魔王と救世主で世界最強   作:たかきやや

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ハジメニウム補給!ハジメニウム補給!


メルジーネ攻略【前編】

 

 

【海上の町エリセン】から西北西に約三百キロメートル。

 

 

 そこが、かつてミレディ・ライセンから聞いた七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】の存在する場所だ。

 

 

 だが、ミレディから聞いたときは時間がなかったため、後は〝月〟と〝グリューエンの証〟に従えとしか教えられず、詳しい場所はわかっていなかった。

 

 

 そんなわけで、ハジメ達は、取り敢えず方角と距離だけを頼りに大海原を進んできたのだ。広大な海の上で、小さく寄り添い合うハジメ達と少し離れた所でたたずむ雫。夜天に月が輝き出すまでは今しばらく時間がかかる。それまでの暇つぶしに、ハジメは、少し故郷のことを話し始めたその時だった。

 

 

「ハジメ、時々出てきてた真空ってどんな子だったの?」

 

「あ、それ私も気になる!」

 

 ユエがハジメの話に出てくる真空について興味を持ち、香織もそれに食いつく

 

 

「真空?誰なのじゃそれは」

 

「ショウさんの妹ですぅ!そう言えばティオさんの前では話した事無かったですね」

 

「そう言えばそんな話もあったわね。忘れていたわ」

 

 ユエの一言をきっかけに次々と乗っかってくる一同にハジメは少し苦笑いして話し出す

 

 

「真空は俺がショウと出会ってから少しして遊びに行った時に出会ったんだ。初めて会ったときに『にぃにをたすけていただきありがとうございます』って、礼儀の良い子だったよ。当時はミュウと同じぐらいの年齢だったのに」

 

「へ~そうなんですか。ちなみに今はおいくつ何ですが?」

 

「確か……12かその辺りぐらいだったんじゃねぇか?中学生ぐらいだったし」

 

「………ハッくん、流石に中学生は……………」

 

「しねぇよ!つーかハーレム計画とかもお前らと蒼達で計画してるだけで俺の女は香織とユエだけだ」

 

 そんな和やかな雰囲気を楽しんでいると、あっという間に時間は過ぎ去り、日は完全に水平線の向こう側へと消え、代わりに月が輝きを放ち始めた。

 

 

 そろそろ頃合かと、ハジメは懐から【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントを取り出した。サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて、穴あきになっている。

 

 

 エリセンに滞在している時にも、このペンダントを取り出して月にかざしてみたり、魔力を流してみたりしたのだが、特に何の変化もなかった。

 

 

 月とペンダントでどうしろと言うんだ? と、内心首を捻りながら、ハジメは、取り敢えずペンダントを月にかざしてみた。ちょうどランタンの部分から月が顔を覗かせている。

 

 

 しばらく眺めていたが、特に変化はない。やはりわけ分からんと、ハジメは溜息を吐きながら他の方法を試そうとした。

 

 

 と、その時、ペンダントに変化が現れた。

 

 

「わぁ、ランタンに光が溜まっていきますぅ。綺麗ですねぇ」

 

「ホントに不思議ね………穴が空いているのに……」

 

 

 シアが感嘆の声を上げ、雫が同調するように瞳を輝かせる。

 

 

 彼女達の言葉通り、ペンダントのランタンは、少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めていた。それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。香織とユエとティオも、興味深げに、ハジメがかざすペンダントを見つめた。

 

 

「昨夜も、試してみたんだがな……」

 

「ふむ、ご主人様よ。おそらく、この場所でなければならなかったのではないかの?」

 

 

 おそらく、ティオの推測が正解なのだろう。やがて、ランタンに光を溜めきったペンダントは全体に光を帯びると、その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。

 

 

「……なかなか粋な演出だね。ミレディとは大違い」

 

「全くだ。すんごいファンタジーっぽくて、俺、ちょっと感動してるわ」

 

 

 〝月の光に導かれて〟という何ともロマン溢れる道標に、ハジメだけでなく香織達も「おぉ~」と感嘆の声を上げた。特に、ミレディの【ライセン大迷宮】の入口を知っているシアは、ハジメやユエ同様、感動が深い。

 

 

 ペンダントのランタンが何時まで光を放出しているのか分からなかったので、ハジメ達は、早速、導きに従って潜水艇を航行させた。

 

