魔王と救世主で世界最強   作:たかきやや

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蹂躙

 

 

 

―何だよ、これは……何なんだよ、これは!!―

 

 

 ウルの町を襲う数万規模の魔物の大群の遥か後方で、即席の塹壕を堀り、出来る限りの結界を張って必死に身を縮めている少年、清水幸利は、目の前の惨状に体を震わせながら言葉を失った様に口をパクパクさせていた。ありえない光景、信じたくない現実に、内心で言葉にもなっていない悪態を繰り返す。

 

 

 そう、魔物の大群をけし掛けたのは紛れもなく、行方不明になっていた愛子の生徒、清水幸利だった。とある男との偶然の末に交わした契約により、ウルの町を愛子達ごと壊滅させようと企んだのだ。しかし、容易に捻り潰せると思っていた町や人は、全く予想しなかった凄絶な迎撃により未だ無傷であり、それどころか現在進行形で清水にとっての地獄絵図が生み出されていた。

 

 

ドゥルルルルルルルルル!!!

チュドドドドドドドドド!!!

ゴオオオオオオオオオオ!!!

ゴォガァアアアアアアア!!!

ズザアアアアアアアアア!!!

 

 

 そんな独特の音を戦場に響かせながら、無数の閃光が殺意をたっぷりと乗せて空を疾駆し、数多のミサイルが豪雨の様に降り注ぎ、天にも届きそうな炎を竜巻が荒れ狂い、雷で出来た黄金の龍が咆哮を上げ、数え切れない程の刃が全てを切り裂く。

 

 

 瞬く暇もなく目標へと到達した閃光は、大地を鳴動させ雄叫びを上げながら突進する魔物達の種族、強さに関係なく、僅かな抵抗も許さずに一瞬で唯の肉塊に変えた。毎分一万二千発の死が無慈悲な〝壁〟となって迫り、一発で一体など生温いと云わんばかりに目標を貫通し、背後の数十匹をまとめて貫いていく。

 

 

 穿たれた魔物達は、慣性の法則も無視してその場で肉体の大半を爆散させながら崩れ落ちた。咄嗟に左右に散開して死の射線から逃れようとする魔物達だったが、撃ち手の香織が当然逃がす訳もなく、二門のメツェライを扇状になぎ払う。解き放たれた〝弾幕〟は、まるでそこに難攻不落の城壁でもあるかのように魔物達を一切寄せ付けず、瞬く間に屍山血河を築き上げた。

 

 

 数多のミサイルは火花の尾を引いて大群のど真ん中に突き刺さった弾頭は、大爆発を引き起こし周囲数十メートルの魔物達をまとめて吹き飛ばした。

 

 

 爆心地に近い場所にいた魔物達は、その肉体を粉微塵にされ、離れていた魔物も衝撃波で骨や内臓を激しく損傷しのたうち回る。そして、立ち上がれないまま後続の魔物達に踏み潰されて息絶えていった。

 

 

 全弾撃ち尽くしても、シアは、ハジメから配備され傍らに積み上げた弾頭を入れ替えて連射する。発射されたミサイルは魔物達の頭上まで来ると手榴弾と同様に時間差で爆発し、眼下へ燃え盛る大量の炎を撒き散らした。

 

 

 焼夷手榴弾と同じ、フラム鉱石から抽出した摂氏三千度の燃え続けるタール状の液体が魔物達に豪雨の如く降り注ぎ、その肉体を焼き滅ぼしていく。悲鳴を上げ暴れれば暴れるほど、周囲の魔物を巻き込んで灼滅の炎が広がる。シアが担当する範囲の魔物は爆散するか灰燼に帰すか……二つに一つだった。

 

 

 荒れ狂う炎の竜巻だは地球における竜巻の等級で表すならF4クラス。直径数十メートルの渦巻く炎が魔物の群へと爆進し、周囲の魔物達をまとめて巻き上げた。宙へと放り出され足掻くすべを持たない魔物達は、そのまま火炎に自ら飛び込むように巻き込まれていく。そして、紅蓮の竜巻から放り出された時にはただの灰燼に変わり果て灰色の雪のように舞い散るのだった。そのまま全てを灰燼と帰す竜巻は、存分に戦場を蹂躙していく。

