Gerthena 作:mashi
協力者
「つまり、お前は絵の中から作品が飛び出して、その代わりに現実世界の人間が絵の中に取り込まれたと。そう言いたいワケなんだな?」
とある喫茶店にミッシェルと彼と同じくらいの若い男が向かい席で座っていた。
その男のジャケットの襟元と袖口からはタトゥーが覗いており、顔や手にはいくつもの傷跡が残っていた。
「ああ、それで概ね違いない。」
そのお世辞にも見た目の印象が良いとは言えない男に、ミッシェルは臆せず話を進める。
「はっ!お前もとうとうクスリに手ぇ出したか?作家ってのもツラいもんだねぇ」
「薬はやってない。本当だ。」
ミッシェルは真剣な眼差しを男に向ける。
「ヴィラ。信じ難いとは思う。だが本当に事は起こってるんだ!手遅れになる前に、どうか手を貸してほしい。頼む!」
ミッシェルは体を乗り出すようにヴィラへ詰め寄る。
ヴィラは店の窓へと目をやる。そうしてまた直ぐにミッシェルへと目線を戻す。
「笑ってくれたってかまわない。俺だけじゃ、どうしても力不足なんだ。」
「笑いやしねぇよ。」
ヴィラの口端は僅かに上がっていた。
「本当か?」
「まぁ、お前は仮にでも小説家だろ?だったらもう少しマシな作り話を持ってくるだろ。」
「・・・ヴィラ」
「それに、幼馴染のよしみってモンだ。それにお前にも恩があるしな」
「恩?」
「忘れたかよ。近所のクレアばあさんにイタズラ仕掛けて、池に落としちまったり、ミハイル爺さん家に花火ぶん投げて大騒ぎになった時とか、ムカツク担任に卵投げて警察沙汰になったときとかよ、いろいろお前が取り繕ってくれただろ?」
「あれは本当に大変だったな。辻褄を合わせる嘘をつくのは体力が要る。」
「だろ?お前あの時から小説家としての才能あったのかもな。」
「売れては無いけどな。」
二人は思い出話に花が咲き、さっきまでの緊張を伴った空気から一変し、笑い声なども出始めた。
「それだけじゃねぇ、俺があのクソ親父と喧嘩して家出した時にもお前は家へ招きいれてくれた。こんな近所で有名だった誰も相手をしたがらない悪ガキをさ。」
「ああ、そんなこともあったな。」
「だからさ、それでお前への恩を返せるのなら、どんなイカれた話にも乗ってやるさ」
ヴィラはのそっと背もたれに背中を預けるように踏ん反りかえる。
「それに俺もちょいと興味あるな。お前の爺さんの絵は呪われてるって有名だったろ?」
ゲルテナ家に眠る作品には呪いがかかっている。一人でに動き出し、喋りだし、見るたびに形が変わる。と。
始めはどこかの批評家が言った戯言だと誰も気にしなかった。しかし、いつしかその証言は増え、噂は大きくなり、一部のマニアの間では有名な話でもあった
「・・・呪われている。か。そうかもな」
ミッシェルは暗い表情を浮かべる。
「・・思い出した。お前昔も似たような事言ってたよな?」
ミッシェルは顔を上げる。
「お前がちょっとした行方不明になった事件。覚えてるか。」
ミッシェルは全身に鳥肌の立つような感覚を覚え、目を見開いた。
「お前は、爺さんの作品が貯蔵されていた地下で寝てたって聞いたケド。そのあと泣きながら妙なこと言ってたろ?首のない像が襲ってきたとか・・・?おい?どうした?」
ミッシェルは頭を抱え込むようにして、机に突っ伏した。彼の額には大量の汗が滲んでいた。
「気分・・・悪いか?」
「いや・・・。俺が真剣に事を捉えている理由はそれなんだ。」
ヴィラは何も言葉を発することなくミッシェルの話を聞く。
「あの日、俺は父さんの言いつけで、地下に道具を取りに行っていたんだ。だけどその時、地下室の奥のいつも南京錠で閉まっている扉が開いていた。父さんには入ってはいけないと、言われていた部屋だった。」
