Gerthena 作:mashi
『・・・・どうして泣いてるんだ?』
『私の・・大切なものが・・壊されちゃった・・。』
『泣くなよ。そのくらい、俺が直してやるよ。・・・・ほら。これでどう?』
『・・・わぁ!すごい!ありが・・う!!』
『女の子が泣いてるとこなんて、見てられね・・よ。』
『本・・にあり・・・・とう!』
『いい・・・よ、礼な・・・て。俺は・・・ラ。・・・・』
『・・・しは・・・・アリー・・・・・』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
「っは!!」
ヴィラは勢いよく体を起こした。
体からは、滝のように汗が流れ、心拍数も全力疾走後のように激しく揺れ動いていた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
「大丈夫か?ヴィラ?」
ヴィラの体には、お世辞にも綺麗とは言い難い白い布がかけてあった。
あたりを見回すとそこは先ほどのまでの通路とは違い、画板やイーゼル、いくつもの開封された塗料に汚れたパレット、そして油絵や彫刻などが所狭しと置かれてあり、それは作業室と呼ぶべきか倉庫と呼ぶべきかに迷う空間だった。ヴィラはその空間の隅で寝かされていた。
「・・・ああ」
「・・・無事でよかった。」
ミッシェルはヴィラの様子を見て安堵する。
ヴィラの体にあの絵の具の跡はすでになかった。
彼の近くの花瓶には、紫色の薔薇が活けられ、その活気を取り戻していた。
「ヴィラ!!よかった!起きたのね。」
そこにギャリーが何かを持って駆け寄ってくる。
「はいこれ!あなたにって!」
「俺に?」
ギャリーが渡してきたのは、水の入った白いコップだった。そのコップは随分と年季が入っており、コップの中は清潔・・とは少し言い難かった。
部屋の奥を見るとそこにはあの男、ワイズが、こちら背を向けた状態でボロボロな丸椅子に座り、台にむかって作業をしていた。
「・・・これ、飲んでも大丈夫なヤツなのか・・・?」
ヴィラは怪訝な顔でそのコップを受け取る。
「たぶん・・・。大丈夫なんでしょ?」
ギャリーは振り返って男の背中に問いかける。が、何も返事はなかった。
「大丈夫なんじゃない?」
「・・・どうせならスコッチのほうがよかった。」
ヴィラは一気にコップの水を飲み干す。
「・・・ふぅ。で、だれか今の状況説明しろよ。」
ヴィラはコップを床に置いて、胡坐をかく。
「・・・。倒れたお前をそのままにもしておけなかった上に」
ミッシェルはため息を吐くように言う。
「俺たちは今、ここから出ることはできない・・・。」
「・・最悪の結末か。」
ヴィラは特に焦っている様子はなかった。それよりも頭の中に何かふわふわしたものが漂う、そんな感覚にもてあそばれているようだった。
「だからってよ、なんだってこんなオッサンについていくんだよ。」
「マヌケなお前たちに手だてを教えてやるためだ。」
ワイズはそう声を上げる。
ワイズの向かう台の上にはあの失敗作が横たわっていた。ミッシェルとヴィラによって刻まれた損傷は激しく、ワイズはその上から絵具を塗り、傷跡を一つ一つ補修していった。
「ほう、力比べなら受けてやるぞ?」
ヴィラは立ち上がる。
それにつられるようにミッシェルとギャリーも立ち上がった。
「次にその汚ねぇ口でほざいてみろ。俺はお前を泥みてぇに溶かしてやることだってできる。」
「そりゃあいい。酒を飲まなくても泥になれるんならそんなに早い話はねぇ。」
ヴィラは上着を拾い上げ、拳銃を乱暴に取り出す。
「ちょ・・ちょっと待って!話を聞きましょうよ!お互い傷つかずに済むなら、そっちがいいでしょ?」
「死にかけたやつがよく言う。」
「死にかけても、生きてるんだから大丈夫なの!」
ワイズはゆっくりと立ち上がって三人に向かう。
「お前達をここから出してやることは簡単だ。だけどよ、俺は俺の空間を荒らされて心底気分がよくねぇ。このオトシマエをお前らにとってもらう。」
「あんたが勝手にイヴやギャリーたちを引きずりこんで、随分と勝手なことを。」
