次の日の休み時間……授業の合間の僅かな時間を利用して、僕は桃先輩に会いに行った。
〈2年教室前〉
「あ、桃先輩!」
「ゆ、優っ!?」ビクッ
僕を見るなり驚いた表情を浮かべ、肩を震わせた桃先輩に近付く……
「あの、ちょっと良いですか?」
「……よ、良くない!」
「え?」
「……っ!」ダッ
桃先輩はサッと背中を向けると、走って逃げてしまった……
「えぇー……」
「……あら、石上編集? 何か御用ですか?」
「いえ、気にしないで下さい……」
………
それからは時間が許す限り桃先輩を探しては話し掛け、見つけては話し掛け続けた僕だったが……
「桃先ぱっ……」
「っ!」ダッ
その度に、脱兎の如く逃げる桃先輩に……困惑と、ほんの少しの鬱憤が溜まって行った。
「……ッ」
(桃先輩、なんで逃げるんですか……こっちをその気にさせるだけさせて、話も聞かないで逃げるなんて。まぁ多分、冷静になって自分のした事が恥ずかしくなったから逃げてるだけだと思うけど。でも逃げるとか……素直じゃないというか、恥ずかしがり屋というか……)
そこまで考えて、あ……と、この問題に対して良い案を提供してくれそうな人物が浮かんだ。僕は直ぐにスマホでメッセージを送り、その人と会う約束を取り付けた。
〈中庭〉
「ふぅん? それで私に相談しようって思ったの? 中々の慧眼ね。」
「はい(かつて弩級レベルに拗らせていた)マキ先輩なら、何か良い案を出してくれるんじゃないかと思いまして。」
「……何か引っかかるけど、まぁいいわ。それで、具体的に何があったか教えてくれる?」
「はい、昨日の事なんですけど……」
………
「お、押し倒されてキス!? だ、ダメよそんなのっ……早い! 早いわ!」
「えぇー……」
マキ先輩のあまりの雑魚っぷりに、思わず天を見上げた。
「そ、そういうのはもっと段階を踏んでからよ!? 私だって翼君とキスするまで、3ヶ月は掛かったのに……早過ぎるわ!」
「落ち着いて下さい。あと、その手の文句は桃先輩に言って下さい。」
「あ……そ、そうよね! でも、まさか……あの子がそんな事をするなんてね……」
「……知ってるんですか?」
「まぁ……同じ学年だしね。入学当初は結構騒がれたのよ? なんせ
「……偶に忘れますけど、そういえばマキ先輩も凄い人なんですよね……今はもう、恋愛脳なチョロインみたいになってますけど……」
「ぶん殴んぞ。」
「さーせん。」
「……それで、まぁ少しは意識するじゃない? 四宮家程じゃないけど、日本国内に対する影響力なら間違いなくトップカーストな訳だし。他人に対する警戒心や周囲の人間に対する敵意は……本当の自分を隠して守る為……って感じの印象を持ったわ。それに……」
「……それに?」
「彼女も……かつての私と同じ匂いを纏っていたから……かしらね。」フッ
「えっ? あ、はぁ……カッコいいですね?」
(マキ先輩と同じ? 流石にそこまでポンコツじゃないと思うんだけど……)
石上はひどかった。
「私には、渚達が居たけど……あの子は、特に親しい友達もいなかったみたいだしね……そういえば、優はいつ頃知り合ったの?」
「去年の夏休み前に偶然……」
「そう……ならまぁ、強気に行く事ね。」
「強気に?」
「あの子の方からキスして来たんでしょ? だったら、少しくらい強引な方が良いわよ。逃げるのは単に、恥ずかしがってるだけだろうし。」
「そう、ですかね……」
「もう! 男がくよくよ悩むんじゃないわよ! 男ならガッと行きなさい、ガッと!」
(去年の夏なら、私よりも付き合い長いじゃない。それなのに、変にウジウジしちゃって。全く、男はコレだから……)
