―ショウサイド―
フューレンでミュウを一行に加えた俺達は、荒野を魔力駆動四輪で走っていた。
尚、席順は運転席のハジメは当然だが、その隣にミュウはん、白崎はん、ユエはんが並び、後部座席にティオはんと俺とアシストである。
因みに今名前が上がらなかったシアはんはと言えば、
「ヒャッハー! ですぅ!」
左側のライセン大峡谷と右側の雄大な草原に挟まれながら、魔力駆動二輪と四輪が太陽を背に西へと疾走する。街道の砂埃を巻き上げながら、それでも道に沿って進む四輪と異なり、二輪の方は、峡谷側の荒地や草原を行ったり来たりしながらご機嫌な様子で爆走していた。
そんな様子を車内から眺めていたハジメは、
「なんで初めてであんなに乗りこなしてるんだよ………?」
余裕で高ランク難易度のバイク技を披露していくシアに呆れた声を漏らす。
「身体強化じゃない?知らんけど」
そんなシアはんを、ユエはんの上で窓から顔を出し、キラキラした目でミュウはんが、ハンドルを握りながら逆立ちし始めたシアを指差し、ハジメにおねだりを始めた。
「パパ! パパ! ミュウもあれやりたいの!」
「ダメに決まってるだろ」
ミュウがユエの膝の上に座りながら、全力で駄々をこねる。
「こ〜ら、ハジメパパを困らせないの」
「ううぅ~~」
白崎さんがミュウを抱えながらそう言うと、ミュウは見るからにしょぼくれる。
それを見たハジメがやれやれと肩を竦めると、
「ミュウ。後で俺が乗せてやるから、それで我慢しろ」
「ふぇ? いいの?」
「ああ。シアと乗るのは断じて許さんが……俺となら構わねぇよ」
「シアお姉ちゃんはダメなの?」
「ああ、絶対ダメだ。見ろよ、あいつ。今度は、ハンドルの上で妙なポーズとりだしたぞ。何故か心に来るものがあるが……あんな危険運転するやつの乗り物に乗るなんて絶対ダメだ」
二輪のハンドルの上に立ち、右手の五指を広げた状態で顔を隠しながら左手を下げ僅かに肩を上げるという奇妙なポーズでアメリカンな笑い声を上げるシア。そんなジョ○ョ的な香ばしいポーズをとる彼女にジト目を向けながら、ハジメはミュウに釘を刺す。見てないところでシアに乗せてもらったりするなよ? と。
「そもそも、二輪は危ないんだから出来れば乗せたくないんだがなぁ……二輪用のチャイルドシートとか作ってみるか? 材料は……ブツブツ」
「ユエお姉ちゃん。パパがブツブツ言ってるの。変なの」
「……ハジメパパは、ミュウが心配……意外に過保護」
「フフ、ご主人様は意外に子煩悩なのかの? ふむ、このギャップはなかなか……ハァハァ」
「ユエお姉ちゃん。ティオお姉ちゃんがハァハァしてるの」
「……不治の病だから気にしちゃダメ」
最初に比べて賑やかな旅になったなと俺は実感しながら俺はアシストと肩を寄せて、お互いに身を預け合っていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
俺達はグリューエン大火山の途中にあるホルアドについた。理由はフューレンのギルドのイルワ支部長から、この街のギルド支部長に手紙を渡す様に依頼されたからだ。
「何か………懐かしいな………」
「あの日、守れなかった約束がありましたね………」
「そんな事、もういいだろ?例え過去に戻れたとしても、また俺は奈落に落ちる。もちろん、香織も引き連れてな」
「どこまでもついて行くよ!ハッくん!」
「今度は俺も落ちようかな?」
「…駄目。封印されてた時の私、裸だったから」
「それに、私にも逢えないですよ?」
「そっか。ダブルでアウトだな」
と。過去の例え話を笑いながら、そのまま街のギルドの建物に入ると、冒険者達の視線が一斉に俺達を捉えた。
「ひぅ!」
その眼光のあまりの鋭さに、ハジメに抱きかかえられていたミュウが悲鳴を上げ、ハジメの胸元に顔をうずめ外界のあれこれを完全シャットアウトした。
まあ、男2人で可愛くて綺麗な女性を6人も侍らせていれば、殺気を向けられるのも当然と言えば当然だが。
しかし、それを看過できない人物が居た。もちろん、ハジメだ。
ドンッ!!
