Gerthena 作:mashi
「失敗作ぅ?」
「そうだ、奴は失敗作。世間には発表されることは無かった絵だ。今はどこに貯蔵されているのかすらもわからない。」
ミッシェルは本をめくりながらそう言った。
二人が逃げ込んだこの部屋は、わずか20坪程度の、この空間からしたら随分と小さい部屋だった。
そこの中央に本棚が一冊と、部屋の隅にノートと万年筆が置いてある机があった。
「世間に出回ってもないものを、よく知ってるんだな。」
「この本にそう書いてある。」
ミッシェルはヴィラにその本の表紙を見せる。そこにはゲルテナ全集と書かれてあった。
「現実世界にはない本だ。西暦や文脈が滅茶苦茶だ。」
「どれ?」
ヴィラがのぞき込むとそこの紹介文には5000年発表の絵であるなどの記載があった。
「はは、ウラシマタローにでもなった気分だな。」
「知っているのか?浦島太郎を。日本の作品だぞ?」
「日本は好きだぜ。行きてぇとは思わねぇけど。」
ミッシェルは本を閉じて本棚に戻す。
「さて、どうしたものか。」
「このままこいつを連れ出せないのか?」
「それは危険だ。まずは薔薇の回収と、彼の回復を優先させるべきだ。」
「そうだよなぁ。」
そういいながら、ヴィラはギャリーの服の中などを調べた。
「お、こいつなかなかいいライター持ってんな。でも、タバコは持ってないのか。」
「物色してどうする?」
「何かヒントがあるかもしれんだろ?いろいろ前向きに考えねぇと、助けに来た俺らも、檻の中になるぜ?・・・ん?おい、見ろよ!」
ヴィラがギャリーのズボンの裾の返しから、何か小さいものを拾った。
「・・・花弁か?」
それは青い薔薇の花びらだった。
「こいつの薔薇は青ってことだな。なら、青の薔薇を探せばいいってことだろ。ラクショーだ。」
「問題はどこにあるかだ。」
ミッシェルは顎に手を当て、考える。
「こいつが倒れてた所の近くって考えるほうが妥当なんじゃないのか?」
「だが、ここまでくるにあたって彼のいた部屋の近くはあらかた見たはずだ。・・・・さっきの奴がいた辺り以外は。」
「・・・・リベンジ、いっとくか?」
「・・・・気乗りはしないが」
ミッシェルは拳銃を取り出して、スライドを軽く引く。そこからは弾薬が顔をのぞかせていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二人は先ほどの通路の近くへ来ていた。
もしかしたら、失敗作がいたあのあたりに、鍵があるかもしれないから。
もしそこに何もなければ、くたびれ儲けだけでは済まない。一種の賭けに近いものがあった。
ギャリーは先ほどの部屋へ置いてきている。あそこなら、危険に晒される心配がない。
二人は入念にクリアリングを施す。また邪魔をされれば適わない。
「妙に静かだ。」
ミッシェルは周りを見渡す。先ほどよりも、何かがいる気配が少なかった。
「ビビッて逃げたか?」
そのとき、二人は背中に猛烈な殺気を感じる。
そこからは、あの醜くく、汚れた布を被った
二人は反射的に通路の両端へと身を投げ、間一髪それを回避する。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「クソ、小賢しい真似しやがってよ!」
その後、二人はヤツとの距離を置き、銃を構える。
失敗作はその手錠のかかった両腕をブンブン振り回して二人へ向かってくる。
「弾倉とお前、どっちが先に尽きるかな!!」
二人は弾薬が許す限り引き金を引いた。
スライドは何度も往復運動を繰り返し、床にはカランカランと薬莢の絨毯が敷き詰められる。
失敗作は怯みながらも、一歩一歩二人へ近づく。
「なんてしぶといヤツなんだ!」
ミッシェルがそう吐き捨てる。
そしてその空間から、銃声は身を引いた。
二人の構えた銃はスライドがホールドオープン状態、つまり弾切れを示していた。
『ヴヴ・・・ヴゥ・・』
ただ、それとは引き換えに、失敗作の動きを止めることに成功した。
失敗作は片膝をついた状態で、二人を仇のように睨みつける。
「はっ!さっきはよくもやりやがったな!!」
その様子を見たヴィラは失敗作に向かって一気に走り出した。
"Take this!!"
