「我が主。避難と準備が完了しました」
「早いな。流石はショウ」
「お褒めに預かり光栄です」
現在、ハジメ達は魔物の大群を待ち構える為、即席で作った大きな外壁の上で待っていた。塀の後ろでは町の住人や冒険者達が待ち構えている。
「南雲君、蒼君、白崎さん、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」
「いや、問題ねぇよ、先生」
「問題無い」
「大丈夫だよ」
やはり振り返らずに簡潔に答えるハジメ達。その態度に我慢しきれなかったようでデビッドが食ってかかる。
「おい、貴様。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら、貴様の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」
「『だからさ、黙ってろよ』」
取りあえず言霊で黙らして話を続ける
「南雲君。黒ローブの男のことですが……」
どうやら、それが本題のようだ。愛子の言葉に苦悩がにじみ出ている。
「正体を確かめたいんだろ? 見つけても、殺さないでくれってか?」
「……はい。どうしても確かめなければなりません。その……南雲君には、無茶なことばかりを……」
「取り敢えず、連れて来てやる」
「え?」
「黒ローブを先生のもとへ。先生は先生の思う通りに……俺も、そうする」
「南雲君……ありがとうございます」
愛子は、ハジメの予想外に協力的な態度に少し驚いたようだが、未だ振り向かないハジメの様子から、ハジメ自身にも思うところが多々あるのだろうと、その厚意を有り難く受け取ることにした。つくづく自分は無力だなぁと内心溜息をつきながら、愛子は苦笑いしつつ礼を言うのだった。
愛子の話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。
「ふむ、よいかな。妾もご主……ゴホンッ! お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」
「?…………………………………………………………ティオか」
「忘れてたのかよ…………」
「お、お主、まさか妾の存在を忘れておったんじゃ……はぁはぁ、こういうのもあるのじゃな……」
聞き覚えなのない声に、思わず肩越しに振り返ったハジメは、黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を大きく着崩して、白く滑らかな肩と魅惑的な双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から覗く脚線美を惜しげもなく晒した黒髪金眼の美女に、一瞬、訝しそうな目を向けて、「ああそういえば」と思い出したように名前を呼んだ。ショウは呆れてツッコミを入れたが華麗にスルーされた。
明らかに、存在そのものを忘却されていたティオは、怒るどころかむしろ、頬を染めて若干息を荒げている。彼女の言う〝こういうの〟とは何なのか、聞かない方が身のためだろう。
「んっ、んっ! えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」
「ああ、そうだ」
「うむ、頼みというのはそれでな……妾も同行させてほし…」
「断る」
「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。流石、ご主……コホンッ! もちろん、タダでとは言わん! これよりお主を〝ご主人様〟と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どうzy」
「帰れ。むしろ土に還れ」
「野生に帰るがいい」
両手を広げ、恍惚の表情でハジメの奴隷宣言をするティオに、ハジメは汚物を見るような眼差しを向け、ばっさりと切り捨てた。それにまたゾクゾクしたように体を震わせるティオ。頬が薔薇色に染まっている。どこからどう見ても変態だった。周囲の者達も、ドン引きしている。特に、竜人族に強い憧れと敬意を持っていたユエの表情は、全ての感情が抜け落ちたような能面顔になっている。ショウもこれは流石に無理らしい。
「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのはご主人様じゃろうに……責任とって欲しいのじゃ!」
全員の視線が「えっ!?」というようにハジメを見る。流石に、とんでもない濡れ衣を着せられそうなのに放置する訳にもいかず、きっちり向き直ると青筋を浮かべながらティオを睨むハジメ。どういうことかと視線で問う。
「あぅ、またそんな汚物を見るような目で……ハァハァ……ごくりっ……その、ほら、妾強いじゃろ?」
ハジメの視線にまた体を震わせながら、ハジメの奴隷宣言という突飛な発想にたどり着いた思考過程を説明し始めるティオ。
「里でも、妾は一、二を争うくらいでな、特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ」
近くにティオが竜人族と知らない護衛騎士達がいるので、その辺りを省略してポツポツと語るティオ。
「それがじゃ、ご主人様と戦って、初めてボッコボッコにされた挙句、組み伏せられ、痛みと敗北を一度に味わったのじゃ。そう、あの体の芯まで響く拳! 嫌らしいところばかり責める衝撃! 体中が痛みで満たされて……ハァハァ」
「……つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」
「その通りじゃ! 妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃ!」
「……きめぇ」
ユエが、嫌なものを見たと表情を歪ませながら、既に尊敬の欠片もない声音で要約すると、ティオが同意の声を張り上げる。思わず、本音を漏らすハジメ。完全にドン引きしていた。
「ハジメ、これはしゃあない。責任取ろ」
「うんうん。それがいいと思う。ハッくん、責任取ってハーレゲフンゲフン仲間に加えよう」
二人は諦めた様な顔でハジメにお願いする。香織は何か不穏な事を言った気がしたがスルー
「は~、わかった。なら作戦纏めるからちょっと来い」
「作戦……かの?」
ティオは首を傾げながら外壁に上がって作戦を聞いた
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「!……来たか」
ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼石〟には無人偵察機からの映像がはっきりと見えていた。
それは、大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているようだ。五万あるいは六万に届こうかという大群である。
更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九、清水幸利だ。
「さて、作戦開始だ」