ミッシェルが憤る。
「・・・・そりゃあ、違うな。」
「どういう意味だ?何が違う?」
だがワイズはそのミッシェルの問いには答えなかった。
「・・・メアリーをここへ連れ戻せ。そうすれば、全て帳消しにしてやる。」
メアリー、そのワードにヴィラが少し反応する。
「彼女は別の絵画の中にいる。」
「だったら引きずりだしてこい。」
ワイズはあるものを彼らの足元に投げた。
それはカランカランと音を立たせる金属の音だった。
「パレットナイフ・・。」
ミッシェルはそれを拾い上げる。
「ペンティングナイフだ、間違えるな。それを絵にぶっ刺せ。そうすりゃあ一時的に絵の中に入れる。」
「だが、彼女を連れ戻すためにはここから出る必要がある。」
「そ・・そうよ!ここから出なきゃ、メアリーも連れ戻せないわよ!」
「ウルセェな。わかってるよ。二人だ。二人ここから出してやる。」
ワイズは再び彼らに背を向け作業を始める。
「担保のつもりか。だが俺たちはもとよりメアリーを放っておくつもりなんてない。」
「それもあるが、単に俺の作品数が一時的にでも減るのは御免だ。」
三人は顔を見合わせる。もし失敗すれば、一生ここから出られないのかもしれない。逆にメアリーの下へ向かえば、そこに何が待ち受けているのかわからない。
その場に沈黙が訪れる。
「メアリーは誰の絵に入っていった?」
ワイズはこちらに背を向けたまま、筆などを使い失敗作の修復を続ける。
「確か..ロイラー。ロイラー・スイフトの絵だ。」
その時、ワイズの作業する手がピタッと止まった。
「ロイラー・・・・あいつか。よりによって・・。」
「知ってるのか?・・そういえば世代が同じか。」
ワイズは筆を置く。
「ヤツは盗作家だ。俺や、他の画家たちの絵をトレースして、それを自分の作品だと謳って商売してやがったクズだ。」
「知ってるかも・・その話。」
ギャリーが顎に手を添えていう。
「でも、決定的な立証ができなくて不問に終わったって聞いたけど?」
「ああ。だから俺はヤツの公の披露会で盗作のことをぶちまけてやった。ヤツは必死に弁明していたが、周りからは冷ややかな目で見られてたよ。」
「あら、やるじゃない!」
「だが、その話題はあまり広がらなかった。だからヤツの絵は未だにそこそこの額で取引されてる。気に食わねぇ。」
ワイズは再び筆を取る。
「奴は俺のことを良くは思わねぇだろう。・・俺の作品もな。」
「つまり・・急いだほうがいいってことか。」
「わかってんなら早く行ったらどうだ?」
三人は再び顔を見合わせる。
「どっちにしても、ここから出たとして、またわけのわからないとこへ行くんでしょう?行くも留まるも、よね。」
ギャリーはまるでテストを解くような真剣な面持ちで悩んでいた。
「俺は・・・行くぜ。」
ヴィラは自身の上着を羽織る。
「ヴィラ・・・。大丈夫か?」
「ああ。俺は、アウトドア派なもんでね。こんなとこにずっといるよりかはマシさ。」
「・・・・わかった。じゃあ俺がここに残ろう。」
ミッシェルはペンティングナイフをヴィラに手渡す。
「大丈夫なのか?このオッサンと二人きりで耐えられるか?」
「大丈夫さ。仮にでも、俺はゲルテナだから。」
ミッシェルのそのセリフをワイズは鼻で笑った。
「ギャリー。ヴィラの援護を頼めるか?」
ミッシェルはギャリーに向かう。
「・・・ええ!乗りかかった船だもの。この件にはしっかり、ピリオドをつけないと後味が悪いわ。」
ミッシェルはうなずくと、再びワイズに向かう。
「この二人を出してくれ。俺が残る。それでいいだろう?」
「・・・・来た所へ行け。」
ヴィラとギャリーは顔を合わせると、軽く頷きあってそこを後にしようとする。
「ヴィラ!」
ミッシェルが呼び止める。そして例の小瓶を彼に投げた。
「ふっ、俺はシンナーは得意じゃねぇんだけどな。」
「お守りのお返しさ。幸運を!」
ヴィラは小瓶を持った手で合図を送ると、その部屋を後にした。」
「必ず戻るわ!待ってて!」
ギャリーもその後に続いた。
そして、曾祖父とその曾孫が取り残された空間には、とても心地良いとは言い難い沈黙が流れるのだった。