オアシスより現れたそれは、体長十メートル、無数の触手をウネウネとくねらせ、赤く輝く魔石を持っていた。スライム……そう表現するのが一番わかりやすいだろう。
だが、サイズがおかしい。通常、スライム型の魔物はせいぜい体長一メートルくらいなのだ。また、周囲の水を操るような力もなかったはずだ。少なくとも触手のように操ることは、自身の肉体以外では出来なかったはずである。
「なんだ……この魔物は一体何なんだ? バチェラム……なのか?」
呆然とランズィがそんな事を呟く。バチェラムとは、この世界のスライム型の魔物のことだ。語源はウザいアイツ。
「まぁ、何でもいいさ。こいつがオアシスが汚染された原因だろ? 大方、毒素を出す固有魔法でも持っているんだろう」
「……確かに、そう考えるのが妥当か。だが倒せるのか?」
ハジメとランズィが会話している間も、まるで怒り心頭といった感じで触手攻撃をしてくるオアシスバチュラム。が、その攻撃はショウがサクッと張った聖絶が拒む。
その様子を見て、もう驚いていられるかと投げやり気味にスルーすることを決めて、冷静な態度でハジメに勝算を尋ねた。
「ん~……ああ、大丈夫だ。『紅雷竜』」
ランズィの質問に対してお座なりな返事をしながら、ハジメは深紅の竜を降臨させて、その口から放たれる荷電粒子砲がオアシスバチュラムの核を消し飛ばす。
同時にオアシスバチュラムを構成していた水も力を失ってただの水へと戻った。ドザァー! と大量の水が降り注ぐ音を響かせながら、激しく波立つオアシスを見つめるランズィ達。
「……終わったのかね?」
「ああ、もう、オアシスに魔力反応はねぇよ。原因を排除した事がイコール浄化と言えるのかは分からないが」
ハジメの言葉に、自分達アンカジを存亡の危機に陥れた元凶が、あっさり撃退されたことに、まるで狐につままれたような気分になるランズィ達。それでも、元凶が目の前で消滅したことは確かなので、慌ててランズィの部下の一人が水質の鑑定を行った。
「……どうだ?」
「……いえ、汚染されたままです」
ランズィの期待するような声音に、しかし部下は落胆した様子で首を振った。オアシスから汲んだ水からも人々が感染していたことから予想していたことではあるが、オアシスバチュラムがいなくても一度汚染された水は残るという事実に、やはり皆落胆が隠せないようだ。
「じゃあ後は浄化すれば良いのか。『絶像』」
ショウの一言で神代の魔法が発動し、蒼い魔力光がオアシスを包み込む。
「3分したら汚染前に戻るから少し待ってて」
「カップ麺かよ」
━ポッポー、ポッポー ━
三分後、ランズィは部下に命令して再び水質の鑑定を行う。すると、目に見えて分かる程驚愕して何度も鑑定をしていた
「で?どうだい?」
ショウは答えが分かりきった質問をし、水質を鑑定した者は涙と鼻水を流しながら、声を震わせてランズィに報告する
「お、オアシスの毒素は――――完全に無くなっています!本当に奇跡だ・・・奇跡が起きたんだ!!」
部下はそう言って水を飲み、浄化された事を証明した。
それを見たランズィ達はお互いを抱き合う様に喜んだ。
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「……しかし、あのバチュラムらしき魔物は一体なんだったのか……新種の魔物が地下水脈から流れ込みでもしたのだろうか?」
気を取り直したランズィが首を傾げてオアシスを眺める。それに答えたのはハジメだった。
「おそらくだが……魔人族の仕業じゃないか?」
「!? 魔人族だと? ハジメ殿、貴殿がそう言うからには思い当たる事があるのだな?」
ハジメの言葉に驚いた表情を見せたランズィは、しかし、すぐさま冷静さを取り戻し、ハジメに続きを促した。元凶の排除とオアシスの浄化を成し遂げたハジメ(ほとんどショウがやったが)に、ランズィは敬意と信頼を寄せているようで、最初の、胡乱な眼差しはもはや微塵もない。
