Gerthena 作:mashi
あの青い人形が絵に沈み、数分が経過したころ。
イヴは一人、狼狽えていた。
両親は倒れたまま、何かにうなされているように、苦しい表情を浮かべていた。
そんな両親にしてあげられることは、ただ、手を握って無事を祈るのみだ。
まったく目を覚まさない両親のことも無論気がかりだが、あの絵にあの人形が入っていったということは...。
また...ギャリーの身に...。
そう考えると気が気でなかった。
しかし、今の彼女では、なすすべがない。ただぽつんと一人、彼らの生還を待つしか方法がないのだ。
両親やギャリー。そして自分たちを助けてくれたミッシェルとヴィラ。全員が危機的状況に陥っているというのに...。
「...私は.....なにもできない...?」
また、誰かに助けてもらって、そして自分の代わりに誰かが犠牲になっていく。
もう、そんなことは...耐えられない。
自分が犠牲になってもいい。だから...みんなを助けたい。
彼女の中に危険な願望が渦巻く。
子供の私にだって....できることはあるはずだ。あるはずなんだ...!!
イヴの瞳から、乾いたはずの雫が再び、流れる。
そしてその雫を拭うと、何かを決心したかのようにイヴは立ち上がる。
向かう先は...二階の、自分の部屋。
・・・・・・・・・・・・・・・
「教えてくれ。メアリーの目的は。なぜ彼らでなければダメだったんだ?」
「さぁな、本人に訊いてみろ。」
ワイズは依然同じ作業を繰り返していた。
失敗作に筆を載せ、ひとつひとつ、違和感の残らないように、傷を埋めていった。
一方、ミッシェルは一から情報の整理を始めていた。
この作品たちの行動目的、ワイズの真相、そして、メアリーのことについて。
「あんたはこの一連の騒動。どこまで関与して、どこまで知っている?」
「さあな。全く知らねぇよ。」
「外の世界は見えても、自分の世界は見えてないのか?」
「...あの娘のやることには、...関われねぇんだ。」
その一言をワイズは躊躇ったように見えた。
「どういう意味だ?あんたの作品だろう?」
「......」
ワイズは筆を止める。
「あの娘の自我は大きくなりすぎた。ほかのモノとはくらべものにならないほどに。俺でも手が付けられないほどに。」
「自我..?」
「造った物が人に近しい存在であればあるほど、それは自我を持ちやすくなる。人形やロボットとかがいい例だろう。だが、ただ造るだけなら並だ。」
「...そうするとあんたは。」
ワイズの言葉から何かをミッシェルは察する。
「それだけ...メアリーに特別な感情移入を?」
「...そうだ。あの娘は..俺にとっての罪だ。」
「...罪?」
・・・・・・・・・・・・・・・
最近、自室の扉を開けるときによく思うことがある。
少し、部屋が広くなったと。
それもそのはずだ。だって..ここには。
メアリーがいたのだから。
本来であればこの広さが本当の広さなのだ。
だけど、メアリーがいたから、一つの部屋に机はシンメトリー状に置かれ、ベッドも大きいものに二人で寝ていた。
最初に感じていた不自然な狭さの違和感の正体はこれだったのだ。
だけど今は、すこしがらんとしている。
別に、メアリーの机とかが、まだ全部撤去されたわけじゃない。
まだ落ち着かなくて、後回しにされてるのだけど。
物理的に部屋が広くなっているわけではない。
だけど、どうして広く感じるのだろう。
彼女は少しづつ気づき始めている。
その広さを感じる感覚が、寂しさを感じる感情に酷似していることを。
この大きなベッドも広くなった。メアリーの寝返りが降りかかってくることはもうない。
................。
ベッドに触れると、ふとあの日々のことが脳裏に浮かんだ。
たしかいつごろだっただろう。
メアリーが夜中に一人でトイレに行けないからって、ついて行ってあげたことがあった。
お母さんとお休みの挨拶をした後に、ふたりでこっそり布団に潜ってゲームをしたりもした。
メアリーはずっとお寝坊さんだったから、朝起こすのは私の日課だった。寝癖をなおしてあげたりもした......。
...私は、どうしたらいいんだろう。
ミッシェルは、メアリーは本当の家族なんかじゃないって言った。それはその通りだった。でも。
........こんなことを思うのは、いけないことかもしれない。でも。でも。
.......楽しかった。
ずっと一人っ子で、お父さんとお母さんがお仕事の日は、学校から帰ったら独りぼっちだった。
お隣のテイラーさん家の姉妹はいつも仲良しで、それがどこか羨ましかった。
私にも、お兄ちゃんかお姉ちゃんか、弟か妹かがいてくれたら、きっと楽しいだろうなってずっと思っていた。
だから、メアリーと居た日々は.............。
ある日メアリーは、ベッドの中で強く私を抱きしめていた。
不自然なくらい、強い力で。
どうしたのかと尋ねても、答えてくれなかった。
そして、グスグスと小さい声で泣き始めた。
いつもの元気いっぱいな様子とは違って、まるで何かに怯える子犬のように。
あの時は、わからなかったが。メアリーは、いつかこんな日が来ることをずっと恐れていたんだろう。
せっかく自由を手に入れたとしても、そんな恐怖に苛まれる日々に耐え続けるのは、辛かっただろう。
そんなメアリーに、イヴは同情していた。
本当は、憎むべき相手。敵なんだ。そうなんだけど...。
この事件が終わったら、メアリーはどうなっちゃうんだろう。
きっと、たぶん....殺されちゃうのかな。
自信を取り巻く複雑な感情を押し殺しながら、イヴはメアリーの机の引き出しを開ける。
そこにあるのは、クレヨンや鉛筆、スケッチブック。スケッチブックを開くと、そこには自分たち家族の絵。
さらにその奥を見てみると....少し汚れたパレットナイフ。
イヴはそれを強く握りしめて、部屋を出た。
ギャリーとヴィラがこれに似たもので絵の中へ入っていった。ならば、メアリーが持ってたこのナイフでもきっと...。
イヴは絵のそばに立つと、ひざをついて、パレットナイフの刃先を下に向け、両手で大きく掲げた。
そして絵に突き刺した。