 

 

 更に咆哮を上げる黄金の龍は口を開けると、何とその場にいた魔物の尽くが自らその顎門へと飛び込んでいく。そして、一瞬の抵抗も許されずに雷の顎門に滅却され消えていった。

 

 

 更には、龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。逃走中の魔物が突然眼前に現れた雷撃の壁に突っ込み塵となった。逃げ場を失くした魔物達の頭上で再び、落雷の轟音を響かせながら雷龍が顎門を開くと、魔物達は、やはり自ら死を選ぶように飛び込んでいき、苦痛を感じる暇もなく、荘厳さすら感じさせる龍の偉容を最後の光景に意識も肉体も一緒くたに塵へと還された。雷龍は、大量の魔物を呑み込むと最後にもう一度、落雷の如き雄叫びを上げてる。

 

 

 そして、そこに押し寄せる刃の波。まるで生き物の様に群れを成し、津波のように魔物達を飲み込んで行く。飲み込まれた魔物達はズタズタに切り裂かれ、波が過ぎた頃には全て挽き肉の様な姿に成り果て、大地のシミへと変わる。

 

 

 そんな地獄の様な状況に更なる地獄が舞い降りる。

 

 

キュアアアアアアアアア!

チュドドドドドドドドド!

バシュウウウウウウウウ!

 

たった一つの場所から放たれているとは思えない程のレーザーとパイルバンカーとミサイルの数々が戦場を埋め尽くす。

 

 

すると地面には大きな穴や、あまりの高熱でガラス化した所が多数出来上がる

 

 

 大地に吹く風が、戦場から蹂躙された魔物の血の匂いを町へと運ぶ。強烈な匂いに、吐き気を抑えられない人々が続出するが、それでも人々は、現実とは思えない〝圧倒的な力〟と〝蹂躙劇〟に湧き上がった。町の至るところからワァアアアーーーと歓声が上がる。

 

 

 町の重鎮や護衛騎士達は、初めて見るハジメ達の力に呑まれてしまったかのように呆然としたままだ。生徒達は、改めてその力を目の当たりにし、自分達との〝差〟を痛感して複雑な表情になっている。本来、あのような魔物の脅威から人々を守るはずだった、少なくとも当初はそう息巻いていた自分達が、ただ守られる側として町の人々と同じ場所から、〝無能〟と見下していたクラスメイトの背中を見つめているのだ。複雑な心境にもなるだろう。

 

 

 愛子は、ただひたすら祈っていた。ハジメ達の無事を。そして同時に、今更ながらに自分のした事の恐ろしさを実感し表情を歪めていた。目の前の凄惨極まりない戦場が、まるで自分の甘さと矛盾に満ちた心をガツンと殴りつけているように感じたのだ。

 

 

 やがて、魔物の数が目に見えて減り、密集した大群のせいで隠れていた北の地平が見え始めた

 

 

 既に、その数は一万を割り八千から九千と言ったところか。最初の大群を思えば、壊滅状態と言っていいほどの被害のはずだ。しかし、魔物達は依然、猪突猛進を繰り返している。正確には、一部の魔物がそう命令を出しているようだ。大抵の魔物は完全に及び腰になっており、命令を出している各種族のリーダー格の魔物に従って、戸惑ったように突進して来ている。数が少なくなったことにより、ハジメはそのことに気がついた。

 

 

 清水幸利がこの事件の犯人であったとして、例えチート持ちでも、果たして、これほどの大群をティオにしたように洗脳支配出来るものなのだろうかという点は、ハジメ自身疑問に思っていたことだ。だが、どうやら、数万の魔物の全てを洗脳しているわけではなく、各種族のリーダー格のみを洗脳し、その配下の魔物はそのリーダーに従わせるという方法と取っているようである。中々、効率的だ。もっとも、それでもこの数を短期間で集められるのかという点は疑問が残るのだが……

