魔王と救世主で世界最強   作:たかきやや

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願い

 

 

<操られていたとはいえ、ましてや蘇生されたとしても。妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか>

 

と、黒竜は頭を下げ。懇願するがそのハジメの答えは、

 

 

「いや、お前の都合なんざ知ったことじゃないし。散々面倒かけてくれたんだ。詫びとして死ね」

 

 そう言って義手の拳を振りかぶった。

 

 

<待つのじゃー! お、お主、今の話の流れで問答無用に止めを刺すとかないじゃろ! 頼む! 詫びなら必ずする! 事が終われば好きにしてくれて構わん! だから、今しばらくの猶予を! 後生じゃ!>

 

「殺しちゃうの?」

 

「え? いや、そりゃあ殺し合いしたわけだし……」

 

「でも敵じゃない。殺意も悪意も、一度も向けなかった。それに、俺のお願いを忘れた?」

 

 『敵意や悪意を向ける者をいくら殺してもかまわない。けど、善意や好意を向けてくれる人には優しくしてやってくれ』これはハジメが元の世界に帰って来ても人でいられる様に言ったショウの願いだ。この黒竜は操られてただけで敵でも何でも無い。だから、ハジメには殺してほしく無い。………ボルメテウスが作れないのは残念だけど。

 

 結局ユエとショウにより救われた。が、ここで事態が急変する。黒竜の魔力が限界に近づいていて、このままだとパイルバンカーが刺さったまま人間に戻ってしまう!

 

 

「流石にそれはアカン!そんな方法で人殺したら間違いなく黒歴史やんけ」

 

 ショウは、急いで手で黒竜の尻に刺さっている杭に手をかけた。そして、力を込めて引き抜いていく。

 

 

<はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~>

 

「ショゥラーーーー!」

 

――スポン!

 

 と言う音と共に黒竜は新たな扉を開いた

 

<あひぃいーーー!! す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……>

 

そんな訳のわからないことを呟く黒竜は、直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。

 

 

 黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。

 

 

 見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。

 

 

「ゴホン、面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

 ティオ・クラルスと名乗った黒竜は、次いで、黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

 

 

 何でも黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にし、随分と勇者に対して妬みがあるようだったという。

 

 

 黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでヒントが出れば、流石に脳裏にとある人物が浮かび上がる。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。

 

 

 と、そこでハジメが突如、遠くを見る目をして「おお、これはまた……」などと呟きを漏らした。

 

 

 聞けば、ティオの話を聞いてから、無人探査機を回して魔物の群れや黒ローブの男を探していたらしい。

 

 

 そして、遂に無人探査機の一機がとある場所に集合する魔物の大群を発見した。その数は……

 

 

 

「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

 

 

 

「あの、ハジメ殿なら何とか出来るのでは……」

 

 その言葉で、全員が一斉にハジメの方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。ハジメは、それらの視線を鬱陶しそうに手で振り払う素振りを見せると、投げやり気味に返答する。

 

 

「そんな目で見るなよ。俺の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ。仮に殺るにしても、こんな起伏が激しい上に障害物だらけのところで殲滅戦なんてやりにくくてしょうがない。いいからお前等も、さっさと町に戻って報告しとけって」

 

 ハジメのやる気なさげな態度に反感を覚えたような表情をする生徒達やウィル。そんな中、思いつめたような表情の愛子がハジメに問い掛けた。

 

 

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

 

「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」

 

愛子は、ハジメの言葉に、また俯いてしまう。

 

「さっきも言ったが、俺の仕事はウィルの保護だ。保護対象連れて、大群と戦争なんかやってられない。真っ平御免被るよ。それに、仮に大群と戦う、あるいは黒ローブの正体を確かめるって事をするとして、じゃあ誰が町に報告するんだ? 万一、俺達が全滅した場合、町は大群の不意打ちを食らうことになるんだぞ? ちなみに、あの車は俺じゃないと動かせない構造だから、俺たちに戦わせて他の奴等が先に戻るとか無理だからな?」

 

「まぁ、ご主じ……コホンッ、彼の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」

 

