石上優は幕を下ろす
視界が真っ赤に染まっている……
伊井野が泣きながら何か言っているみたいだけど、何も聞こえない……
一瞬……なんでこんな状況になっているのかわからなくなったが、直ぐに理解する。
生徒会の仕事帰り、伊井野を送って行く途中の横断歩道で車が猛スピードで此方に向かって来るのが見えた。
伊井野は僕に対する小言に夢中で気付いていない。
声を出すよりも早く体が動いていた……僕は伊井野を向かって来る車の直線上から突き飛ばした。
……別に死ぬつもりで助けた訳ではなかった。
伊井野を突き飛ばした後に避けるつもりだった。
だが、僕の体は次の瞬間凄まじい衝撃を感じ宙を舞った。痛みを感じなかったのは不幸中の幸いだろうか……いや、仮に痛みを感じていても僕の体を駆け巡るのは別のモノだろう。
……今僕の体を駆け巡っているのは、どうしようもない程の後悔だった。
僕を暗い闇の中から救い出してくれた会長……
だらしがなく自分に甘い僕に匙を投げず、勉強を教えてくれた四宮先輩……
僕みたいな口が過ぎる後輩に遠慮なく言いたい事を言い、やりたい放題して対等に渡り合ってきた藤原先輩……
悪い噂のあった僕にも分け隔てなく接してくれたつばめ先輩……
思い出せばキリがないと言える程、僕の脳内を後悔が駆け巡って行く……
眞妃先輩が、翼先輩が……
団長が、大仏が、小野寺が……
そして何より、目の前で此方に向かって必死に叫んでいる少女の事が……
その小さな体には不釣り合いな正義感と責任感がある。
彼女は確実にこの出来事を気に病むだろう。体は動かないが口さえ動けば良い……この体に最後の仕事をさせよう。そう決意し、僕は最後のチカラを振り絞った。
「いっ…伊井……野っ…!」
「っ!? いっ……石上!? ご、ごめんなさい!! わ、わたっ……私っ!!」
「ぐぅっ!? お、お前はっ…悪く……ない!」
「っ!!?」
言った、なんとか言い切れた……まるで言い終わるのを待っていたように途端に瞼が重くなる。
徐々に小さくなる視界に最後まで映っていたのは、子供の様に泣きじゃくる……伊井野の姿だった。
「ん……あれ?」
意識が覚醒すると、始めに感じたのは違和感だった。
さっきまで僕は道路に倒れていた筈だけど……体の何処にも痛みを感じないし、そもそも此処は……教室?
では、先程までの出来事は全て夢だったのか?
しかし、未だ妙な違和感は拭えない……
「……ッ!」
教室を見渡すと、その違和感の正体に気付いた。
此処は……高等部の教室じゃない!?
この場所は……
「石上君、もう皆帰っちゃったよ?」
トントンと肩を叩かれ、声の主に視線を向ける。
「ッ!? お、大友っ!?」
もう会う筈がない……もう向けられる筈がない、その笑顔に確信する。
間違いない……中学の時に戻ってる!!