 

 夜の海は暗い。というよりも黒いと表現したほうがしっくりくるだろうか。海上は月明かりでまだ明るかったが、導きに従って潜行すれば、あっという間に闇の中だ。潜水艇のライトとペンダントの放つ光だけが闇を切り裂いている。

 

 

 ちなみに、ペンダントの光は、潜水艇のフロントガラスならぬフロント水晶(透明な鉱石ですこぶる頑丈)越しに海底の一点を示している。

 

 

 その場所は、海底の岩壁地帯だった。無数の歪な岩壁が山脈のように連なっている。昼間にも探索した場所で、その時には何もなかったのだが……潜水艇が近寄りペンダントの光が海底の岩石の一点に当たると、ゴゴゴゴッ! と音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。

 

 

 その音と震動は、岩壁が動き出したことが原因だ。岩壁の一部が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出したのである。その奥には冥界に誘うかのような暗い道が続いていた。

 

 

「なるほど……道理でいくら探しても見つからないわけだ。あわよくば運良く見つかるかもなんてアホなこと考えるんじゃなかったよ」

 

「……暇だったし、楽しかった」

 

「そうだよ。異世界で海底遊覧なんて、貴重な体験だと思うよ?」

 

 

 昼間の探索が徒労だったとわかり、ガックリと肩を落としたハジメだったが、ユエと香織は結構楽しんでいたようだ。

 

 

 ハジメは潜水艇を操作して海底の割れ目へと侵入していく。ペンダントのランタンは、まだ半分ほど光を溜めた状態だが、既に光の放出を止めており、暗い海底を照らすのは潜水艇のライトだけだ。

 

 

「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、この〝せんすいてい〟? がなければ、まず、平凡な輩では、迷宮に入ることも出来なさそうじゃな」

 

「……強力な結界が使えないとダメ」

 

「他にも、空気と光、あと水流操作も最低限同時に使えないとダメだな」

 

「でも、ここにくるのに【グリューエン大火山】攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

 

「もしかしたら、空間魔法を利用するのがセオリーなのかも」

 

 道なりに深く潜行しながら、ハジメ達は潜水艇がない場合の攻略方法について考察してみた。確かに、ファンタジックな入口に感動はしたのだが、普通に考えれば、超一流レベルの魔法の使い手が幾人もいなければ、侵入すら出来ないという時点で、他の大迷宮と同じく厄介なことこの上ない。

 

 

 ハジメ達は、気を引き締め直し、フロント水晶越しに見える海底の様子に更に注意を払った。

 

 

 と、その時、

 

 

ゴォウン!!

 

 

「うおっ!?」

 

「んっ!」

 

「わわっ!」

 

「きゃっ!」

 

「何じゃっ!?」

 

 突如、横殴りの衝撃が船体を襲い、一気に一定方向へ流され始めた。マグマの激流に流された時のように、船体がぐるんぐるんと回るが、そこは既に対策済みだ。組み込んだ船底の重力石が一気に重みを増し船体を安定させる。

 

 

「うっ、このぐるぐる感はもう味わいたくなかったですぅ~」

 

 シアが、【グリューエン大火山】の地下で流されたときの事を思い出し、顔を青くしてイヤイヤと頭を振った。

 

 

「直ぐに立て直しただろ? もう、大丈夫だって。それより、この激流がどこに続いているかだな……」

 

 そんなシアに苦笑いを浮かべつつ、ハジメは、フロント水晶から外の様子を観察する。緑光石の明かりが洞窟内の暗闇を払拭し、その全体像をあらわにしている。見た感じ、どうやら巨大な円形状の洞窟内を流れる奔流に捕まっているようだ。

 

 

 船体を制御しながら、取り敢えず流されるまま進むハジメ達。しばらくそうしていると、船尾に組み込まれている〝遠透石〟が赤黒く光る無数の物体を捉えた。

 

「なんか近づいてきてるな……まぁ、赤黒い魔力を纏っている時点で魔物だろうが」

 

「……殺る?」

 

 

 ハジメがそう呟くと、隣の座席に座るユエが手に魔力に集めながら可愛い顔でギャングのような事をさらりと口にする。

 

 