 押し黙った一同へ、後押しするようにティオが言葉を投げかける。若干、ハジメに対して変な呼び方をしそうになっていた気がするが……気のせいだろう。愛子も、確かに、それが最善だと清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、今、傍にいる生徒達の安全の確保を優先することにした。

 

 

 結局一行は、背後に大群という暗雲を背負い、急ぎウルの町に戻る。

 

 

 

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 ウルの町に着くと、悠然と歩くハジメ達とは異なり愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。ハジメとしては、愛子達とここで別れて、さっさとウィルを連れてフューレンに行ってしまおうと考えていたのだが、むしろ愛子達より先にウィルが飛び出していってしまったため仕方なく後を追いかけた。

 

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

「な、何を言っているのですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 

 信じられないと言った表情でハジメに言い募るウィルにハジメは、やはり面倒そうな表情で軽く返す。

 

 

「見捨てるもなにも、どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れているんだから……どうせ避難するなら、目的地がフューレンでも別にいいだろうが。ちょっと、人より早く避難するだけの話だ」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。ハジメ殿も……」

 

 〝ハジメ殿も協力して下さい〟そう続けようとしたウィルの言葉は、ハジメの冷めきった眼差しと凍てついた言葉に遮られた。

 

「……はっきり言わないと分からないのか?俺の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町の事なんて知ったことじゃない。いいか?お前の意見なんぞ聞いてないんだ。どうしても付いて来ないというなら……手足を砕いて引き摺ってでも連れて行く」

 

「なっ、そ、そんな……」

 

 

 ハジメの醸し出す雰囲気から、その言葉が本気であると察したウィルが顔を青ざめさせて後退りする。その表情は信じられないといった様がありありと浮かんでいた。ウィルにとって、ゲイル達ベテラン冒険者を苦もなく全滅させた黒竜すら圧倒したハジメは、ちょっとしたヒーローのように見えていた。なので、容赦のない性格であっても、町の人々の危急とあれば、何だかんだで手助けをしてくれるものと無条件に信じていたのだ。なので、ハジメから投げつけられた冷たい言葉に、ウィルは裏切られたような気持ちになったのである。

 

 

 言葉を失い、ハジメから無意識に距離を取るウィルにハジメが決断を迫るように歩み寄ろうとする。一種異様な雰囲気に、周囲の者達がウィルとハジメを交互に見ながら動けないでいると、ふとハジメの前に立ちふさがるように進み出た者がいた。

 

 

 愛子だ。彼女は、決然とした表情でハジメを真っ直ぐな眼差しで見上げる。

 

 

「南雲君。君なら……君なら魔物の大群をどうにかできますか? いえ……できますよね?」

 

 愛子は、どこか確信しているような声音で、ハジメなら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。

 

 

 愛子達が報告した襲い来る脅威をそのまま信じるなら、敵は数万規模の魔物なのだ。それも、複数の山脈地帯を跨いで集められた。それは、もう戦争規模である。そして、一個人が戦争に及ぼせる影響など無いに等しい。それが常識だ。それを覆す非常識は、異世界から召喚された者達の中でも更に特別な者、そう勇者だけだ。それでも、本当の意味で一人では軍には勝てない。人間族を率いて仲間と共にあらねば、単純な物量にいずれ呑み込まれるだろう。なので、勇者ですらない目の前の少年が、この危急をどうにかできるという愛子の言葉は、たとえ〝豊穣の女神〟の言葉であってもにわかには信じられなかった。

 

 

 ハジメは、愛子の強い眼差しを鬱陶しげに手で払う素振りを見せると、誤魔化すように否定する。

 

 

「いやいや、先生。無理に決まっているだろ? 見た感じ四万は超えているんだぞ? とてもとても……」

 

「でも、山にいた時、ウィルさんの南雲君なら何とかできるのではという質問に〝できない〟とは答えませんでした。それに〝こんな起伏が激しい上に障害物だらけのところで殲滅戦なんてやりにくくてしょうがない〟とも言ってましたよね? それは平原なら殲滅戦が可能という事ですよね? 違いますか?」

 

「……よく覚えてんな」

 