 

 

 取り敢えず、其の辺の疑問は置いておくとして、動きが鈍く単調なリーダー格と、動きに臨機応変さはあるが、命令に従って猪突猛進を繰り返す及び腰の魔物達という構成ならば、さっさとリーダー格だけを仕留めるのが妥当だろう。そうすれば、本能に忠実な魔物達は、ハジメ達との実力差をその身に刻んでいるがために北の山へと逃げ帰るはずだ。

 

 

 ハジメは、香織の殲滅兵器メツェライを見やる。二つとも白煙を上げており、冷却が間に合っていないようだ。耐久限界である。これ以上撃ち続ければ、何処かにガタがくるだろう。もちろん、そうなっても修復は可能だが、モノが繊細なだけに瞬時にその場でというわけには行かない。時間をかけて精密作業を行う必要がある。そうなったらそうなったで面倒なので、攻撃方法を切り替えるのが妥当だろう。

 

 

「ユエ、ティオ、援護を頼む。アシストはそのまま回復役を」

 

「んっ」

 

「了解じゃ」

 

「YES」

 

 ハジメの少ない言葉でも、委細承知と即行で頷くユエ達。阿吽の呼吸だ。ハジメは、それに満足しながらシアに話しかける。

 

 

「シア、魔物の違いわかるか?」

 

「はい。操られていた時のティオさんみたいな魔物とへっぴり腰の魔物ですよね?」

 

「へっぴり……うん、まぁ、そうだ。おそらく、ティオモドキの魔物が洗脳されている群れのリーダーだ。それだけ殺れば他は逃げるだろう」

 

「なるほど、私の方も残弾が心許ないですし、直接殺るんですね!」

 

「……あ、ああ。何ていうかお前逞しくなったなぁ……」

 

「当然です。皆さんの傍にいるためですから」

 

 

 にぱっと笑みを見せるシアに、苦笑いしつつもどこか優しげな笑みを返すハジメ。だが、次の瞬間にはグッと表情を引き締めてメツェライを〝宝物庫〟にしまうと、ハジメと香織はドンナー・シュラークを抜いた。同時に、シアもオルカンを置き、背中のドリュッケンに手をかける。

 

 

 リーダー格と思われる魔物はおよそ百体。おそらく、突撃させて即行で殺されては、配下の魔物の統率を失うと思い、大半を後方に下げておいたのだろう。

 

 

「ショウ。最初に『バースト』を頼む」

 

「分かった」

 

 メツェライとオルカンによる攻撃が無くなってチャンスと思ったのか、魔物達が息を吹き返すように突進を始める。

 

 

 ハジメとシアの突撃を援護するため、ショウが魔法を発動した。

 

 

「『マテリアルバースト』発動」

 

 ショウが波打っている剣の一つをエネルギーに分解して、爆破。それにより魔物は約二千にまで減らされた。

 

 

――ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 

 

 南雲夫婦は、〝縮地〟で大地を疾走しながらドンナー・シュラークを連射した。その眼には、群れの隙間から僅かに見えるリーダー格の魔物の姿が捉えられており、撃ち放たれた死の閃光は、その僅かな隙間を縫うようにして目標に到達、急所を容赦なく爆散させる。

 

 

 前線の魔物には目もくれず、何故か背後のリーダー格ばかりが次々と爆ぜる奇怪さに、周囲の魔物が浮き足立った。と、不意に一体の魔物の頭上に影が差す。咄嗟に、天を仰ぎ見た魔物の眼には、ウサミミをなびかせ巨大な戦鎚を肩に担いだ少女が文字通り空から降ってくる光景が飛び込んできた。

 

 

 その少女、シアは、魔物の頭を踏み台に、ウサギらしくぴょんぴょんと群れの頭上を飛び越えていき、最後に踏み台にした魔物の頭を圧殺させる勢いで踏み込むと、自身の体重を重力魔法により軽くして一気に天高く舞い上がった。

