膝を抱えて俯く桃先輩に話し掛けると、ビクリと体を震わせた。何かに怯えている様な……不安を押し殺して、なんでもない様に取り繕おうとする桃先輩の姿を見て、上辺だけの言葉や慰めは無意味だと思ったし何より……僕自身の気持ちを桃先輩に聞いて欲しいと思った。
「僕は……嬉しかったですよ。」
「……え?」
桃先輩が僅かに顔を上げて、目が合ったのを確認して続ける。
「桃先輩がキスしてくれて……凄く嬉しかったです。」
「んなっ!?」
カッと顔を赤く染める桃先輩に……心が温まるのを感じる。意外と打たれ弱いというか、防御力が低いというか……そういう所も可愛いなと思うし、こういう部分を見せてくれるのも……もしかしたら僕だけかも、なんて考えが浮かんで来る。
「僕も……桃先輩の事が好きですよ。」
「えっ!? あ、えと……」
「桃先輩……返事を聞かせて下さい。勘違いや自惚れじゃないなら……桃先輩も僕の事が好きなんですよね?」
「そ、それはっ……」
昨日とは立場が逆転した様に、言葉に詰まる桃先輩に詰め寄る。
「うぅっ……」
ギュッと桃先輩の手を両手で包み訊ねる。
「桃先輩!!」
「……わ、わかった、わかったから!」
「何がわかったんですか!? フワッとした言葉じゃなくて、ちゃんと言って下さい!!」
慌てた様に僕から顔を背ける桃先輩に更に詰め寄る。ここで曖昧な返事で済まされたら、有耶無耶になってしまうかもしれない。しっかりと、ちゃんとした言葉を聞くまでは……この手を離さないと決めた。
「だ、だからっ……」
「はい!」
「わ、私……」
頭の中を色んな感情が、言葉が交差する。
拒絶されるのが怖い。
嫌われたくない。
今までの関係を壊したくない。
そんな言葉が頭の中を掻き乱す。だから、優の声が聞こえて……嬉しかったという、その言葉の意味を理解した時……思わず顔を上げて、優の顔を凝視してしまった。目が合った瞬間、少しだけホッとした様に口元を緩めて優は続ける。
「桃先輩がキスしてくれて……凄く嬉しかったです。」
私からキスをした……その事実を突きつけられ、顔に火が灯った様に一瞬で熱くなった。更に続けて、優の口から放たれた言葉に思考する余裕を奪われる。優が……私の事を好きだと言った。勘違いでも聞き間違いでもなく……その言葉は、しっかりと私の耳に届いた。羞恥と混乱と……喜びの感情に惑わされ、上手く言葉が出て来ない私に優は……両手を包み込む様に握り、更に詰め寄って来た。普段のゲームをしたり、駄弁ったりする時の優とは違う、真剣な表情で答えを待つその姿に……誤魔化す気持ちは消え失せてしまった。でも、何て言えばいいのかわからない……
「わ、私……」
いつか、桃ちゃんも心の底から大好きって言える様な……素敵な男の子に出会えるわよ。
「ッ!」
こんな時に、母さんの言葉を思い出すなんて。でも……嘘じゃないから、別にいいのかな……
「私も……大好きだぞ。」
自分が思っていたよりもあっさりと、その言葉は優へと向かって飛び出して行った。
「私も……大好きだぞ。」
その言葉を聞くや否や、僕は握っていた桃先輩の手を引き寄せた。バランスを崩して此方に倒れてくる桃先輩を抱き締める。
「はぇ……? お、おい!?」
スッポリと僕の胸に収まった桃先輩から抗議の声が飛んで来るが、今の僕には通じない。
「やった……両想いですよね? 僕達、恋人になったんですよね?」
ギュウッと抱き締める力を少しだけ強めて、桃先輩へ問い掛ける。
「ま、まぁ……そうかもな。」
「かも? 何か問題があるんですか? あるなら言って下さい、言ってくれるまで離しませんから!」
「わ、わかった! 無い! 無いからっ!」
「良かった……」
「……優、お前そんなキャラじゃなかったろ?」
「……ある人に、ガッと強引に行けとアドバイスを受けまして。」
「誰だか知らねぇけど、傍迷惑なアドバイスしやがって……」
「迷惑、でしたか?」
照れ隠しだとわかっていても、つい聞いてしまう。
「別に、そういう意味じゃない……お前、わかって聞いてるだろ?」
「はい、照れ隠し……ですよね?」
「そ、そういう事はわかってても言うもんじゃないだろっ……」
「すいません、桃先輩が可愛くてつい……」
「お、お前っ……そんな事言って、恥ずかしくないのか!?」
「……言わなくても伝わる関係性も良いですけど、言わなきゃ伝わらない事や直接伝えたい言葉もあると思ってるので。」
「優……」
「桃先輩も、さっきみたいに……偶にで良いので、言葉にして伝えて下さいね?」
「っ!?……き、気が向いたらな。」
「はい、待ってますね。」
フンッと鼻を鳴らし、顔を背ける桃先輩を解放したのは……それから暫く経ってからだった。
〈生徒会室〉
桃先輩と気持ちを確かめ合い、晴れて恋人同士となった僕の心は有頂天状態だ。今なら、急なフランス校との親善パーティーを1人で段取りから準備までやれと言われてもやれるくらいには浮かれていたし、やる気に満ちていた。
「それで、何か進展はしたのか?」
仕事が終わっても生徒会室に残り続ける僕に会長はそう訊ねて来た。今日も生徒会の女性陣は先に帰宅しており、此処には僕と会長の2人だけだ。別に四宮先輩達に言いたくないとか、そういう訳ではないのだが……
あ、あんまり付き合ってるって言い触らすなよ!
と、桃先輩に念を押されているので仕方ない……相談に乗ってくれた会長とマキ先輩には報告し、それ以外には頃合いを見て報告しようと思う。
「進展……そうですね、桃先輩と付き合う事になりました。」
「付き合う!? そ、それは……恋人になったと、そういう認識でいいのか?」
「はい、会長には相談に乗ってもらって……ありがとうございます。」
「いや、俺は何もしていない。自分で考え、行動に移したのは石上自身だからな。」
(いやホント、碌な事言ってなかったし……)
「……やっぱり会長は頼りになりますね。」
「ハハハ、よせよせっ……」
(そう言ってくれるのは有り難いが、あんまり持ち上げないでくれ!?)
「……じゃあ、今日はコレで。」ガチャッ
「あぁ、お疲れ。」
(昨日の今日でもう解決か、
〈龍珠家〉
「……」
(恋人……優が恋人……)
僕も……桃先輩の事が好きですよ。
すいません、桃先輩が可愛くてつい……
「〜〜〜っ!!」ギューッ
最早、何度目かわからない……ぬいぐるみを抱き締めて恥ずかしさを誤魔化す行動を取る。なんか、私ばっかり負けている気がする……
「私の方が……年上なんだからな、舐めるなよ。」
いつかと同じ様に、ぬいぐるみに愚痴を吐く……暫し、ぬいぐるみと見つめ合っていると、コンコンッとドアをノックされる。
「桃ちゃん、ご飯出来たわよ。」
「……うん、すぐ行く。」
珍しい……母さんが態々呼びに来るなんて。いつもと違う出来事に少し訝しみながらも食卓に着くと、普段より何割増しかニコニコ顔の母さんと……運ばれて来た赤飯に、私は言葉を失った。