Gerthena   作:mashi

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Queen's Gambit Declined

陰鬱で閉鎖的、お世辞にも快適とは言えない空間、ミッシェルは腐った木の椅子に掛けて俯き、ひたすらに考えていた。

 

ヴィラやギャリーは大丈夫だろうか、メアリーはちゃんと見つかるのだろうか。イヴは、ウォーレン家の人たちは。

一度考え出すとキリがない。今まで考え込んで解決したことがあったのだろうか。

 

考えるだけ無駄だと自分に言い聞かせようとも、少し間が開くとまた無意識に彼らのことを考えているのだった。

 

こんなことをしていても、埒が明かない。ならば少しでも彼らの助けになることをここでできないのだろうか。と考えるが、特にこれといった案は浮かばない。

 

ふと部屋を見渡そうと、そこにあるのはデッサン用の道具と、画板などばかり。

そしてその奥には、曾祖父の姿がある。

 

彼との二人きりの空間は、気まずさこそは感じなかったが、心が許せる相手でもない。

彼とはとにかく距離をとっていた。

 

本来ならば彼からあらゆる情報を引き出すべきだろうか。

しかし、彼がそう簡単に口を開くとは思えない。

 

今の自身が八方塞がりだと自覚した彼は、何かを求めて、とりあえずこの部屋を歩いてみることにした。

普通ならば、ここに飾ってある絵を見て、何かを感じ取って時間をつぶすこともできるだろうが、ここの作品たち相手にそれはできなかった。

 

なぜなら、一つの絵を凝視使用なら

「ねぇねぇ!!僕と鬼ごっこしようよ!」

と話しかけられ。

「キャー!覗かないで!」

と非難され。

「ねぇ...ねぇ...そのお花...ちょ..頂戴...!み..見るだけ..だから..!!」

と要求される。

 

そんな作品たちにあきれながらも、それに慣れ始めている自分が少し怖かった。

あれだけ恐れ、憎んだ作品たちに、今はそれほどの憎悪を抱いていないことにミッシェルは気づき始める。

 

いつだって怖いのは慣れだ。慣れこそがいつも自分を殺す。

そうやって自分は何度慣れに殺された?

 

そんな自己嫌悪に陥るミッシェルの前に、少し大きめのチェス盤がおかれていることに気が付く。

白と黒の兵隊たちがにらみ合う64マスの戦場に、ミッシェルはおもむろに手を伸ばそうとする。

 

「触るな、口で言え。」

そうワイズがこちらを見らずにいった。

ミッシェルは手を引っ込めると、訳も分からずに兵隊に指示を出してみる。

「ポーン...d4」

そうすると、白の兵隊は主の命令通りに自ら歩を進める。

 

「..おお」

その光景にミッシェルは目を見開く。

「...d5」

ワイズがそう唱えると、黒の兵隊たちはワイズの命令に従って動き始めた。

 

「..まるでハリーポッターだ。」

 

・・・・・・・・・

 

ミッシェルのd4に対してワイズがd5と返したそれを見て、ミッシェルはc4と展開する。

要はクイーンズギャンビットへの誘いだ。

 

ミッシェルの父がよく好んで指した手、そして相手がc4のポーンをテイクするか否かで場面は大きく変化していく。

 

もし、相手がテイクしてきたら、彼にとって好ましい展開に持っていく用意があるが、ワイズはそれを見越してか知らずしてか、e6と返す。それは、お前の誘いには乗らないという意思表示であるようにも捉えられた。

 

よくある定石手ではあるものの、どれを選択するかによってその結果は大きく影響を受ける。

チェスの結末はいくつもあるのだ。(マルチエンディング)

 

・・・・・・・・・・・・・・

盤面は序盤から一変し、ミドルゲームへ、比較的読みがしやすいオープニングから盤面はより複雑に塗り替えられていく。

 

「ナイトを...c6へ」

果たしてこの手が最善なのか?