 

 

 そして、天頂まで上がると空中でくるりと反転し、今度は体重を一気に数倍まで引き上げ猛烈な勢いで落下する。目標地点は、もちろんリーダー格が数体で固まっている場所だ。自由落下の速度をドリュッケンの引き金を引き激発の反動を利用して更に加速させ、最大限の身体強化をも加えて一撃の威力を最高にまで引き上げる。そして、全く勢いを減じることなく破壊の権化ともいうべき鉄槌を振り下ろした。

 

 

「りゃぁああああ!!!」

 

 

ドォガァアアアア!!!

 

 

 可愛らしい雄叫びと共に繰り出されたその一撃は、さながら隕石の如く。直撃を受けたブルタール型の魔物のリーダー格は、頭から真っ直ぐ地面へと圧殺され、凄絶な衝撃に肉と血を爆ぜさせた。血肉は衝撃により吹き飛んだ大量の土石に紛れて肥料のごとく地へと還る。そして、その末路は、密集していた周囲の魔物にも等しく訪れた。ドリュッケンのもたらした圧倒的な衝撃と散弾の如く飛び散った土石により肉体を吹き飛ばされて同じく大地へと還っていく。

 

 

 シアは、自らが作り出したクレーターの底で、地に埋もれたドリュッケンを、激発の反動を利用して引き抜くと同時に高速移動に利用して、更に各群れのリーダー格と思しき魔物へと襲いかかった。

 

 

 流石に、懐に潜り込まれて好き勝手させるほど魔物も甘くはないようで、数で圧殺するように肉の壁でシアを取り囲もうとする。シアは、ドリュッケンのギミックを展開して柄を更に一メートルほど伸ばし、激発を利用して独楽のように高速回転を行った。そして、遠心力をたっぷり乗せたドリュッケンで迫り来る肉の壁を一緒くたに吹き飛ばす。

 

 

 放射状に吹き飛び宙を舞う無数のブルタール。見た目華奢な少女が、自分の数倍の巨躯を誇る魔物をピンポン玉のように軽々と吹き飛ばす。まるで冗談のような光景だ。シアは、回転運動から流れるように体勢を戻し、吹き飛んだブルタール達の隙間から見えた目標のリーダー格を潰そうと踏み込みの体勢に入った。

 

 

 と、その瞬間、右後方より新手が高速で接近する音をウサミミが捉える。シアは、慌てずドリュッケンを最適のタイミングで体ごと回転させ迎撃しようとした。が、その新手、黒い体毛に四つの紅玉のような眼を持った狼型の魔物は、それを予期していたように寸前で急激に減速すると、見事にシアの一撃を躱してみせた。

 

 

 通常の魔物なら、武器が振りきられて死に体となったところを襲うのがセオリーだろう。実際、シアも眼前の魔物はそうするだろうと身体強化を足に集中し、踏み込んできた瞬間頭部をカチ上げてやるつもりだった。

 

 

 しかし、シアのその予想は裏切られる。何と黒い四目の狼は、シアではなくドリュッケンに飛びかかり、その強靭な顎と全体重で地に押し付けるようにして封じたのである。もちろん、たかだか魔物の一体くらい、シアの身体強化を施された膂力ならどうということはない。しかし、それでも意表を突かれた事と、一瞬であれ動きを封じられたことに変わりはなかった。

 

 

 そして、黒い四目の狼には、それで十分だった。完璧なタイミングでシアの後方から同じ魔物が鋭い牙の並ぶ顎門を開いて眼前まで迫っていたからだ。シアは眼を見開き、そして咄嗟に足に集中させた身体強化を解いて、全身に施した。それは、攻撃をくらうことを覚悟したからだ。

 

 

 あわや、その鋭い牙がシアを血濡れにさせるかというその瞬間、何かがシアと四目狼の間に割り込んだ。それは、縦六十センチ横四十センチ、中心部分にラウンドシールドの様なものが取り付けられている金属製の十字架だった。その十字架が魔物の顎門に挟まりシアに喰いつくのを阻止しているのだ。

