Gerthena   作:mashi

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忘れられた肖像

ミッシェルは外に出て、初めて日が暮れていたことに気が付いた。

 

 

昔は夕暮れ時などとは、どこか陰鬱でどことなく不安を感じさせる嫌なものだったが、今となっては妙なノスタルジックさを感じさせ、それにどこか心地よさを感じるようになっていた。

 

 

それもこれも日々締め切りに追われ続け、疲弊する日々が彼をそうさせたのだろうか。

 

 

ボールを片手に仲間たちと明日の約束をする少年。母と手を繋ぎ家路に向かう少女、身を寄せ合いメインストリートへと消えてゆくカップル。そしてその中の風景の一つに溶け込み、街の流れに身を任せ漂う自分。そんなひと時が彼の安らぎだった。

こんな時間が限りなく続けばいいのだろうが、時間は限られているからこそそのひと時に価値がある。今はそんな時間を楽しめばいい。

 

 

彼はもう自分の連載が打ち切りになったことなどどうでもよくなっていた。

うすうすそんな気はしていたし、もう何より自身に期待をしなくなっていたのだ。

 

 

もういっそのこと転職でもしようかと自身に問うそれが、本気なのかジョークなのか自分にも分らなかった。

気が付けば目の前には駅があった。帰路につくため降車し、駅を去る人々の合間を水のようにすり抜け、構内へ着く。

そしてひたすらに電車を待つ、本当ならば温かいコーヒーと共に待つのが至高だろうが、そんな贅沢をできる程の現状ではない。

 

 

構内のポスターが目に留まる。それは自身が所属している出版社のものだった。一瞬の淡い期待を募らせるが、その内容は「期待の新人作家ウィスリー・ジョンソン待望の最新作!発売日〇/〇!」

彼は軽く首を横に振りながらうつむき、そのポスターを背にした。

このポスターに載る名前が自分のだったらどんなに気分がいいのだろう。

 

 

本当は作家を続けたい。でもそれを世間が許してはくれない。作家の発言権は人気者にしか与えられないのだ。

 

 

「どうしろってんだよ・・・」

そう小声でつぶやくが、それは滑り込んでくる電車の音にかき消されるのだった。

 

 

・・・・・・・

 

 

中央市街で駅を降りる。日中は賑やかなところでも、日が落ちてしまえばまるで上映後の劇場だ。

本当はバスを使いたいところだが、たとえ1ペニーでも惜しい今はこらえるしかなかった。

 

 

美術館へ着いた時には既に気温は冷え切ったころだった。

太陽が照らす照明も消え、あるのはぽつぽつと道路を照らす街灯くらいなものだ。

薄暗く人のまばらな街道で、彼は一人ふらふらと目的地を目指した。

吹き付ける冷たい風に肩をすくめポケットに手を入れ、前というよりは足元に近い地面に視線を向け歩く。

 

ふと、とある家庭の明りが漏れていることに気が付く、何気なく視線をやるとそこにはいかにも暖かそうな暖炉と、夕食中の一家が座るテーブルがあった。子供はあつあつのシチューをほおばり、両親はその様子を笑顔で見守る。

 

 

そんな様子を目の当たりにした彼は、それをどこか羨むような気持になるのだった。家族団欒なんて最後にしたのはいつだろうか。母さんは今でも元気にしているのだろうか。そんな思考が彼の頭を支配する。

 

 

「・・・そうか、俺は孤独なのか。」

 

 

声に出して初めて自分の奥底に眠る感情に気づく。一人でいることが気楽だと自身に言い聞かせていたそれは、本当はただの強がりなのだろうか、と。

 

彼はその家庭を後にし、美術館へ向かう。

その道中に小さい声で口遊む。

 

「He’s a real nowhere Man

 

Sitting in his Nowhere Land,

 

Making all his nowhere plans

 

For nobody

 

Doesn’t have a point of view

 

Knows not where he’s going to,

 

Isn’t he a bit like you and me?

 

Nowhere Man, please listen,

 

You don’t know what you’re missing,

 

Nowhere Man, the world is at your command...lalala」

 

 

・・・・・・・

 

 

気が付けば、既に美術館は目と鼻の先だった。

しかしこのルートからでは裏側に出てしまうので、正面に回り込む必要があった。

 

美術館の正面までくると、そこには赤錆のかかったゲートが開いた状態で彼を迎え入れた。自動車におびえることもなく堂々と中央を歩いていけるのは快適だ。そして警備員待機所でいびきをかいて惰眠を貪る黒人の警備員をノックで起こす。

 

 

