夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし、愛子は未だ寝付けずにいた。愛子の部屋は一人部屋で、それほど大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。
愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに寝っ転がりながら三人の名前を呟く
「……………………南雲君。蒼君。白崎さん」
「おう」
「ッ!?」
ギョッとして声がした方へ振り向く愛子。そこには、入口の扉にもたれながら腕を組んで立つハジメの姿があった。驚愕のあまり舌がもつれながらも何とか言葉を発する愛子。
「ど、どうしてここに!?」
「まあ、色々とな。それより話があってな」
と話ながら扉を閉じて、先生の目の前に座る
「話………ですか?」
「ああ。今から俺が話す事は世界を敵に回す様な物でな。だが、それを聞いてどうするかは先生に任せる」
そう言ってハジメは、オスカーから聞いた〝解放者〟と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。
ハジメが、愛子にこの話をしようと思ったのは、もちろん理由がある。神の意思に従って、勇者である光輝達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してくれるとは思えなかった。魔人族から人間族を救う、すなわち起こるであろう戦争に勝利したとしても、それはそもそも神々が裏で糸を引いている結果だ。勇者などと言う面白い駒をそうそう手放す訳が無い。むしろ、勇者達を利用して新たなゲームを始めると考えた方が妥当である。
ただ、ハジメとしては、その事を、わざわざ光輝達を捜し出して伝えるつもりはなかった。クラスメイトの行く末には興味がなかったし、単純に面倒だったからだ。それに、仮に伝えたとしても、あの正義感と思い込みの塊のような男が、ハジメの言葉を信じるとは思えなかった。
たった一人の、しかも変貌した少年の言葉と、大多数の救いを求める声、どちらを信じるかなど考えるまでもない。むしろ、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。そう言う意味からも、ハジメは光輝に関わるつもりは毛頭なかったのである。
だが、偶然に偶然が重なって、何の因果か愛子と再会することになった。ハジメは、知っている。愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを。つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断ができるということだ。そして、日本での慕われ具合と、今日のクラスメイト達の態度から、愛子が話したのなら、きっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えるだろう、とハジメは考えた。
その結果、彼等の行動にどのような影響が出るのかはわからない。だが、この情報により、光輝達が神々の意図するところとは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはずだ。ハジメは、大迷宮を攻略する旅中で自分が酷く目立つ存在になると推測しており、最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えている。なので、間接的に信頼のある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させることを意図したのである。
また、神に縋る以外で、更にハジメとも異なる帰還方法を探ってくれるのではという意図も僅かにある。更に言えば、かつて〝解放者〟がされたように、本来味方であるはずの人々を操り敵対させるという方法を光輝達で再現されないように、神への不信感を植えつけることで楔を打っておくという意図もある。
もっとも、この考えは偶然愛子に再会したことからの単なる思いつきであり、ハジメ自身大して期待していない。ハジメとしては、クラスメイト達に対して恨みも憎しみもない。ただ、ひたすらに無関心である。利用できればそうするし、役に立ちそうになければ放置である。今回は、たまたま利用できそうなので情報を開示したに過ぎない。
ハジメから、この世界の真実を聞かされ呆然とする愛子。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。
「話は以上だ、後は先生に任せる。信じて教会に反抗するのも、戯れ言と切り捨てるのも自由だ」
「で、では南雲君はそれをどうにかするために?」