 

 

 ギリギリと音を立て、魔物が必死に突如飛び込んできた異物を噛み砕こうと力を入れるが、薄く紅色に発光する十字架はビクともしない。そして次の瞬間、轟音と共に魔物の下顎が爆ぜて吹き飛んだ。

 

 

「グゥルァアア!!!」

 

 

 悲鳴を上げてのたうち回る魔物の頭上にスっと音もなく移動した十字架は、再度轟音と共に弾丸を吐き出し魔物の頭部を粉砕する。更に……

 

 

ズドンッ!!

 

 

 発砲音が聞こえたと思うと、シアのドリュッケンを握る手が軽くなった。シアが、相棒を一時的に封じていた四目狼を振り返ると、そちらも腹部と頭部を空中に浮遊する二つの十字架に撃ち抜かれ崩れ落ちていた。

 

 

―シア、油断するな。魔物の中に、明らかに動きの違うやつがいる。洗脳支配されているわけでも、どこかの魔物の配下というわけでもなさそうだ。クロスビットを二百機付けておく。右の二十七体を殺れ。―

 

 シアが、やや自らのピンチとそれを脱した事に意識を囚われていると、ハジメから『念話』が届いた。それにハッと我を取り戻したシアは気を引き締め直し、首元のチョーカー(シア的に断じて『首輪』ではない)の念話石を通して返事をする。

 

 

―了解です! それと、助かりました。有難うございます!―

 

―おう、気をつけてな―

 

「……ふふ、最近、ハジメさんの態度がドンドン軟化していますぅ。既成事実まで後一歩ですね!」

 

 シアは、通信が切れた事を確認すると、まるで自分を守るように周囲を浮遊する『クロスビット』に頬を綻ばせて、そんな独り言を呟いた。そして、気合を入れ直してドリュッケンを構え、先程の毛色の違う魔物に注意しながらリーダー格の殲滅に乗り出した。

 

 

「ふぅ、相変わらず、どっか危なかっしいんだよな、アイツ……」

 

「そうね、後でまた鍛え直そうかしら………?」

 

 

 そんな事を呟きながら、猛烈な勢いで魔物を駆逐していく南雲夫婦。二人の周囲にも三百機の十字架が浮遊している。

 

 

 『クロスビット』ハジメがそう呼んだ浮遊する十字架は、無人偵察機やショウのビットと同じ原理で動く攻撃特化タイプだ。内部にライフル弾や散弾が装填されており、感応石が七つ取り付けられた腕輪で操作する。また、表面を覆う鉱石には生成魔法により〝金剛〟を付与しており、感応石の魔力に反応して強固なシールドにもなる。

 

 

 ハジメは、ガン=カタでドンナー・シュラークを縦横無尽に操りながら、クロスビットを併用して、隙のない嵐のような攻撃を繰り広げる。既に、リーダー格の魔物を四十体近く屠り、全開の〝威圧〟により逃亡する魔物も出始めている。

 

 香織の方も粗方片付いてきており、かなりの早さで減っている。

 

 

 と、二人の視界の端に遠くの方で逃げ出す魔物に向かって何やら喚いている人影が見えた。地面から頭だけを出しているので、一瞬、誰かの生首かと見間違えるが、ハジメの〝遠目〟には確かに動いているのが見えている。その頭は黒いローブで覆われていた。

 

 

 黒いローブの男、清水は、逃げ出す魔物に癇癪を起こす子供のように喚くと、王宮より譲り受けたアーティファクトの杖をかざして何かを唱え始めた。もちろん、そのまま詠唱の完了を待ってやる義理などないので、ハジメは片手間でドンナーを発砲し、その杖を半ばから吹き飛ばす。余波で、地面の穴の中に揉んどり打って倒れこむ清水。

 

 