「・・・んあ!?あ!いや!眠ってはないんです!物思いに耽ってその、あーイギリス経済の今後の見通しとか、・・・って誰だアンタ。」

警備員はがばっと立ち上がり通りのいい声でそう言った。

 

 

「ミッシェルです。館長に会いに」

「ミッシェル?ああ、知ってるよ。絵の提供者だろ。聞いたぜアンタこのゲルテナの孫なんだって?驚かすなよったく。」

 

 

警備員は現れた相手が上司ではなかったことに安堵し、へらへらとしながら椅子に座る。

「曽孫って言ってもらうほうが正しい。館長はどこに?」

「ちょいまち」

警備員は灰皿に置かれた、すでに吸うところのないようなタバコを加えまるで精気を取り戻したかのような顔をする。

 

 

「ふぅ。これで、ミスタージャックの充電は100%さ。」

「そんなシケモクで?」

「新品あるならくれよ。」

「悪いがコーヒー一杯もケチらなくちゃならない身分でね。」

「つまり金がないってことか。一緒だな兄弟。女に入れ込んでこその男の人生ってもんだよな。」

「アンタと一緒にされたくはないな。館長をよんでくれ。」

「ういよ」

 

 

警備員は受話器を取って連絡を掛けるが。

 

 

「ああ、どうもどうも!正面玄関守護人のジャックです。えーと例のミッシェルさんとやらが、館長に会いに来てるのたいだけど?ああそう!じゃあな!いい夢みろよ!」

「なんて?」

「館長いなかったってさ。」

「はぁ?」

「まぁ館長サマも暇じゃないんだろうさ。エントランスにでも行ってみろよ。」

 

 

警備員はまたシケモクを口に運ぶ。

「開いてるのか?」

「さぁ?ものは試しだろ。一人は怖いか?」

「・・・アンタを信用してやる。」

「それが賢い選択ってもんだ。行ってこいミスターゲルテナ!」

 

 

彼は返事を返すことなくその場を去る。その背中に先ほどの警備員の大きな声が投げかけられる。

 

「おい!居眠りのことは内緒だからな!」

 

薄暗い中を心もとない明りを頼りにエントランスに歩を進めるが、エントランスは彼を迎え入れてはくれることはなかった。当然と言えば当然。閉館時間などとっくに過ぎているのだ。

 

 

「・・・あいつ。」

そこへ、もう聞きなれたあの声が轟いた。

「ミッシェルさん!お待ちしてましたよ!」

「館長。遅くなりまして。どうしてここが?」

「正面ゲート担当の警備員から連絡があったと聞きましてね。あなたがエントランスに向かわれたと聞いたので。しかし、流石に今の時間は開けておりませんな。」

 

 

館長は笑いながらそう言った。

「・・・その警備員の上司に彼の居眠り癖といい加減な性格をどうにかしといたほうがいいと伝えておいてください。」

 

 

・・・・・・・

 

 

「いやいや、それがもう凄くて!!・・・市長も来たんですよ!!・・・・」

 

 

事務所へ向かう道中も館長の来客話を延々と聞かさえることとなるが、彼にとってそんなものはどうでもよかった。

「さ、どうぞどうぞ!」

 

事務所へ入ると、そこには和やかな雰囲気の職員たちが談笑し合い、菓子を頬張りながら仕事を片付けていた。彼らはもうやり切ったという達成感でいっぱいなのだろう。まるで学祭終わりの学生のようだった。

 

 

ミッシェルは誰とも挨拶をすることもなく、指定された場所へ座る。

 

 

「お待ちどうさまです。これが、総来場客数、でこれが売り上げと純利益でして・・・」

散々聞かされた利益の話を今度はデータ付きで見せられる。そりゃこちらにも幾分か取り分こそあるが、重要なのはそこではない。

「退場者数を見せてください。」

「はいはい、こちらですよ」

 

館長は上機嫌のままデータの紙をミッシェルへと手渡す。

 

「・・・確かに、入場者数と退場者数は一致してますね。」

「でしょう!何も心配することなどなかったのですよ!」

 

 

館長は得意げになり、彼へという。

「そういえばミッシェルさん。あなた様はまだご覧になられてなかったでしょう。」

「何をです?」

「決まってますよ。あなた様のおじい様の作品です。初日はすぐに帰られたのでしょう?」

ああ、気づいていたのか。と少し関心する。

「どうせなら少し見ていきませんか。」

「結構です。片付けもあるでしょう」

「大丈夫ですよ。明日、明後日は休館ですのでゆっくり撤去ができるわけです。それにせっかくのおじい様の作品です。見ていかれるのが孝行というものでしょう。」

 

 