「いや、武装を使おう。有効打になるか確認しておきたいし」

 

 

 ハジメが、潜水艇の後部にあるギミックを作動させる。すると、ペットボトルくらいの大きさの魚雷が無数に発射された。ご丁寧に悪戯っぽい笑みを浮かべるサメの絵がペイントされている。

 

 

 激流の中なので、推進力と流れがある程度拮抗し、結果、機雷のようにばら撒かれる状態となった。

 

 

 潜水艇が先に進み、やがて、赤黒い魔力を纏って追いかけてくる魔物――トビウオのような姿をした無数の魚型の魔物達が、魚雷群に突っ込んだ。

 

 

ドォゴォオオオオ!!!

 

 

 背後で盛大な爆発が連続して発生し、大量の気泡がトビウオモドキの群れを包み込む。そして、衝撃で体を引きちぎられバラバラにされたトビウオモドキの残骸が、赤い血肉と共に泡の中から飛び出し、文字通り海の藻屑となって激流に流されていった。

 

 

「うん、効果は抜群の様だな」

 

「うわぁ~、ハジメさん。今、窓の外を死んだ魚のような目をした物が流れて行きましたよ」

 

「シアよ、それは紛う事無き死んだ魚じゃ」

 

「改めて思ったのだけど、南雲君の作るアーティファクトって反則よね。」

 

 それから度々、トビウオモドキに遭遇するハジメ達だったが容易く蹴散らし先へ進む。

 

 

 どれくらいそうやって進んだのか。

 

 

 代わり映えのない景色に違和感を覚え始めた頃、ハジメ達は周囲の壁がやたら破壊された場所に出くわした。よく見れば、岩壁の隙間にトビウオモドキのちぎれた頭部が挟まっており、虚ろな目を海中に向けている。

 

 

「……ここ、さっき通った場所か?」

 

「……そうみたい。ぐるぐる回ってる?」

 

 どうやら、ハジメ達は円環状の洞窟を一周してきたらしい。大迷宮の先へと進んでいるつもりだったので、まさか、ここはただの海底洞窟で道を誤ったのかと疑問顔になるハジメ。結局、今度は道なりに進むのではなく、周囲に何かないか更に注意深く探索しながらの航行となった。

 

 

 その結果、

 

 

「あっ、ハッくん。あそこにもあったよ!」

 

「これで、五ヶ所目か……」

 

 洞窟の数ヶ所に、五十センチくらいの大きさのメルジーネの紋章が刻まれている場所を発見した。メルジーネの紋章は五芒星の頂点のひとつから中央に向かって線が伸びており、その中央に三日月のような文様があるというものだ。それが、円環状の洞窟の五ヶ所にあるのである。

 

 

 ハジメ達は、じっくり調べるため、最初に発見した紋章に近付いた。激流にさらされているので、船体の制御に気を遣う。

 

 

「まぁ、五芒星の紋章に五ヶ所の目印、それと光を残したペンダントとくれば……」

 

 そう呟きながら、ハジメは首から下げたペンダントを取り出し、フロント水晶越しにかざしてみた。すると、案の定ペンダントが反応し、ランタンから光が一直線に伸びる。そして、その光が紋章に当たると、紋章が一気に輝きだした。

 

 

「これ、魔法でこの場に来る人達は大変だね……直ぐに気が付けないと魔力が持たないよ」

 

 香織の言う通り、このようなRPG風の仕掛けを魔法で何とか生命維持している者達にさせるのは相当酷だろう。【グリューエン大火山】とは別の意味で限界ギリギリを狙っているのかもしれない。

 

 

 その後、更に三ヶ所の紋章にランタンの光を注ぎ、最後の紋章の場所にやって来た。ランタンに溜まっていた光も、放出するごとに少なくなっていき、ちょうど後一回分くらいの量となっている。

 

 

 ハジメが、ペンダントをかざし最後の紋章に光を注ぐと、遂に、円環の洞窟から先に進む道が開かれた。ゴゴゴゴッ! と轟音を響かせて、洞窟の壁が縦真っ二つに別れる。

 

 

 特に何事もなく奥へ進むと、真下へと通じる水路があった。潜水艇を進めるハジメ。すると、突然、船体が浮遊感に包まれ一気に落下した。

 

 