 すると、清水が何かしたのかどうかは分からないが、群れの陰に隠れてハジメに決定的な隙が出来るのを辛抱強く窺っていた黒い四目の狼型魔物が一斉に飛び出して来た。やはり、周囲の魔物とは比べ物にならないポテンシャルと連携能力を持っている。かつての二尾狼を思い出す程だ。

 

 

 実際、戦ったのなら二尾狼といい勝負をするだろうとハジメは感じていた。二尾狼のように雷を操る固有魔法は持っていない事から単体の攻撃力では劣るが、時々、ハジメの攻撃場所を知っていたかのように躱す事があるので、おそらく〝先読〟系の固有魔法があるのだろう。そして、連携に関しては二尾狼とタメを張るレベル……つまり、低層とは言え奈落にいても何らおかしくない魔物なのである。

 

 

 なぜ、そんな魔物がここに? という疑問はあるが、攻撃を受けている以上、今は、余計な思考だ。ハジメは、一時的にリーダー格の魔物駆逐から意識を逸らし、十二体の黒い四目狼の撃破に集中した。

 

 

 前後左右、更には上方から波状攻撃を仕掛けてくる黒い四目狼に、体を独楽のように回転させながらドンナー・シュラークを連射する。〝先読〟で回避するだろう位置を、ハジメもまた〝先読〟を使いながら未来位置に撃ち込んでいく。それでも、なお回避する個体もいるのだから驚きだ。二尾狼同様、仲間内でのテレパシーのような意思疎通の方法があって、戦場をある程度俯瞰的に見られるのかもしれない。

 

 

 ハジメの銃撃を掻い潜り、空中リロードの僅かな隙を突いて背後から踏み込んできた四目狼を、花弁のように展開させたクロスビットの一機で吹き飛ばしつつ、その魔物を踏み台にして飛び込んできた別の四目狼を、即座に移動させたクロスビットを盾にして防ぎ、義手の左肘から撃ち放ったショットガンで爆砕する。

 

 

 血肉の雨が降り注ぐ中、包囲しようとする四目狼の一角に二機のクロスビットで集中砲火し、無理やり包囲をこじ開けると、〝縮地〟で滑り込むように移動し、背後の四目狼をクロスビットで撃ち殺しつつ、リロードの終わったドンナー・シュラークで通り抜けざまに更に二体を屠る。

 

 

 と、その内の一体が、最初から捨て身だったのか、撃ち抜かれた魔物に体当たりしてハジメに向かって吹き飛ばした。ハジメは、横っ飛びに回避しながら、飛んでくる魔物の下方より発砲し、その後ろを疾駆してくる四目狼の頭部を吹き飛ばす。受身を取りながら、即座に立ち上がったハジメに、この瞬間を待っていたと言わんばかりの四目狼が大口を開けて、その牙でハジメを噛み砕こうとする。完璧なタイミングだ。傍から見れば、間違いなく四目狼の顎門がハジメの体に喰いついたように見えただろう。

 

 

 しかし、その瞬間、ハジメの姿がゆらりと揺れると四目狼の顎門は何もない空でガチンッ! と音を立てて閉じられた。ハジメの体はいつの間にか一歩進んだ場所にあったのだ。ハジメは、すれ違い様にシュラークでその四目狼の腹部を撃ち抜く。

 

 

 更に、四目狼がハジメに飛びかかるが、何故か先程と同じように、一歩ズレた場所を攻撃してしまう。その度に、ハジメがすれ違い様の一撃を確実に撃ち込んでゆく。

 

 

 黒い四目狼が、まるで目測を誤っているかのような一連の出来事は全くその通りで、これはハジメの〝気配遮断〟の派生技能[+幻踏]の効果である。効果は、気配を遮断する際に、ほんの数秒だけ元いた位置に遮断前の気配を残していくというものだ。本体の気配は遮断されているので、感覚的には一瞬前までの場所にいるように錯覚してしまう。もちろん、単に気配がズレているだけなので、注意深く観察すれば比較的簡単に看破できるのだが、コンマ数秒が勝敗を分ける戦いにおいて、惑わされないようにするのは中々に難しい。特に、優れた者ほど気配には敏感になるので有効性は増すのである。

