな?」
そういってヴィラはあるものをミッシェルに手渡す。
「・・・これは」
渡されたそれはオートマティック式の拳銃だった。大型と言わなくても、それなりのガタイのいいフォルムと重厚感は引き金を引かずとも、その戦闘力と凶器さを物語っている。
「SIG P226だ、9mmだがもしもの時には役に立つ。SAS仕様の特殊品だぞ手に入れるのには苦労した。」
ヴィラはそれを自慢げに語る。
銃はホールドオープンの状態となっており、マガジンも装填されていない状態だった。
「実銃を撃った経験は?」
ヴィラはマガジン二つを渡しながら問う。
「取材で何度か。」
ミッシェルはマガジンを装填しスライドストップレバーを下げる。ガシャっと威勢のいい音とともにスライドは前進し、銃本来の姿へと戻った。
「そいつにはマニュアルセーフティーはない。横のデコッキングレバーを引いときな。」
ミッシェルは言われるままレバーを操作し、起こされたハンマーを元の位置へ戻す。
「・・・お前は?」
ミッシェルは懐に拳銃を納める、専用のホルスターは無いので底の深い内ポケットへと入れる。もちろん銃の重さでコートが少し傾くが、気にしてはいられない。
「俺の相棒はこいつさ。」
ヴィラが取り出した拳銃はミッシェルに渡したものよりも大きく、その無骨な見た目からして軍用拳銃だと容易に想像できるものだった。
「ヘッケラーコッホの
ヴィラは引き金に指がかからないよう、人差し指を立てる。
「ま、約に立たず終いになるのが一番いいんだろうけどな。」
ヴィラは懐に銃を納める。
「・・・どこでこんなものを手に入れた。ここはアメリカじゃない。ギャングは足を洗ったんじゃ?」
「はっは!OBにはそれなりの役得ってもんがあるのさ。」
ミッシェルは訝しむ目でヴィラを見る。
「副業ってのも、気になるな」
「世の中には、知らねぇことが良いこともあるってもんさ。だが、カタギ相手の仕事じゃねぇってのは確かだ。」
「いつかお前を取材したいよ」
失笑する二人の傍に何かの影が忍び寄る、その気配をいち早く察知し、振り向いたのはヴィラだった。
「!?」
それに連れられミッシェルも同じ方向を見る。
そこにあったのは首のない石像だった。
「これ、ここにあったか?片付け忘れか?」
それにミッシェルは嫌な予感を感じ取る。
「いい乳してんなこいつ・・・。」
その石像をまじまじと眺めるヴィラ、に対しミッシェルは即座に回りの状況を確認する。
そうすると、自分のすぐ横にそれと似た石像があったことに気が付いた。
「くッ!!」
思わずのけぞる。
「どうした!」
ヴィラがミッシェルのほうへ目をやると、その光景に驚きを隠せなかった。
「いや・・・そこにはなかっただろ・・。」
そしてその気配は益々規模を大きくしていき、薄暗く見えなかった通路の奥から、何かがぞろぞろとゆっくり近寄ってきていた。
「職員の奴らか?」
その陰が姿を現したとき、二人は言葉にならない言葉を吐き出す。
「!!!」
首のない石像、上半身だけの女それらがまるでゾンビ映画のようにこちらをめがけて、身体を足を引きずり近寄ってくる。
「ウォーキングデッドってこんな感じだよな・・」
その時、二人の近くにいた石像がそれぞれ二人につかみかかった。
「うおっと!!離せクソが!」
ヴィラは石像の腹部を前蹴りで突き飛ばす。ミッシェルもその石像をなんとか振りほどく。
「退くぞ!」
そうミッシェルが言い、通路の反対側を目掛けるが、そこにも作品たちはこぞってやってきていた。
絵画を背にした状態で、先ほどの拳銃を二人は構える。
「クぅ!こりゃ幻覚か?クスリは止めたはずなんだけどな!」
じりじりと間合いを詰め寄られ、二人の背は絵画へ付いた、その時、絵画の淵が急に輝きだし、額縁が消えたのだった。
「今度はなんだ?どういうこった?」
「・・・・招かれてるみたいだ」
「そんじゃ、お邪魔してみるとするか!」
二人は作品たちに背を向け、一気に絵画へと飛び込んでいったのだった。