「おぉ?」

 

「おっと!」

 

「んっ」

 

「ひゃっ!?」

 

「ぬおっ」

 

「きゃあ!」

 

 

 それぞれ、六者六様の悲鳴を上げる。ハジメは、股間のフワッと感に耐える。直後、ズシンッ! と轟音を響かせながら潜水艇が硬い地面に叩きつけられた。激しい衝撃が船内に伝わり、特に体が丈夫なわけではない雫が呻き声を上げる。

 

 

「っ……八重樫、無事か」

 

「うぅ、だ、大丈夫よ。それよりも、ここは?」

 

 雫が顔をしかめながらもフロント水晶から外を見ると、先程までと異なり、外は海中ではなく空洞になっているようだった。取り敢えず、周囲に魔物の気配があるわけでもなかったので、船外に出るハジメ達。

 

 

 潜水艇の外は大きな半球状の空間だった。頭上を見上げれば大きな穴があり、どういう原理なのか水面がたゆたっている。水滴一つ落ちることなくユラユラと波打っており、ハジメ達はそこから落ちてきたようだ。

 

 

「どうやら、ここからが本番みたいだな。海底遺跡っていうより洞窟だが」

 

「……全部水中でなくて良かった」

 

 ハジメは、潜水艇を〝宝物庫〟に戻しながら、洞窟の奥に見える通路に進もうとユエ達を促す……寸前で香織に呼びかけた。

 

 

「香織」

 

「知ってる」

 

 それだけで、香織は即座に障壁を展開した。

 

 

 刹那、頭上からレーザーの如き水流が流星さながらに襲いかかる。圧縮された水のレーザーは直撃すれば、容易く人体に穴を穿つだろう。

 

 

 しかし、香織の障壁は、例え即行で張られたものであっても強固極まりないものだ。それを証明するように、天より降り注ぐ暴威をあっさり防ぎ切った。二人が魔力の高まりと殺意をいち早く察知し、奇襲は奇襲となり得なかったのである。当然、ハジメが呼びかけた瞬間に、攻撃を察していたユエにシアやティオにも動揺はない。

 

 

 だが、雫はそうはいかなかった。

 

 

「きゃあ!?」

 

 余りに突然かつ激しい攻撃に、思わず悲鳴を上げながらよろめく。傍にいたハジメが、咄嗟に、腰に腕を回して支えた。

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いや、気にするな」

 

 

 あっさり離れたハジメをチラ見しながら、雫の表情は優れない。自分だけが醜態を晒したことに少し落ち込んでいるようだ。

 

 

 そして、それ以上に、香織の成長に改めてショックを覚える。

 

 

 【グリューエン大火山】で新たな姿を手に入れ、多少にかかわらずなりとも強くなっている筈だが、それでも埋まらない力の差。自分は、足でまといにしかならないのではないか? その思いが雫の胸中を過る。

 

 

「どうした?八重樫」

 

「えっ? あ、ううん。何でもないよ」

 

「……そうか」

 

 

 雫は咄嗟に誤魔化し、無理やり表情を引き締める。ハジメは、そんな雫の様子に少し目を細めるが、特に何も言わなかった。

 

 

 そのことに、雫が少しの寂しさと安堵を感じていると、未だに続いている死の豪雨を防いでいる香織がジッと自分を見ていることに気がついた。その瞳が、まるで雫を気遣ってるようで雫は目をそらした。

 

 

 香織は、何も無かったかのように再び頭上に視線を戻した。同時に、ユエとティオが火炎を繰り出し、天井を焼き払う。それに伴って、ボロボロと攻撃を放っていた原因が落ちてきた。

 

 

 それは、一見するとフジツボのような魔物だった。天井全体にびっしりと張り付いており、その穴の空いた部分から水流を放っていたようだ。なかなかに生理的嫌悪感を抱く光景である。

 

 

 水中生物であるせいか、やはり火系には弱いようで、ティオの炎系攻撃魔法〝螺炎〟により直ぐに焼き尽くされた。

 

 

 フジツボモドキの排除を終えると、ハジメ達は、奥の通路へと歩みを進める。通路は先程の部屋よりも低くなっており、足元には膝くらいまで海水で満たされていた。

 

 

「あ~、歩きにくいな……」

 