 愛子の記憶力の良さに、下手なこと言っちまったと顔を歪めるハジメ。後悔先に立たずである。愛子は、顔を逸らしたハジメに更に真剣な表情のまま頼みを伝える。

 

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

 

「……意外だな。あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 

 

 ハジメの揶揄するような言葉に、しかし、愛子は動じない。その表情は、ついさっきまでの悩みに沈んだ表情ではなく、決然とした〝先生〟の表情だった。近くで愛子とハジメの会話を聞いていたウルの町の教会司祭が、ハジメの言葉に含まれる教会を侮蔑するような言葉に眉をひそめているのを尻目に、愛子はハジメに一歩も引かない姿勢で向き直る。

 

 

「……元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」

 

 

 愛子が一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

 

「南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になるには、きっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったのだと思います。君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 

 

 ハジメは黙ったまま、先を促すように愛子を見つめ返す。

 

 

「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね? では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

 

「……」

 

「南雲君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

 

 一つ一つに思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合うハジメに余すことなく伝わってゆく。町の重鎮達や生徒達も、愛子の言葉を静かに聞いている。特に生徒達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いている。それと同時に、愛子は今でも本気で自分達の帰還と、その後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。

 

 

 ハジメは、例え世界を超えても、どんな状況であっても、生徒が変わり果てていても、全くブレずに〝先生〟であり続ける愛子に、内心苦笑いをせずにはいられなかった。それは、嘲りから来るものではない、感心から来るものだ。愛子が、その希少価値から特別待遇を受けており、ハジメの様な苦難を経験していない以上、反論するのは簡単だ。〝軽い〟言葉だと切り捨ててしまってもいいだろう。

 

 

 だが、ハジメには、そんな事は出来そうになかった。今も、真っ直ぐ自分を見つめる〝先生〟に、それこそそんな〝軽い〟反論をすることは、あまりに見苦しい気がしたのだ。それに、愛子は一度も〝正しさ〟を押し付けなかった。その言葉の全ては、ただハジメの未来と幸せを願うものだ。

 

 

 ハジメは、愛子からすぐ傍にいる香織へと視線を転じる。香織は、懐かしいものを見るような目で愛子を見つめていた。しかし、ハジメの視線に気がつくと、真っ直ぐに静かな瞳を合わせてくる。その瞳には、ハジメがどんな答えを出そうとも付いていくという意志が見えた。

 

 

 奈落の底で、〝堕ちる〟寸前であったハジメの人間性をつなぎ止めてくれた愛しい彼女の幸せを、ハジメは確かに願っている。そう出来るのが自分であればいいと思っているが、愛子の言葉を信じるなら、ハジメの生き方では香織を幸せにしきれないかもしれない。

 

 

 更に視線を転じると、そこにはハジメを心配そうに見やる吸血姫とウサミミ少女がいる。香織とたった二人の狭い世界に、賑やかさをもたらした少女達。何度ハジメに邪険にされても、物好きなことに必死に追いかけて、今ではむしろ香織の方が、仲間として、友人として彼女を可愛がっている。それは、ハジメが二人を受け入れたことで、香織にもたらした幸せの一つではないだろうか?

 

 

 そして、ハジメは二人組の執事とメイドに視線を向ける。あの日から自分達の為に全てを使って助けてくれる最強達。すると、二人はハジメの前に膝をつき、頭を下げて

 

「「ご命令を我が主よ」」

 

 今まで事あるごとにツッコミを入れてた二人がハジメに判断を委ねた。それは、今のハジメなら大丈夫と思ったからだ。

 

 

 ハジメにとって、この世界は牢獄だ。故郷への帰還を妨げる檻である。それ故に、この世界の人や物事に心を砕くようなことは極めて困難だ。奈落の底で、故郷へ帰るために他の全てを切り捨てて、邪魔するものには容赦しないと心に刻んだ価値観はそう簡単には変わらない。だが、〝他者を思い遣る〟ことは難しくとも、行動自体はとれる。その結果が、大切な者……香織達に幸せをもたらすというのなら、一肌脱ぐのも吝かではない。

 

 