眞妃は半年前まで、田沼翼に対してウジウジしていた自分を棚上げした。
「わかりました、ガッと行ってやりますよ! 先輩、ありがとうございました。」
「また何かあったら、相談に乗ってあげるから……頑張んなさい。」
「はい!」
憑き物が落ちた様に、元気良く返事をして去って行った後輩を少女は見送る。
「……優しいのも良いけど、女の子としてはやっぱりガッと来て欲しいモノよね。」ウンウン
おさしみまで残り数日に迫った、ある日の午後の出来事である。
〈中庭〉
放課後、桃先輩を探して中庭を彷徨く。普段、僕と桃先輩が隠れてゲームをするポイントをいくつか覗き見て、最後のポイントに行き着いた時だ。
「……ッ」
(……居た。)
「……」カタカタッ
カタカタとゲーム機のボタンを押す桃先輩を視界に収める。そっと近付き、ゆっくりと驚かせない様気を付けながら話し掛ける。
「……桃先輩。」
「っ!?」ビクッ
僕の呼び掛けにビクッと体を震わせて、桃先輩は此方に視線を向けた。
「ゆ、優……」
立ち上がり、走って逃げ様とする桃先輩の腕を掴む。
「は、離せっ……」
「嫌です、ちゃんと話をさせて下さい!」
桃先輩の目を真っ直ぐに捉えながら言う。
「〜〜っ! はぁ……わかったよ。」
桃先輩は観念したのか、体から力を抜いて座り込んだ。
「それで、その……昨日の事についてなんですけど……」
「……悪かった。」
「……え?」
「その、あんな無理矢理……嫌だったろ? ちょっと……混乱というか、頭の中グチャグチャになっちゃってて……」
桃先輩は膝を抱えて、そう言葉を零しながら最後に……
「ゴメンな……」
そう言って寂しそうに顔を伏せた。
自分の迂闊さを本気で呪った。嫉妬、ヤキモチ、独占欲……感情に動かされ、冷静になれたのは事が終わった後だった。走って家に帰り自室に飛び込むと、クマのぬいぐるみを抱き締める。ぬいぐるみを抱き締めていると、徐々に荒れた息も整い始め冷静になっていく……冷えた頭で先程までの出来事を思い出し、やってしまったと思った。驚いた顔で私を見上げる優の顔が浮かび上がり、次いで……唇の感触が蘇る。
「〜〜〜っ!!」
噴き出しそうになる羞恥心を誤魔化す様に、ぬいぐるみに顔を埋めてやり過ごす。
「明日から、どんな顔して会えってんだ……」
縋る様な気持ちで、ぬいぐるみに問い掛けた言葉に……返事は返って来なかった。
………
次の日、碌な考えも浮かばないまま時間は過ぎて、気付けば授業も終わっていた。まぁ、普段から真面目に受けている訳じゃないから別にいいけど。休み時間に入り、気分転換に歩こうと廊下に出ると……優に話し掛けられた。すぐに昨日の事について話をしに来たんだとわかった。心の準備も何もない状態だったから……思わず逃げてしまった。その後も、休み時間の度に優は私に会いに来て……その度に私は優から逃げる、という事を繰り返した。でも放課後……中庭の1番見つかり難い場所で隠れてゲームしている所を見つかった。気付くのが遅かった所為で、逃げ遅れたし何より……ちゃんと話をさせてくれと、真っ直ぐに私を見る優の目に……逃げ続けても意味がないと理解した。体から力が抜け、座り込んだ私に優は……
「それで、その……昨日の事についてなんですけど……」
そう話を切り出した……何かを言われる前に言ってしまおうと、謝罪の言葉を口にして顔を伏せる。悪いのは私だし、何を言われてもそれは仕方の無い事だ。あの時の優は私のわかったかという問いに、はいと答えたけど……つい口から出ただけかもしれない。だから……拒絶の言葉を言われるかもしれないと思うと、怖くて仕方なかった。
「桃先輩……」
その声に、私の体はビクリと震えた。