ヴィラはカプチーノを含みながら、沈黙を続ける。
「そこにはいくつもの絵があった。不気味で怖かった。俺はすぐさま部屋を出ようとした。けど、扉は開かなかった。部屋を模索していると、壁に掛かった絵が急に輝きだし、額縁が消えていた。そして俺は、絵の中に引きずりこまれた。」
「・・・で、失踪したワケだ。」
「そうだ。絵の中の世界は思い出すのも恐ろしいほど、恐怖で満ち溢れていた。女の上半身だけが這いつくばって追いかけてきたり、首のない銅像に襲われたり。」
「どうやって戻ってきた?」
「一人の女の子だ。その子が俺の道案内をしてくれた。」
「絵の中でか?女の子が?」
「ああ、解ると思うが、その子も作品だった。その子は俺に寄り添ってくれる振りをして、俺を弱らせ、最後には自分にとって代わって外の世界へ出るつもりだったらしい。」
「女ってのは絵の中でもおっかねぇな。」
ミッシェルは息を切らしながらも、回想を続けた。
「俺はその子の居るべき絵の額縁を破壊して、なんとか現実世界へ戻ってこれた。本当の話だ。大人は夢を見たんだと言って、誰も信用しなかったが。」
「だろうな。けど、なんでそんなトラウマ級の絵の展示会に手貸してやったんだ?」
「・・・悩んださ。曾爺さんはクリエイターだ。俺と同じな。クリエイターにとっての死は、自身の作品が誰の目にも触れられなくなった時だ。曾爺さんの絵は評価される以上、俺の一存で封殺するわけにもいかない。そう思ったんだ。」
ミッシェルは自身の後悔の念に苛まれていた。
「もう昔のことだったからと、油断をしていたかもしれない。一応とかけておいた保険も無駄だった。」
「まぁ、絵の呪いに万全の対策を期すってのも、普通じゃねぇしな。あんまり自分を責めるなよ」
気が重くなるミッシェルと対象にヴィラは飄々とした態度であった。これでもやはりどこか作り話を聞いているような、どこか本気になれない感覚だった。
「とにかく、俺は何をしたらいい?」
「ああ。これを。」
ミッシェルは一冊の分厚い本を取り出した。
「んだこれ?」
「曾爺さんの画集だ、このページの・・この女の子の絵だ。」
そこには緑色の服を纏った金髪の少女が佇んだ絵が記載されていた。タイトルは『メアリー』
「金髪の女の子ねぇ、見た目10歳もないな・・・・?」
ヴィラはその画集を手元に引き寄せてまじまじとその少女の絵を見る。
「・・・どうした?何か知っているのか?」
「・・・・・」
「ヴィラ?」
「・・・・ん?あぁいや、細部までよく描かれてんなと思ってな。しっかし、これが生涯をかけた大作なんだって?お前の爺さん、よっぽどなロリコンか?」
ケラケラとジョークを飛ばすヴィラに構わず話を進める。
「これが、俺がさっき言ってた女の子だ。こいつが絵の中から脱走したんだ。」
「・・・・マジかよ。わりぃ、さっきはああいったケド、益々現実味が湧かねぇ。」
ヴィラは頭を掻きむしりながら、眉間に皺を寄せる。
「これ以上は口で説明しても厳しいだろうな。あとはその目で見てもらうしかない。こいつの居場所はつかめてる。俺はこいつを取り押さえて絵の中へ引き戻す。それに手を貸してほしい。」
「・・・OK。まぁ、敵対組織への襲撃よりはラクだろ。」
ミッシェルはコーヒーを一気に飲み干すと席を立った。
「・・・待ってろ」
二人は店を後にすると、とある場所を目指し、踏み出した
人物紹介。
ヴィラ・ベネット
ミッシェルの幼馴染で近所でも有名な悪ガキだったらしい。
少年院を何度も出入りし、ギャングへの在籍経験もあったが、現在では足を洗って鳶職を生業としている。