石上優……物好きで小っ恥ずかしいセリフも平気で吐く、1つ下のバカな後輩……去年の夏に知り合ってから、既に1年と半年近くの月日が流れていた。その間、優の人間性は十分過ぎる程知る事が出来た。でも最近は……今まであまり気にしていなかった事にも目が向く様になった。それは……優は私と居る時以外も、よく女子と一緒に居るという事だ。この前も……
〈1階渡り廊下〉
「そ、それで、会計君……かぐや様はいつ制服を貸してくれるって?」ハッハッハッ
(今んトコ、断トツでヤバイなこの人……)
「……当日に貸してくれるそうです。」
「そうなんだ……」ガクッ
「そもそも、仮に前日だったとしても貸せませんけどね……」
「……会計君、体育祭当日の応援合戦の前に校舎裏に来てくれない?」
「普通に嫌ですね。」
「お願い! 何も変な事はしないから!! 只……ちょっとだけ! ちょっとだけだから!!」
「……」
(この人ホントヤバい。)
石上の中で、巨瀬エリカのヤベェ奴指数が爆上がりした。
………
「……ッ」
(また、巨瀬と一緒にいやがる……)
〈中庭〉
「……という事があったので、当日はなるだけ目を光らせておいてくれませんか?」
「え、エリカがとんだご迷惑を……でも聞いて下さい! エリカは決して悪い事に利用しようと考えてる訳ではっ……!」
「まぁ、ちょっと行き過ぎな所はありますけど……悪い人じゃないのはわかってますよ。」
「石上編集……でも、エリカにも困ったモノですわね。自分の推しに対して許されるのは、見守る事と妄想だけだというのに!」プンスカッ
「妄想も駄目じゃないっすか?」
………
「……」
(今度は紀かよ……)
……優の奴、私の気持ちに気付いてて、わざと見せつけてんじゃねぇだろうな?
とんだ言い掛かりである。
私は木陰に座り込み、思考に身を委ねる。1人になりたい時や、考え事がしたい時はこういった他人に見つかり難い場所は貴重だ。唯一、欠点があるとするなら……
「ねー、聞いた? C組にヤクザの娘がいるじゃん?」
「龍珠だっけ? それがどうしたの?」
「なんかぁ、聞いた話だと1年の男子に無理矢理言い寄ってるんだってー。」
「あ、もしかして生徒会の子?」
「そうそう! なんかぁ友達が見たらしいんだけどさ……その男子が他の女子と一緒に居る所見て、凄い顔で睨み付けたらしいよ?」
「アハッ、メッチャ嫉妬してんじゃん!」
「ウケるよねー、まぁでもその男子しか相手してくれる人居ないんじゃ仕方ないんじゃね?」
「アハハ、ひっどーい! 」
……よくもまぁ、他人の悪口でそこまで盛り上がれるモンだ。誰も居ないと油断して、陰口を叩く人間を此処に居るとよく見掛ける。友人、教師、先輩、そして今回の様に……自分とは直接関係の無い人間の悪口に花を咲かせる……私には理解出来ないし、したくもない。私に聞かれているとは知らずに、女子生徒2人は話を続けている……
「でもさぁ、その男子って最近つばめ先輩と一緒に居るトコ見ない?」
「あ、私も見た! つばめ先輩、狙ってるのかな?」
「えー、2個下だよ? ちょっと、なくない?」
「えー、そう?」
「そもそもさ……つばめ先輩とは流石に釣り合わなくない?」
「でもさ、入学して直ぐに生徒会にスカウトされたんでしょ? 滅茶苦茶有能って事じゃないの?」
「あー、そう言われると確かに……まぁヤクザ女に言い寄られるよりはマシか。」
「アハハ、言えてるー。」
女子2人は言いたい事だけ言って、その場を離れて行った。
「……ま、今更ヤクザどうこう言われても気にはしないけど……」
私はそう独り言を呟くと、その場を離れた。
〈中庭〉
特に目的も無く……いや少しだけ、優に会える事を期待して中庭を歩く。他の季節と違い、11月ともなれば肌寒くなり始める季節だ……芝生やベンチに座る人間も少なく感じる。不意に向けた視線の先に、ベンチに座る2人の男女が視界に入った。その2人は、先程の女子2人の会話に出ていた……子安つばめと石上優だった。
「……ッ」
漠然とした……嫌な感情に心を苛まれる。今までは、なんとなく感じていた嫌な気分……自覚した途端コレか。私は胸に渦巻く感情を必死で抑え込む。子安つばめ……私でも名前を知っている3年のマドンナだ。アンタ引く手数多だろ、選び放題だろ。なんで優に近付くんだよ、やめろよ……優もなんで楽しそうな顔して笑ってんだよっ……グチャグチャになった思考を誤魔化す様に、私は走ってその場を去った。
これから生徒会だと、つばめ先輩との会話を打ち切り、中庭を歩いていると……茂みから飛び出して来た手に裾を掴まれ茂みの中に引っ張られた。
「痛っ!? な、何っ……」
少しの間、目が回ったが直ぐに視界が定まる。引っ張られた衝撃で仰向けになった僕に、馬乗りで乗り掛かる少女が見えた。顔は逆光でよく見えないが、小柄な体に見慣れた帽子……そして何より、こんな強引な事をする人は1人しかいない。
「……どうしたんですか、桃先輩?」
「……」
「……先輩?」
また何か機嫌が悪くなる事でもあったのだろうか? 返事をしない桃先輩にどうしようかと考えていると……
「……夏祭りの射的勝負、私はお前に1つ言う事を聞かせる権利があったな?」
「え、はい……そうですね。」
「なら、今から言うから……ちゃんと聞けよ。」
「……出来れば、ソフトな奴でお願いします。」
「……他の奴なんて見ないで、私を見ろ。」
「……え?」
「同じクラスの奴も、紀や巨瀬も……子安つばめも見るな、私を見ろ。」
「え、えぇと……どういう意味ですか?」
「くっ……」
(こ、ここまで言ってもわかんねぇのか、このバカは!? だ、だったらっ……)
「先輩……?」
「どういう意味か……教えてやるよ。」
桃先輩は両手で僕の胸元を鷲掴みにすると、顔を近付けて来た。
「……ッ!」ギュッ
(頭突きされる!?)
咄嗟に出た思考に従い、ギュッと目を瞑る。数瞬後、唇に柔らかな何かが触れた。思わず目を見開くと……僅かに瞳を潤ませて、顔を真っ赤にした桃先輩と目が合った。
「ハ、ハァッ…ど、どうだ、コレでわかったか!?」
「えっ……あ……」
あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。前の人生を含めても、初めての唇の感触に……上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。
「おい、わかったかって聞いてんだよ!」
「あ、えっと……はい。」
桃先輩の言葉に思わず頷き答える。
「なら、これからは……そういう事だからな。」
先輩は馬乗りから立ち上がると、今度は返事も聞かずに走って行ってしまった。
「……そういう事? え、そもそもさっきのって……キス?」
今までで1番と言ってもいい程、僕の脳内は混乱を極めていた……