 

 

 当然、クロスビットを扱うために〝瞬光〟も使用しているハジメにとって、いくら黒い四目狼が奈落級の力を持った魔物であっても、やはり相手にはならないのは自然なことであった。結局、おそらくだが清水の切り札とも言うべき四目狼は、ハジメに攻撃を掠らせる事もできずに、ものの二分で殲滅されることになった。

 

 

 ハジメは、クロスビットを飛ばして怒涛の勢いでリーダー格を仕留めにかかる。離れた場所にいるシアに付けたクロスビットからの情報では、向こうもあと数体で終わるようだ。町に向かって突進していた前線の魔物も、ユエの雷龍が全く寄せ付けていないようだ。

 

 

 それから約二分の内に、ハジメは確認していた限りの洗脳を受けた魔物の駆逐に成功した。そして、それを確認すると、スゥーと大きく息を吸い〝魔力放射〟を併用して天地に轟けとばかりに咆哮を上げる。

 

 

「カァアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 戦場を特大の咆哮と魔力が波動となって駆け巡る。その圧倒的な威圧は、何より魔物達の精神に衝撃となって襲いかかり多大な本能的恐怖を感じさせた。そして、自分達の群れのリーダーが既に存在していないことに気がつくと、しばらくの硬直の後、一体、また一体と後退りし、遂には踵を返してハジメを迂回しながら北を目指して必死の逃亡を図り始めた。

 

 

 魔物の群れという名の水流は、まるで川中の岩と同じようにハジメを避けて左右に分かれながら逃亡していく。その様子を、鋭い眼で確認していたハジメは、どさくさに紛れて、おそらく最後の一頭と思われる黒い四目狼にまたがり逃亡を計る清水の姿を発見した。

 

 

 ハジメは、膝立ちになりドンナーを両手でしっかり構えると、連続して引き金を引く。絶妙なタイムラグをもって宙を駆けた弾丸は、不穏な気配を感じたのかチラリと振り返った黒い四目狼の〝先読〟により一撃目を避けられたものの、二撃目でその大腿部を撃ち抜き地に倒れさせた。その衝撃で、清水も吹き飛ぶ。身体スペックは高いので、体を強かに打ち付けつつも直ぐさま起き上がり、黒い四目狼に駆け寄って何か喚きながら、その頭部を蹴りつけ始めた。

 

 

 おそらく、さっさと立てとか何とかそんな感じのことを喚いているのだろう。見るからにヒステリックな感じである。しまいには、暗示か何かで無理やり動かそうというのか、横たわる黒い四目狼の頭部に手をかざしながら詠唱を始めた。

 

 

 ハジメは、その様子をみながら、問答無用でレールガンをぶっ放し、黒い四目狼に止めを刺す。余波で再び吹き飛んだ清水は、わたわたと手足を動かしながら、今度は自力で逃げようというのか魔物達と同じく北に向けて走り始めた。

 

 

 ハジメは、魔力駆動二輪を取り出すと一気に加速し瞬く間に清水に追いつく。後ろからキィイイイ! という耳慣れぬ音に振り返った清水が、異世界に存在しないはずのバイクを見てギョッとした表情をしつつ必死に手足を動かして逃げる。

 

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グペッ!?」

 

 

 悪態を付きながら必死に走る清水の後頭部を、二輪の勢いそのままに義手で殴りつけるハジメ。清水は、顔面から地面にダイブし、シャチホコのような姿勢で数メートルほど地を滑って停止した。

 

 

「さて、先生はどうする気だろうな? こいつの事も……場合によっては俺の事も……」

 

 

 ハジメは、そんな事を独りごちながら清水に義手から出したワイヤーを括り付けると、そのまま町へと踵を返した。荒れ果てた大地の砂埃と魔物が撒き散らした血肉に塗れながら二輪に引きずられる清水の姿は……正しく敗残兵と言った有様だった。

 

 

 

 


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