「ハジメ!あれでボルメテウス作りたいけどいいかな!?」
とショウは興奮しながら指を指し、ハジメに問う。その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。
空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。
その黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。
その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアの比ではない。ハイベリアも、一般的な認識では、厄介なことこの上ない高レベルの魔物であるが、目の前の黒竜に比べれば、まるで小鳥だ。その偉容は、まさに空の王者というに相応しい。
蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。
ハジメも、川に一撃で支流を作ったという黒竜の残した爪痕を見ているので、それなりに強力な魔物だろうとは思っていたが、実際に目の前の黒竜から感じる魔力や威圧感は、想像の三段は上を行くと認識を改めた。奈落の魔物で言えば、ヒュドラには遠く及ばないが、九十層クラスの魔物と同等の力を持っていると感じるほどだ。
その黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する人間達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。
「グアアアアアアアアァァァァァァァ!」
「無駄」
と黒い竜は咆哮と共にブレスを放つがショウが『反射』でブレスを黒竜に丸々返す。更に、おまけとばかりに、ハジメと香織からレールガンによる連射。シアはドリュッケンでミサイル砲撃。ユエは最上級魔法や神代魔法をノータイム放ち、アシストは黒竜の解析を行う。
「あの鱗は私達でも中々割れない代物ですね」
「ハジメ。剥ぎ取るか?」
「お前らは押さえていろ。糸口は見つけた」
「分かった。あ!それと、出来るだけ綺麗に殺してくれないか?アレでボルメテウス作りたい」
「お前なぁ…………まあ安心しろ。そこに関しては問題無い」
そう言ってハジメはパイルバンカーの杭を取り出し、黒竜の後ろに陣取る。
全員が、ハジメのしようとしていることを察し、頬を引き攣らせた。鱗を割るのが面倒だからといって、そこから突き刺すのはダメだろうと。ハジメの容赦のなさにショウは遠い目で合掌し、アシストは目をつむって合掌。香織とユエとシア以外の者達が戦慄の表情を浮かべているが、ハジメはどこ吹く風だ。
「ケツから死ね、駄竜が」
辛辣な言葉と共に、ハジメのパイルバンカーが黒竜の〝ピッー〟にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。と、その瞬間、
〈アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!〉
くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。本当なら、半分ほどめり込んだ杭に、更に鉄拳をかましてぶち抜いてやろうと考えていたハジメだが、明らかに黒竜が発したと思われる悲鳴に、流石に驚愕し、思わず握った拳を解いてしまった。
〈お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〉
黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。
どうやら、ただの竜退治とはいかないようだった。
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この黒竜は『竜人』らしく、こいつから語られる話はこうだ
異世界から来た人間達について調べる事だった。もしも、里に危害を及ぼす存在ならどうするべきか―――――話し合いの結果、調査する事が決定したらしい。山脈を超えて人化してからの情報収集を行おうとしたが、体調を万全に期する為にも休憩を挟む事にしたので、黒竜状態で睡眠していたという事だ。すると、睡眠状態に入った黒竜の前に一人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れて眠る黒竜に洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった
普通ならそこで起きる筈なのだが、ここで竜人族の悪癖が出たのだ。例の諺の元にもなったように、竜化して睡眠状態に入った竜人族は、まず起きない。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限りだ。竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしないのだが、何故、ああも完璧に操られたのか。それは
〈恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった………〉
「・・・それってつまり、魔法をかけられても気付かないぐらい爆睡していたって事?」
黒竜は明後日の方向を向き、何事もなかったように話を続けた。何故丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸一日もかかるなんて………」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ
その後は、ローブの男に従って魔物の洗脳のお手伝い。そして、ある日、洗脳をしたブルタールの魔物を移動させていた際に山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇したのだ。目撃者は消せとの命令を受けていた為に追いかけていたのだ。で、気がつけばハジメ達にフルボッコにされており、ハジメの頭部への攻撃で意識を失い、尻に名状し難い衝撃と刺激が走って一気に意識が覚醒したのである
「・・・ふざけるな」
説明をし終えた黒竜に向けて、激情を押し殺した様な震える声―――――ウィルが発した声だった
「………操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを!殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」
〈………〉
「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう!大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」
〈………今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない〉
言い募ろうとするウィルに、ユエが口を挟む
「・・・きっと、嘘じゃない」
「ああ、そうだ。」
「っ、一体何の根拠があってそんな事を・・・」
「・・・竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は"己の誇りにかけて"と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに・・・嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」
「俺は魂そのものを覗いた。コイツの話しには嘘は無い」
『ふむ、後者は後で聴くとして、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは………いや、昔と言ったかの?』
「………ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」
『何と、吸血鬼族の………しかも三百年とは・・・なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は………』
ユエから明かされる自分の種族に畑山や生徒やウィルは驚いていた
「ユエ・・・それが私の名前。大切な人達に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」
ユエの竜人族に向ける言葉の端々に敬意が含まれている。ウィルの罵倒を止めたのも、その辺りの心情が絡んでいるのかもしれない
だが、それでも親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い言葉を零してしまう
「・・・それでも、殺した事に変わりないじゃないですか・・・どうしようもなかったってわかってはいますけど・・・それでもっ!ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって・・・彼らの無念はどうすれば・・・」
頭では黒竜の言葉が嘘でないと分かっている。しかし、だからと言って責めずにはいられないし、心が納得しないのだ
するとハジメはため息を吐き、ショウの方を向き
「ショウ。少し無茶な「いいよー」………まだ何も言ってねえよ」
「でも、やってほしい事とそれのメリットは分かるよ。それに俺はハジメの執事だ」
と告げ、ショウは新たなる札を切る。
【フォームチェンジャー】が通過するとソコには白衣の様に長い黒パーカーに、右目には青い光が炎の様に揺らめき、左手を丸々覆う様なガントレット。それでは皆様。お祝い下さい我が新フォーム
「祝え!邪神を駆逐し、ハジメ等を故郷へ導く我らがメシア!その名もアオイ ショウ マッドハックサイコ!狂侵精神の救世主がこの地に降り立った瞬間です!」
「いや、単語からしてもはや救世主とは言えないだろ」
ハジメのツッコミはスルーで、ショウは作業を始める。
「あー、魂抜けてるな。じゃあ術式はこうしてあーして………」
ショウは完全集中でガントレットの指先から延びる。光の線や工具らしき物が術式を構築し、行使する。
「『逆時魔送』『保魂』+『秘匿』からの『絶象』あと」
―アシスト解説―
―了解。皆様、現在ショウが行っている事は簡単に言うと過去の改変と蘇生になります。こちらの方法はまあ、矛盾が起きない程度に過去を変えるため、魂魄を保管し秘匿。そのまま肉体を再生して復活させたのです―
と感じで蘇生された冒険者の皆さん。ウィルや先生達。黒竜の開いた口が塞がらない。
「ななななな南雲君!?あ、ああああああ蒼君は一体何を!?」
「ん?過去を変えたんじゃねえか?」
〈そ、そんなことあるわけが━━〉
「ありえるのよ、うちの執事は。蒼くんには常識も限界も無いんだよねえ」
『ええ…………』
と香織の言葉に驚きを通り越して、呆れる一同と蘇生されて驚くゲイルさん達。
取りあえず事情を簡潔に説明して、ウィル達は黒竜の謝罪受け入れたのだった
清水どうする?
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殺れ
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助けて