疑心暗鬼になりながら、自らが十分に納得できていない一手をミッシェルは指した。

傍目から見ればそれは苦し紛れの一手に見えるのかもしれない。

 

「ビショップをf4、チェック」

そんなミッシェルとは対照的にワイズは淡々と指示を下す。

ミッシェルに比べ、ワイズが考え込む時間は非常に短かった。

もしここにチェスクロックがあるのなら、その差は大きいものになっているだろう。

 

「...ビショップテイク、ナイトf4」

「ナイトをテイク、ポーンをf4へ」

 

どれだけもがこうとも、状況は良くならない。

一手を指せば、予定外の一手が自分の想像を超えたところからやってくる。

 

今の彼はワイズの手をいなすのが精いっぱいだった。

クイーンサイドへのキャスリングは悪手だったのか?と頭を抱える。

 

「変わらねぇよな。」

「...?」

「お前のことだ」

 

ワイズはおもむろに語り始めた。

 

「その一手が正しいことか、わからずに歩を進めていく。そして何かに直面した時に初めて悩み、自責の念に駆られ、自己嫌悪に陥っていく。...はっきり言ってザマねぇよ。」

「...知ったような口を。」

「思い返しても見ろよ。お前が大学を選んだ時、作家を目指し始めたとき、そこに確信はあったのか?」

 

気が付けばワイズは席を立って、チェス盤をのぞき込んでいた。

「ただ、なんとなく、流れれば何とかなる。そう甘ったれた考えで生きてきただけだ。」

「....!!」

侮辱にもとれる発言だったが、彼は何も言い返せなかった。

 

「そしてあの青年とメアリーを追ってここまで来たこともそう、サツにパクられ、この世界に居残るという危険な賭けをする羽目にもなった。」

「...随分と詳しいじゃないか。」

「ここからはいろんなことがよく見える。例えば、お前が今までいかに馬鹿に生きてきたのか、今の世界が如何に狂ってるか。」

 

ワイズは天井を見上げる。

「気が付けば世の中は馬鹿で溢れかえった、お前だけじゃない、アレックス(息子)も、ホルト()も..皆馬鹿だ!!」

ワイズは少しがなったような声を上げる。

 

「地球は..この世界は狂った。俺の作品たちはその警告だ。だが誰も俺の作品を意図を理解できない。そりゃあ...そうだよな。こんなイカれた世界が日常になっちまったんだ。」

「じゃあ、アンタはまともだとでもいうのか?」

「...いいや、俺もバカだ。」

 

ワイズは黒のキングに指を添えると、そのまま弾いた。

倒れたキングは、砂のように崩壊する。それに続くように、他の黒い兵隊たちも崩壊した。

 

「表現者として生き残るために、色んなものを犠牲にした。それを無くしてはいけないものだったと気づいた時には、すべてが遅かった。」

「...。何も犠牲にできない表現者なんていない。俺はそう思う。」

「知ったような口を利くな!青二才!」

 

曽祖父と曾孫がにらみ合う構図は、最初に会った時のそれと同じだった。

 

しかし、ワイズはふぅとため息をつくと、先ほどまでの覇気を失うように椅子に座った。

「わかっては...いるのさ..。でも、それを認められない自分がいる。毎日自分同士が殺しあっているんだ。...結局俺も、お前と...同じ穴の貉なのかもしれん。」

今ミッシェルの目に映るワイズは、この事件の諸悪の根源というよりも、自分と同じ孤独な表現者だった。

 

「毎日が自己嫌悪で溢れている。だから俺はもう、人に会いたくなかった。一人で居たかった。だから死んだ後、自分を作品にして、この世界に籠った。」

 

ワイズは壁に掛けてあった大きな布を引きはがすと、そこからは大きな肖像画が現れた。

 

その肖像画の題名は『Gerthena』

 

それは、目の前にいる彼と同一人物であることは、容易に分かった。

 

「..あんたの自画像があるとは知らなかった。」

その初めて見る曾祖父の肖像画にミッシェルは圧倒される。

「当然だ。ここにしかない代物だ。」

 

今これが世に出回ればいくらの値が付くのだろう。

家が一軒...じゃ済まないかもしれない。

 

しかし、ワイズは自分の肖像画を哀れみの目で見つめる。

「...ひっでぇ絵だよなあ。」

彼が生涯にわたって自画像を残さなかった話は有名だった。いくら絵の中の、自分の世界といえようとも、これを描くのは複雑な心境であったに違いない。

 

「...そこまでして。だったら、余計にわからない。なぜあんたはイヴやギャリーを攫う必要があった?」

人を嫌い、自らの世界に籠った人物が現実の世界の人間を誘う理由。

当初ミッシェルは、人を攫い、自らのコレクションにすることが目的なのかと推測していた。だが、ワイズという人間を知れば知るほど、そのようなことを好む人物ではないように思えてきていた。

 

「....攫う?馬鹿いうな。なんで俺が自分の世界に見ず知らずの馬鹿どもを連れてくると思うんだ。」

「....じゃあ。」

「..メアリーだよ。」

 

メアリー。その名だけで、その場が凍り付くような錯覚に陥った。

 

 

 

 

 

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