「……降りる?」

 

 

 ザバァサバァと海水をかき分けながら、ハジメが鬱陶しそうに愚痴をこぼす。それに対して、ハジメの肩に座っているユエが、気遣うようにそう言った。ユエの身長的に、他の者より浸かる部分が多くなってしまうのでハジメが担ぎ上げたのだ。

 

 

 少し羨ましそうに見つめてくるシアの視線をスルーして、問題ないと視線で返しながら、ハジメはユエが落ちないように太ももに手を置いてしっかりと固定した。ユエも、ハジメの首筋に手を回してぴったりとくっついた。

 

 

 益々、羨ましそうな眼差しを送るシア達だったが、魔物の襲撃により、集中を余儀なくされる。

 

 

 現れた魔物は、まるで手裏剣だった。高速回転しながら直線的に、あるいは曲線を描いて高速で飛んでくる。ハジメは、スっとドンナーを抜くと躊躇わず発砲し空中で全て撃墜した。体を砕けさせて、プカーと水面に浮かんだのはヒトデっぽい何かだった。

 

 

 更に、足元の水中を海蛇のような魔物が高速で泳いでくるのを感知し、ユエが、氷の槍で串刺しにする。

 

 

「……弱すぎないか?」

 

 

 ハジメの呟きに全員が頷いた。

 

 

 大迷宮の敵というのは、基本的に単体で強力、複数で厄介、単体で強力かつ厄介というのがセオリーだ。だが、ヒトデにしても海蛇にしても、海底火山から噴出された時に襲ってきた海の魔物と大して変わらないか、あるいは、弱いくらいである。とても、大迷宮の魔物とは思えなかった。

 

 

 皆、首を傾げるのだが、その答えは通路の先にある大きな空間で示された。

 

 

「っ……何だ?」

 

 ハジメ達が、その空間に入った途端、半透明でゼリー状の何かが通路へ続く入口を一瞬で塞いだのだ。

 

 

「私がやります! うりゃあ!!」

 

 咄嗟に、最後尾にいたシアは、その壁を壊そうとドリュッケンを振るった、が、表面が飛び散っただけで、ゼリー状の壁自体は壊れなかった。そして、その飛沫がシアの胸元に付着する。

 

 

「ひゃわ! 何ですか、これ!」

 

 シアが、困惑と驚愕の混じった声を張り上げた。ハジメ達が視線を向ければ、何と、シアの胸元の衣服が溶け出している。衣服と下着に包まれた、シアの豊満な双丘がドンドンさらけ出されていく。

 

 

「シア、動くでない!」

 

 咄嗟に、ティオが、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くした。少し、皮膚にもついてしまったようでシアの胸元が赤く腫れている。どうやら、出入り口を塞いだゼリーは強力な溶解作用があるようだ。

 

 

「っ! また来るぞ!」

 

 警戒して、ゼリーの壁から離れた直後、今度は頭上から、無数の触手が襲いかかった。先端が槍のように鋭く尖っているが、見た目は出入り口を塞いだゼリーと同じである。だとすれば、同じように強力な溶解作用があるかもしれないと、再び、香織が障壁を張る。更に、ユエとティオが炎を繰り出して、触手を焼き払いにかかった。

 

 

「正直、香織の防御とユエとティオの攻撃のコンボって、割と反則臭いよな」

 

 

 鉄壁の防御と、その防御に守られながら一方的に攻撃。ハジメがそう呟くのも仕方ない。それを余裕と見たのか、シアがハジメの傍にそろりそろりと近寄り、露になった胸の谷間を殊更強調して、実にあざとい感じで頬を染めながら上目遣いでおねだりを始めた。

 

 

「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃったので、お薬塗ってもらえませんかぁ」

 

「……お前、状況わかってんの?」

 

「いや、香織さんとユエさんとティオさんが無双してるので大丈夫かと……こういう細かなところでアピールしないと、雫の参戦で影が薄くなりそうですし……」

 

「いや私は違うわよ!別に南雲君の事はそう言う目で──」

 

「聖浄と癒しをここに『天恵』」

 

 雫が弁解をし終わる前にノールックで火傷を治す香織。「あぁ~、お胸を触ってもらうチャンスがぁ!」と嘆くシアに、全員が冷たい視線を送る。

 