 ハジメは、愛子の言葉の全てに納得したわけではなかった。だが、それでも、〝自分の先生〟の本気の〝説教〟だ。戯言と切って捨てるのは、少々子供が過ぎると言うものだろう。今回暴れることで、ハジメの存在は公のものとなり面倒事が降りかかる可能性は一気に大きくなるが、そこは生徒思いの〝愛子先生〟に頑張ってもらえばいい。どっちにしろ、遅かれ早かれ目を付けられるのは分かりきっていたことだ。面倒事に対する布石はいくつか打ってあるわけだし、この世界に対して自重しないとも決めている。なら、派手に力を示すのも悪くはない。

 

 

 そんな事を、ちょっと言い訳がましく考えながら、ハジメは愛子に再度向き合う。

 

 

「……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

 

 それは、言外に味方であり続けるのかと問うハジメ。

 

 

「当然です」

 

 それに、一瞬の躊躇いもなく答える愛子。

 

 

「……俺がどんな決断をしても? それが、先生の望まない結果でも?」

 

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

 ハジメはしばらく、その言葉に偽りがないか確かめるように愛子と見つめ合う。わざわざ言質をとったのは、ハジメ自身、できれば愛子と敵対はしたくなかったからだ。ハジメは、愛子の瞳に偽りも誤魔化しもないことを確かめると、おもむろに踵を返し出入口へと向かった。そして、ハジメは二人に言い放つ

 

 

「お前らの主が命ずる。ゴミ掃除手伝ってくれ」

 

「「御意」」

 

 主の命を受けた給仕?達はすぐさま行動を始める。

 

「な、南雲君?」

 

 そんなハジメ達に、愛子が慌てたように声をかけた。ハジメは振り返ると、愛子の〝先生ぶり〟には参ったとでもいうように肩を竦めて言葉を返す。

 

 

「流石に、数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。話し合いはそっちでやってくれ」

 

「南雲君!」

 

 ハジメの返答に顔をパァーと輝かせる愛子。そんな愛子にハジメは苦笑いする。

 

 

「俺の知る限り一番の〝先生〟からの忠告だ。まして、それがこいつ等の幸せにつながるかもってんなら……少し考えてみるよ。取り敢えず、今回は、奴らを蹴散らしておくことにする」

 

 そう言って、両隣の香織とユエの肩をポンっと叩くと再び踵を返して振り返らず部屋を出て行った。ユエとシアが、それはもう嬉しそうな雰囲気をホワホワと漂わせながら、小走りでハジメの後を追いかけてゆく。

 

 

 パタンと閉まった扉の音で、愛子とハジメの空気に呑まれて口をつぐんでいた町の重鎮達が、一斉に愛子に事情説明を求めた。

 

 

 愛子は、肩を揺さぶられながら、ハジメが出て行った扉を見つめていた。その顔に、ハジメに気持ちが伝わった喜びは既にない。ハジメに語った事は、ハジメの生き方を悲しく感じた事は、まぎれもない愛子の本心だ。

 

 

 だが、結果、大切な生徒に魔物の大群へ立ち向かうことを決断させたことに変わりはない。力を振るうことに慣れて欲しくないと言いながら、戦いに赴かせるという矛盾を愛子は自覚している。ハジメに生き方を改めて考えて欲しいという思いと、ウルの町の人々もできれば助けたいという思い。結果的に、両方とも叶いそうではあるが……もっとやりようはなかったのかと、愛子は、内心、自分の先生としての至らなさや無力感に肩を落としていた。

 

 

 願わくば、生徒達が皆、元の心を失わないまま、お家に帰れますように……愛子のその願いは既に叶わぬものだ。愛子自身、昨夜のハジメの話を聞いて、その願いが既に幻想であると感じている。しかし、それでも願うことは止められない。

 

 

 重鎮達の喧騒と敬愛の眼差しを向ける生徒達に囲まれて、愛子は悟られない程度に溜息をつくのだった。

 

 

 ちなみに、ハジメ達と一緒に役場に来ていたティオは、「妾、重要参考人のはずじゃのに……こ、これが放置プレイ……流石、ご主ry」と火照った表情で呟いていたが、ごく自然にスルーされていた。

 

 

 

清水どうする?

  • 殺れ
  • 助けて

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