そう言うとハジメは外壁の後ろで待機している住人や冒険者達に向かって言い放つ
「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!私達の勝利は既に確定している!」
いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。
「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」
その言葉に、皆が口々に愛子様?豊穣の女神様?とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子がギョッとしたようにハジメを見た。
「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない!愛子様こそ!我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である!私達は、愛子様の騎士、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた私の真の姿である!」
そう言ってティオを含めたハジメ達はそれぞれ、【フォームチェンジャー】を取り出し、空へと投げる。すると、その姿はチェンジャーが通過した頃には一変。
各々の姿が変化。色は違えど、皆ラインが入ったロングコートに男子は長ズボンで、女子はクールホットパンツ。耳にはインカムの様な飾りが施されている
先ず、ハジメが名乗りを上げた。
「閃紅の騎士 南雲ハジメ!」
紅に黒いラインの入ったコートを手でなびかせ、キメポーズを取る。続いてはショウが名乗る
「蒼穹の騎士 蒼翔!」
蒼に白いラインの入ったコートに【カオスイノベーション】の装備を再利用した姿だが、様になるのがショウクオリティーだ。続いては香織の番だ
「桃幻の騎士 白崎香織!」
こちらは桃色に紅のラインで割りと可愛らしいポーズを取った。何処からか『ズキュン』という音が聴こえたが無視してティオさん
「黒鱗の騎士 ティオ・クラルス!のじゃ」
黒に金色のコートに、何処からか持ってきたか、扇子を開き背を向けて名乗るティオさん。老若男女問わず見とれていた。変態の部分さえ抜けたらいい人なのになー。さて、次はシアか
「白槌の騎士 シア・ハウリア!ですぅ」
白に水色のコートを纏い、愛用の戦槌『ドリュッケン』を、自分の前に突き刺し、騎士っぽさを醸し出している。何処からか「お姉さま」と言う声が聴こえた気がしたがほっとこう。そして、
「………黄金の騎士 ……ユエ!」
金に黒のコート着て、後ろにユエはんのオリジナル魔法『雷龍』が咆哮を上げる。そして、とりはショウの嫁!
「銀剣の騎士 アシスト」
銀に蒼いコートに右手に持った剣を振るい、凛とした表情で名乗る。何処からか「ふつくしい」と言う声が一つ聴こえたかがそれは知らん。そして、ハジメがまとめ上げる。
「勝利をもたらす七色の騎士」
見事なポジションチェンジを繰り出しながら、住人達にわからない様に魔物の群れに手榴弾を七つ送り込み
「我ら、七光聖騎士団!」
その言葉に合わせて各々はポーズを取り、その後ろでは〝七色の爆破〟が起きる。それにより、約半分の魔物は片付いた。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。
「愛子様、万歳!」
ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……
「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」
「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」
ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。遠くで、愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられており、小さな口が「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か!」と動いている。
ハジメは、しれっとして再び魔物の大群に向き直った。ハジメが、ここまで愛子を前面に押し出したのは、もちろんこれも作戦の内である。
この先、ハジメの活躍により教会や国が動いたとき、彼等がハジメに害をなそうとすれば、愛子は確実に彼等とぶつかるだろうが、その時、〝豊穣の女神〟の発言権は強い方がいいというものだ。
町の危急を愛子様・・・の力で乗り切ったとなれば、市井の人々は勝手に噂を広め、〝豊穣の女神〟の名はますます人々の心を掴むはずだ。その時は、単に国にとって有用な人材というだけでなく、人々自身が支持する女神として、国や教会も下手な手出しはしにくくなり、より強い発言権を得ることになるだろう。
二つ目は単純に、大きな力を見せても人々に恐怖や敵意を持たれにくくするためだ。一個人が振るう力であっても、それが自分達の支持する女神様のもたらしたものと思えば、不思議と恐怖は安心に、敵意は好意に変わるものである。教会などから追われるようになっても、協力的な人がいる……といいなというものだ。
三つ目としては単純に、自分を矢面に立たせたのだから〝ハジメ達の先生〟なら諸共に矢面に立って見せろという意思表示である。
もっとも一番の理由は、単に町の住民にパニックになって下手なことをされたくなかっただけなので、咄嗟に思いついた程度の手である。後で、愛子に色々言われそうだが、愛子自身にもメリットはあるし、彼女自身の選択の結果でもあるので大目に見てもらうか……事が終わればトンズラすればいい。
ちなみに、この方法を思い付いたのはアシストさんだ。理由は
「この方が面白いと思いました」
らしい。
ハジメは、背後から町の人々の魔物の咆哮にも負けない愛子コールと、愛子自身の突き刺さるような視線と、「何だよ、あいつ結構分かっているじゃないか」と笑みを浮かべている護衛騎士達の視線をヒシヒシと感じながら、【宝物庫】からエクステンドを装備して、前に進み出る。
右にはメツェライを二門取り出し両肩に担いだ香織が、その隣には蒼夫婦が、左にはユエとハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には、魔晶石の指輪をうっとり見つめるティオが並び立った。地平線には、プテラノドンモドキが落とされたことなどまるで関係ないと言う様に、一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。
ハジメは、香織を見た。香織は笑顔で頷く。ハジメは、ユエを見た。ユエもハジメを見つめ返しコクリと静かに頷く。ハジメは、シアを見た。シアは、ウサミミをピンッと伸ばし自信満々に頷く。その隣のティオは……置いておこう。そしてハジメは、ショウ達を見た。二人は親指を立ててサムズアップする。
ハジメは、視線を大群に戻すと笑みを浮かべながら、何の気負いもなく呟いた。
「じゃあ、やるか」