ハジメは、オアシスバチュラムが、魔人族の神代魔法による新たな魔物だと推測していた。それはオアシスバチュラムの特異性もそうだが、ウルの町で愛子を狙い、オルクスで勇者一行を狙ったという事実があるからだ。
おそらく、魔人族の魔物の軍備は整いつつあるのだろう。そして、いざ戦争となる前に、危険や不確定要素、北大陸の要所に対する調査と打撃を行っているのだ。愛子という食料供給を一変させかねない存在と、聖教教会が魔人族の魔物に対抗するため異世界から喚んだ勇者を狙ったのがいい証拠だ。
そして、アンカジは、エリセンから海産系食料供給の中継点であり、果物やその他食料の供給も多大であることから食料関係において間違いなく要所であると言える。しかも、襲撃した場合、大砂漠のど真ん中という地理から、救援も呼びにくい。魔人族が狙うのもおかしな話ではないのだ。
その辺りのことを、ランズィに話すと、彼は低く唸り声を上げ苦い表情を見せた。
「魔物のことは聞き及んでいる。こちらでも独自に調査はしていたが……よもや、あんなものまで使役できるようになっているとは……見通しが甘かったか」
「まぁ、仕方ないんじゃないか? 王都でも、おそらく新種の魔物なんて情報は掴んでいないだろうし。なにせ、勇者一行が襲われたのも、つい最近だ。今頃、あちこちで大騒ぎだろうよ」
「いよいよ、本格的に動き出したということか……ハジメ殿、……貴殿は冒険者と名乗っていたが……そのアーティファクトといい、強さといい、やはり香織殿と同じ……」
ハジメが、何も答えず肩を竦めると、ランズィは何か事情があるのだろうとそれ以上の詮索を止めた。どんな事情があろうとアンカジがハジメ達に救われたことに変わりはない。恩人に対しては、無用な詮索をするよりやるべき事がある。
「……ハジメ殿、ショウ殿。アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」
そう言うと、ランズィを含め彼等の部下達も深々と頭を下げた。領主たる者が、そう簡単に頭を下げるべきではないのだが、ハジメやショウが〝神の使徒〟の一人であるか否かに関わらず、きっと、ランズィは頭を下げただろう。ほんの少しの付き合いしかないが、それでも彼の愛国心が並々ならぬものであると理解できる。だからこそ、周囲の部下達もランズィが一介の冒険者を名乗るハジメ達に頭を下げても止めようとせず、一緒に頭を下げているのだ。この辺りは、息子にもしっかり受け継がれているのだろう。仕草も言動もそっくりである。
そんな彼等に、ハジメはニッコリと満面の笑みを見せる。そして、
「いや、俺は何もしていない。今回の功労者はショウだ。だからショウにたっぷり感謝してくれ。そして、決してこの巨大な恩を忘れないようにな」
「悪魔かよ!」
思いっきり恩に着せた。それはもう、清々しいまでに。ランズィは、てっきり「いや、気にしないでくれ。人として当然のことをしたまでだ」等と謙遜しつつ、さり気なく下心でも出してくるかと思っていたので、思わずキョトンとした表情をしてしまう。別にランズィとしては、救国に対する礼は元からするつもりだったので、それでも構わなかったのだが、まさか、ここまでド直球に来るとは予想外だった。
そしてショウのツッコミも綺麗に炸裂した。確かに、今回の功労者はショウであるが、ここまで清々しく恩を着せさせられるとは思ってもいなかった。
ショウとしては、この後ベビーシッターの仕事もあるので、ミュウをお留守番しなければならない以上、アンカジの安全確保は必要なことだったので、それほど感謝される程の事でもなかった。
だが、せっかく感謝してくれているし、いざという時味方をしてくれる人は多いに越したことはないだろうと、ハジメはしっかり恩を売っておくことにしたのだ。ランズィなら、その辺の対応は誠実だろうとは思ったが、彼も政治家である以上、言質は取っておこうというわけである
「あ、ああ。もちろんだ。末代まで覚えているとも……だが、アンカジには未だ苦しんでいる患者達が大勢いる……それも、頼めるかね?」