「なわけねえだろ。俺は帰る、香織やユエ。後シアも一緒にな。そっちの件はショウとアシストで叩くらしいが」
「そ、そうですか…………」
「あ!まって下さい!白崎さんに伝えてほしい事が!」
「何だ?」
「八重樫さんは、まだ二人が生きてると信じて探していました」
「………わかった伝えとこう」
と俺は答え、ドアから立ち去ろうとすると
「きゃ!」
「ん?」
ドアに何かがぶつかり、覗いて見ると
「あたたぁ……」
尻餅をついて、額に手を当てる少女──園部優花がいた
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─約一時間前─
「はぁ…………お礼、言えなかったなー」
と気分転換に部屋を出て、廊下の窓から夜空を見上げ呟く優花
「ハジメにお礼を言いたいのかい?」
「うん─────え?」
驚いて、自分に質問した声の方を向くとソコには何故かパーカー付きのモコモコパジャマで肩に顔を置くという、闇の仕草をしていたショウがいた。
優花はすぐに距離を取り、構えようとするが
「おっと、俺に敵意は無いよ。それより、ハジメにお礼が言いたいんだろ?アイツなら今、先生の部屋だぜ」
と両手を上げ、情報を伝える
「………何でそれを私に?」
「ただの気紛れだよ。それと、ドア待ちの方が確率は上がる」
「………そう、わかった」
「じゃ、俺はこれで。」
そう言って立ち去ろうとしたが
「それよりさ…………何でモコモコなの?」
「まあ、そこツッコムわな」と思いながら振り向いて
「俺と嫁のお気にだ。しかもペアルック」
と、ドヤって答えると「そう………」とだけ返して、先生の部屋に向かって行った………
「種は撒いた。後はこれがどう育つかだな」
と呟いた言葉と小さな笑みは闇へと消えてった………
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「ここね………」
園部は先生の部屋の前に立ってハジメを待とうとするが、そこでフと気づく。
ハジメは何故先生の部屋にいるのか。夜這いと言う言葉が一瞬よぎったが、振り払う様に頭を振り、戸に耳を当てる。
「この世界は神のゲーム盤に過ぎない」
「!?」
聞こえて来たのは、予想外の言葉。そして、世界の真実だった。園部は聞き耳を立てながら戦慄していた。
「話は以上だ、後は先生に任せる。信じて教会に反抗するのも、戯れ言と切り捨てるのも自由だ」
「で、では南雲君はそれをどうにかするために?」
「なわけねえだろ。俺は帰る、香織やユエ。後シアも一緒にな。そっちの件はショウとアシストで叩くらしいが」
「そ、そうですか…………」
「あ!まって下さい!白崎さんに伝えてほしい事が!」
「何だ?」
「八重樫さんは、まだ二人が生きてると信じて探していました」
「………わかった伝えとこう」
そして、ドアが開き
「きゃ!」
「ん?」
「あたたぁ……」
そして、現在に至る
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「……で、お前はこんなところで何をしているんだ?」
声をかけられ、我にって気まずそうな表情をしながら立ち上がり
「な、南雲、今の話って……」
「本当だ。……それだけか?」
「いや、あんたにどうしても言いたかったことがあるのよ」
青白い表情をどうにか取り繕うと園部は真剣な眼差しをハジメに向けて、あの時言えなかったな言葉を伝える
「南雲、ありがとう。あの時、私の事を助けてくれて」
「助けた? 俺が?」
「うん。覚えてる?トラウムソルジャーに殺されそうになっていた私を助けてくれたじゃない。本当は帰ってから改めてお礼を言うつもりだったのにあんな事になっちゃったから……」
「……ああ、あの時か。そんときは〝俺〟になる前の俺は必死だから覚えてなかった」
「別に良いのよ。これは私の自己満足だから。どうしてもお礼を言いたかった、それだけよ」
「……悪いな。だが、ありがとよ。俺としては嬉しかった。ショウと先生以外で俺の死を悲しんでくれた奴がいてくれたことはな。……俺の方こそ礼を言わないといけないな」
俺は園部に背を向けながら続ける。
「〝俺〟はもう戻れないし、戻るつもりもない。俺はアイツがいる限り止まれないし、止まらない。……だが、感謝していることは確かだ。俺にとって、その言葉は救いになった。何かあったら遠慮なく頼れ。もしもの時に助ける程度の事はしてやる」
園部の返答を聞かずに俺はその場を後にする。
「………南雲の女ったらし。落としにかかってんのよ?」
清水どうする?
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殺れ
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助けて