11月に入り、中間テストも無事終了した。秀知院学園は、体育祭に向けての準備と練習に精を出していた。それは僕も例外ではなく……
「応援団?……お前が?」
正気かよ……という目で桃先輩に見られる。いや、まぁ……そう思われるのも仕方ないのかもしれないけど……そこまで?
「そうなんですよ。しかも、応援団の服装が男子は女子の制服を着なくちゃいけないみたいで……はは、笑っちゃいますよね。」
正直、制服の件だけはなんとか回避出来ないかと思ったけど……無理だった。
「ふーん……借りる当てとかあんのか?」
「いや、今の所ないっすね……」
(前みたいに四宮先輩が貸してくれるなら、滅茶苦茶有り難いけど……)
「……貸してやろうか?」
「えっ!?」
桃先輩からの思わぬ提案に驚く。
「どうなんだよ?」
「そりゃ貸してくれるなら有り難いですけど……」
(うーん……でも、桃先輩って四宮先輩より小柄だよな? って事は……)
「なんだよ?」
「いやー、桃先輩小っちゃいから、僕じゃ制服入らないんじゃないですか? 胸とかキツ過ぎて伸びちゃったりしたら悪いですし……」
「……」ガシッ
「アレ、どうしました? 腕なんか掴んっ……」
「フンッ!!」ギリギリギリッ
「痛だだだだっ!?」
「誰が小っちゃい? 胸がなんだって?」ギリギリッ
「痛だだっ!? す、すいません!! し、失言でしたぁっ!?」
石上優、地雷だと気付かずに地雷を踏み抜く男。
桃先輩と別れた後……生徒会室に向かった僕は、前回同様四宮先輩から制服を借りられる事となった。面倒な懸念材料が片付き、少し浮かれ気分で僕は中庭を歩いていると……
「ふぅ……四宮先輩から制服借りれる事になって助かったな。」
「会計君、今なんて言ったの!?」シュバッ
「うわっ!? なんだ、ガチ……巨瀬先輩じゃないですか、いきなりどうしたんですか?」
「ガチ? そ、そんな事より今、かぐや様の制服を借りるとかなんとか聞こえたけど!?」ハッハッハッ
(うーわぁ、考えうる限り1番聞かれたらダメな人に聞かれてしまった……)
「さ、さぁ? そんな事言いましたっけ?」
「さっきの発言について、マスメディア部の力の限りを尽くして調べ上げてもいいんだけど……」
「執念がエグい……」
………
「つ、つまり……会計君は体育祭で応援団に女子の制服が必要なのをいい事に、かぐや様から制服を拝借したって事!?」
「言い方にかなりの引っかかりを感じますが、概ねその通りです。」
「な、なるほど、なるほどね……因みにいつ借りるか聞いても良い?」
「え? 多分前日か当日辺りじゃないですか?」
「ねぇ会計君! お願いがあるんだけど……」
「……なんでしょう?」
(また前みたいに……抱きしめても? とかトチ狂った事言い出すのかな……)
「も、もし前日に借りれる事になったら……ちょっとだけ貸してくれない?」
「」
「あ! ち、違うよ!? 別に変な事に使おうとかじゃなくてっ……只、温もりを! かぐや様の温もりを直接感じたいだけなの!!」
充分、変な事に使おうとしていた。
「うわぁ……」
(女子が男子に制服を貸したくない心理が理解出来てしまった……)
「待って!? 本気のうわぁはやめて!? 嘘だから! 冗談だから!!」
「……先輩、犯罪だけはしないで下さいね。」
「ホント待って!? お願いだから!!」
………
優が生徒会へ行って少し経った頃……私は木に背中を預け、携帯ゲームをしていた。すると……
「ホント待って!? お願いだから!!」
何やら鬼気迫る声が聞こえて来た。体を捻り、木の陰から声のした方へと視線を向ける。
「お願いだから信じて! コレは純粋な気持ちだから!!」
困惑顔の優と……ガシリと優の手を握り、上気した顔で言い寄る巨瀬が居た。
「またアイツか!」ガバッ
私は反射的に立ち上がった。
〈1年昇降口〉
「石上、おっつー……制服借りれた?」
「あぁ、四宮先輩が貸してくれる事になった。」
「ふーん、良かったじゃん……っていうか、私達どっちも異性の制服が必要だったんだから、交換すれば良かったね。」
「言われて見れば……でも僕は良いけど、小野寺は嫌じゃないか? 制服を僕に貸すなんて……」
「え? 別に嫌じゃないよ。なんで?」
「え、そう? いや、別に理由とか無いけど。」
(ついさっき、男子に制服を貸したくない女子の心理が理解出来たから……とは言えない。)
「まぁ、もう借りた後だから意味ないけどね。」
「ハハ、確かにな。」
……という石上優と小野寺麗の遣り取りを……隠れて見ている少女が居た。
「チッ……」
少女は小さく舌打ちをすると、その場を離れて行った。
……イライラする。アイツが……優が私以外の誰かと一緒に居る所を見るだけで、優が私以外の女に笑い掛ける所を見るだけで、優が私以外の女と楽しそうにしているだけで……胸の辺りにザワザワとした嫌な感情が吹き荒れる……いや、もうわかってる。この感情がなんなのか……この感情は嫉妬だ。優を取られたくない、優を誰にも渡したくないという独占欲……まさか、私がこんな執着深い女だったなんてな……いや違う。私が誰かに、優に恋をするなんて……
いつか、桃ちゃんも心の底から大好きって言える様な……素敵な男の子に出会えるわよ。
昔……幼等部の頃、母さんに言われた言葉を思い出した。心の底から大好き……か。そんな恥ずかしい事、言える訳が無い……私みたいなガサツで、可愛さの欠片もない女が……
浴衣着てると、江戸時代の町娘って感じで可愛いですね。
「……ッ」
可愛いトコあるなぁとかは思いましたけど。
「……ばーか。」
頭の中を駆け巡る優の言葉に、思わず悪態を吐く。とりあえずは、今の関係のままで良い。とりあえずは……そうやって、無理矢理自分の心の落とし所を見つけて、問題を先送りにした……つもりだった。まさか私が……あんな暴挙に出るとは、この時は想像もしていなかった。