政治家として、あるいは貴族として、腹の探り合いが日常とかしているランズィは、ド直球なハジメの言葉に少し戸惑った様子だったが、やがて何かに納得したのか苦笑いをして頷いた。そして、感染者たちの治療を依頼した。
「そっちもショウがやる。問題無い」
「ハジメがやれと言うなら、俺は何でもやるよ」
あっさり引き受けたハジメ達にホッと胸を撫で下ろし、ランズィはハジメ達との出会いを神に感謝するのだった。
医療院では、アシストがハジメlover,sを伴って獅子奮迅の活躍を見せていた。アシストと香織、は緊急性の高い患者から魔力を一斉に抜き取っては魔晶石にストックし、半径十メートル以内に集めた患者の病の進行を一斉に遅らせ、同時に衰弱を回復させるよう回復魔法も行使する。
シアとティオ。それと雫は、動けない患者達を、軽々と一気に運んでいた。シアに関しては、馬車を走らせるのではなく、馬車に詰めた患者達を馬車ごと持ち上げて、建物の上をピョンピョン飛び跳ねながら他の施設を行ったり来たりしている。緊急性の高い患者は、香織が各施設を移動するより、集めて一気に処置した方が効率的だからだ。
もっとも、この方法、非力なはずのウサミミ少女の有り得ない光景に、それを見た者は自分も病気にかかって幻覚を見始めたのだと絶望して医療院に駆け込むという姿が多々見られたので、余計に医療院が混乱するという弊害もあったのだが。
医療院の職員達は、上級魔法を連発したり、複数の回復魔法を当たり前のように同時行使するアシストと香織の姿に、驚愕を通り越すと深い尊敬の念を抱いたようで、今や、全員が二人の指示のもと患者達の治療に当たっていた。
そんな二人を中心とした彼等の元に、ハジメ達がやって来る。そして、共にいたランズィより元凶の排除とオアシスの浄化がなされた事が大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。多くの人が亡くなり、砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、絶望に包まれていた人達が笑顔を取り戻し始める。
「さて、じゃあ治療を済ませますか。『滅魔』」
淀んだ蒼色の魔力がその場も包み、国民全員を全て治療した。
医療院の職員が診察をし、その結果に歓喜の声を上げる。
「か、感染が消えた!奇跡だ!奇跡が起きたんだー!」
その喜ぶ様に一部の者はデジャブを感じながら危機が去った事を喜びあった。
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「ミュウ、それじゃあ行ってくる。ショウ達といい子で留守番してるんだぞ?」
「うぅ、いい子してるの。だから、早く帰ってきて欲しいの、パパ」
「ああ、出来るだけ早く帰る」
やることも終わり、いよいよ出発の時が来た。服の裾をギュッと両手で握り締め、泣くのを我慢するミュウと、それを優しく宥めるハジメの姿は、種族など関係なく、誰が見ても親子だった。
「みんなには、コレを」
二人が親子のやり取りをしてる間、ショウはハジメラヴァーズ(+雫)に【フォームチェンジャー】を一枚づつ渡して行く。
「一応、間に合わせた。アーティファクトはハジメ謹製だから機能は保証するよ」
「あ、やっと出来たんだ!これ!」
「…遂に変身デビュー」
「あ、これがそうなんですね!いや~楽しみですぅ~」
「ふむ、これがご主人とショウの合作………」
「ねぇ、蒼君、何で私の分まであるの?ねぇ?」
各反応を頂戴し、雫の疑問に答える
「八重樫はんのはついで。刀を中心にした衣装だから問題は無いよ」
「そ、そう。分かったわ」
そうしている内に、向こうはスキンシップが終わったのでショウがハジメに声をかけた。
「行ってらっしゃい」
「おう、ミュウの事頼んだぞ」
「ああ」
二人は拳を合わせて、ニヤリと笑い合う。
こうして、ハジメ達はショウ達を残し、【グリューエン大火山】へと出発するのだった。
次回、魔王と救世主で世界最強 『チェンジ!