 

「む? ……ハジメ、このゼリー、魔法も溶かすみたい」

 

 嘆くシアに冷たい視線を送っていると、ユエから声がかかる。見れば、ユエの張った障壁がジワジワと溶かされているのがわかった。

 

 

「ふむ、やはりか。先程から妙に炎が勢いを失うと思っておったのじゃ。どうやら、炎に込められた魔力すらも溶かしているらしいの」

 

 ティオの言葉が正しければ、このゼリーは魔力そのものを溶かすことも出来るらしい。中々に強力で厄介な能力だ。まさに、大迷宮の魔物に相応しい。

 

 

 そんなハジメの内心が聞こえたわけではないだろうが、遂に、ゼリーを操っているであろう魔物が姿を現した。

 

 

 天井の僅かな亀裂から染み出すように現れたそれは、空中に留まり形を形成していく。半透明で人型、ただし手足はヒレのようで、全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ち、頭部には触覚のようなものが二本生えている。まるで、宙を泳ぐようにヒレの手足をゆらりゆらりと動かすその姿は、クリオネのようだ。もっとも、全長十メートルのクリオネはただの化け物だが。

 

 

 その巨大クリオネは、何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのようにゼリーの飛沫を飛び散らせた。

 

 

 飛沫を香織の結界で防ぎながらユエはティオと一緒に巨大クリオネに向けて火炎を繰り出した。ハジメとシアも、砲撃を撃ち放つ。

 

 

 全ての攻撃は巨大クリオネに直撃し、その体を爆発四散させた。いっちょ上がり! とばかりに満足気な表情をするユエ達だったが、それにハジメが警告の声を上げる。

 

 

「まだだ! 反応が消えてない。なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に……」

 

「うん。何かがおかしいよ………」

 

 

 二人の感知系能力は部屋全体に魔物の反応を捉えていた。しかも、ハジメの魔眼石で見える視界は赤黒い色一色で染まっており、まるで、部屋そのものが魔物であるかのようだった。未だかつて遭遇したことのない事態に、自然、ハジメの眼が鋭さを帯びる。

 

 

 すると、その懸念は当たっていたようで、四散したはずのクリオネが瞬く間に再生してしまった。しかも、よく見ればその腹の中に、先程まで散発的に倒していたヒトデモドキや海蛇がおり、ジュワーと音を立てながら溶かされていた。

 

 

「ふむ、どうやら弱いと思っておった魔物は本当にただの魔物で、こやつの食料だったみたいじゃな……ご主人様よ。無限に再生されてはかなわん。魔石はどこじゃ?」

 

「そういえば、透明の癖に魔石が見当たりませんね?」

 

 ティオの推測に頷きつつ、シアがハジメを見るが、ハジメは巨大クリオネを凝視し魔石の場所を探しつつも困惑したような表情をしている。

 

 

「……ハジメ?」

 

 ユエが呼びかけると、ハジメは、頭をガリガリと掻きながら見たままを報告した。

 

 

「……ない。あいつには、魔石がない」

 

 その言葉に全員が目を丸くする。

 

 

「な、南雲君? 魔石がないって……じゃあ、あれは魔物じゃないってこと?」

 

「わからん。だが、強いて言うなら、あのゼリー状の体、その全てが魔石だ。俺の魔眼石には、あいつの体全てが赤黒い色一色に染まって見える。あと、部屋全体も同じ色だから注意しろ。あるいは、ここは既に奴の腹の中だ!」

 

 ハジメが驚愕の事実を話すと同時に、再び、巨大クリオネが攻撃を開始した。今度は、触手とゼリーの豪雨だけでなく、足元の海水を伝って魚雷のように体の一部を飛ばしてきてもいる。

 

 

 ハジメは、〝宝物庫〟からフォームチェンジャーを手に取り、「自由暴虐」に変身。『王者の威光』を撒き散らし、勅命を下す。

 

 

「焼き払え」

 

 次の瞬間部屋全体が一瞬青白く光り、消えると同時に燃えカスの様な物があたり一面に広がるのであった。

 

「なんと言うか………南雲君1人で良くないかしら?」

 

 ここまで来ると、もうどうでも良く感じて。開き直って行こうと雫は心に誓ったのだった

 

 


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