館長は興奮が落ち着いたのか、諭すようにミッシェルに言った。

さっきまで売り上げがどうのと言ってた人物と同一なのかと少し気味の悪さも感じるのだった。

「まぁ、そうですかね。」

「ええ!そうですとも!今明かりをつけます。」

館長に押されるまま、ミッシェルの一人美術館鑑賞は始まった。

 

 

・・・・・・・

 

 

「相変わらずだよな・・」

 

 

曽祖父ワイズ・ゲルテナの描く芸術品たちは、今にも動き出しそうで、一人薄暗い美術館で見るには、その辺のお化け屋敷よりも不気味だった。

ミッシェルの所有する絵は十数点であり、それらすべてを今回の展覧会へ出展したが、その他にも生で見るのは初めてな作品もいくつかあった。

 

曽祖父の作品たちについては一通り把握をしている。だがどんなものかはわかっていたとしても、その迫力には目をそむけたくなるのだった。

 

はっきり言って曽祖父の作品は苦手だった。この引きずられるような迫力もそうだが、あの日あの時確かにこの作品たちは動いて、自分を襲ってきた。

それが今でもトラウマとして残っているのだが、今自分の前に佇む作品たちはピクリとも動かなかった。

 

 

「夢じゃないはずだ・・」

自分の手を見ると、まるで水に浸したかのような手汗をかいていた。

これ以上は身が持たないなと観念した彼は事務所へ戻ろうとする・・・。

 

「ミッシェルさん!」

「!!!」

 

振り向いた先にいたのは館長だった。

 

「おや、すみません。びっくりさせてしまいましたかな。」

「・・・いえ、どうかしましたか。」

 

バツが悪そうに彼は立て直す。

 

「もう、あの絵はご覧になられましたか?今回の展覧会の目玉でもあるんですが。ええとなんと言いましたかな。何とかの世界・・と・・」

 

「『絵空事の世界』ですね。曽祖父の大作です。」

「そう!それです!二階にあるので是非!」

 

そのまま館長につられ二階へと登っていく。

「ミッシェルさんはおじい様の作品はお好きですかな?」

 

そんな道中、館長がふいに話かけてくる。

「いえ、彼の作品にはトラウマがありますので。」

「左様ですか。実は私、生前の彼に会ったことがありましてね。」

「・・・え?」

「いやぁ、幼い頃でしたけどね。いつ、どこでだったかなぁ。気難しい人ではありましたが、彼が見せてくれた作品がそれは美しくて、今でもふと思い出します。私の芸術人生のルーツには彼がいました。だから今回のこのゲルテナ展をここで開催できたのは本当にうれしいのですよ。」

 

館長の目はどこか輝いて見えた。

そして二階に上がり切った時だった。

 

 

「さ、こちらに・・」

「#!‘”*!!!」

「・・・!?」

 

ミッシェルは立ち止まり周りを見渡す。

「おや、どうかなされましたか?」

「いえ、なにか叫び声のようなものが・・?」

「はて、私には聞こえませんでしたがね。猫か何かがいたのでしょう。」

辺りを見回しても、そこには何もなかった。

 

 

・・・・

 

 

「いやぁ、素晴らしい・・・。」

「・・・」

『絵空事の世界』

 

 

彼の思いが詰まった大作。それは今の現実世界を嘲笑って、悲観して、そして賞賛する。そんな絵だった。

 

 

その絵は見る者をこちらの世界へと引き込んでしまうような、そんな錯覚に陥らせてしまう、どこか危険な絵だった。

ずっと直視し続けられないなと、ミッシェルは絵から視線をずらす。

「ふふ、やはりいつ見てもいいものです。さぁ、もう遅くなってしまいますね。戻りましょうか。」

 

 

そういい、二人はその場を後にした。

「またこれらの作品がそれぞれの所へ帰っていくのは少し寂しいものです。

と、館長は惜しみの声を上げる。その時だった。

 

「:@”#!!」

 

・・・また。例の叫び声だった。

ミッシェルはその場を入念に見回す。

 

「ミッシェルさん・・?」

 

館長はそんな彼を訝しむように見る。

 

「・・・気のせいじゃない。」

「・・・!!」

 

ミッシェルは一つの絵に目が留まる。

「館長・・・これ・・・」

「この絵がどうか・・・?」

 

そこに描かれた絵は男性がモチーフとなっている絵で、その青いコートを着た男は悲しそうな表情をし、こちらを見つめていた。

 

タイトルは『忘れられた肖像』

 

「ほう、彼の描く人物像は希少なことで有名ですね。でもそれでしたらそちらに『赤い服の女』などが・・・」

「違う・・」

「はい?」

「これは、こんな絵は・・存在しない・・・!」

 

 

そう、彼が危惧していた事態は既におこっていたのだ。

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