そして、ステップを踏むように軽く飛び跳ねると、右の膝を失敗作の顔面へと叩き込んだ。
それを受けた失敗作は後方へ吹っ飛ばされ、動きを停止させた。
「ザマァみろってんだ。ハハ。」
ヴィラは銃のマガジンを落とすと、新しい弾倉を装填した。
ミッシェルもそれに倣い、リロードを行う。
二人は銃を構えたまま、倒れた失敗作へと迫った。
そして、被せてあった布を剥いだ。
「・・・なんだこいつ!顔がねぇぞ!」
「塗りつぶされている・・?」
「はぁ、お前の爺さんに失敗作扱いされて、手錠もはめられ、ロボ布をかぶせられて、かつ顔までつぶされるか。そりゃ、
ミッシェルはその失敗作の服装に不自然な部分があることに気が付く。
「この胸元あたり、妙な膨らみがあるのは?」
「さぁ?女だったんじゃねぇの?」
「どう見ても違うだろ。なにか尖ったもようなものだ。」
ミッシェルはその部分の服をずらす。
そこには鎖骨あたりに何か緑色の棒のようなものが刺さっていた。
「なんだこれ?」
ただ、その先についたものを見て、二人は驚愕する。
「・・・なんだこの青いの。」
ヴィラはそれに手を伸ばす。
「・・・・!!花弁か!触るな!ヴィラ!」
「おっと!」
間一髪、ヴィラはその手を止めた。
「茎なのか。なんでこんなところに。」
その茎にはほんの小さい花びらがポツンとついていた。ミッシェルはそれを落としてしまわないように、ゆっくりと拾い上げる。体に埋まっていたそれはズルズルと音を上げて、外の空間へと姿をさらした。
「まさかこんなところにあったとは。」
抜いた茎をミッシェルは目線の高さへと持ち上げて眺める。
「もしこの部分にさっきの弾があたってたら、今頃ギャリーはキリストなわけだ。肝が冷えるぜ。」
「とにかく、彼の薔薇は回収できた。急いで戻ろう。」
二人がその場を後にし、再び静かな空間が訪れたその時
「ヴ・・ヴヴ・・ヴヴヴヴヴ!!!オオオオ・・・!!!」
再び
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「頼むぞ・・・。」
先ほどの部屋。ミッシェルはそのほぼ散っているといっても差し支えない、薔薇の茎を花瓶にさす。
そうすると、それはぐんぐんと花弁を取り戻し、全盛期のそれをとりもどした。
「・・・・やった!」
二人は横たわっている男に目を向ける。
だがそれは、ピクリとも動かない。
「・・・やっぱ、ダメなのか?」
「・・・いや!」
その時
「・・・・う・・・・うぅ?あら・・?」
その男は深い眠りから覚醒した。
「あら・・・?あたし・・・。あれ・・・?ここは・・・?」
彼は上体を起こし、頭を押さえる。
「よぉ!寝覚めはどうだ!!」
少し興奮気味にヴィラはギャリー前に立ち、腰をかがめて目線を合わせた。
「ぎゃあ!!な・・・なに!?」
「よぉ、バケモン見たみてぇなリアクションは無しだろ!」
「ヴィラ・・。よせ。まだ混乱してるはずだ。」
ギャリーは座ったまま、体を後ずさりさせる。起きたら目の前にはガラの悪い男、無理もない。
「な・・・なによあんたたち!一体!?」
「カマ口調ってのは本当だったんだな。」
ヴィラはケラケラ笑いながら言う。
「ほっといて頂戴!」
ギャリーはちょっとしたパニック状態に陥っていた。
「落ち着いて。俺たちは敵じゃない。助けに来たんだ。」