ハジメが放った『プレッシャー』でドサドサと崩れ落ちる音があちこちから響いたがサクッと無視して、たどり着いたカウンターの受付嬢に要件を伝える。
ちなみに、受付嬢は可愛かった。ハジメと同じ年くらいの明るそうな娘だ。テンプレはここにあったらしい。もっとも、普段は魅力的であろう受付嬢の表情は緊張でめちゃくちゃ強張っていたが。
「支部長はいるか? フューレンのギルド支部長から手紙を預かっているんだが……本人に直接渡せと言われているんだ」
ハジメは、そう言いながら自分のステータスプレートを受付嬢に差し出す。受付嬢は、緊張しながらもプロらしく居住まいを正してステータスプレートを受け取った。
「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」
普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどということはありえないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。
「き〝金〟ランク!?」
冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たない。そして、〝金〟のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然、この受付嬢も全ての〝金〟ランク冒険者を把握しており、ハジメのこと等知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
その声に、ギルド内の冒険者も職員も含めた全ての人が、受付嬢と同じように驚愕に目を見開いてハジメを凝視する。建物内がにわかに騒がしくなった。
受付嬢は、自分が個人情報を大声で晒してしまったことに気がついてサッと表情を青ざめさせる。そして、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。
「も、申し訳ありません! 本当に、申し訳ありません!」
「あ~、いや。別にいいから。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれるか?」
「は、はい! 少々お待ちください!」
放っておけばいつまでも謝り続けそうな受付嬢に、ハジメは苦笑いする。ウルで軽く戦争し、フューレンで裏組織を壊滅させるなど大暴れしてきた以上、身分の秘匿など今更だと思ったのだ。
子連れで美女・美少女ハーレム+給仕のカップルを持つ見た目少年の〝金〟ランク冒険者に、ギルド内の注目がこれでもかと集まるが、注目されるのは何時ものことなので割り切って受付嬢を待つハジメ達。注目されることに慣れていないミュウが、居心地悪そうなので全員であやす。ティオのあやし方が情操教育的に悪そうだったのでアッパーカットをお見舞いしておく。そのことで更に騒がしくなったが、やはり無視だ。
やがて、と言っても五分も経たないうち、ギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。何事だと、ハジメ達が音の方を注目していると、カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
俺達は、その人物に見覚えがあり、こんなところで再会するとは思わなかったので思わず目を丸くして呟いた。
「「「……遠藤(君)?」」」
俺達の声に遠藤は気づき、俺の方を向いて驚く。
「! 蒼!?何でお前がここに!?いや、それよりも!お前がいるって事は南雲もいるのか!?」
「お、おお」
そう答えると、遠藤はキョロキョロと辺りを見回し、
「南雲ぉ!いるのか!お前なのか!何処なんだ! 南雲ぉ!生きてんなら出てきやがれぇ!南雲ハジメェー!」
いきなり叫んだ遠藤の大声に俺達は思わず耳を塞ぐ。
「あ~、遠藤? ちゃんと聞こえてるから大声で人の名前を連呼するのは止めてくれ」
「!?南雲!どこだ!」
遠藤はハジメの方を向き、目が合ったが、またキョロキョロ辺りを探し始めた。
必死な遠藤の表情にハジメはドン引きしている。
「くそっ!声は聞こえるのに姿が見当たらねぇ! 幽霊か?やっぱり化けて出てきたのか!?俺には姿が見えないってのか!?」
「いや、目の前にいるだろうが、ど阿呆。つか、いい加減落ち着けよ。影の薄さランキング生涯世界1位」
「!? また、声が!? ていうか、誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ! 自動ドアくらい3回に1回はちゃんと開くわ!」
「ハッくんはそこまで言ってないよ…………あと、3回中2回は開かないんだね…………流石にそこまで来るともう特技だよ………」
そこまで言葉を交わしてようやく、目の前の白髪の男女が会話している本人だと気がついたようで、遠藤は、ハジメの顔をマジマジと見つめ始める。
「まさか………本当に南雲………と、白崎さん…………なのか?………」
「はぁ……ああ、そうだ。見た目こんなだが、正真正銘 南雲ハジメだ」
「うん、そうだよ。久しぶり」
二人はサラリと答えたが、まだ信じられ無いと言う様な顔をしていた
「お前ら……生きていたのか」
「今、目の前にいるんだから当たり前だろ」
「何か、えらく変わってるんだけど……見た目とか雰囲気とか口調とか……」
「奈落の底から自力で這い上がってきたんだよ? そりゃ多少変わるわよ」
「そ、そういうものかな? いや、でも、そうか……ホントに生きて……」
あっけらかんとした二人の態度に困惑する遠藤だったが、それでも死んだと思っていたクラスメイトが本当に生きていたと理解し、安堵したように目元を和らげた。遠藤は、純粋にクラスメイトの生存が嬉しかったのだ。
「っていうかお前……冒険者してたのか? しかも〝金〟て……」
「ん~、まぁな」
すると、遠藤はハッとしてハジメの肩を掴んで捲し立てた。
「なら頼む!一緒に迷宮に潜ってくれ! 早くしないと皆死んじまう!1人でも多くの戦力が必要なんだ!健太郎も重吾も死んじまうかもしれないんだ!頼むよ、南雲!」
「ちょ、ちょっと待て。いきなりなんだ!? 状況が全くわからないんだが? 死んじまうって何だよ。天之河がいれば大抵何とかなるだろ?メルド団長がいれば、二度とベヒモスの時みたいな失敗もしないだろうし……」
遠藤の切羽詰まった様子にハジメも困惑しながらそう返す。
遠藤はその言葉にガクリと膝から崩れ落ち、
「……んだよ」
「は? 聞こえねぇよ。何だって?」
「……死んだって言ったんだ!メルド団長もアランさんも他の皆も!迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ!俺を逃がすために!俺のせいで!死んだんだ!死んだんだよぉ!」
遠藤はそう叫んだ。
その瞬間、白崎はんが遠藤の胸倉を掴んで自分の方に振り向かせると、
「雫ちゃん! 雫ちゃんは!?」
有無を言わせぬ迫力を持ってそう問いかけた。
「や、八重樫さんは無事…………少なくとも別れるまでは無事だった…………むしろ、八重樫さんに言われて俺はこうやって助けを呼びに来たんだ…………」
それを聞くと、白崎さんは遠藤を放り投げるように放すとハジメに振り向き、
「ハッくん………!」
懇願するような表情でハジメに呼びかけた。
「そんな顔をしなくても大丈夫だ………おい遠藤、サクッと助けてやるからさっさと案内しろ!」
「えっ………? 南雲………?」
「じゃあショウ、ミュウのお守り頼むぞ」
「イエス・マイ・マジェスティ」
「私も残ります」
ハジメは俺にミュウの護衛任務を与え、遠藤とオルクス大迷宮に向かった。
その後、俺は左目に大きな傷が入ったおっさん━━支部長がやって来て、諸々の事情の説明と、依頼の達成を済ませた。