魔王と救世主で世界最強   作:たかきやや

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先生

          

 

 

『レギン・バントン』は熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 

 

 もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言える事で、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

 

 

 だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。自分達の心酔する長老が、一人の人間に為す術もなく再起不能にされたなど有り得ないと。しかし、現実は容赦なく事実を突きつける。医療施設で力なく横たわるジンの姿が何より雄弁に真実を示していた。

 

 

 レギンは、変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場に居た長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した

 

 

 長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てる事はできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上 仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と 相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない

 

 

 

 

 

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だが

 

 

 

だとしても

 

 

 

己の目が曇っていたのだとしても……

 

 

 

「これはないだろう!?」

 

 レギンは堪らず絶叫を上げた。何故なら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ

 

「ほらほらほら! 気合入れろや! 刻んじまうぞぉ!」

 

「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」

 

「汚物は消毒だぁ! ヒャハハハハッハ!」

 

 ハウリア族の哄笑が響き渡り、致命の斬撃が無数に振るわれる。そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった 必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。

 

 

「畜生! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

 

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

 

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

 奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲された事、亜人族の中でも格下のはずの兎人族の有り得ない強さ、何処からともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より嬉々として刃を振るう狂的な表情と哄笑!

 

 

 その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っている筈の熊人族に窮地を与えていた

 

 

 実際、単純に一対一で戦ったのなら兎人族が熊人族に敵う事はまず無いだろう……… だが、この十日間、ハウリア族は、地獄というのも生ぬるい特訓のおかげでその先天的な差を埋める事に成功していた

 

 

 元々、兎人族は他の亜人族に比べて低スペックだ。しかし、争いを避けつつ生き残るために磨かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。何せ、それだけで生き延びてきたのだから。

 

 

 そして、敵の存在をいち早く察知し、気づかれないよう奇襲出来るという点で、彼等は実に暗殺者向きの能力をもった種族であると言えるのだ。ただ、生来の性分が、これらの利点を全て潰していた。

 

 

 ハジメ達が施した訓練は彼等の闘争本能を呼び起こすものと言っていい ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るう事や、相手を傷つける事に忌避感を感じる暇も与えない。

 

 

 ハートマン専任軍曹のセリフを思い出し、十日間ぶっ通しで過酷な訓練を施した結果、彼等の心は完全に戦闘者のそれに成った。若干、やりすぎた感は否めないが……

 

 

 それに対してショウ達は、〝◯ャンプ〟や〝サ◯デー〟、〝◯ロ○ロ〟等の少年漫画の名台詞で、ハウリア達の中にある家族を護る心と闘争心を呼び起こし、火を着けたのだ。結果、彼等の心の内に秘めた闘争心が燃え上がり、其処に現地の植物や、木の枝等を使った武器やトラップ等の制作技術と実践訓練を行い、比較的まともな戦士が出来上がった。

 

 

 

 躊躇いの無い攻撃性を身に付けた彼等は、中々の戦闘力を発揮した 一族全体を家族と称する絆の強い一族というだけあって連携は最初からかなり高いレベルだった。また、気配の強弱の調整が上手く、連携と合わせる事で絶大な効果を発揮した。

 

 

 更に、非力な彼らの攻撃力を引き上げるハジメ製の武器の数々もハウリア族の戦闘力が飛躍的に向上した理由の一つだ。

 

 

 全員が常備している小太刀二刀は、精密錬成の練習過程から生まれた物で、極薄の刃は軽く触れるだけで皮膚を裂く タウル鉱石を使っているので衝撃にも強い。同様の投擲用ナイフも配備されている。

 

 

他にも、奈落の底の蜘蛛型の魔物から採取した伸縮性・強度共に抜群の糸を利用したスリングショットやクロスボウも非常に強力だ 特に、ハウリア族の中でも未だ小さい子達に近接戦は厳しい。子供でも先天的に備わっている索敵能力を使った霧の向こう側からの狙撃は、思わずハジメでさえも瞠目したほどだ。

 

 

 パルに至っては、すっかりクロスボウによる狙撃に惚れ込み、一端のスナイパー気取りである。

 

 

「一撃必倒!ド頭吹き飛ばしてやりまさぁ。“必滅”の名にかけて!!」

 

 パル……必滅のバルトフェルドの最近の口癖である。ちなみに、“必滅”は彼の自称だ。

 

 

 あと、最初は「狙い撃つぜ!」が口癖だったがハジメと香織、さらにショウが止めさせた。すごく不満そうだった

 

 そんな訳で、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗する事など出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。

 

 

「レギン殿! このままではっ!」

 

「一度撤退を!」

 