「・・・助けに・・?」
「俺はミッシェル。このワイズ・ゲルテナの曾孫にあたる。そして、こいつは相棒のヴィラ。」
「ゲル・・テナ・・・?」
その次に、ギャリーははっとした顔をする。
「・・・!!そうだわ!ここ、絵の中の世界・・。私は確か・・。薔薇をとられて。・・・・!!」
ギャリーはミッシェルにつかみかかる。
「い・・・イヴ!・・・イヴ!えっと、あの、赤毛の女の子!どこかにいるの!!えっと!その!」
ギャリーは興奮状態になっていた。
「落ち着いて。イヴは無事だ。今は自宅にいる。」
「自宅・・・じゃあ、よかった。ちゃんと戻れたのね・・・。」
ギャリーは目頭に熱い汗をかく。
「彼女から伝言を預かっている。『ありがとう』ってな。」
ギャリーはしゃがみこんで目を覆った。
「ありがとうだなんて・・・私、何もしてあげられなかったのに・・・。」
「感傷に浸るのは後にしようぜ。まだコトは終わっちゃいねぇ。こっからどう出るか、メアリーのこともある。」
「・・・!メアリー!!あの子は!?」
「順序を立てて話す必要がある。」
ミッシェルはここまで至った経緯をすべて話した。
ミッシェルが異変に気付いた時のこと、メアリーがイヴの家族に成りすましていたこと。そして逃走を図られたこと。
「・・・そう。じゃあまだ、メアリーはあの子のところに。」
「そうだ、だから、いち早くここから出て、向かわなければ。」
ミッシェルは満開の青い薔薇を花瓶から取り出し、ギャリーに手渡す。
「でもよ、あいつってたしかロイラーとかいう画家の絵の中だろ?どうするんだ?」
「絵を何らかの形で破棄してもらうのが最善だろう。燃やすか、溶かすか。」
それは絵を殺すこと。画家にとっては最大の屈辱なのだろう。
自身の作品が殺されるだなんて想像もしたくない。だがやらなければならない。
ミッシェルの表現者としての葛藤が心の奥で騒めいた。
「とりあえず、彼の無事は確保できたんだ。ここからはゆっくり対処できるはずだ。行こう!」
三人は立ち上がる。そして出口へ向かうためにドアノブを握る。
「ちょっと・・いいかしら。」
そう呼び止めたのはギャリーだった。
「・・・・とりあえず、あなたたちのお陰で助かったわ。ありがとう。」
その言葉を受け取った二人の顔には微笑みが生まれる。
「礼は全部終わってから聞くぜ。小一時間くらいかけて、丁寧に言ってもらおう。」
ヴィラは腕を組んで、二ヤついた顔でいう。
「調子いい人ねあなたって。」
ギャリーもその笑みにつられて、思わず顔が綻ぶ。
「・・・これは、曾祖父が起こした事件なんだ。だから、俺にはこの事件を解決する責務がある。むしろ俺は貴方たちに謝らなければならない。」
ミッシェルは神妙な面持ちで言う。
「・・・あまり気負わないで。悪いことばっかりじゃなかったのよ。ここに来られたから、イヴにも出会えたし、何より絵の中の世界へ行けるなんて夢物語みたいで、ちょっと楽しかったのよ!まぁ、結果は結果だったけど・・・。」
それはミッシェルを勇気つけるために選んだ言葉か、それとも本心なのか。
「・・・そういう解釈もあるんだな。」
その言葉をそのまま受け取ったヴィラは感心した。
「とにかく、早くここを出ましょう!」
「そうだな。じゃあ、お嬢様を出口までエスコートだ。」
三人はその部屋を後にした。