「殿は私が務めっクペッ!?」

 

「トントォ!?」

 

 一時撤退を進言してくる部下に、ジンを再起不能にされたばかりか部下まで殺られて腸が煮えくり返っていることから逡巡するレギン。その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない 殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを正確無比の矢が貫いた。

 

 

 それに動揺して陣形が乱れるレギン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。

 

 

 霧の中から矢が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ってくる。それに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。

 

 

 しかも、その矢には即効性の麻痺毒を塗っている為、頑強な熊人族でも忽ちの内に身体の自由が効かない。其処を逃す事等無く、矢継ぎ早に矢や鎖付き棘鉄球が襲う……

 

 

 レギン達は戦慄する これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか!? と

 

 

 暫く抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ 連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている 一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。

 

 

「何か言い残す事はあるかね? 最強種殿?」

 

 つい十日前の姿とはまるで変わったカムの姿にレギンは戦慄した。これが……あの兎人族だと!?

 

「俺はどうなってもいい………全ては同族を駆り立てた俺の責任だ…… 部下達だけは見逃してくれ……頼む……!」

 

 震えながらも、レギンはカムの前で跪いて懇願する。しかし、カムはそれを断った。

 

 

「貴様らは敵なのだ。“敵は殺す”それがボスの教え何より………」

 

 カムは一息置いて言う。

 

 

「貴様等を嬲るのは楽しい!!!」

 

 

 嘲笑うカムが小太刀を振り上げる!刹那!!!

 

 

 カムの目の前を一枚の盾が走り、小太刀の行方を阻んだ。

 

「どういうおつもりですかな?先生………否、ショウ殿?」

 

 樹海から出てきた『守護之盾』フォームのショウはカムの前に立ち、答える。

 

 

 「そんなの決まってる。主の教え子の間違いを止めるのも、先生の役目だ!」

 

「間違い?」

 

 訳がわからないという表情のカムにショウは訪ねる。

 

 

「今、お前達がどんな顔しているかわかるか?」

 

「顔? いや、どんなと言われても……」

 

 ショウの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリア族。ショウは、ひと呼吸置くと静かな、しかし、よく通る声ではっきりと告げた。

 

 

「君たちの顔、帝国兵そっくりだよ」

 

 その途端、カムは冷水をぶっかけられた様に顔を青くし、握っている小太刀を落とし、膝をついた。

 

 

「………先生……私達は……いったい何を………?」

 

「でも初めての対人戦だし、今気付けたならもう大丈夫だよね」

 

 そう言ってショウは盾をしまいハウリア達に告げた。

 

 

「強くなきゃ、生きていけない。でも、誰かを守る力で、殺し合いを楽しんじゃダメだ」

 

 そう言って、カムに手を差し伸べる。そうして立たせた後、カムの後に居るハウリア達を見る。それは、ショウが教導した者達だった 皆、カムが危うく帝国兵と同じ外道に堕ちる所だったのを半分安堵、半分ハラハラして見ていたのだ。

 

 

 と、その時、突如として銃声が響いた。

 

 

 ショウ達は驚いて銃声のする方を向いた。そこにはすっかり存在を忘れていた、額を抑えてのたうつレギンの姿があった。

 

 

「なにドサクサに紛れて逃げ出そうとしてんだ?」

 

「ハジメくんからは逃げられないよ」

 

 霧の奥からハジメ達が現れる。どうやら、ショウ達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとしたレギン達に銃撃したようである。但し、何故か非致死性のゴム弾だったが。

 

「おい、熊人族のお前」

 

 ハジメがボロボロのレギンを見やり、続ける

 

「今なら全員見逃してやってもいいぞ。ただし、フェアベルゲンの長老共にこう伝えろ『貸し一つ』ってな」

 

 そう言ってハジメはレギンの肩に左手を置いて更に一言。

 

 

「伝言は正確に伝えろ、今回の詳細もな。もし取り立てに行った時、惚けでもしたら……その日がフェアベルゲンの最期だと思え」

 

 最後に底冷えする様な声で脅し、レギンは生き残りを連れて森へと消えた………

 

 

 それを見送ったショウは、ハジメを見る

 

 

 カム達がハジメ達に深々と頭を下げて詫び、ハジメ達もまた、バーサーカー養成の様な苛烈な教導を詫びていた。

 

 

 それにカム達がハジメが乱心でもしたのかと青ざめて騒いでいる。

 

 

「ハジメ、これは自業自得だよ」

 

 ハジメがそれに頭を抑えて、ショウは苦笑いを浮かべていた。

 

 

清水どうする?

  • 殺れ
  • 助けて

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